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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第1部 天楼奈落

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第36話 炎神の焔、争奪戦






 顔面を蒼白にして、椅子に座るアルトは項垂れるよう、両手で顔を覆った。

 胸の中に絶望が去来する。


「もう、駄目だッ……」


 苦み走った表情から、諦めの言葉が漏れる。

 頭の中が真っ白になり、光が閉ざされるように、目の前が真っ暗になった。

 不思議なモノだ。

 戦場に出ていた頃は、たった一人で千の兵隊を目の前にしても、不敵に笑っていられたのに、今は乾いた笑いすら浮かべることが出来ない。

 弱くなった。つくづく、アルトは自分をそう思う。

 思い返せば、ヤバイ橋ばかり渡ってきたのに、今更、たった数十人を敵に回しただけで、心が折れてしまった。

 情けない奴と、自分で自分を卑下する。

 続けて訪れるのが、深く底の見えない後悔。

 あの時の、軽々しい行動が、のちの地獄に繋がるとわかっていれば、あんな軽率なことをしなかったのに。

 考えれば考えるほど、胸に苦いモノが広がって行く。

 だが、全てはもう手遅れだ。

 アルトに抗う術は無く、アルトに取り戻す術も無い。

 あるのは目の前に広がる、圧倒的な絶望のみ。

 そしていずれその絶望が、アルトの未来すら飲み込んでしまうのだろう。

 明日が閉ざされた幻聴に、ただアルトは肩を落としていた。


「……あの、本気で謝りますから、そんなに落ち込まないで貰えますか? まだ、本番が残っているんですから」


 横に座るラサラが、珍しく申し訳なさそうな表情で、項垂れるアルトの肩を叩いた。

 顔を横に向け、三角にした目をラサラに向ける。


「嘘つき」

「……うにゅ」


 恨みがましい言葉に、ラサラは言葉を詰まらせる。

 けれど、自分にも言い分があると、ラサラは眉を吊り上げた。


「し、仕方が無いじゃないですかぁ。まさか、参加者の一人が自棄になって、あんな値段の釣り上げ方をするなんて、予想外でしたよ」

「予想外じゃねぇよ想定しとけやそれぐらい! おかげで、俺の竜翔白姫、よくわからんオッサンに落札されちまったじゃねぇか!」


 涙目で怒鳴ると、流石に良心の呵責があるのか、ラサラは言い返さずぐぬぬと呻った。

 つまり、簡単に状況を説明すれば、次々と相場を無視して商品を落札しまくっている内に、参加者の一人がブチ切れて、一つの商品に全財産をぶっこみ、これまた相場を無視した値段で落札してしまったのだ。

 根は意外にビビりなラサラ。張られた値段に一瞬躊躇した結果、司会者に落札のハンマーを叩かれた。

 散々、周囲及び司会者の心証を悪くしたツケが、こんなところに出てきてしまったのも、想定外だ。

 もっと不幸なのは、取りこぼしたのが、アルトの提供した竜翔白姫だということ。

 こんなことがシリウスや、騎士団の連中の耳に入ったら、八つ裂きにされてしまう。

 だが、ラサラだって、ワザとじゃないと訴えかける。


「だ、だって、ボク達の目的は炎神の焔ですよ? 資金は限界まで用意しましたが、あの値段以上で競り落としたら、炎神の焔の時に同じことをやられるかもしれないじゃないですか。その時に、資金が足りませんってことになったら、目も当てられないですよ」

「あ~、はいはい。言い訳、お疲れ様」


 拗ねた口調で、アルトは足を組み、小指で耳の穴をほじくる。

 すっかりいじけた態度を見せるアルトに、申し訳なさから謙虚な姿勢を取っていたラサラも、頭にきてビキッと額に青筋を浮かべる。


「なぁんですか駄犬の癖にその態度はッ! こっちはねぇ、人生賭けてんですよ!」

「俺だって人生、いや生き死にがかかってるっつーの! 大体、格好つけて判断しました見たいに言ってけど、実際は結構デカい値段張られて、ビビッて躊躇した隙に落札されたってだけじゃねぇか!」

