VS邪神 その3
人質回
これはアイラだ。俺は空間把握でその攻撃の主を察知した。いつのまにあんな威力の高い兵器を作ってたんだか。しかもあの距離から爆散させたのは邪神の腕だけという。目の前にいたカレンには傷一つない。
やるじゃん。帰ったら盛大に褒め殺さないとな。そんな他人にとってはどうでもいいことを胸に、再度邪神を見やる。
「貴様の仕業かぁぁ!」
憤怒を炎のように燃えたぎらせて、そのイメージ通りに魔法を使う。簡単に思ったように魔法が使えるのも便利だが、こうして精神状態が諸に出るのはなんとも単純で間抜けな話だ。テナーが水魔法で防いだ。
そういえば、聖女やカイ、アランはかつては俺に酷い目に遭わせられたわけだが今は何を思って同じ戦場に立ってるんだろうな。
「ならばこれはどうだ? おい! 連れてこい!」
そう言うと、邪神はある奴らを呼び寄せた。
それはドレイクに拘束されたおばさんだった。
「どうやら貴様が一番厄介らしいというのはわかっていたことだ。貴様より強そうな奴は大勢いるが、貴様がいるから殺しにくい。貴様の過去を魂術と、そして時術を組み合わせた過去視によって覗かせてもらった。どうやらこいつはお前の乳母のような存在なのだろう? 貴様に乳をやったのはこの女ではないか」
その女は確かに両親に乳さえもらえなかった俺に頻繁に乳をやりにきた女だった。虚ろな、ハイライトの消えた目でぼんやりと虚空に彷徨う視線は俺のことをチラリとも見ない。
くたびれて、年を経て随分見た目も変わっていたけど何と無くわかる。わかるが、それって俺が転生前の記憶を持ってるからだよな?
それとも邪神はその映像さえも俺に見せることができるのか、そうかそうかもしれないと疑惑を持たせるだけでも構わないのか。
本人は確信を持っているはずだから、特に否定する理由もないか。
「ああ、そうだな」
その言葉に周囲の勇者や魔王、カレンにキリア、クイドなど大勢の注目が集まる。
なんだよその目は。人質を取られた俺の心配でもしてんのか? 定番っちゃ定番か。
「こいつの命が惜しければ配下にくだるといい。どうだ? そこらのやつを一人殺して見せよ」
そう言ってカレンを指差した。最も弱そうだから切り捨てるとでも思ったのだろうか。そうやって仲間を切り捨てる俺を孤立させようとしてるのか。
俺はカレンを見た。カレンがビクッとして目を逸らすか、怯えて震えるのを期待したのだが、カレンは逆に俺を見つめ返した。
……やめろよ。そんな純粋な目で見るのは。俺がここからお前と天秤にかけられるか!とか叫んで、人質を離せとか、卑怯だ、とか邪神の説得に回るとか思ってんのかよ。
キリアが後ろで青ざめている。おいキリア、お前がビビりまくってんじゃねえよ。ここはポイント稼ぐためにカレンの前に立って、カレンは殺させないとか叫ぶ場面だろうがよ。何? 空間転移があったら無駄だろ? 知るかよ。
「くくくく……ははっ、あはははははっ!! ひゃーはっはっはっ! ぶふっ、げほげほっ」
俺はおかしくなって笑い出した。ついでにむせた。しまらねえ。
おかしいというのは狂ったって意味じゃないぞ。あまりに愉快でな。何が愉快かって。
「なあ、邪神。お前が見れるのは俺の視界であって俺の思考じゃないんだな」
すごく勘違いをしている邪神が滑稽で仕方がない。
「お前、俺がそいつに恩とか、義理とか感じてると思ってんの? その女が助けたかったのは喋ることもできない可哀想な赤ん坊じゃねえよ。友人夫婦を生まれたばかりの我が子を虐待で殺してしまった親にしたくなかっただけだ!」
「貴様、それでも情があるのか!」
邪神に情について説教されたよ。アランやカイ、テナーなどの勇者勢から次々に野次が飛ぶ。うっせえよ。じゃあ迷ったらどうしたんだよ、納得して剣を引くのか? 馬鹿らしい。俺は神でもなんでもない。どうでもいい女まで救ってられるか。
「そんでもってこの一大事にむざむざと捕まってくる間抜けのために命を危機に曝すと思ってんのか?! 大事な大事なアイラがわざわざ捕まりにいった時でさえこうやってのんびり来てやってんのにさあ!」
あれ? みんなの俺を見る目が白い。
まあアイラは自力で出てこれたしさ。
「むしろおおいにやってしまってくれ。いや、俺の手で引導を渡してやろう。よーし、ドレイク。よくそいつを抑えておけよ……そーれっ!」
俺は空間接続を使ってドレイクに当たらないようにドレイクの胸の前から女の背中をぶっさした。だってむしろそいつ、両親側の人間だし。敵じゃねーか。
ハイライトどころか瞳から完全に光が消え、ガクンと項垂れた女をドレイクが抑える。
「くっ、人質さえ意味がなかったというのか……もうよい、さがれ!」
「はっ、邪神陛下。この女は私のものにしてもよろしいでしょうか」
乱暴な命令に、ドレイクは膝をついて邪神に尋ねた。
