弱者は正義を語らない
最終話です。
弱者も強者も正義など語ることはできない。
絶対の基準などどこにもなく、個性によって個人の行動は決められていく。
私は離れたところでずっと見ていた。
レイルくんが魔法で邪神を黒焦げにするところも、レイルくんがグランさんを転移させるところも、みんなが集結したところも全て。
そして、レイルくんが何か叫んだかと思うと、全員がその場から消えた。そのあと、レイルくんが裂け目に邪神を掴んで一緒に消えるところまで。
私にはどうすることもできなかった。
邪神が黒い玉を取り出した瞬間、その球を砕いていれば何か変わったのだろうか。いや、あれは割ることそのものに意味がある。……いや、言い訳はよそう。私が弱かったんだ。私にもっと先見の才があれば、私にもっと力があればレイルくんを救えたのに。
誰もいなくなった平原で呆然として今の状況を考える。いや、考えられてなどいない。目の前で起きたことを理解することも受け入れることもできてはいなかった。
手元にある巨大な銃を見た。長く、三脚で固定されたそれを見ると無性に虚しくなった。
レイルくんなら、空間転移があるのだから戻ってこれるはず。
そう自分に言い聞かせるも、あの時裂け目の向こうに見えた光景に心当たりがある。以前、レイルくんが空の向こうに何があるのかと語り聞かせてくれた、その特徴そのままの夜空のような光景がそこにあったのだ。
もしも私の予想通りだとすれば……あの場所でレイルくんは生き残れない。風魔法が使えない。こんなところで、属性が万能じゃない弊害が出るなんて。
どれぐらいの時間をそうしていただろうか。
ずっと、キノさんとデウス・エクス・マキナさんが側にいてくれた。何も言わず、ただ隣にいるだけの二人の気遣いが嬉しかった。
無慈悲な太陽が沈みかけている。夕陽はどうして赤いのか楽しげに教えてくれた時のことを思い出してしまった。あの話を聞いてから、夕陽がもっと好きだったのに。どうしてか今は全然色づいては見えない。
まだ何が起こったのかわからない。レイルくんは今どうしているのかも、生きているのかどうかも。でもまだ帰ってこないことを見ると、邪神を倒して無事だなどと楽観視はできない。
レイルくんの思考をなぞる。大切な人が、いなくなった時は……そうか、レイルくんはこうならないためにずっと剣を振って、魔法を鍛えて、思考をやめなかったんだ。手段を選ぶこともなく、人からどう言われようと曲げなかった。
もっと、もっと平和に暮らせたはずなのに。貴族の養子になれたなら、可愛い女の子何人かと結婚したり、便利なもの作って売ったり、そんな暮らし方もあったのに。と女の子のくだりでその中に自分がいなければ、と思うときゅぅと胸が締め付けられる。今は意味のない仮定だけど。
こんな時、どうすれば。
「後片付け、しなきゃ」
私はノロノロと立ちあがる。
レイルくんの頑張りを無駄にしないように。これからのことを考えなきゃ。
レイルくんが帰ってきたときに、一人でも頑張れる、だから側にいさせてって言うために。
キノさんとデウス・エクス・マキナさんに連れられてその場から去った。
◇
レイルがいなくなって一ヶ月が過ぎた。
邪神に従っていた魔物たちとの戦いは各地に多大な被害をもたらした。とはいえ、一度に大量の魔物を駆逐したことでその後の魔物の被害は一旦減少した。だが、生態系が大きく狂ったことと、縄張り争いにバランスがあった魔物たちの中でも強い個体ばかりが生き残ったことで魔物の被害の種類がこれまでとはガラリと変わり、その対応を迫られた。
戦いを通じて完全にわだかまりが解けたわけではないが、獣人や魔族、妖精など多種多様な種族の中にも他種族と交流を深めようという動きは活発になってきている。
やはりその中心となって、現在最も急成長を遂げている都市というか、国はユナイティアである。
商人の出入りが激しくなり、経済が活性化したことで開発が進んだ。
ユナイティアでは、そんな現状に邪神の危機が過ぎ去ったとばかりに浮かれる大衆を尻目に一人黄昏れる少女がいた。
「なあ、アイラ、いい加減に元気出せよ」
話しかけたのは冴えない魚人の青年だった。彼の名前はオークス。これでも一国の王であった。
「みんなお前のこと心配してんぞ。ロウにカグヤに、ジェンヌにアランもドレイクもみんな匙を投げたって聞いて何故か僕が呼び出されたよ」
そう、アイラはあれから無感動に作業をこなすだけの生活をしていた。
必要だから食事をとり、必要だから復興の手伝いをしている。それは確かにアイラの意思だが、まるでレイルがいない今、楽しむことをあえて避けているかのようであった。
「どうせ、私に出て欲しいパーティーとかもあるんでしょう」
「そりゃあね。ねえアイラ。君が今、どんな立場がわかってる? レイルが邪神を倒して討ち死にした────」
「レイルくんは死んでなんか……」
アイラは言葉を濁した。レイルが帰ってこないとしたら、その理由に最も心当たりがある彼女だから。
「わからない、よね。だからさ、君も邪神討伐隊の中に入ってたことはわかってるんだ。奇妙な武器で何度も邪神を攻撃していたこともね。英雄の仲間入りだ。一番の立役者であるレイルの仲間ってことでどんどん株が上がってる。ひっきりなしに公の場へと招待されてるんだよ」
「レイルくんが倒したのに、私が我が物顔で出られるわけ……」
