表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第1部 天楼奈落

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/162

第29話 謎の剣士は、突風と共に







「全く……あたしらのご主人様は、どこをほっつき歩いてんのかしら?」


 メイド姿のカトレアは、そうボヤキながら、小奇麗な廊下を歩く。

 気がつくと、ラサラの姿が無かった。

 これから大切な会議があるのに、当の本人がいなければ、何にもならないので、こうして手分けして探しに出たのだが。

 カトレアの担当は、会議の場が設けられた、最上階だ。

 ここは、限られた人間しか、足を踏み入れることが許されないフロアで、下の階とは違い人の出入りが極端に少ない。

 更に階段を昇れば、上は屋上庭園になっている。

 基本的にこのフロアは、商業ギルドの主催者達専用。

 オークションで最も高価な出品物の幾つかも、このフロアに保管してある。

 人の出入りが皆無の場所なら、盗み出すのも余裕かもしれないと、悪い考えが頭を過るが、無い無いと手を振りそんな思考を追い出す。

 とりあえず、会議室の様子を伺おうと、ドアをノックする。

 反応は無い。

 一応、室内を確認しておこうと、ドアノブに手をかけ、ドアを開いた。

 瞬間、鼻を突く生臭い匂いに、表情を険しくする。


「これって……血の匂い!?」


 勢いよくドアを開いた先の光景に、カトレアは我が目を疑った。

 血の海に沈む、商人らしき中年男性達と、その使用人らしき人々。

 恐らくラサラ、ミューレリアと同じく、オークションの開催に関わった、商業ギルドの面々だろう。

 流石に直視出来ないので、人数は把握していない。

 代わりに、部屋の中央に立つ人物を、真っ直ぐと見据えた。


「あらぁ、お客様? 不幸ねぇ、こんな場面に出くわしちゃうなんて」


 雀蜂の刺繍が入った黒衣を纏う、妖艶な女性が、カトレアを見つけ微笑む。

 カトレアは本当的に拳を固め、構えを取った。


「目撃者は消せって、命令されているの。申し訳ないけれど、刺殺させて頂くわ」


 雀蜂の女は、指先まえ黒光りするレザーグローブの手を、怪しく動かす。

 差すような殺気に、カトレアは一筋の汗を流した。


「……アンタ、何者?」

「ハウンド……雀蜂でも、結構よ。覚えたのなら、死になさい」


 そう言って舌なめずりをすると、雀蜂は手刀の構えのまま跳躍する。

 カトレアも素早く両足を広げ、それを迎え撃った。




 ★☆★☆★☆




 赤黒い血が、緑色の芝生を染める。

 フランベルジュの波打った独特の刃は、身体に複雑な傷跡を刻み、過分な出血を促す特製がある。

 背後から、ハウンドによって胸を貫かれたレオンハルト。

 急所こそ僅かに外れているが、フランベルジュによってつけられた傷からの、猛烈な激痛と出血により、苦悶の表情を浮かべながら、その場に倒れ込むよう膝を突いてしまう。

 完全に倒れなかったのは、主を守ろうとする意地故だろう。


「――ッ!? ――ッ!?」


 再び口元を押さえられたラサラは、半狂乱になってもがくが、大人四人がかりでの拘束ではビクともしない。

 その光景に、レオンハルトは何とか、気力を振り絞る。


「お、お嬢様……い、今、お助けしますぞッ」


 地面を這いずって、レオンハルトは拘束されている、ラサラの元に向かう。

 が、それを静止するよう、後ろからハウンドが背中に右足を乗せる。

 そのまま、体重を足に乗せると、レオンハルトの巨体が、虫が踏み潰されるよう、簡単に地面に突っ伏した。

 レオンハルトを足蹴にして、ハウンドは含み笑いを漏らす。


「心配する必要は無いよ、執事君。君のお嬢様は、直ぐには殺さない。自分から殺してくれと頼み込むまで、たっぷりと生き地獄を味あわせろと、依頼主のご所望だ。ま、最後は殺すのだろうけどねぇ」

「グッ……貴様ッ」


 力を込めるが、背中に乗せられたハウンドの足は頑として動かない。

 逆に、傷口からみるみる、血液が失われる。


「あまり動くと、失血死するぞ? それだと、我が楽しめないでは無いか……ほら」


 薄笑いと共に、ハウンドは無造作に剣の先端を、背中に浅く何度も突き立てる。


「――グッ、ガアッ!」


 執事服はボロボロに刻まれ、滲んだ血液で真っ赤に染まる。

 その残虐な光景に、共犯者である男達も顔面蒼白だ。


「――ッッッ!? ――ッッッ!?」


 瞳から涙を溢れさせ、ラサラは泣き叫ぶように頭を振る。

 しかし、押さえられた口からでは、レオンハルトの名を呼ぶことも許されない。

 目の前では、ハウンドが楽しむように、レオンハルトの身体を剣で浅く切り刻む。

 血が止めどなく流れ、それに比例するよう、身体の力が徐々に失われていくのがわかる。

 誰か、助けてっ!