「構わんが……死体などどうするつもりだ?」
「言質はとったぞ、邪神」
急にドレイクの雰囲気が変わった。
すると、ドレイクの背後からぞろぞろとある服装の奴らが現れた。どうやら邪神教の教徒の奴ららしい。黒いローブに同じ紋様の入ったブローチをつけている。しかし様子が変だ。
「どうした、貴様ら。戦いの最中は危険だから離れておれと……」
「おいっ!」
キリアがあるものを見て叫んだ。
その表情は恐怖に染まっている。
「やっとか。完全適合は時間がかかり、そして抵抗されると難しいのだ。一度殺されかけることでその能力を受け入れなければ死ぬ状態にまでなった。一度受け入れてしまえば後はズルズルと押し込める。さあ立て! 眷属よ」
先ほどまで血溜まりの中でうつ伏せだった女がビクンと跳ねる。そしてゆらりゆらりと揺れながらゆっくりと立ち上がる。
「人質だと先に殺せなかったのでな。嬉しい誤算だ」
そういってぎぃと笑う。その口の端からは白い牙が見えており、先からは赤い鮮血がしたたっている。
「邪神よ、貴様の眷属は能力で妾の眷属へと支配させてもらった。完全同化、完了だ」
見れば、背後の邪神教徒たちもドレイクと同じ牙が生えていた。
なるほど、吸血鬼の眷属化をこのタイミングで使ったのか。
彼らの手には武器が握られている。おそらくは邪神教徒が作った武器庫から奪ってきたのだろう。そして戦闘にさえ参加できない集団ならば、ドレイクにとっては簡単な仕事だったに違いない。
アイラを連れ出さなかったのは、疑われないようにするためと眷属化する必要がなかったからだな。あのまま放置しておいて、アイラは牢屋から逃げ出し、自分は眷属を連れてこの場に戻る算段だったってことか。それで他の邪神の部下たちもいなかったってわけか。
「おちょくりおって……遊びは終わりだ。灰にしてやる」
巨大な火炎球がドレイクとその眷属に向けて放たれる。
しかし、その火炎球を押しつぶして現れたものがいた。
◇
三面六臂に九本腕、ここまでくれば阿修羅かよ……と言いたいが、なぜか下半身は四本足である。いや、わかるよ、安定感をとったんだよな。それよりも顔はそんなにいらないだろう。
暴風に冷気を混ぜた魔法を行使して火炎球をかき消しながら現れたのはそんな機械族の一人であった。
他にもぞろぞろと機械族が現れた。
もう人型ですらないものも幾つかいる。
「我ラガ神ノ導キト、世界ノ異物ヘノ叛逆ト、ソシテ我ラノ認メタアイラノ為ニ」
「助太刀シヨウ。今生ノ英雄達ヨ」
「我ラハ機械族。個ニシテ全、全ニシテ個ノ種族」
「創造主二与エラレシ存在証明ヲ今」
キュン、キュルルとモーター音が聞こえる。これをモーター音だと認識できているのも俺とカイしかいないのだと思うと少しだけ前世が懐かしくなる。
こいつらは味方なのだろう。
そしてわかった。アイラが出てこれたのはこいつらが手助けしたからだ。アイラの腕輪を使って牢屋に囚われたアイラを連れ出し、そしてアイラを安全圏まで運んだのだろう。その証拠に今もアイラの側には二人の機械族が待機している。
またアイラの弾丸が爆発した。邪神は時術で治癒するも、完全には治りきらない。
「三分間、時間を稼いでもらえるか?」
「任サレタ」
俺は全員を連れて一旦離れた。
そして機械族と邪神との戦いが見える場所で、全員に水とパンを渡した。給食で渡されるようなコッペパンより少し小さいようなそれは、腹いっぱいになるには到底足りない。
しかし戦闘続きで、激しい消耗の彼らは素直にそれを頬張り、水で流し込んだ。
胃の中にものが入り、血糖値が僅かに上がることで体にも熱が戻る。じんわりと腹の底が温かくなり、みんなの集中力が戻った気がした。
「お前が殺そうとした時は焦ったが、まさかああなることまで計算済みだったとはな」
魔装槍の二つ名を持つ勇者がしみじみと俺に話しかけてきた。
「えっ? いや、そんなのなくても殺してたぞ?」
と言ってやると絶句して信じられないといった風に他の勇者のところへとふらふらと行った。
周りに距離が出来たところでグランを呼び寄せた。
「──────」
ここまでくれば戦力的には少し余裕があるだろう。
俺はグランにあることを耳打ちした。ご丁寧に波魔法で完全に遮断してまで周りに聞こえないようにして。
その様子を不審な目で周りは見るが、クイドとグローサあたりはむしろ何をするのかと楽しそうだ。
グランは俺の意図を汲み、そして俺の頼みを承諾してくれた。
「じゃあ、任せたぞ」
「ああ。待っていろ」
グランはそう言うと、俺はグランの肩に手をかけた。
そして空間転移でグランをある場所へと跳ばしたのであった。
人質……回?
人質をとって脅した邪神と、その人質を殺そうとしたどころか、逆に敵の部下を洗脳して戦わせるドレイク勢。




