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弱者は正義を語らない 〜最悪で最低の異世界転生〜  作者: えくぼ
間章 聖女編

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二人の被害者

 吸血鬼族ヴァンパイアと呼ばれる彼らはとある特異な生態を持つ。

 それは自らの体内環境と、その周囲の体外環境の同一化である。

 その能力の最終形態としては、体液を交換した他者にその肉体的特性を与えるか、交換した他者の特性を得るか、である。

 つまりはこれが一般に言われる吸血行為であり、彼らが吸血鬼族かれらである理由だ。


 とはいえ、吸血鬼族ヴァンパイアはその高い矜恃と能力の特性からして、そうそう吸血行為など行わないのが一般的である。他種族を染め上げまくるのは節操がないので下品とされる。

 もともと獣人についで高い身体能力に、夜目がきき、ずば抜けた回復力に合わせてこの能力である。

 そんな彼らが吸血行為をする場合はほとんどが気に入った相手に、だ。

 この行為を吸血鬼族ヴァンパイア契約まじわりと呼び、他の種族を吸血鬼族ヴァンパイアへと染め上げることでその繁殖能力を使って同族を残してきたという。

 淫魔族サキュバスなどと対照的ではある。


 本来、ノーマというのは鬼族と魔族と名のつく多種族国家であったという。

 前世における中国がほとんど漢民族で構成されていたように、一般的に魔族と言えばグランやグローサ、ホームレスにキャロなどといった人たちを指す。

 だから今ではグランたちを魔族と呼び、それ以外の希少種族をその名前で呼ぶことで区別しているのだとか。

 そんな裏事情までは人間の耳にはなかなか入ってこないものである。レイルも知ったのはグランと仲良くなってからのことだ。



 そんな吸血鬼族ヴァンパイアではあるが、婚約した他種族以外にも成人の儀であったり、主従契約であったりと吸血の契約まじわりを行う機会は人生に何度かあるのだという。


 そしてドレイクがレイルにその牙を突き立てようとしたのにも彼女なりの理由があった。


 身体能力に優れ、他種族との協調性も知能もある、そんな吸血鬼族ヴァンパイアが絶滅寸前にまで追い込まれているのはヒジリアによるものであった。

 腕の立つ聖騎士を幾度となく送り込み、見つけるたびに人間を堕落させる邪悪なる種族として見せしめのように処刑してきた。

 非常にシビアな感覚を持つドレイクはそれを弱肉強食と割り切ってはいたが、恨まないわけではなかった。

 割り切っていたつもりではあったが、聖女と聖騎士が旅をしていた時にはカッとなって襲ってしまったのだ。

 気がつけば拡張機能によって大きくなった二重監獄に囚われていたというわけだ。


 彼女は結局、聖騎士達に殺されることはなかった。というよりは殺せなかったのだ。

 一つはその回復力と身体能力。首をはねなければ死なないような相手に剣を無駄にし続けるのは非常に危険な行為だ。

 二つはヒジリアの教義。邪悪な種族であればあるほど、捕らえることに成功すればその成果を持って帰らねばならない。見せしめとして処刑するためである。


 どちらにせよ、殺さない方に偏ってしまったのは聖女たちにとって極自然なことだった。


 彼女は監獄の中でも自分を見失わなかった。

 本当の敗北は相手に屈することだと知っていたから。

 本当の不幸は自分の全てを諦めてしまうことだから。


 だからこそ、レイルがした所業を聞かされて胸が踊ったのだ。

 高尚たる自分が結局敵わなかった敵を同じ一人で圧倒せしめ、憎かった聖女の精神をズタボロにしたというのだから。

 それと同時に嫉妬し、悔しくもあった。

 自分が復讐したかった相手を先にあっさりと奪われてしまったのだから。


 つまりは彼女はレイルに敵意などなかったのだ。

 殺気が出てしまったのだとしたら、それはレイルに対する嫉妬であり、復讐相手を奪われた恨みであり……そんな相手に対する羨望と知識欲、少しの独占欲だったのかもしれない。

