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弱者は正義を語らない 〜最悪で最低の異世界転生〜  作者: えくぼ
魔族国家編

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酒場にて

 そのあとは黙々と食べた。

 会ったこともない魔族の男性のことを思わずにはいられなかった。

 前世においても食人主義カニバリズムというのは忌避されるものであった。

 全く抵抗がないと言えば嘘になる。

 だが、笑顔の裏に全て押し込め、黙々と食べたのだ。

 食べ終わった俺たちを見て、キャロさんは初めて笑った。

 今までも笑顔はあったのだが、本当に笑ったと思えたのだ。


「よかった。これはあなたたちを試したの」


「試した?」


「ええ。あなたたちが旦那の肉を出されて、嫌悪感や蔑むような様子を見せればその時点であなたたちを敵として出ていってもらったわ」


「そんなことのために……」


「そんなことって、私にとっては大事なことよ。でもあなたたちは感謝し、旦那を悼んでさえくれた。それだけで充分よ」


 これで俺たちは、彼女の信頼を得られたのだろうか。

 人間にして三十路を越えたかどうかといった大人の雰囲気を持ちながらも、どこか少女のようにいたずらに微笑む彼女は思っていたよりも曲者のようだ。


 そこまで肩肘張らずともよいような質問ではあるが、改めてかしこまって尋ねた。


「ノーマの王都へはどうやって行けばいいですか?」


「それならここから北東に2日ほど歩けば着くんじゃないかしら」


 そう言うと王都までの道のりの特徴を簡単に説明してくれた。

 それこそ山あり谷ありの、程度であり、渡れない川や毒の沼地があるわけではない。

 王都の向こう側には綺麗な滝があるというし、いつか行ってみたいと思う。


「随分とよく知ってますね」


「私も元は王都の城下町にいたから」


 どうしてこっちに来たのだろうか。

 彼女は自身の過去を語った。

 キャロさんは元々、とある貴族の屋敷のメイド長であったらしい。

 彼女の主人は近隣の民から恨まれ、嫌われていた。

 そのことについて再三忠告していたのだが、それが主人の癇に障ったのだという。

 彼女はクビにされ、屋敷から追い出されたのだ。


「ま、そのあと屋敷が潰れたって風の噂で聞いたので残念ってわけでもありませんが。旦那との生活は楽しかったしね」


 どこか晴れ晴れとした表情でキャロさんはそう締めくくった。

 そして片付けを始めた。


 俺は魔族の国に来て、もうひとつ聞きたいことがあったのだった。


「……キャロさんって……人間をどう思ってますか?」


「魔族が、ではなく私が?」


 とても聞きづらい質問に気を悪くした様子もなく振り向いて聞き返した。


「みんながみんな、そうではないでしょう?」


「そうね……好きではないわ」


 今度は後ろを向いたまま答えた。

 顔を見られたくないのか、俺たちの顔を見ているのが辛いのか。

 そうか、嫌いか。

 そりゃあそうか。度重なる戦争、送られてくる暗殺者。好きになれるはずもないか。

 それが顔に出ていたのか、それとも彼女が気のつく人なのか、キャロさんはフォローとして発言の一部を訂正した。


「あ、でもあなたたちは別よ」


 食器を片付けながらこちらを振り向いた。これだけは顔を見て言わなければならないとでも言うかのように。


「全ての人間を無条件で信頼はできないわ。だから、自分で決めた条件を満たせば信頼しようって思ったの」


 だから、魔族の肉を食べてもらったのだ、と。






 ◇


 キャロさんに見送られて、魔族の集落を後にする。

 旅は一期一会などとは言うが、いつかまた会いたいものだ。

 一人一人考えが違うなら、より素晴らしい人に出会いながらの旅であればそれはきっと幸せだと思う。

 魔族の全てが人間を嫌っても、好いてもいないことはわかっている。

