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弱者は正義を語らない 〜最悪で最低の異世界転生〜  作者: えくぼ
最終章、争乱編

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暴れるベヒモス

 暴力の塊。そう表現するのが正しいような、圧倒的質量と、その肉体を扱いこなす獰猛さのベヒモスを前に被害は増え続ける一方であった。

 ベヒモスは繊細な加減ができないのか、身にまとわせるか、身体強化にしか魔法を使っていない。そんな大雑把な魔法なもので、時折加減を間違えて自爆の兆しも見られるのだが、獣の回復力で時間とともに再生していく。

 カグヤはそんな雑さを利用して地属性の重力魔法に干渉し、ベヒモスの攻撃を受け流すことにかろうじて成功していた。その度に刀が悲鳴をあげるが、歪みも傷もつかない。しかし一歩間違えれば一撃で潰される。カグヤはそんな恐怖を払拭するように乱れた髪を払った。


「回り込め! 持久戦に持ち込め!」

「第七部隊、右足を崩せ!」

「矢は目を狙え!」


 小隊長の指示の下、なんとか持ちこたえている。

 だがここで決定的な一撃があれば一気に戦意が削がれてこの戦局は崩壊してしまうだろう。カグヤは自分が自分の命だけでなく、この場の戦局を担っている自覚があった。


「防御陣形展開! 後方支援で魔法を放て!」


 怒号が飛ぶ。ベヒモスの鼻息も荒く、一撃一撃ごとに地面にクレーターが出来上がる。

 また一人兵士がベヒモスの口に消えた。断末魔の悲鳴をあげるどころか、その隙を利用して死にかけた兵士が魔法を行使したことでベヒモスの歯が一本飛んだ。彼の命は怪物の歯一本なのか、そんなことはないと小隊長が鼓舞に利用した。


「厄介ね……」


 攻撃力が足りない。防御力と判断力ならレイルとの旅で人より少しばかり自信がついているが、それだけはなかなか克服できてはいない。


「これが、命がけの無謀な戦いに身を投じなかった臆病者の末路かしら」


 いつか。いつか強い相手と戦わなければならない時がくるのであれば、もっと剣を、もっと魔法を磨くべきだったのかもしれないとカグヤは強さを欲した。

 ただ客観的に見るならば、剣も魔法もどちらかだけでもこれだけの水準で使えれば、この世界でやっていくには十分一人前と言えるのだが。人が聞けば、剣も魔法もそれだけ使えて何が文句があるのだろうかと言うだろう。


「私、旅の最中水や風を使うことが多かったけど、やっぱり得意なのは炎と大地みたい」


 攻撃力を加算させようとカグヤが距離をとって魔法を試みる。


「聞こえる。大地の脈動が。ねえ、レイル。あなたが教えてくれたのよ。この星には大量の熱があるって」


 そう言うとカグヤは遥か地下深くに思いを巡らす。

 ずっと、ずっと深く。そして溶岩から、大地から特定の成分を地属性と水属性を併用して検出し、その成分を溶岩の熱で溶かしたり結合操作しながら地上へと引きずりだす。

 引きずりだされたドロドロの溶岩が形を変え、収束し、光沢を放った。融点の差を利用してボロボロと余分な成分が剥がれ落ちていく。そして純粋な鉱物の結晶がカグヤの刀を覆った。


「複合上級魔法、精錬」


 兵士たちが歓声をあげた。兵士たちは何が起こったのかは理解できなかった。しかし、今まで刀で活躍していたカグヤが、常識外れの魔法を使って大剣を生み出したことはわかった。