 心の中での叫びは、誰にも届くことは無かった。

 剣を振るう手を止めると、ハウンドはジロッと男達にその暗い視線を向ける。


「……何を見ているぅ? 捕まえたのなら、さっさと連れて行け」

「は、はい……おい、お前ら」


 ハウンドの視線に冷や汗をかきながら、男の一人がそう言って目配せを送ると、拘束したラサラの身体を、取り出した縄で手首と足首を縛り上げる。

 そして嫌がる口元に、無理やり猿轡を噛ませると、小柄な身体を持ち上げ、何処かへと運んでいく。


「お、お嬢さ……グッ!?」

「邪魔をするなよ」


 攫われていくラサラに向かい、手を伸ばそうとするレオンハルトの身体を、ハウンドは背中に乗せた足に体重を込めて、地面へと押し潰す。

 ジワッと更に血が滲み出て、レオンハルトは苦悶の表情のまま、動かなくなった。

 もう、彼には起き上がる体力は残っていないだろう。

 男達が植木をかきわけ、見えなくなるのを確認すると、ふぅと息を吐き出す。


「さぁて、お楽しみもこれくらいにしようか」


 フランベルジュを振り、刀身についた血痕を払う。

 逆手に持った剣を両手に持つと、その先端をレオンハルトの後頭部に向ける。


「これで最後だ。精々、良い声で哭いてくれよぉ」

「――ッ!?」


 もう駄目だと、薄らぐ意識の中で、レオンハルトが覚悟を決めた瞬間。

 植木から白い影が、勢いよく飛び出してくる。


「――テメェ、蛇野郎ッ!」

「クカッ、野良犬かあっ!」


 既に剣を抜いていた白い影アルトは、そのままの勢いでハウンドに斬りかかる。

 上段から振り落された一撃を、横に構えて受け止め、二人の視線が交差する。

 怒りの形相をしているアルトに対して、ハウンドは楽しげに、歯を剥き出しにして笑った。


「クカカッ。妙に小奇麗な恰好をしているでは無いか。野良犬から、飼い犬にでもなったか?」

「黙れよ蛇野郎ッ! 随分と舐めたマネしてくれたじゃねぇ、かッ!」


 刃を弾き、素早く十文字に剣を振るう。

 切っ先を見切り、後ろへと飛んだハウンドは、剣を構え直し不敵に笑う。

 その瞬間、ハウンドの肩口から弾けるように、血が噴き出した。

 余裕ぶっていたハウンドの表情が驚きに崩れ、肩の傷を手で押さえた。

 剣に着いた血を振るい落とし、アルトはふんと鼻を鳴らす。


「この程度で借りを返されたとか思うなよ。百倍返しだ」

「……面白い」


 倒れたレオンハルトを庇うように立つと、ハウンドはニヤリと口元を歪め、肩の傷口を強く握りしめて出血を止めた。

 遅れて、アルトが出て来た場所から、メイド姿のロザリンも飛び出してくる。


「――アル、ッ!?」


 倒れているレオンハルトに目を止めると、ロザリンは驚きに目を見開いた。


「出血が酷い。急いで手当を」

「うん」


 素早く駆け寄ると、ロザリンはまず傷口の確認をする。

 側に膝をつくと、流れ出た血がスカートを汚す。

 現時点でもかなり出血しているが、それでも傷口から、止めどなく流れる様子に、ロザリンは「……酷い」と呟き、エプロンのポケットから、もしもの時にと用意しておいた、様々な魔術の道具を取り出す。

