社会には闇がある
三人には外で待機していてもらった。
別にやることがないわけでも、警備に回しているわけでもない。やってもらうことがちゃんとある。
そして俺は今、一人の男と向かい合って座っている。
「で、あんたは何の話をしにきたのかな?」
怜悧な目つき、鼻はしゅっとしていてメガネをかけている。見た目はまさにできる男といった感じだ。随分と若い。二十代前半といったところだ。
彼は俺を招きいれたあと席に着くように促した。
窓は一つしかなく、やや低いところにある。立っているときにちょうど首元に上の淵がくるような位置だ。空いた窓からは外の様子が見える。
「まあその前にうちの商売のことでも話そうか」
シンヤと名乗った彼は簡単に自分の動かしている組織と、その商売について話してくれた。
彼らがここを拠点にしているのは近くに『自由の街』があるからだという。
食料などの生活に必要なものをそこから買い、そこを経由させて輸出することでここの場所を隠蔽しているのだ。そして奴隷もそこから入手することがあるという。彼らは一つの組織で仕入れから販売まで行っている。
「自分で見るから、粗悪品でぼられることがないんだ」
やや誇らしげにそう語る。
人間だけでなく獣人、魔族なども扱っている。エルフなどになるととても高いのだとか。
俺の思う奴隷商となんら変わりはないようだ。
販売の方法なども聞いた。俺のことを買ってくれているのか、この程度のことを話しても構わないというのか、それとも俺が聞いてもわからないと思っているのか。
ただ、この男が非常に有能であることはわかった。
話す内容は合理的で、わかりやすい。人に物事をわかりやすく説明出来るということは、それだけ体系的に整理して理解しているということに他ならない。行っている商売そのものにも、倫理的問題があるかはともかくとして大きな穴はなかった。
俺は僅かに迷っていた。行うべきか、行わずに全てを御破算にしてここを出ていくか。
シンヤという男がもしも、俺の見た通りに優秀であるとすれば。
巧遅よりも、拙速。行動は早い方がいいだろう。
「単刀直入に言いましょう。奴隷商、やめてみませんか?」
はたから見れば理不尽極まりない持ちかけである。
提案を聞いた瞬間、シンヤは腹を抱えて笑い出した。
ひとしきり笑ったあとただでさえ鋭い眼光は切れ味を増した。
「子供が知った風な口をきくなぁ。こちらにそれを呑んで利益はあるのか?」
「それを今から話しましょう」
やめる、というのは語弊がある。商売方法を少し変えてもらうだけだ。
「奴隷を売るのではなく、貸し出す場所にするのです。お客様にお名前と在籍国を記入してもらいます」
「それの何がいいんだ?」
「まずは質の良い奴隷を新たに仕入れる必要がなくなります。今いる奴隷を役に立つように育てればいいのですから。もう一つは国などから目をつけられなくなります。これを正式な仕事とすればいいのです」
この組織に奴隷の名前を登録しておく。ここで住み込みで働かせ、仕事をできるだけ多く覚えさせるのだ。そうすることでこの場所を派遣会社としての業務を成り立たせることができる。気に入った人はちゃんと給料を払うことや住み込みで賄い付きなど条件をきちんと決めて正規雇用にすれば良い。その一方で、彼らに正規雇用されるよりもここが良いと思わせられれば良い。契約を受けるかどうかを本人の意思委ねる形にする。
「奴隷の質が良いかは客にとっても賭けになります。それを一定期間の貸し出しを行うことで実力が見れます。正規雇用として雇うにはこちらにも一定額を納めてもらえばいいのです」
そもそも、奴隷というものの需要は質に寄っている。数を揃えたいだけならば、貧民街から最低限の扱いで攫ってくれば良い。魔法で契約しているという訳でも、完全に従順になるように教育されている訳でもない。彼らは最低限、言うことを聞くようにと礼儀と心構えだけを教えこまれただけのものだ。それでも、ただ攫ってくるよりは健康状態が良く、問題のないものが確実に手に入るからこそ成り立っている。人権を無視したような玩具が欲しい層は非常に少ない、ということになるだろう。つまり、質の良い従業員が保証されるなら、その扱いは奴隷でも派遣でも構わないはずではないか。
シンヤは俺の話に相槌を入れながら興味深そうに聞いている。
「それでも人間の売買にはなるじゃねえか」
「ちゃんと奴隷を人として扱うのですよ。給料も食事もだして、危害を加えないように、本人の意思を尊重しながら働かせるのです。正規雇用も本人の同意と雇用主の同意の両方を必要とするということで」
ここで切り札を出す。
「ついさっき、『自由の街』へ向かう騎士団と出会いました。彼らがここを突き止めるのに時間はかからないでしょう。そのとき、堂々と言えるのですよ。私たちは人の売買はしていない。労働力の売買をしているのだ、と」
「なるほど、面白い」
「なんなら国に言ってギャクラ国に正式な職場として認めてもらいましょうか? 各国の貴族も今までのようにこそこそと来る必要がなくなるのです。他国へのコネを持つここなら、実力を売り込みいい勤め先を見つけるのにうってつけの場所になるでしょうね」
