聖なる神の名において
ほとんど死んだ魚のような目をしたセティエを連れて馬車に戻る。
「護衛依頼を受けたというのに、私たちが原因で厄介事に巻きこんでしまって申し訳ない」
もちろん襲ってきた奴が悪いのだが、それとこれとは別だろう。
俺たちがいなければセティエたちは襲ってこなかったし、こんなところで時間をとられることもなかっただろう。
仕事を受けた責任としての謝罪をローマニア国王は快く受け入れてくれた。
「そうかしこまらなくとも。結果を重視するので、こうして無事ならなんともない。それに、レイル殿とその仲間の実力も見れたことだ」
と、実はこの依頼そのものの一番の理由が俺たちの実力を見ることであったと告白した。
まあ本当はジェンヌの元気付けも多分にあるとは思うけど。
アイラとカグヤがやたらと大きな魔物の死体を解体していた。
そしてロウはというと、縄で縛った男に刃物を突きつけていた。
「で、案内してくれるって?」
捕まえた盗賊の一人を拷問していたのだ。
盗賊に聞いたところによると、この先にやたらといいものが置いてある簡易拠点みたいなものがあったらしい。
そこには食料や金貨などの普通の物の他に
そしてそこにある檻を運ぶために、こちらの馬車を襲ったという。
どうしてまた檻なんかを持っていこうと思ったのか。
その疑問は盗賊どもに案内させた拠点にて解消される。
「なんだよ、これ……」
そこにあったのは巨大な黒鉄の監獄であった。檻は二重になっている。牢屋の中に牢屋、人一人が入って少し余裕があるぐらいか。まるで牢屋のマトリョーシカだ。
その内側の檻に黒い布がかけられていて、中に囚われている者の姿は見えない。鍵などは一切ない。描かれている魔法陣が結界術とリンクしていて、開けるのは掛けた場所でしかできないのかもしれない。
周りにある拠点の紋章から察することができるのは、おそらくこれはセティエ達の設営したものだということ。
つまりはこの中にいるのは、ヒジリアにおける教義によって邪悪と認定された者だということだ。
そしてそれを殺さずわざわざこうして囚えてあるということは、本国に持って帰って処刑なりなんなりとするか、または殺せなかったかだ。
どちらにせよセティエが重要参考人であることには変わりないので、盗賊と同じ扱いをして連れてきた。
一応これも護衛の仕事内容に含まれている。
襲ってきた相手の処遇は全て俺たちに委ねられており、それを怠ったことで今後さらなる危険に曝される可能性を考慮すれば、不審なものは点検しておくに越したことはない。
「ちょっと試していいかしら」
カグヤの提案に目で許可を出す。
カグヤは一閃、刀で檻の鉄格子を切断しようと試みる。カグヤの技量であれば、これぐらいの細さの金属ならば切断も可能だ。だから中にいるのは相手を傷つけないためには繊細な技術を持つカグヤに頼むのもやぶさかではない。俺たちは全員、そういったことを予想していた。
だから、驚いたのだ。
「きれ、ない?」
圧倒的頑丈さを誇る監獄は、たかが四角い立方体でありながらも堅牢な要塞を思わせた。
けたたましい金属の衝突音か鳴り響く。刀が振るわれた後しばらくも格子を振動させ続けていた。
俺はもしやと思い、セティエに問いかけた。
「なあ、お前、これを解除できるか?」
のろのろと顔を上げたセティエは黙って首を横に振った。
嘘をつくような気概もあるまい。それに、空間把握で確認できるこの監獄ならば、さほど困ることもあるまい。
そして俺はこの中に入っている種族の予想がついている。
「じゃ、俺がいくか」
そう。ただの監獄ならば壊す必要など微塵もない。
俺の空間転移があるのならば一足飛びに一重だろうが、二重だろうが中に入ってでてこれる。
「どうして外側の格子と内側の格子の間に転移したの?」
すぐにわかるさ、見ていろ。
そんな風に俺は内側の鉄格子にかかっている黒い布に手を掛ける。
「おい、何をする気だ! やめるがいい! 我を誰だと心得る!」
黒い布がちらりと動いたことで、外に人間がいて布を取っ払おうとしていることがわかったらしい。
そしてこの動作を必死に止めることで理解した。
「おらよっ!」
ばさっ、と一気に布をとってしまう。
「ぎゃあっ! 光が………あれ?」
わたわたと両手で顔面を隠そうとしているのは、妖艶な美女であった。病的に白い肌に真っ赤な瞳、そして鮮やかな口元から見える牙がその鋭さを主張している。
「よかった。どうなることかと思ったぞ」
彼女は吸血鬼族だった。
◇
俺が光魔法によって監獄内をマジックミラー化で暗黒のままにしたことは大した意味はなかったらしい。
