危険な奴ら
おかしいとはおもいませんでしたか?
こういう時に呼びそうなあの人たちがいないことを。
邪神を放置してまでグランを転移させたその理由を。
魔族国家ノーマからかなり離れた場所に、冒険者も立ち入ることのない人外魔境がある。
とある鍾乳洞を抜けて、生い茂る蔦や樹木の間をかき分けていくとそこにはジメジメとした湿地帯が広がる。
気を抜けば足を取られ、踏み外せば底なし沼に落ちるようなそんな場所である。
見渡す限りの湿地帯の真ん中には巨大な湖がある。そしてその湖の中央にはかろうじて島のような場所があるのだ。かろうじて、というのはあまりに巨大なその場所の中ではの話であり、人間から見ればそれは大きな島である。
島に唯一そびえ立つ古城に向けて、異様な集団が歩いていた。
「なんで私がこんな目に遭わないといけないの」
「そうよ。私だってみんなとばばーん!と魔法合戦やりたかったんだからね!」
「なんであなたたちがそんなに呑気なのかを私は知りたいわよ……」
一人は獣人の少女である。猫耳をピクピクと動かしながら不平不満を述べている。
快活な口調なのは透き通るような妖精である。黄緑色の羽でふわふわと浮いている。浮いて、と表現するのは魔法で飛んでいるからに他ならない。
そんな二人をたしなめるのは魔法使いの妙齢の女性である。杖を持ち、ローブを羽織ってと魔法使いの基本的な格好だ。
「そうカリカリすんなって。強い相手と戦えるんだろ? ええっと……サーシャさん? それにウタちゃんに、リオちゃんだよな? みんなレイルの友達か?」
チャラい様子で戦闘狂なことを言うのは魔族の男であった。
剣も魔法も使えるといった感じで、動きやすそうな胸当てに小手と軽装備を幾つも重ねている。
「……友達という表現にすごく違和感があるわね……」
「あたぼうよ! 偉大なるウタちゃんは仕方なくレイルの友達なんだから!」
「そうなの」
三人はそれぞれに返事をする。
そして元凶となっている男に視線を向ける。
「はーあ、本当はギルドの招集に応じてガラスとかの指揮下で戦うつもりだったんだけどなー」
「うちもなの。お父と一緒にゴブリン殲滅する気だったの……」
口調だけはしょんぼりと、だがその内実は悠々と歩く目の前の男に向けた非難である。
「私はレイル様に仰せつかったのですよ。好きな人員を連れて討伐に向かえ、とね。まあ今の時代で知る強い者となると、必然的にレイル様との共通の知り合いになりますが」
凄絶な笑みが見る者の背筋に冷たいものを走らせる。
彼の名前はアークディア。レイルの契約した知識欲の凄まじい上級悪魔である。
「本当はカグヤ様やロウ様もお連れさせていただきたかったのですがね……。まあいいでしょう」
「そうよ! なんでもって私たちがよりによって……!?」
悲壮感漂う声を出すのはサーシャである。
彼女は良くも悪くも良識ある正統派の魔法使いである。これから連れていかれる場所のことを思うと気が重くなるのは当然のことだ。
「お連れする理由は幾つかありますね。一つはこれが一番重要ですが、レイル様を裏切らないことでしょうか。二つ目はレイル様が口添えするだけで連れ出せるようなちょうど良い立場ということですね。三つめは……と着きましたね」
「三つ目はなんなのかしら」
「実力を隠していること、ですよ」
そう言ってアークディアは城の扉を開け放った。
◇
アークディアがレイルに頼まれたのは他でもない、邪神の隠し玉の殲滅である。
魔物の軍を大規模に動かすことで、隠れ蓑としてここに新たな拠点を作り出していたのだ。
教徒などの地上にいた非戦闘員は最終決戦の場の付近で待機させてあったが、ここにいるのは戦闘もこなせる重要幹部、つまりは邪神が滅ぼし、創り出した世界を担っていく面々である。
その中にはかつて人間の国で貴族をしていたものや、国家級犯罪者として裁かれる前に替え玉を用意されて助け出された者もいる。
どれもこれもが、邪神の認めた一線級の猛者たちばかりだということだ。それも対集団戦に向いた幹部、つまりは不死王や、力しか能のないベヒモスなどを除いた個人戦に向いた者たちであった。
その中には当然のように、邪神が地上に顕現してから余った魂で冥界から呼び寄せた者もいる。
それぞれがただならぬ気配と眼光をもって呼ばれざる客人たちを迎えた。