国民への反感を買わないように、表向きはどの国も奴隷の売買を禁止している。その法律の穴がいつまでも埋まらないのは、所詮奴隷廃止なんて口だけで、奴隷は社会の文化として根付いているのだ。
ならば制度を変えてしまえばいい。
「確かに騎士団とやりあうには戦力が足りないな。正式な職場として認められれば今までみたいな危険を冒すことなく商売できるのか」
「先行投資は必要でしょう。奴隷の教育、今までのように売りっぱなしではなく、事後処理に奴隷の生活を見るなど。それをある程度僕たちが負担しても構いません。今言ったことをするなら代表者に僕の名前を使用すればいいです」
そう言うと俺は教育課程みたいなものを目の前で書き記した。
労働のペースや、教育時間、一日の配給など、多すぎず、かつ奴隷たちが感謝してここに依存するように。ただの概算ではあるが、必要最低限の扱い、貧民街などよりも少し上の生活よりは遥かに文化的な生活を送ることができるだろう。
「これからは広く、そして質の高いものを目指しましょう。より多くの貴族が気軽に来られるように、宣伝も大々的に行い、堂々と商売してしまうのです」
ここの人材は良いからぜひ正式に雇いたいが、こちらの待遇がよくて奴隷たちが頷かないというのが理想の形だ。
「今までの利益が馬鹿らしくなるような、王様みたいな生活を体験させてあげますよ」
「話はわかった。それにその方法には見習うところがあることもわかった。性奴隷は廃止しても構わない。だがな」
持っていたペンで机を一度叩く。
「初めて会ったお前をそうホイホイと信じられるほど頭の中は沸いてないんだ」
そう言うと彼は扉の外に合図を出した。
すると部屋の中へぞろぞろと武装した屈強な男たちが現れた。
「試させてもらおうか。これぐらいのことを予想していない奴なら、これから予想外のことに対応できなくなるだろう?」
俺が持っている金を奪ってやろうと思っているのか。金はアイラに預けてあるんだけどな。
もちろんこの事態だけを危惧していた。
話だけならばこいつらにデメリットはない。受け入れるかは別として。
見た感じこいつは俺の下につく価値があるのかを確かめたいらしい。
いいだろう、見せてやろう。
◇
俺は国の統治下にない場所で奴隷商売をしている組織を仕切っている。中規模な組織をギャクラの南にある領外で行っている。
客もいないある日のことだった。俺に一人の人間が面会を申し込んだ。そこへ来たのは身なりばかりは多少いい貴族風の少年であった。周りに同じぐらいの年齢の少年少女がいたが、部屋に来たのは一人だった。
目の前の少年からは並ならぬ雰囲気を感じとっていた。どうしようもなく禍々しい、人間だと断定するのが嫌になるようなそんな、そんな雰囲気だ。年齢にそぐわぬ、不気味な笑みを浮かべている。
少年は奴隷商売の改造を持ちかけた。
効率のよい教育方法は、国の貴族や学校の中でもそうそうないような、方法を知るだけで金がかかりそうなほどまでのものであった。
中でも、足し算と引き算は同じものである、という考え方は面白かった。引き算には二種類あるというのだ。差を求めるものと、結果を示すものだ。後者が足し算と同じだという。マイナス1を足すというその考えは数字というものを見直させてくれた。
人間の心理動作から、どうやって奴隷をこの組織に依存させるかまで、一つ一つ丁寧に説明された。しっかりと一個人として認め、頑張ったら報われると叩き込むのだ。そして上下関係を保ち続ける。
そのためには非人道的な扱いはやめなければならない。
だが少年の言ったそれが成立するとすれば、これからの儲けはバカにできない。
この商売を真っ当なものとして認めるというのだ。
人間社会に根付いた醜悪な文化の一つ、奴隷市場を。
他にも奴隷を売る場所はある。だがレイルと名乗る彼は自分の能力を買ってこの話を持ちかけたと言った。
その褒め具合に思わず気を良くしてしまい、話を受けてしまいそうになる。
それさえも彼の策略の一つではないかとさえ思う。
正直、この話は受けたいと思った。
冷静に考えてここで騙す理由がなくて、お互いに得になることがわかっていたからだ。
それに、もしも利益にならなければすぐに戻せばいい。そのための下地は潰さずにおこう。
俺は別にこんな商売を喜んでしているわけではない。元は俺は商人の息子だった。親と乗っていた馬車が襲われ、襲った盗賊団に潜り込むことで尊厳を守った。そして過去の自分がなるはずであった奴隷、それを量産する仕事についている。儲かるから、仕方なくである。もうそのことで罪悪感を覚えるような繊細さはとうに捨ててしまった。売られた方がましな生活をするヤツってのはいるし、売られることで救われる奴もいるってことも知っている。だが、もしもそれよりも利益が出る方法があるなら乗ってもいい。そう思える程度の執着にすぎない。
だが、目の前の異形の存在はどのような人間であるのか、そもそも人間なのか、それを確かめたかった。
彼の人柄を、そして人格を。
あらかじめ出した指示に従い、男どもが部屋に入ってくる。厄介な客に対する常套手段だ。
これで本性を現すだろうか?