 だが今回、俺たち自身を見て、少しでも信頼してくれるという人に出逢えたことに感謝を、そしてまだ見ぬ魔族国家ノーマの王都への不安と期待を抱く。


「あれかなあ」


「あれよね」


「あれだな」


 異口同音にあれだと示すのは、今回の旅の目的地、魔族国家の王都、ノーマだ。

 城は中心にあり、その周りをぐるりと取り囲むように城下町が栄えている。

 外側にいくほど貧しくなっていくところに単純な魔族の社会構造が見られる。



 石造りの住宅街、木造の商店街、人通りの多い道を歩いてみた。

 魔族は先祖や魔力の性質など、幾つかの要因によって肌の色が少しずつ異なるため、肌の色だけでは何も咎められない。だから魔族と勘違いされているのかもしれない。

 だが人種族と同じような肌の色の魔族というのは見当たらない。そのせいか先ほどからジロジロと見られている気がする。まあ実際は魔族ではないのだから当たり前なのだが。


 情報収集でもしようかと酒場までやってきた。

 扉を開けると怒号が飛び交っていた。なんだと思ってそちらを見ると、三人の男が喧嘩騒ぎになっていた。


「あぁ?! 俺の火柱の方が強えに決まってんだろ?!」


「はあ?! 俺の水の刃の方が鋭いからな!?」


「魔法魔法ってそんなものに頼りきりやがって! 俺のハルバード捌きでも見やがれ!」


 喧嘩というか乱闘寸前であった。

 周りの客はやれもっとやれだと焚きつけるばかりで止めようというものはいない。

 どいつが勝つか賭け始める者までいる。酒を片手に、やいのやいのと囃し立てる。


「あんたら! いい加減にしな!」


 一際大きな叱責が飛ぶと、「やべ、女将だ」だの「ヤバイ、のされるぞ」などと口々に言いたてて蜘蛛の子を散らすように野次馬は引いていった。

 三人はまだ足りないようで、女将と呼ばれたおばちゃんにつっかかる。


「なあ、言ってやってくれよ! こんな軟弱なモヤシ野郎より俺の方だよな?」


 魔族国家は単純だ。結果こそが全て、力こそが全てという考えが根底にあるからこそ、法律というものがあまり意味をなさない。


 明快単純な法、「国家内ではより偉いものに従え」というのは魔族国家ノーマの最初の法律だ。

 下剋上を起こすも自由、決闘を挑むも自由。

 魔族国家における「偉い」はなんらかの形で「強い」にあたる。

 強ければなんでもしていいというわけでもないが、無能に従うほど誇りがないものはないというのが多くの魔族の貴族の考えである。


 徒党を組むというのも数の力に頼るという強さであるため、上級魔族と呼ばれる怪物たちは、下級魔族の100や200、群れたところで蹂躙できる強さを持っているという。

 中級魔族は格こそ違えど下級魔族に比べてはるかに強いらしい。

 目の前のおばちゃんがこの下町において十の指に入る実力者だと知ったのはしばらく後のことである。


 だからこそ目の前の結果に驚かされた。


「あんたら三人とも雑魚でしょうが!」


 一人は両手に出現させた火柱をかき消されたあげく、魔法でできた爆炎によって店の外まで吹っ飛ばされた。

 もう一人は水の刃を叩き落とされ、上から水の魔法で潰された。

 最後の一人も、愛用のハルバードを折られて壁に打ち付けられた。


 さらに驚かされたのは、三人ともが無傷で、彼らが丈夫だったのかもしれないが手加減していたことがわかったからだ。

 すぐに起き上がって謝罪したあと、酒場からまた口喧嘩しながら立ち去っていった。


「三人がかりでもいいから、このあたしに手傷を負わせられるようになってから出直しな」


 逃げた野次馬がいなくなった店内では、元から静かに飲んでいてなおかつ騒ぎでもおばちゃんにも逃げなかった強者と、そして俺たちだけが取り残された。

 おばちゃんはこちらを見て面白いものを見つけたように言った。


「なんだ、あんたら人間じゃないか」


 その目に敵意がないとはいえ、今までの旅で一、二を争う恐怖の瞬間であった。

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