「ビビビビ、ビビッてないですし!? 全部、計算の内でした。全く、そんなことも理解出来りゃきゃらにゃけんりゃと……」

「おいおい、動揺しすぎて噛んでっぞ」

「か・ん・で・ま・せ・ん! 可愛さアピールです」


 周囲の迷惑そうな視線などお構いなしに、喧々と言い合いを始める二人。

 ただでさえ悪い空気が更に悪くなり、司会者は胃のあたりを押さえた。


「……あのぉ~」


 壇上から遠慮がちな声が聞こえ、二人が同時に睨むと、司会者が此方を見下ろしながら、困り顔を見せていた。


「そろそろ、次の商品を紹介したいんですがぁ……よろしいでしょうか?」


 二人が顔を見合わせ、即座に佇まいを直すと、身振りで先に進むよう促した。

 苦笑いをしながら、司会者は気を取り直すよう、咳払いを一つ。


「では、そろそろ最後の商品をご紹介しましょう」


 何事もなかったかよのうに、司会者は声を張り上げる。

 ラサラが大暴れした会場は、竜翔白姫を競り落とした瞬間に、一矢報いたと軽い盛り上がりを見せたものの、やはり一度冷めてしまった熱を取り戻すのは容易では無く、覇気の無いまばらな拍手だけが響く。


 しかし、そんな冷めた雰囲気も、最後の商品が運ばれてくると一変する。

 ガラスケースに入れられた、赤とオレンジのコントラストを持つ炎の結晶体を目の当たりにして、会場のあちらこちらからどよめきが生まれる。

 炎のような、いや、炎そのもの結晶体は、大きさにして大人の手の平程度。

 だが、その今にも周囲を焼き尽くしてしまいそうな、紅蓮の輝きには、見る者を圧倒する本物の力を宿していた。

 アルトも顎を摩りながら、壇上のソレに見入る。


「ありゃ、相当、ヤバイ代物だな」


 そんな言葉が口を付く。

 魔力を感じ取れないアルトでも、見ただけで危険だと判断出来る。

 ロザリンがこの場にいたら、果たして何て言ったのだろうか?

 会場にも炎神の焔の凄さが伝わったらしく、どよめきが治まらない。

 中には発する魔力や迫力に当てられ、口元を押さえながら退席する人間までいた。


「ご覧くださいこの輝き。これの発する圧倒的な力こそ、まさに神の領域。炎神の焔、一部とはいえこの神々しさ。まさに、オークションのラストを飾るに相応しい一品ではないでしょうか」


 自然と、司会者の声色も高くなる。

 ここが正念場だと視線を向けると、ラサラも真剣な表情で頷いた。

 冷めかけていた会場に、熱が宿ると、自然に司会者の声色も高くなる。


「さぁ、では早速まいりましょう。まずは、金貨百から」


 瞬間、方々から手と声が上がり、値段は瞬く間に釣り上がっていく。

 様子を伺いながら、そろそろかとラサラが手を上げようとした時、のんびりとした、けれども通る女性の声が盛り上がる会場を黙らせる。


「三百」


 一気に三倍の値をつけた。だが、今度はラサラでは無い。

 戸惑う会場の視線はVIP席の、小さく手を上げている女性に集まった。

 視線に気がつき、ミューレリアはニコリと笑顔を見せる。

 それを見たラサラが、チッと舌打ちを鳴らした。


「いきなりぶっこんで来ましたね。まぁ、向こうも面子を潰された挙句、目当ての品を横から掻っ攫われたくないのでしょう、余裕そうな表情ですが、その実、内心は腸が煮えくり返っていると見ました」