この策は完全に無駄というか徒労になった。
目の前で囲んでいた部下たちは、部屋に入っていくらも経たないうちに眠るように倒れた。ピクリとも動かない。
何が起こったのか俺には全くわからなかった。死屍累々の惨状が広がっていた。いや、死んではいないだろう。
ただレイル──いや、レイルの旦那は目の前でただにやにやと凶悪な笑みを浮かべているだけだった。
敵わない、と思った。交渉が決裂したことも考慮に入れて、その上でこんな提案を持ちかけるなど正気の沙汰ではない。
俺は提案を受けることを伝えると、さっきのことはなかったかのように一枚の紙に契約事項を書いて俺に署名させた。
だが不思議と不安はなかった。旦那の自信に満ちたその顔を見ていたら大丈夫な気がした。
自分よりも年下の子供相手だというのに、その企むような顔は何故か安心感さえあった。
◇
部屋の外の壁際で三人の少年少女が話していた。
一人は腕輪のアイテムボックスから出した粉を火の中へとくべている。
「ねえアイラ、なにを燃やしているの?」
「なあそれって毒じゃないのか?」
二人がアイラに問いかける。
「うん、毒だよ、それも吸引性の。体が動きにくくなる毒と眠り薬の混ぜたようなやつ。レイルくんが燃やした煙を部屋の中へバレないように入れろって」
「それってレイルも倒れるんじゃ?」
だがそうはならなかった。
部屋の窓の高さに秘密があった。ちょうど、立った人間の首よりは下で座った人間の首よりは上。
煙は空気よりも軽く、上に昇る。上方に溜まった毒の煙は立った人間にだけ効き、座った人間には効かない。
三人は部屋の中にいるレイルから合図が来るまで煙を焚き続けた。
◇
「降参だ。なるほど、見た目通りの人間じゃないし、君になら仕えてもいい」
その言葉を聞き、即座に契約書を書き上げる。奴隷を人扱いし、それを利用した商売をすることと言った内容の文書だ。準備金と称したお金を渡す。奴隷に顔を見せながら一人一人説明していく。同意した者だけはここで教育を受けてもらい、仕事を覚えてもらう。
確かに衣食住を保証し、暴力は振るわないと約束したとはいえ、奴隷に近い扱いなのは変わらない。
それでもほとんどの奴隷が喜んで同意していった。
今までの扱いに比べたら、となるのと、ここで逃げても家には帰れない。辿りついてもろくな生活は送れないことを考えたらここでいた方が幸せだとは思う。
我ながら選択肢を与えているように見えて、自分から喜んで働かせるとは、上手くいきすぎて怖いな。
「何か困ったことはあるか?」
「売らずに貸すとなると、奴隷が余る。どうしたらいい?」
「そうだな。『自由の街』がおそらく解体されるだろうから自給自足できた方がいい。農作業にでもあてよう」
そう言うと効率のよい方法を教える。
上手く育たない土地や牧草地にはシロツメクサ、通称クローバーを植えておくように指示した。
シロツメクサには根粒があり、根粒に生息する根粒菌は空気中の窒素を固定する働きがあるからだ。
窒素は植物の成長に必要不可欠である。
海岸に自生する葉の表面に白い結晶がある草は塩がとれることも教えておいた。
海水でも育つし、塩をとった後は肥料にもできてよいだろう。
作るものを季節や年で変更するように、ということも教えた。同じ作物ばかりだと上手く育たなくなるからだ。
「上納金とかはいらない。たまにここに戻ってくるからその時は泊めてくれよ。それと、馬鹿なことするとクラーケンに襲わせるからな」
しっかりと釘をさしておくことも忘れない。
「はいよ、旦那」
なんだよその呼び方は。
まあいい。どうせ裏切ったって困らない。切り捨てるだけだ。
それに裏切るほうがこいつにとって不利益が多い。俺はこいつを買っている。これから荒稼ぎさせる気だからな。
俺にとっても都合がよい。貴族にコネのあるここを抑えられるのだから。
何はともあれ、こうして俺たちは奴隷市場もどき──現派遣会社を支配下に治めたのであった。
そしてここが、これからの俺たちの旅の拠点となる。
派遣会社は大変です