 カグヤの手にあったのは、これまでとは比べものにならないほどに巨大な一本の大剣。重さは異常だが、魔法でなんとか持っている状態である。

 余熱が空気を熱するせいで、刀の表面ではゆらゆらと向こう側が揺らいで見える。


「この剣に名前はないけど、しいてつけるなら陽炎かしら」


 熱が収まり、本来ならばまだ脆いはずの刃は強力に結合して全くの弱さを見せない。

 その凝縮した力にベヒモスが感じたのは恐れか、苛立ちか。もう一度大きく吠えた。空気がビリビリと振動し、それだけで周りにいた魔獣たちが距離をあける。


 魔物たちの一角が吹き飛び、そこからとある集団が突入してカグヤの隣や背後に駆けつけた。


「ようやく辿りついたぞ」

「カグヤ殿、助太刀いたす」


 それは鬼族であった。額や頭に角が生えている。一本の者もいれば、二本の者もいる。人間であれば目を引くほどの筋骨と形相に体格を全員が持っていた。金棒を持つのは半分ぐらいか。


「助かるわ。敬称不要よ」

「何を。レイル殿のお仲間であれば」

「貴殿は我らをその武勇をもって認めさせた」


 霊気、と呼ばれる鬼族特有の魔力運用法によりその体が怪しく、青白く光る。爪の先どころか、持っている武器の先まで青い炎を纏う。中には雷を纏う者もいた。


「へえ……こうかしら?」


 カグヤは自身も雷を纏った。しかしそれは鬼族のような周囲への攻撃用ではなく、肉体間の神経伝達速度を上げるための手段としての微弱なものである。

 人間の動きに微弱な生体電気があることをレイルから聞いていたが故の無茶である。加減を間違えれば危険なその魔法を培われた経験と知識、そして彼女自身の天性の勘が実現させた。


「なん……だと……?」

「我らが秘術をこうもあっさり盗むとは」


 カグヤの魔法はわかる者にしかわからない。

 もしもこの場にグランなどがいれば我を忘れて問いただしていたことだろう。

 鬼族は、自分たちが使う術を亜種とはいえ見様見真似で自分のものへと昇華させたカグヤの評価をさらにあげた。


 それからは目立った被害がなくなった。

 ベヒモスに押されっぱなしであった戦況はここでようやく互角といったところか。


 まるで一本の槍のように突撃する鬼族はベヒモスの前でばらけて対象を取り囲む。

 木々の一本や二本、小枝のように吹き飛ばす威力の一撃を休むことなく突っ込んでいく。

 ベヒモスの上に立つ指揮官は時折魔法で妨害するが、ベヒモスに比べるとお粗末なそれはほとんど意味をなさない。かろうじて目障りであったその役目も途中で鬼族の一人から金棒の一撃を食らって血反吐を吐いたところで終了した。


 結局のところ、小細工が通じるのは常識の範囲内にいる敵である。話を聞かず、生物やめかけの怪物ともなると連携よりも戦略よりも個人の技量がものを言う。

 絶大な力の塊を前にカグヤは珍しくガラの悪い舌打ちをした。

 カグヤはこれ以上は戦線の維持のためにここに兵士を投入する意義が薄れてきていると感じた。一般兵や冒険者たちを退かせ、他の戦局を勝たせることで、終盤に援軍が来るように合図を出そうとした。


「あなたたち、退きゃ……」


 カグヤはその時、ベヒモスの足が一人の冒険者を襲おうとしているのを見た。ポニーテールの女の子で、片手には弓を持っていることから後衛だとわかる。軽装の後衛が踏み潰されればひとたまりもないだろう。


「どうしてそんなところに……!」


 だが体が大きいということは、同じ動作に対して大きさに応じた時間がかかるということでもある。


 カグヤはその瞬間、何も考えずに冒険者を助けようと次の動作に移った。

 刀を構えたままベヒモスと冒険者の間に立ち塞がり、地面を隆起させて壁を作る。その壁ごと踏み潰されそうになるのを大剣で止める。


 そして後悔した。

 先ほどは連携などあまり関係がないとは言ったが、それはあくまで一定以上にまともに戦っていての話だ。カグヤのいた場所は、鬼族との連携の邪魔にならずに間を縫って攻撃できる絶妙の位置であった。それでいて、攻撃がきたら余裕を持って防げるような距離でもあった。