「女は見た目でわらかんから恐ろしい」

「ボクほど素直な美少女は、希少価値が高いですからね」

「お前の素直は、普通とベクトルが違うだろうが」


 呆れた声を出すと、ラサラは腕を組み、フンと鼻を鳴らす。


「まぁ、読めてましたけどね、この程度の展開」


 視線をミューレリアに向ける。

 彼女もラサラの視線に気がついたようで、普段通りの笑顔を見せると、軽く手を振った。

 アレが演技だと言うのだから、恐ろしいにも程がある。


「それじゃあ、こちらも反撃開始といきましょうか」


 ニヤリと笑い、ラサラは右手を高らかと上げた。


「三百五十」


 宣言すると、会場の方々から、またかと言うため息が漏れる。

 当然、ミューレリアがこの程度で引くわけが無い。


「四百」


 再び会場がどよめく。


「四百五十」

「五百」


 互いに一歩も引かず、交互にあり得ない額で値段を釣り上げる。

 張り合っているのは、歳の近い令嬢二人。

 だが、これこそがオークションの醍醐味だと、先ほどまでの冷え切った空気は何処へやら、会場は俄然盛り上がりを見せる。

 僅かに横目で交わす二人の視線に、火花が散った。


「五百五十よ」

「六百です」

「六百、三十」

「七百です」

「……七百二十」


 ラサラの張る値段の額が、徐々に少なくなっていく。

 今日一日で、あれだけ散財したのだから、当然だという呟きが、何処からか聞こえてくる。

 それでも、ミューレリアは容赦しない。


「八百ですわ」


 おおーッ、と、会場が大きくどよめいた。


「八百十五」

「九百です」


 再び、どよめく。


「九百、十」

「千」


 三度、大きなどよめきが会場を揺らし、自然と拍手が巻き起こる。

 そして、今までリズミカルに競り合っていたラサラの声が、ここで止まった。

 流石に無理だろうと、会場にそんな空気が漂う。

 前半、あれだけ無茶な落札を立て続けに行い、会場は観客のみならず、スタッフも含めてラサラを敵視している。

 ここで競り負けたとしても、ラサラに与えられるのは、惜敗を讃える拍手では無く、嘲笑の混じる視線だろう。


 勝利を確信したのか、ミューレリアの唇が、笑いを堪えるように、僅かに震える。

 本人的には満足だろう。競り合いでラサラに勝ち、一度は潰されかかったオークションも、最後の釣り上げ合戦で十分に盛り上がった。ミューレリアが元凶を倒すことで、面子も一応は保つことが出来た、と。


 アルトは腕を組んだまま、小さく嘆息する。

 悪趣味なことだ、と。

 もう、これで決まりだと思い、司会者がハンマーを振り上げた瞬間、ラサラが静かに手を上げた。


「二千」


 会場のどよめきが、止まる。

 耳が痛いくらいの静寂の中、司会者が間の抜けた表情をして、首を横に倒した。


「……は?」

「二千よ」


 耳を疑って聞き返す司会者に、ラサラは邪悪な笑みを持って、同じ言葉を繰り返した。


「――ッ!?」


 それまで余裕だった、ミューレリアの表情が崩れる。

 当然だ。相場の倍どころの話じゃない。

 オークションの域を超えた高額の値に、周囲もどう反応して良いのかわからず、逆にどよめきが小さくなる。

 そこにあるのは、驚きや、嫌悪や、怒り、ましてや賞賛とは全く違う。自分達と全く違う価値観を持つ者に対する、明確な恐怖を、このオークション会場にいる全ての人間が、ラサラに対して抱き始めていた。

 言えることはただ一つ。

 今の一言で、このオークションの首根っこは、完全にラサラに押さえつけられてしまった。

 それでも、ミューレリアは負けモノかと手を上げる。


「二千百」

「三千」


 間髪入れない釣り上げに、会場が完璧に凍りつく。

 ミューレリアも、流石に顔を青くしていた。

 その姿を見て、ラサラは意地悪くほくそ笑む。

 普段通りのミューレリアなら、動揺することはあっても、表情にそれを表すことは無かっただろう。

 人の感覚とは高低差に弱い物で、一度勝利を確信した状態から、状況をひっくり返されると途端に冷静さを失ってしまう。

 勿論、場馴れした人間や一流のギャンブラーなら、すぐに立て直せるだろうが、腹黒い策略を巡らせていても、所詮は箱入りで育ったお嬢様。

 たったこれだけの揺さぶりで、もう化けの皮が剥がれ始めた。


「さ、三千ひゃ……」

「四千」


 もう、会場には驚きの声も無い。

 表情を歪め、震える手を上げようとするのを、表情を強張らせた、ミューレリアの側近らしき男に止められる。

 悔しげな表情をして、歯をギリギリと噛み締め、そして……ミューレリアは、がっくりと項垂れた。

 静寂が、流れる。

 勝負あり。

 戸惑いながら、司会者はハンマーを鳴らした。


「よ、四千! 四千でまたも、ラサラ・ハーウェイ様が落札です!」


 やけくそ気味の、司会者の震える声が響く。

 拍手は無い。さり気なく見渡せば、白けた参加者の中で、商業ギルドの関係者が顔面蒼白で立ち尽くしていた。

 これも、ラサラの復讐の一つ。

 ミューレリアの味方をし、ラサラカンパニーを切り捨てた商業ギルドの面子を、完膚なきまでに叩き潰してみせた。


 これで、商業ギルドとの縁を切る有力者も出てくるだろう。もしかしたら、ギルドから離脱する商会もあるかもしれない。

 その程度で商業ギルドの屋台骨を揺るがすことは出来ないが、離脱した商会、縁を切った有権者を取り込めば、ラサラカンパニーが再び表舞台に戻るのも、そう難しいことでは無いだろう。