 目の前の未知の相手を知りたい、自分のものにしたいという好奇心は結果として猫たるドレイクをまな板の上の鯉へと変えたが、レイルという水を得た彼女に怖いものなどなかった。


 大丈夫。自分を吸血鬼だと知ってなお助けて平気な顔をしている目の前の彼ならば大丈夫。

 ドレイクはそんな言いようもない安心感の中にあった。



 ◇


 敵意はなかった。この能力は相手を染める割合も自分が染まる割合も調整できて、完全染めはそれこそイメージ通りの洗脳にあたるということ。だからお互いに信頼していないとこの能力は使わないが今回は礼儀に反していたと反省している。


 そんなことをドレイク本人から長々と聞かされたのだった。

 三人は未だ警戒は解けておらず、アイラなどは胸を注視しつつも。


「この人は敵だと思う。今なら蜂の巣にできる。していい?」


 と聞いてくる始末。

 俺がなんとか説得することになるとは思わなかった。

 とりあえずはこの旅の間だけと決めた。ローマニアの人たちが何と言うかもわからなかったし、話してからになるが。


 俺たちがドレイクと聖女を連れて戻った時、出迎えたローマニアの人たちは様々な反応を示した。印象的だったのはジェンヌの憂いを帯びた真っ青な顔だろうか。

 ドレイクはあそこまでされたくせに、俺たちの側にいたいと懇願したのでそのまま護衛につけてもらえるかとローマニアの国王に頼んだところ。


「レイル殿の責任ならばなにも」


 とあっさり了解した。

 つまりは何かあれば俺の責任、ちゃんと手綱をとるところまで能力の一つとして観察対象だぞ、と言いたいのだろう。

 どうせ俺の強さなんて、いや、弱さなんて表面上のこんな能力ではないから問題ない。


 そんなこんなでドレイクを加えた俺たちは無事にローマニアまでの護衛依頼を完遂した。

 一、二週間ほどでローマニアにつくころには、面白い変化が起きていた。


「このまま私たちのところに来る?」

「いいのか!?」

「もちろんだ」

「ドレイクちゃん水臭いよ!」


 仲間たちがドレイクと超絶仲良くなっていた。

 夜目がきくので夜番の時にロウと、身体能力が高いのでカグヤの模擬戦に肉体だけで付き合っていたのだとか。

 そんな二人が仲良くなったのはわかるんだが、わからないのはアイラである。

 俺がいないところではすごく仲が良いらしく、楽しそうに話しているところに出くわすとピタリと話が止む。女同士の話もあるのかもしれない。その後露骨に話題を変えた彼女らに突っ込めるほど無粋でもないので、未だどうして意気投合したのかはわからない。