 その均衡が今、崩れた。冒険者の名も知らぬ彼女の距離は近すぎた。一度は防げる。だが二度目はわからない。そんな距離だ。


「やっぱりダメね」


 レイルのように感情の赴く結果への最善を取れない。

 カグヤの応援が切れたことで鬼族たちが苦戦し始める。そしてまた戦況がじわじわと押され、長引くとそれだけ見ていない場所での被害が増える。

 これで全員を他の場所へ応援にいかせられたのならば、消耗戦にする価値もあったがそれも今や難しくなってきた。


 アイラのように大切なものの順位を守りきれない。

 ロウのように情を捨てきれない。


 そんなカグヤの焦りを突き破ったのは、後衛の女の子と組んで戦闘にあたっていた男の子の冒険者であった。


「ふざけんな!!」


 剣で横からベヒモスを攻撃して注意を自分に向ける。


「俺だって役に立つんだ! 邪魔になったままでなんか、足手まといのままでなんかいられるか!」


 それは自らへの鼓舞であった。魂を賭した覚悟の絶叫、その目と剣に宿るのは純粋なまでの闘志と彼女を救いたいという熱望であった。

 カグヤにそこまで青臭い時期はなかった。と本人は思っている。甘酸っぱいラブストーリーこそあったものの、彼女の戦う理由はずっと前から単純明快なものであったはずだった。少年の瞳に、何かを思いだしそうになる。そのようにしてカグヤは落ち着いた。


「ふふ。私もレイルに毒されたものね。そうよ。私は私。全ては守れないけど、目の前で味方を見殺しにしてまで気持ち良く戦えるはずないじゃない。これはレイルだって認めてる考え方よ。感情は利益に入るんだから」


 深呼吸して、本来の自分を取り戻す。

 世界を救うとか、戦線を維持するなどと大義に振り回されて大事なものを見失っていた。

 自分は自分。ただそれだけのことなのだ。

 情を捨てる必要も、最善を選ぼうとする必要もない。


「できるだけ死なせない。けど目の前の人を優先する。私はレイルほど視界・・が広くないから見えるちっぽけな範囲でがんばるの」


 それから無事に兵士や冒険者を逃がしきった。

 鬼族とカグヤと、そして自分の意思で残った無謀な輩を除けばここにいるのはベヒモス一体。

 戦闘は激化し、どうにもならないぐらいにもつれ込んだ。

 体力のある鬼族もカグヤもじわじわと疲労の色が見え始める。


「えっ?」


 不意に空が暗くなった。

 新手の敵が襲来してきたのかと皆が身構えた。

 それは敵ではなかった。しかしその姿を見ても多くの戦っている者は警戒を解くことはなかった。


 それが来たとき、やけに風が強くなった。

 少し雨が降り始め、ベヒモスの火照った肉体を冷まして蒸気があがる。ベヒモスはもわもわと白い蒸気に包まれたまま、その存在に向けて牙をむく。ぐるるるる、と喉の奥から唸り声をあげて威嚇する。


「逃げろ!」

「退却だ!」

「すまないカグヤ殿。さすがにあれとベヒモスを相手取るのは無理だ。ここでの戦闘は敗北だ」

「第一に生き残ることを考えよ!」


 老若男女問わずに悲鳴が上がる。

 小隊長などはなんとかその残った理性で避難の指示を出し続けた。

 一人、ぽかんと間抜けな面を晒して呆然と空を見上げていた女がいた。カグヤだ。

 鬼族たちに早く避難しろと肩を掴まれるも、その空に存在する絶対者を前に恐怖の色は微塵もない。


 そして全ての冒険者と兵士が驚愕することになる。

 空から現れた絶対者というのが……


「あれは水神龍。龍種の中でも五本の指に入ると言われる。まさかこんなところに来るとは……」

「あれが邪神側につくとなると終わりだぞ!」


 水神龍。それは鹿の角に虎のような鋭い鉤爪を持ち、長い蛇のような肢体を空にくねらせ、雷雨とともに現れた。


 そして、ベヒモスに噛み付いたのだ。

一話で……終わらなかった……

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