 その結果、商業ギルドが潰れてしまおうが、ラサラにはどうでもいいことだ。

 満足げに、ラサラは胸を張って、アルトにウインクを送る。


「どうですか? ボクの凄さ、少しは実感できましたか?」


 アルトは肩を竦める。


「ああ。陰険なやり口、敵に回したくねぇな」

「ふふっ。だったら、ちゃんとボクの隣りにいることですね……それより」

「わかってるよ」


 頷き、視線に鋭さが帯びる。


「ここからは、俺達の仕事だ」


 壇上では司会者が、やっと終わるという安堵感からか、少しやつれた表情で、オークション終了の口上を述べている。

 重い空気の中、頑張っている彼には悪いが、二人の視線はただ一点を向いていた。

 VIP席にいる、項垂れたままのミューレリアだ。

 問題は、彼女がどう動くのか。

 無表情のまま、真っ直ぐと正面を見る。

 その視線が、僅かに横に向き、何かを小声で囁いた。

 注意深く様子を伺っているアルトが、微かに動く彼女の唇を読む。


『ヤ・レ』


 瞬間、会場の照明が消えて周囲は闇に包まれる。

 会場にいる参加者達の間に、悲鳴と動揺が走った。


「アルトさん!?」

「動くな。何処から来るかわかんねぇぞ」


 偽ハウンドが動いたとしたら、この暗闇だ。初撃を避けられるかわからない。

 参加者達が戸惑いの声を上げる中、幾つかの気配が会場内を駆け廻る。

 アルトが舌打ちを鳴らすと、ほぼ同時に会場の照明は復旧する。

 すぐさま、二人は壇上を確認するが、当然、そこにあるべき物が無かった。

 そして、VIP席に座っていた、ミューレリアの姿が無い。

 急いで立ち上がり、二人は会場の外へと飛び出した。


「――アルト!」


 異変に気づいたらしいカトレアとロザリンが、廊下を走って駆け寄ってきた。


「何があったの? 炎神の焔は?」

「奪われた。そっちに、ミューレリアは行かなかったか?」


 カトレアは首を横に振る。

 アルトは、視線をロザリンに向けた。


「アル、魔力を、感じる。屋上に一つと、この建物の中に一つ。今まで感じなかったのが、急に現れたから、多分、誘ってるんだと、思う」

「だとしたら、炎神の焔は屋上でしょうね」


 ラサラはそう断言する。


「その根拠は?」

「カトレアさん達がミューレリアを見ていないのなら、彼女は逆方向に逃げたのだと推測されます。そして、そちらの方向には、上に続く階段しかありません」

「なるほどな。でも、だったら何で屋上なんだよ。逃げるんなら、下の方だろ」

「あのガラスケースには、盗難防止の為、術式による封印が施されています。それを解く鍵が、ちょうど最上階に保管されているんですよ」


 納得して、アルトは頷く。

 そして、その説明で明確に見えてきたモノもある。


「つまり、ミューレリアは炎神の焔を、観賞用のオブジェとして欲しいわけじゃねぇって、これで証明されたな」


 だとしたら、上で待ち構えている人間は、自ずと予想がつく。

 あの、フランベルジュを持った蛇野郎だ。

 そうだとすると、もう一人の魔力反応が気にかかる。


「それ、多分、あたしのお客さんね」


 カトレアがシレッと言う。


「あの、やり合ったっていう、毒針の女か?」

「恐らくね。まぁ、違ったとしても、誘ってるわけでしょ? もしかしたら、そいつが炎神の焔を持ってるかもしれないし、あたしがチョロチョロっと行って、確かめて来るわ」

「……やれんのか、お前に?」


 挑発的な言葉に、カトレアはふんと笑って、アルトの胸を拳が軽く突いた。


「あたしを誰だと思ってんの? かざはな亭の看板娘、カトレアさんよ」

「そうかい、そりゃ安心だな」


 軽く笑うと、アルトはクルリと背を向けた。

 カトレアもにひっと笑って、同じよう背を向けると、自分の着ているメイド服に手をかける。

 強引に引っこ抜くよう脱ぎ去ると、下はタンクトップにリストバンド。足は硬そうなブーツを履いた、ズボン姿だった。

 同じように、ロザリンもメイド服を脱ぎ捨てると、久しぶりの魔女スタイル。