「意味がないとはなんだ、意味がないとは。我ら吸血鬼は夜行性なのだぞ。今もこうして光のあたる場所にいるのは眩しくてかなわん」
どこのニートかと思える発言をしているこの吸血鬼の名前はドレイクというそうだ。
やたらとかっこいい名前だが、こいつは明らかに女である。胸の脂肪が性別を主張している。
「驚いた。滅んだと思っていたよ」
ロウがしみじみと言った。
吸血鬼族はその固有生態からもともと繁殖能力が低く、魔族の上級貴族などに囲われ、異種族交配を繰り返すうちに血が薄れ、今では先祖返りを起こした魔族ぐらいしか吸血鬼族らしい存在など見ることができない。
そうした古代の種族の遺物もロウの両親は取り扱うことがあったらしく、知識だけはあったのだとか。以前聞いたときは俺がロウに驚いた。
「そうだろそうだろ? 我はそこらの贋作や雑種と違い、純血の古代吸血鬼の始祖たる存在。この高貴さに愚かな人間どもも傷つけること叶わずこうして我の世話をするようになったのだ」
なるほど。馬鹿か。
「なかなか便利な生活だったぞ。排便は報告せねばならないが、黙っていようと三食立派な食事を出し、一日中寝ていても怒らん。そして真っ暗に布をかけておいてくれたのだ」
うん。どう考えても捕虜ですな。
そしてそれを快適と言えるほどに彼女は豪胆でものぐさで、そして天然でもあるということだ。
「はて。そろそろ暇だからこの牢屋から出ようと思ったが出れんな」
やっぱり出れねえのかよ。
「ほらよ」
俺は空間転移で連れ出した。
するとロウとカグヤとアイラに頭をはたかれた。そりゃあそうか。
「おおっ! 助かった」
ゴキゴキとあっちこっちの体を伸ばしているドレイクを見ていると、敵意などは感じられないがな。
「お前、気に入ったぞ」
ドレイクはその牙をむきだしにして笑う。笑ながらそっと指を俺の頬に添えて覗き込んだ。
妙な能力は……発動していないな。
と空間把握で確認した瞬間、ドレイクは口を大きくあけた。
誰よりも速く、早く動いたのがロウであった。空間把握でつぶさに観察していた俺よりも、だ。
ドレイクの首元に短刀をつきつけながら警告した。
「やめておけ、殺気が出たぞ」
ドレイクはそこまでされても余裕であった。
むしろおかしくて仕方がないというように、喉の奥で笑いを噛み殺していた。
「我のことを知るならその特性を知っているのだろ?」
吸血鬼族。それは繁殖能力の大半と引き換えにその他の生物としての生存能力に特化した種族。
類稀なる再生力に、血を吸って同族化できるというのは前世と何ら変わりない。
胸に十字架だろうが、日の光だろうが死なないとも言う。
「はっ。それでもあんたの首を刎ねるぐらいの余裕はある」
鼻で笑うロウにお手上げだとばかりに力を抜いたドレイク。
というかもともと挨拶代わりであって大したことをする気がなかっただろうと思っているのだが。
「危なかったな」
「ありがとうな、ロウ」
「何を勘違いしているんだ? 俺が助けたのはこの吸血鬼のお姉ちゃんだぜ?」
せっかくにこやかにお礼を言っているのに、それをツンデレならぬ否定で応対したロウ。
そしてドレイクはその言葉にやや不満とほんの微量の怒りをあらわにした。
「どういうことだ?」
尊大な物言いは先ほどまでと同じ。
彼女からすれば気に入った相手に挨拶するぐらいのつもりだったのかもしれない。
異種族交流って難しいなぁ!
と自分が危機に晒されておいて呑気なことを思う。
「正確にはあんたがレイルに敵対することを防いでやったというだけだ。レイルは俺よりも敵対者に非道だからな。慈愛と神性に満ちた聖女と言われたセティエとやらでさえも今はああだ」
と顎で離れたところにいるセティエを示す。
そこでは両手を縛られ、虚ろな目で空を見つめてボソボソと呪いのような独り言をつぶやく元聖女の姿があった。
「たった一回の戦闘で、暗殺に来ただけの聖女がああ、よ。助けられておいてあなたが牙をむいたとなれば、あれより酷い目にあうかもしれないわ。悪いことは言わない。今からでも回れ右しなさい」
まるで「ドラゴンを倒すんだ!」と飛び出そうとする弟をなだめる姉のような口調で優しく諭す。
みんな芝居がうまいなあ。よし、俺ものるか。
「そっかー。再生力が高いんだっけ? じゃあどれぐらい回復するんだろうなあ」
ドレイクは満面の笑みで言い切った俺と聖女を見比べて盛大に顔を引きつらせた。
現在の言葉を扱う種族の一覧にさえのらないほどに絶滅したと認識されていた種族。存在が疑われていた機械族よりも現実味のあるかたちで騒ぎになりそうですけどね。
牙さえ隠せばわかりませんが。