 一方、アルトは切っ先をハウンドに向け、互いに睨み合っている。

 込み上げる怒りが眼光から滲み、射抜くような視線を向ける。

 ハウンドはその隠す気の無い殺気が心地よいのか、ニヤニヤと笑みを絶やさない。


「ラサラを何処に連れて行った?」

「答えると思うかね? そんなつまらない質問をするより、さっさとかかってきたらどうだ。早くしないと、あのお嬢さんがどうなるか、考えなくてもわかるだろぉ?」


 胸糞悪さから、アルトは舌打ちを鳴らす。


「んなら、望み通りさっさとぶっ殺してやるさ」

「クカッ。いいねぇ、その殺気」


 脇構えの態勢を取ると、楽しそうに肩を震わせて笑った。

 そして、ゆっくりとハウンドも剣を構えた、その時。

 植木が揺れてハウンドの背後から、二つの黒い影が飛び出してきた。

 ハウンドと同じ黒衣を着た、二人の男だ。

 一人は蠍の刺繍が入った黒衣の、バトルフックを持ったスキンヘッドの男。

 もう一人は、蜥蜴の刺繍に、二つのウォーピックを装備した、筋肉質の男だ。

 この二人、不気味なくらいに無表情で、顔の特徴が薄く、まるで蝋で作られた人形のように見えた。

 二人は、アルトの邪魔をするよう、ハウンドの前に立つ。

 三対一の状況で、最初に口を開いたのは、意外にもハウンドだった。


「……ふむ。面白く、なってきたところだったんだけどねぇ」

「隊長。お戯れはそれくらいに。依頼主より、ラサラ・ハーウェイの件が最優先だと、念を押されている筈です」


 窘めるような蠍の一言に、ハウンドはつまらなそうに鼻から息を抜き、手に持った剣を鞘に納めてしまう。


「興が削がれたねぇ。炎神の焔はどうなっている?」

「雀蜂が向かいました。今頃、残りのオークション関係者を始末して、宝物庫から獲物を奪取しているころでしょう」

「――なにッ!?」


 ハウンド達の会話を聞き、アルトは隙を作らないよう注意しながら、チラッと視線をオークション会場の、最上階へと向ける。

 あそこには、カトレアが様子を見に言っている筈。

 雀蜂という人物がどの程度の手合いかはわからないが、ハウンドと同等の実力者ならば、かなり不味い状況かもしれない。


「……アル、カトレアが」


 治癒用の秘薬と魔術で、レオンハルトの治療をするロザリンが、不安そうな声を漏らす。

 だが、目の前の連中は、簡単に助けにはいかせてくれなそうだ。


「わかってる。ロザリン。お前は治療に専念しろ」


 アルトは、剣の刃を後ろに、脇構えを取る。


「俺はこいつらを、速攻でぶった斬るッ!」

「我らを斬る、か。大きく出たモノだな若造」


 蠍はバトルフックを頭上で回転させると、その直角に曲がったフックを付き付けた。

 ウォーピックを両手で振り回し、蜥蜴も戦闘態勢を取る。

 ただ、ハウンドだけはその場で後ろを向き、アルト達に背を見せた。


「逃げるのか?」

「悪いが、これも仕事でねぇ。機会があれば、また手合せを願おう。もっとも、ここを生き残れたとしても、依頼主はもういないだろうがね」


 ニヤッと嘲笑を浮かべると、ハウンドは走り去っていく。

 反射的に一歩、足を踏み出すが、そうはさせぬと二人が立ち塞がった。

 暫しの睨み合い。

 そして、同時に動いた。


「――セイッ!」


 まずは蠍のバトルフックが、独特の円の動きで引っ掻くように、その鋭い先端でアルトを狙う。

 槍と違って、突きや薙ぎ払いを警戒しなくて良い。

 が、その形状故、迂闊に踏み込めば、フックに絡め取られてしまう。

 身体を逸らしながら、フックに引っ掛けられないよう、外側へと逃げる。

 間合いを見極め、伸び切ったところを、剣の柄頭でフックを下に叩き落とす。


「な、にッ!?」


 更に足で先端を踏みつけると、フックの鋭い鉤の部分は深々と地面へと突き刺さった。

 慌てて引き抜こうとしたところを、思い切り爪先で蹴り上げ、その勢いのままバトルフックは、大物を釣り上げた釣竿のように、大きく真上に振り上がってしまう。


「貰ったッ!」


 と、斬撃を繰り出すが、割り込んできた蜥蜴にウォーピックにより防がれてしまう。


「今度は俺が行くぞ」