 何処に隠し持っていたのか、マントと傘も装備していた。

 肩越しにそれを確認して、アルトはジト目になる。


「お前ら、用意がいいなぁ」

「ああ、忘れてた。アンタも、ほら」


 小脇に抱えていた袋を投げて寄越し、それを受け取り、何事かと中を確認すると、アルトが普段着ているコートだった。


「ほんと、用意がいいな」


 呆れた顔で呟き、タキシードの上着を脱ぐ。

 ついでに中のベストや蝶ネクタイを外し、コートに袖を通すと、久しぶりの感覚に、ゾワッと肌が粟立つ。

 上等な服装も悪くは無いが、やはり一番は着慣れた服に限る。

 そう思っていると、一連の行動を見ていたラサラが、ジトッとした視線を三人に向けていた。


「その服、後でちゃんと回収しておいて下さいね。高いんですから」


 持ち主の言葉に、三人は「すみません」と頭を下げた。

 格好よく決戦の場に行こうとしたのに、何とも締まらないオチがついてしまった。




 ★☆★☆★☆




 ソファーの上に足を組んで座るボルドは、テーブルを挟んだ目の前に立つ、アレハンドロからの報告を聞き、ふむと頷く。

 室内にはボルドとアレハンドロの二人きり。

 オークション会場での出来事は、今しがた聞いたばかりだ。


「如何なさいますか、ボルド殿」

「……やれやれ。もう少し、楽しめると思ったのだけれど」


 つまらなそうに呟いて、ボルドはテーブルに置いてあった、ワインの注がれたグラスを手に持った。


「ミューレリア代表は、炎神の焔を強奪して逃走。野良犬達が、後を追っている模様です」

「予定通りだね。釣り餌の様子は?」

「一匹、雀蜂に食いつきました。残りの二人も、今頃は捕捉されていることでしょうな。恐らくは、本命に」


 報告を聞いて、ボルドはニヤリと笑い、ワインに口を付けた。

 真っ赤な液体が、ボルドの喉を潤す。


「ならば十分、予定通りだ。それに、この遊びにもそろそろ飽きてきた。終わりにする頃合いだと、思わないかい?」

「同意です」


 強面の顔に、満面の笑顔を作り、アレハンドロは頷いた。


「では、直ぐに撤収の準備を……」

「いや、待て」


 動き出そうとするアレハンドロを静止すると、ボルドは意味深な笑みを浮かべた。


「僕はね、遊んだ後の片づけは、キッチリと済ませておきたい性質なんだ」

「と、言いますと?」


 意図を測りかねているアレハンドロに、ニッコリと笑いかけた。


「不要な玩具は、確実に廃棄しておかなければね」

「……なるほど。では、自分は如何いたしましょう?」

「ん~、そうだねぇ」


 ワイングラスをテーブルに置き、考えを巡らせるよう、視線を宙に向けた。

 何かを思いついたボルドは、また、悪趣味な笑みを覗かせる。


「確か野良犬君は、面白い玩具を連れてたよね。アレ、連れて来てよ」

「玩具? ……ああ、アレですな」


 思い当る節があり、アレハンドロはポンと手を叩く。


「うん。前は馬鹿の所為で失敗したから、ついでに手に入れておくのも面白いかも。無理そうなら、廃棄しちゃって構わないよ。野良犬君の反応も面白そうだしね。ああ、でも殺したのが父さんにバレると面倒だから、上手く処理して欲しいな」

「了解しました」


 騎士らしく、胸に手を置いて敬礼すると、アレハンドロは身を翻し、部屋から出て行った。

 一人残されたボルドは、顔を手の平で押させて、腹の奥から漏れ出る楽しげな笑い声を、必死でこらえていた。


「くっく。追い詰めたつもりになってる馬鹿共め。こんな座興で必死になって、自分が道化だということにも、気がつかないのは憐れだなぁ野良犬君」


 ついには堪え切れなくなり、ボルドは大声で笑った。

 愉悦に満ちた声は、聞く者がいればその者を、心底不快にさせたであろう。


「踊れ踊れ。所詮、お前らは僕の駒だ。幕引きは任せたまえ、テメェらの汚ねぇドブ色の後悔で彩ってやるよッ!」


 乱雑な口調で目の前のテーブルを蹴り飛ばし、また、愉快そうに笑った。






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