 俺はそんな四人を置いて最後の挨拶に向かった。


「ありがとうございました」


 押し殺すような声でお礼をいったジェンヌに思わず俺は尋ねた。


「何か、あったのか……?」


 ジェンヌは少しの逡巡の後、実は、と前置きして彼女の出生を語った。


 彼女はジェンヌ・バラドと名乗ったが本名はヴラドと言うらしい。

 そんな彼女の父親は「串刺し公爵」と呼ばれる残虐で冷徹な貴族だったのだとか。

 近隣の住民に恐れられ、その子である彼女もまた迫害された。迫害に耐えられるように剣を持ち、魔法を鍛えたが気休めにしかならなかった。

 そんな彼女を救ったのが、ヒジリアの聖騎士団長だった。


 あまりの行為に「ドラキュラ」と呼ばれた彼女の父親を神の名の下に粛清しに来たのが当時の聖騎士団長だったという。

 ジェンヌを見つけた聖騎士たちは、串刺し公爵の娘ならば同じ悪だと断定して殺そうと提案した。

 聖騎士団長の説得と制止によって、ジェンヌは彼女の義理の娘として引き取られることになった。

 しかし聖騎士団長はそれの責任をとって職を追われ、ローマニアへと逃げたのだという。


 迫害に耐えつつ優しさを忘れなかったジェンヌが、義理の母による愛情に浸され、元聖騎士団長の特訓を受けた結果として今の「戦場の大輪ジェンヌ」があるわけか。


 そんな彼女の父親の串刺し公はいつしか人の生き血を啜ると言われていた。串に刺した領民の、その血で栄華を保つ気なのだと。


 さぞかし複雑であっただろう。

 自分の父親が非難されるモデルとなった種族が目の前にいたのだから。

 しかし彼女はまた、それが感情の問題でしかないことをよく自覚していた。

 ドレイクには何の責任もないし、そもそもドレイクは被害者なのだ。

 ヒジリアによる神の名の下に、とされた粛清の犠牲者なのだ。

 つまりはジェンヌにとってドレイクは父の因縁でありながら、同じ被害者でもあるのだ。



 語り終えたジェンヌは憑き物が落ちたような顔をしていた。

 きっと彼女の中ではとっくにケリがついていたのだろう。ただ、それを認めることができなかっただけで。


「それでも、父親を憎めないんだな」


 そうでもなければ父親の汚名を着たまま戦うことを選ぶことはできまい。たとえそれが偽名であっても、国のために、自分の名誉のために戦うことのできる彼女は確かに強かった。


「それは……悪かった」

「いえ。こちらの都合で」

「どうしてこんな話を俺にする気に?」


 年齢が近い勇者候補、だけなら他にもいる。出会ってまだ間もない俺に話すには踏み込みすぎている。


「一つは似ていた、からでしょうかね」

「似ていた?」

「ええ。あなたの父もまた、評判の良くない人でしょう。正直言えば羨ましかった。汚名をまるで誇りのように扱うあなたが」


 まあ俺はジュリアス父上の汚名なんて可愛いぐらいには悪い評判もあると思っているからな。


「もう一つは打算的なものですね。私は謙遜しましたが、唯一人並み以上の自負があるものがあります。人間の観察、ですかね」


 曰く、流れを、戦況を、人を見ることができなければとても大軍など任せられない。その力が人よりも少しあったから、こうして軍を率いる勇者候補として選ばれているのだとか。


「あなたは身内の垣根が低く、身内に甘いでしょう?」


 とここまで聞いてジェンヌの狙いとローマニア国王の本当の狙いが理解できた。

 確かに俺は身内に甘い。ついでに言えば自分を利用したいという者にも甘い。だから、擬神の時も名誉などと腹の足しにもならないものと引き換えに情報不足の敵へと突っ込んだ。自分が味方を利用するように、敵を利用し尽くすように、自分もまた人に利用されているという自覚がある。

 そんな俺に対して、境遇が似ていて人当たりの良いジェンヌをぶつけることによってローマニア国王は俺たちを味方につけよう、敵対しないと表明しようとしたのだ。

 なるほど、ジェンヌが言うことはもっともで、そして俺とこいつは同じタイプの勇者候補であるわけだ。

 観察し、策を弄し、計算して、動くしたたかな人間だ。軍を率いるには清廉潔白なだけではいられないということか。

 これでいて、ジェンヌに悪意は微塵もない。


 してやられたと思う。

 寝食を共にするということは協力し、心を許すということである。ようはハニートラップみたいなものだ。

 ジェンヌがその打算を俺に打ち明けたのは、俺がそういった打算に満ちた好意もまた、好ましく思ってしまえる性質を見抜いたからだ。

 人間観察力に自信があるというのは口だけではないのか、それとも俺がわかりやすいのか。

 そして俺がここまで見抜くことさえ計算に入れている。


 口だけの友好条約よりもずっと明確な友好関係を結ばされた。

 本来ならば自国の勇者であるジェンヌの生い立ちとその弱みを晒すなど正気の沙汰ではない。

 だが、俺が弱みを握ればやりたい放題するのは敵だけだ。


 弱点で武装して、無防備に近寄る。


 ある意味最大の攻撃で俺たちをほだすつもりなのだ。まるてドレイクのように。

 この護衛依頼を一種の駆け引きと見るならば俺の負けということになろう。

 負けは負けでも得をしているのはユナイティアの方ではあるが。


 ローマニア国王、食えない男である。

いつも読んでいただきありがとうございます。

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