 つるはしとハンマーを組み合わせた形状の、ウォーピックを、一本ずつ軽々と片手に持ち、それを左右からアルトに向かって叩きつけて来る。


「チッ、珍妙な武器ばっか使いやがって、曲芸集団かテメェらッ!」


 左右にステップを踏み、轟音を響かせ飛ぶウォーピックを避けながら、アルトは毒づく。

 相手は重量のある鈍器。正面からは受け止められない。

 そう、相手は思っている筈。


「潰れろッ!」


 思い切り、右手に持ったウォーピックを正面に突き出す。

 無造作な攻撃だが、重量と勢いを考えれば、それだけで十分に必殺の一撃になりえる。

 その重い一撃を、アルトは刃の峰に左腕を添え盾代わりにして、真正面から受け止めた。

 激しく火花が散る。

 鈍い振動と衝撃に、アルトの身体がズズッと後ろに下がるが、ただそれだけだった。


「ま、まさかッ!?」

「何だよ。随分と非力じゃねぇか」


 ニヤリと笑いそう言うと、ウォーピックを横に弾き、返す刀で刃を打ち出す。

 首筋を狙った一撃は、蜥蜴の背後から飛んできた、バトルフックの突出しにより弾かれてしまう。

 透かさず、蜥蜴はアルトから距離を取った。

 想像以上の動きに翻弄される蠍と蜥蜴の顔から、余裕の二文字は消えていた。

 失敗したと、アルトは内心で舌打ちをする。

 出来れば、余裕をかましている内に、勝負を決めたかった。

 二人は視線で何かを伝え合うと、頷いて、アルトから一定の距離を取りつつ、左右に広がった。

 今度は、二人同時にかかってくるらしい。


「アル、危ないッ」


 二対一の状況をピンチと見たロザリンは、治療する手を止め、風縮弾を取り出そうと手を伸ばす。

 しかし、


「ロザリン! 手を止めるな。お前はお前の役割に専念しろ」


 ロザリンの行動を咎めると、厳しい言葉を飛ばす。

 軽く様子を見た限り、レオンハルトは出血な酷いらしく、ロザリンも治療に難儀しているのはすぐにわかった。

 今はレオンハルトの怪我を何とかするのが最優先。

 一瞬、ロザリンは戸惑いを見せたが、一度頷くと、レオンハルトの治療に戻る。

 何とか二人を相手しているモノの、状況はよろしくない。

 ラサラは攫われ、レオンハルトは瀕死。

 恐らくはカトレアも、似たような手合いを相手に、手こずっているだろう。

 その焦りが、僅かにアルトのリズムを狂わせている。

 このような切羽詰まった状況は、初めてでは無い。が、長らく戦場から離れ、平和な日常を満喫してきた所為か、その辺りの感覚がどうも、鈍ってしまったらしい。

 昔ならば、油断して一人で向かって来る内に、二人まとめて始末出来た。

 鈍っているどころの話じゃない。

 危機感が足りなかったのは誰でも無い、自分の方じゃないかと、アルトは自嘲した。


「ま、無いモノねだりをしても、仕方ねぇか」


 昔の感覚など、そう簡単に取り戻せない。

 今、アルトがやらねばならないことは、この二人を最速で斬り伏せることだ。


「――ッ!?」


 アルトから発せられる気配の質が変わったことに、気がついた蠍は動揺したような表情を見せる。


「……蜥蜴」


 蠍が視線を向けると、意思疎通を交わすように、二人は頷いた。

 動く。

 素早く視線を二人に散らしながら、何時でも斬り込める態勢を取っていると、蠍と蜥蜴は同時に駆け出した。

 蠍は真っ直ぐこちらに向かって来る。

 蜥蜴の狙いは、ロザリン達だ。

 狙いに気がつき、アルトの視線が怒りで、ギッと細まる。


「テメェら、アイツを人質に取るつもりか?」

「貴様を倒すのは骨が折れそうだ。弱者を狙うは、戦の定石。よもや、卑怯などとは抜かすまいな」

「……勘違いしてんじゃねぇよ」


 動きを牽制するように、バトルフックが独特の攻めを見せる。

 経験に無い動き故に、パターンが読み切れず、振り切ってロザリンの方へ向かえない。

 鋭い鉤のフックが、アルトの剣と噛み合い、刃を絡め取る。


「戦場だろうが喧嘩だろうが、卑怯なマネは卑怯なマネなんだよッ!」

「確かに、それは真理だ」


 力押しするように、互いの武器を引き合うが、力が拮抗しているのかビクともしない。

 先ほどのようなトリッキーな捌き方は、二度も通用しないだろう。