そう言ってアイラは顔をあげた。
そしてオークスの顔を見て何かが引っかかる。
「ちょっと待って」
「えっ、なに?」
急に浮ついたような声で顔を輝かせはじめたアイラに、何が原因でそうなったのかわからずオークスはひたすらに困惑した。
「そうだ……そうだよ。ありがとうオークスくん!!」
「何が? えっ?」
「レイルくんは生きてる! 絶対帰ってこれる! どれぐらい時間がかかるかわからないけど帰ってくるよ!」
「う、うん。元気が出たなら何より」
そのとき、二人のいた部屋の扉が叩かれる。
アイラは誰かも確かめずにその扉を開けたのであった。
◇
俺は久しぶりの地球を遥か上空から見下ろした。
俺がこうして帰ってくるために繋いだ空間の穴はしばらくの間、不安定なままで、俺はそれを通り抜けるのを控えて安定させるために頑張っていた。
すると、あれよあれよと世界中にそのことが伝えられて大騒ぎになったらしい。とは後で聞いたことである。
ユナイティアの上空から降り立つ。見張りを立てていることもあり、すぐに見つかってしまう。
すると、たくさんの人がこちらに向かってくるのがわかる。しかし居住区からは結構な距離がある。肉眼ではあまりよくわからない程度には。
魔物をゴミ屑のようにはねとばしながら、一切傷つけずに人外の速度で迫ってくるミラが遥か遠くにいるのを空間把握で認識する。
ややおっとりというか、はしたなくなるのを避けてか馬車を使ってこちらに向かってくるのは懐かしい双子。
時術まで使って二人で駆けつけてくれるのはおそらくはあの夫婦。
忘れるはずもない。懐かしい面々。
魔王も知らせを受けた瞬間に転移してきたらしい。
ユナイティアに逗留していた、邪神討伐隊の残りもいる。
だが、馬車を使ったレオナとレオンよりも、人外の速さを誇るミラよりも、一番最初に俺の元へと現れたのは。
「レイルくん!!」
紅い髪の少女であった。
アイラは俺に向かって速度を落とすことなく突っ込んでくる。まあ俺も体を鍛えてはいたわけだから、人一人、しかも女の子の華奢な体ぐらい受け止められる。
どん、と衝撃が胸に心地よい。足元に広がる大地の柔らかさも、頬を撫でる風も、木々や草花の匂いも全てが新鮮で懐かしかったけど。何より懐かしかった人肌に思わず抱きしめてしまう。触り心地のよい髪を撫でて、互いに顔を肩にうずめあう。
「待ったんだから……」
「いやあ。邪神から引っ張りだした擬似核を飲んで邪神の作った亜空間の解析に時間がかかったんだよ」
「それだけではないじゃろ」
次点で到着したミラがからかうように言った。
「ははっ、ばれた? まあ疲れすぎて時間感覚が違うのも忘れて少し寝ちまったんだよ」
「許さない」
「ごめんごめん」
「のう。お主が死んだらわしもわかるがの、永遠に封印などされておったらわからんからの。しっかりと戻ってくるのじゃ」
「心配……したんだから」
「もう安心しろよ。邪神は自身の力で自身の作った亜空間に閉じ込められているよ。空間転移と水神の羽衣があるんだ。どこからだって帰ってくるから」
いつの間にかレオナ、レオン、カグヤにロウ、リオが到着していた。
「おお、レイル。久しぶりー」
「あんたがいなくなって大騒ぎになったんだからね」
「遅いの」
「ああっ! 負けましたわ! だから馬を急がせなさいと何度も!」
「レオナ。お前は少し御者を気遣ってやれ」
「滅相もありません! しかし速度を上げすぎれば姫様のお体に負担が……」
「ご、ご無事でなによりです! ささっ、お疲れでしょう。すぐにでも休憩のご用意を」
「少しは再会を喜ばせろって」
それから次々にやってきた。
ユナイティアで俺のことを待っていたのはアイラたちだけではなかったらしい。
カレンやキリアもやってきた。
そして、みんなの方を向くと自然とこの言葉がこぼれた。
「ただいま」
みんなもまた、まるで口を合わせるかのように同時に。
「おかえり」
そう、帰ってきたんだ。
心配、かけることができていたのだろうか。
だとしたら不謹慎だけど、すごく嬉しい。
飛びついてくる奴らに揉みくちゃにされながらそんなことを思う。
俺も晴れて勇者様(笑)か。いろいろあったもんだ。強さを戦闘の結果だけで見るなら、俺は多分強くなったのだろう。
ただ、勝利を誇るような感覚はない。あるのはなんともくすぐったい幸福感と、仲間の顔を見ることができた安堵だった。
あれは所詮ただの生存競争だ。世界を救うとか、仲間を守るとか、そんな耳当たりよく理由を付けるつもりはない。
もしもの話などない。結果としては実ったが、途中まで実らなかった努力だってしてきた。これからもどんなことがあったとしても手段は選ばないだろう。たとえ何度同じ場所に生まれ変わったとしても、きっと同じ選択を選び続ける。何度も間違え、失敗しても、その選択の積み重ねが今の俺を形作っている。
人は誰もがどこかで自分を正当化したがっている。俺は自分を正しいなどと言えるはずもない。語る正義など持ち合わせていないのだから。そう、俺はどこまで敵を倒せても、どれだけ心が折れずとも、人としていつまで経っても弱者のままだ。自分個人の利益を考え、人を傷つける。そして罵倒されるのだ、最悪、最低だと。
罵倒も賞賛も受け止めよう。弱者は正義を語らない。いや、強者もまた正義など語れやしないのだから。
次のあとがきで最後です。