中央に座っている男がグラスに注いだワインを傾けながらぼんやりとやってきたアークディアたちを見やる。
「レイル・グレイの差し金か。やはりあの男は始末しておくべきだったのだ。まあもう遅いがな……」
身なりの良い壮年の男性が吐き捨てる。胸元の紋章が外されており、かつての地位を捨てていることがわかる。
レイルをことさらに憎んでいるその男にアークディアは見覚えがなかった。
自分の敬愛する主が誰かの恨みや怒りを買うのはいつものことなのでさほど気にしない。本来仕える主が冒涜されれば怒るべきなのかもしれないが、アークディアはそういった熱情とは疎遠な悪魔である。
そんな余計な激情に思考を割くぐらいであれば目の前の敵を観察する方が先だ。それこそ自らここ数年で学び取った姿勢。
しかしながらウタとリオは急に不機嫌になる。アークディアが許可していないので飛びかからないだけで、自由に戦闘しろと言えば我先に目の前の悪魔に突っ込んでいくことだろう。
敵の数は八人。人数だけならばやや不利だがアークディアは気にかける様子もない。
それは自らの仕える主への絶対的信頼の表れであった。
直後、空間転移で一人の男が現れた。黒い外套をはおり、腰には本気を示す剣が携えられている。怜悧な眼差しに颯爽とした足取りは戦場よりも舞踏会の方が似つかわしい。しかしながら、その身にまとう雰囲気は明らかな殺気と覚悟であり、男を八人は敵とみなした。
それに合わせるかのように、急激に空間の一点が歪むのをその場にいたものは感知した。
「正規の方法ではない……?」
びきっと空間がひび割れるようにして裂け目ができる。一組の男女がそこから飛び出して、閉じた後に地面へとべしゃあと叩きつけられる。
「なんでこんな乱暴なんだよ!」
「仕方あるまい! むしろ体がバラバラになっておらんだけ感謝せい! わしがおらんだら今頃狭間の藻屑じゃぞ!」
「その狭間を近道感覚で使えるったのがミラじゃねえかよ!」
「ええいよかろう! ……見ろ。絶好の登場であったようじゃ。そして出た場所も完璧。さすがわしじゃ」
出てきたときの空気は完璧ではなかったけどな、とホームレスが心の中で突っ込む。
白い髪の青年と、鎌を持った少女がギャーギャーと言い合いながら埃をはたいた。
「おお、ちょうどよかろう。八対八じゃ。人数も五分になったのう」
こうして遊撃部隊五人に三人の援軍が駆けつけたことで八人編成の幹部討伐チームが出来上がった。
アークディアは味方の数が変わったことで現状を再確認していた。
人間よりもはるかに長い時を生きた自分でさえも、レイルの考えが読めないことに興奮を覚えていた。それはレイルが異界の知識を持っているだけではない、レイル自身がアークディアから見て未知であるという事実に、だ。
ミラの言う通り、出来過ぎた援軍の到着によって戦況は討伐に変わった。最初は時間稼ぎをして援軍を待つつもりだったのだ。
しかし今はどうだ。死の君ミラヴェール、現魔王グラン、何故か力を増しているロウに当初の五人がいることでぐっと楽になったのだ。
ここにいる面々はレイルに色濃く影響を受けており、性質が近いのはロウで戦略面で同じ領域に達しているのはグランだとアークディアも思っている。
だが誰よりも近くで、精神の中からレイルを、レイルの決断を感じて観察し続けたアークディアはレイルの思考を追うのにかけてはアイラと同じぐらいだという自負があった。
よって、ここでの大まかな指示は本来の予定通り自分が進めることで問題がなさそうだ。
周りの仲間を見ながらそのように決断をくだして相手の観察に移った。
悪魔の背後にいるのは三つの首を持つ巨大な犬であった。アークディアもよく知っている、地獄の番犬ケルベロスである。立ち上る闘気に、全身にまとう魔力はおそらくは並の剣や魔法では傷一つつかないだろう。冥界の精神生命体にしては珍しく、現世における自分用の肉体を持っているのが特徴である。
「げっ、なんでお前生きてるんだよ」
「んなもん、替え玉を用意して逃げたに決まってんだろ。それに俺は降臨させた立役者の一人だぜ? まあ国滅ぼしは二つ目でお前んとこのクソガキに止められたけどな」
そう言ったのはかつての国家犯罪者デイザスであった。
邪神を復活させるためだけに各地を回って人を殺しまくっていた張本人である。
「珍しいな。悪魔か」
「そういう貴方こそ」