 一方で、蜥蜴がロザリンと倒れているレオンハルトに迫っている。

 ロザリンの細腕では、レオンハルトの巨体を担ぎ上げることはできない。

 かといって、置いて逃げるわけにもいかず、ロザリンは厳しい表情で彼を守るよう、蜥蜴の方を向いて座りながら両手を広げた。

 手には風縮弾を持っているが、恐らくは足止めにもならない。


「――ふん!」


 風縮弾を投擲。

 だが、圧縮した空気の弾丸は、ウォーピックのハンマー部分でアッサリ叩き潰される。


「ふん。小賢しい」


 走りながら、もう一方のウォーピックを振り上げた。

 不味い。

 アルトの背筋に、寒いモノが走ると、無情にもウォーピックが振り落された。


「――ッ!」


 空気を引き裂きながら、触れれば骨など容易く砕いてしまう一撃が、襲い掛かる。

 ロザリンの表情に恐れは無い。

 ただ、真っ直ぐと落とされるウォーピックを睨むと、彼女の右手は何時の間にか、スカートの内側へと延びていた。


「――ロザリン!」


 バトルフックを捌きながら、アルトが名を呼ぶ。

 その一言に、ロザリンの赤い瞳に力が籠ると、スカートの内側から右手を引き抜く。

 ロザリンの右手には、小さな鎖で装飾された、手袋が装備されていた。

 それを翳した瞬間、紫電が迸る。


「――なんと!?」

「かみなり」


 平坦に、けれど力強く言うと、迸る紫電が一気に弾け、ウォーピックを振り下ろす蜥蜴に絡みつく。


「グッ、ガァァァ!?」


 予想もしていなかった雷による攻撃に、蜥蜴は仰け反って絶叫する。

 装飾により術式を編み込んで、魔力を媒介に簡易的に雷を生み出す。

 これも、風縮弾と同じで殺傷能力は無い。

 しかし、電撃だけあって、そう簡単に防ぐことは出来ない上、格上の相手でも十分に足止めとして利用出来る。

 放電はすぐに治まり、蜥蜴の全身から白い煙が立ち上る。

 流石に膝は付かなかったものの、蜥蜴はウォーピックを振り上げた態勢で、ヨロヨロと後ろに下がった。


「クッ、小癪なマネを」

「なら、もう一撃」


 再び構えた瞬間、手袋の術式を構成している鎖が、ピィンと音を立てて弾け飛んでしまった。

 ロザリンの表情に、焦りの色が浮かぶ。


「し、出力に耐えられなかった?」

「おいおい、マジか」


 凌いだと思った矢先に、再びピンチに陥る。


「ふん。手品のタネは尽きたか? では、今度こそいくぞ」


 頭を振り、蜥蜴がロザリンへと迫る。

 アルトは舌打ちを鳴らす。

 繰り出される牽制に徹した、緩いが動きを制限するバトルフックを、形勢を有利と見た蠍の油断を見抜き、不用意に繰り出された攻撃を刃で一際強く払い、素早く間合いの中に踏み込む。

 蠍は驚きながらも、致命傷は避けようと身を捩っている。

 それも見抜いたアルトは、すぐさま刺突を繰り出そうとした刃の軌道を、下へと変えて、軸足となっている右の太ももを貫いた。


「――グッ!?」


 苦悶の声と共に、肉を裂く感触が手に伝わってきた。

 そのまま柄を軽く捻り、刃を突き刺した太ももから引き抜く。

 それにより、太ももの筋肉を大きく抉られた足は、踏ん張りが利かず、蠍は前方に手を付いて倒れ込んだ。

 トドメを刺している暇は無い。

 素早くロザリンの助けに入ろうとするが、タイミング的に間に合わない。

 今度こそ駄目か。

 嫌な思考が頭を過った瞬間。

 何者かの影が突風を纏い、今まさにロザリンの頭上にウォーピックを叩き込もうとしていた、蜥蜴の身体を後方へ大きく吹き飛ばしてしまった。

 そして響く、涼しげな声色。


「この程度の手合いに苦戦するなんて、情けないわね」


 突風はつむじ風となって、周囲の植木な草花を凪ぐと、声の主を中心として落ち葉や花びらを巻き上げる。

 やがて、風は静かに庭園を吹き抜けて行く。

 残ったのは、風を纏って現れて、一人の女性だ。

 アルトとロザリンは、何処で見覚えのある女性の登場に、唖然とした顔をする。

 貴婦人のような赤いドレスに、大きな鳥の羽根飾りのビーバー帽を被った、眼鏡の淑女は、その装いにはあまりにも不釣り合いな、刃の厚い両手剣を片手で軽々と持ち、涼しげな視線をアルト達に向けていた。

 その声、その口調、なによりその顔。

 見間違う筈が無い。


「お前、シリウ……」

「通りすがりの地方貴族の三女、シーさんよ」


 流れるような口調で、キッパリと言い切る。

 あの姿、特に眼鏡は、変装しているつもりなのだろうか。

 向けられる視線には、無言の圧力が乗せられていて、質問の一つも出来そうに無い。

 なのでここは、見知らぬシーさんで通すしかなさそうだ。

 アルトとロザリンは、同意するように頷き合う。

 佇むシーさんの隣りに来ると、視線を正面の男達に向けながら礼を述べる。


「悪いな、助かった」

「通りすがりよ。気にすることは無いわ」

「助けて貰ったついでと言っちゃなんだが、少しばかり立て込んでいてね。ちょっくら、この場を頼めるか。一人が誘拐されて、一人が会場の方で難儀してんだ」

「わかったわ。通りすがったのも何かの縁なので、私は会場の方を何とかしましょう。アルトは攫われた子を追いなさい」

「……お前、ずっとその建前で進めるのか?」


 呆れていると、蠍と蜥蜴がザッと足音を鳴らす。

 蠍は抉られた右足を引きずってはいるが、痛みに耐えられる程度は場馴れしているようで、もう平然とした表情をしていた。


「一人増えたところで、もう勝ったつもりか?」

「俺の方はまだまだ元気だぜ? あんな雷や突風、ダメージの内のも入らん」


 そう言って、蜥蜴はニヤリと笑った。

 彼らを一瞥して、シーさんは深々と息を吐いた。


「自分の現状すら把握出来ないなんて、三流以下ね」

「……なに?」


 不遜な物言いに、蜥蜴の表情に怒りが宿る。

 その怒りをぶつけるよう、両手のウォーピックを強く握った瞬間、高い金属音を響かせて、ウォーピックは根本から折れて、地面へズシンと音を立てて落ちる。

 その断面図は、綺麗に切断されていた。

 あの突風を纏い蜥蜴を吹き飛ばした時、シーさんは彼の得物を破壊していたのだ。


「――ッ!?」


 予想外の出来事に、蜥蜴は絶句して言葉も無い。

 斬ろうと思えば、シーさんは十分、蜥蜴を斬り殺せた筈。


「……な、なぜだ?」


 問いに、シーさんは悠然とした態度で答える。


「警告よ。時間も無いことだし、今退くなら見逃すわ」


 シーさんの言葉に、蜥蜴は険しい顔をして、蠍の方を見る。

 やや、間を置いて蠍が答える。


「……わかった。ここは退こう」

「蠍!?」

「時間は十分稼いだ。どちらにしても、奴らの行動は間に合わない」


 そう言うと、蜥蜴は納得したのか口を堅く結ぶ。

 無言のまま、アルト達に背を向けると、植木の中へと消えて行く。

 とりあえず、当面の障害は取り除かれた、が、息をつく暇は無い。


「ロザリン、レオンハルトの様子は?」

「ん。血は、止まった。傷も、大体、塞がっている。けど、出血が酷いから、後はレオンハルトの、体力しだい」

「そうか」


 視線を向けると、体力を消耗しすぎたのか、レオンハルトが目を瞑り、意識を失っていた。

 ロザリンの治癒魔術は優秀だが、高齢のレオンハルトには体力の問題がある。

 今は彼がラサラを守るため鍛えてきた、その身体を信じるしか無いだろう。


「異変に気づいた第一騎士団が、こちらに向かっているわ。医療班も同行しているから、到着ししだい、彼らに任せた方がいいわね」

「……第一……アイツらか」


 僅かに顔を顰め、アルトは背を向ける。


「俺はラサラを攫った奴らを追う。後のことは任せた」


 同じように、シーさんもアルトに背を向けて、会場の方を向くと、ワザとらしく嘆息する。


「やれやれ。通りすがっただけなのに、大変なことを押し付けられたモノだわ」

「頼りにしてるぜ?」

「……ほんと、やれやれね」


 苦笑しあい、二人は同時に駆け出す。

 一人残ったロザリンは、視線を交互に向けた後、アルトの背中に向かって叫ぶ。


「――アルッ! 気を、付けて」


 言葉を受けて、アルトは走りながら親指を上に立てると、ラサラが連れ去られた方へと消えて行く。

 シーさんもまた、速度を上げ、あっという間にいなくなってしまった。

 一人残ったロザリンは、レオンハルトの看病をしつつ、胸元の、服の下にしまってあるペンダントに手を添え、亡き母にアルト達の無事を祈っていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