そんなやりとりをしたのは長髪に執事服とよくわからない格好の悪魔たちである。精神生命体であるため、受肉はしているが擬似核はない。一番強そうな上位の悪魔が一人、その横に二人の中級悪魔がいる。
そしてここにいる者は知らないが、レイルを敵視した壮年の男性は元はヒジリアの出身であった。娘が酷い目に遭わされたというのに、動かない国に嫌気がさして飛び出したのだ。娘の名はセティエという。
残りの二人のうち一人は完全にフルフェイスの兜で顔を覆っており、その表情は見えない。先ほどから全く言葉を発さない。最後の一人は三メートルほどの巨大な体格を誇り、おそらくは巨人族の血が混ざった先祖返りを起こしているのだろう。
「どうするのじゃ」
「クフフフフ、では私があの悪魔を貰いましょうか」
「じゃあ俺はデイザスとかいう魔族を」
「俺はおっさんもらっちゃダメか」
「わしはあのわんこを貰おうかの」
ホイホイと気軽に決めていく四人にやや呆れながらグランがフルフェイスの鎧騎士を指定した。
とはいえ、上位の悪魔やケルベロスが頭一つ抜けた感じはあるものの、どれもこれもさほど実力に差はないように思われる。
しかし取り残されることにやや不安があるのか、サーシャとリオ、ウタも続けて敵を指定した。
「あのでかいのを!」
「悪魔とか最悪なの……」
「ええ、私も悪魔?!」
中級とはいえ悪魔と戦うことにここに来てもなお難色を示す二人にアークディアは語りかけた。まずはリオに、そしてサーシャに。
「リオさん。ここで強い敵を倒せばレイル様も褒めていただけますよ。それに……私は知ってますからね。あなたの種族を」
リオはとうとう観念した。
「ごめんなさいなの。嘘ついてたの」
リオの限りなく人に近かった姿がやや獣のそれに近くなる。いや、獣よりも魔物よりに、そして凶暴なそれに変わっていく。爪が伸び、毛が深くなった彼女は目を赤く染めて呼吸も荒くなっていた。
全てが終わったリオのそれは、可憐な少女のそれを見る影もなくしていた。
「その力を解放すれば、こうして凶暴性と戦闘力は上がるの。でもこの姿を見られたくなかったの」
だんだんと声が低く、獣とおなじようになり、最後に唸り声をあげた。肉食の猛獣が出すような喉の底から出た唸り声はケルベロスの毛を逆立たせた。
リオの種族は特別な種族であった。誰よりも実力主義の獣人の族長として発言権を持つに至るにはそれだけの強さがあった。人間に一番近い見た目を持つのは、獣としての力を人間の姿に押し込めたからだ。そこには多少の劣化、つまりは多大な封印がある。普段から必要以上にその力を使わなくて良いように、リオの種族はその強すぎる攻撃性と強さを隠して押し込めていたのだ。
それを一度解放してしまえば、人間の技術を獣の姿でふるうまさに人獣一体となる。
アークディアは長い悪魔としての生の中で、そういう獣人の種族が戦争で活躍したという記憶を得ていた。
レイルは何も気づかなかったのだが、レイルが好きに強いのを連れていけ、と言われた時に最も手っ取り早いと思ったのが彼女であったのだ。
そしてアークディアはもう二人の連れてきた妖精と魔法使いを見る。
ウタはウェンディーネの姪である。レイルが知っていてアークディアが知らないこともあるが、ことこの世界の種族などの普遍的な知識については長く生きているアークディアに長がある。
そしてサーシャ。彼女は本来、最もここにくるはずのなかった人物である。
それを変えたのは、一度死にかけて、アークディアが中に入ったあの時からであった。
魂を扱う悪魔にとって体内に、魂の中に同居するということはとある効果をもたらしたのだ。
サーシャの中に眠る古来の竜さえ圧倒する魔法使いとしての血を、魂をアークディアは解析して自分の感覚へとした。そしてその感覚の一部が本来の持ち主であるサーシャへと還元されていった。つまりはサーシャの魂を通じてアークディアは飛躍的に魔法の力を上昇させていたのだ。
それと同時に逆の反応が起きていた。アークディアの魂を扱う悪魔としての力がアークディアとの同調によってサーシャにもうっすらと馴染んだのだ。
「今の貴女は魔法に魂を込められるはずです。これを」
そう言ってアークディアはサーシャに盗賊から奪った魂を十人分ほど渡したのだ。
それを見てサーシャは逃げ場をなくした。
幸いここは湿地帯。水は豊富にあるのだ。大丈夫と自分に言い聞かせて戦いに挑んでいくのであった。




