道具とか、伝承とか、幻とか
今回一番大変だったのは、各国の根回しもだけど、人魚だとかいった異種族にもくつろいでもらえるように設備を整備することだったかもしれない。
続々とやってきては俺に挨拶に来る各国の代表者を眺めながらカグヤが恐る恐る俺に耳打ちした。
「ヤマトが断ったって本当よね?」
ヤマトとはカグヤの故郷である。ギャクラより東にある島国で、聞いた情報から推測するには前世の日本に近い国だと思われる。
それにしてもカグヤはよっぽどヤマトの帝が苦手らしい。俺の知る竹取物語と似た人生を歩んだのだとすれば、好きでもないのに求婚されて逃げてきたはずだからしょうがないことなのかもしれない。昆虫型の魔物でも一刀の元に斬り伏せてきたカグヤにも苦手なものがあるのだな、としみじみ思った俺は悪くない。
「お前の国は四人の巫女を媒体として、帝を中心起点とした強力な結界が張ってあるんだろ? そう簡単には動けないんだろうよ」
ヤマトは事実上の鎖国である。
時折、正式な手順を踏んだ帝の使者か、カグヤたちのような抜け穴などを見つけて偶然にも脱出できたはぐれ者がやってくる。
カグヤの育て親は若い頃に世界を旅したことがあるらしく、カグヤは国の外に出る前から世界に関する知識は多少あったらしい。
「ならいいんだけど」
「で、呼ばなかったのか?」
「呼べるわけないじゃない。一発で感づかれるわよ」
俺が尋ねたのはカグヤの育て親をここに招待しなかったのかということである。
カグヤは「それに、国を出る時に別れはすませたし、お互い無事って信じてるから」と付け加えた。
背後より話しかけてくる者がいた。
「おい、お二人さん。ここの重要人物なんだろう? 油を売っていていいのか?」
グランはそういって実に魔王らしく笑う。そんな表情さえも様になっていてかっこいい。イケメンとは不公平なシステムだと実感する場面だ。
そんな俺も自惚れ抜きにすれば別にブサイクってわけじゃあない。まあ見る人全てを惹きつける美形でもなければ、初対面の人に無条件で恋愛感情を持ってもらえるほどのものでもないが。
「クラーケンはアクエリウムの警備に当たらせているよ。また今度で良ければな。まあどんなやつか話を聞きたければ、アクエリウムの奴らに聞いた方が確実だろうな」
クラーケンを見たいというのは社交辞令だったのかもしれないが、返事は返事だ。
クラーケンはアクエリウムの人たちを迎えに行かせた後、代表者が抜けて手薄のアクエリウムを警備させている。リヴァイアサンみたいなのが例外で、クラーケン一匹いれば魔物の警備程度などなんとでもなるだろう。
「んー……私はどこかいってましょうか?」
「いらない気を使わなくてもな……」
カグヤはさっさと立ち去ってしまった。
グランは少し決まりが悪そうだ。
「話は変わるが。お前、擬神を倒したというのは本当か?」
「ああ。そっちにも情報を渡したんだったな」
「その抜け殻みたいなものを手に入れたと言ったな。見せてもらえるか?」
なぜグランがそんなものに興味を示すのかはわからない。それに、俺からすれば単なる討伐証明程度の価値しかなかったため、見せてと言われれば見せることに抵抗はなかった。
アイラに預けず自分で持っていたのは運が良かった。懐から出して、人差し指と親指でつまんで見せた。
「……これを使う予定はあるか?」
「いや、ないけど。譲ってくれって言うんなら使い道を教えろよ?」
「いや。使うのはお前になるだろうな。これを食べるつもりはないか?」
「はあ?」
食べる?
突然の申し出があまりに常軌を逸していたため、素っ頓狂な声を出してしまった。
比喩表現でもなんでもなく、口に入れてって意味か?
そんな風に尋ね返すと、グランは変な顔をした。なんというか、やっぱり知らなかったのか、といった納得と知らずに持ち歩いていたのか、という呆れのような、そんな顔。
「それにはおそらく、本来命のない存在を命として成り立たせるための仕組みと記憶、そして少しの魔力と魂のようなものが入っているはずだ。それを食べればお前の存在とソレが同化し、中に入っているはずの自分にある適性の対象に対する理解が深まり、神に近づくことができる。それと────」
「ちょっと待て。何を言っているのかわからない。噛み砕いてわかりやすく説明してくれ。それを食べると何が起こる? 俺には何か不利なことがあるか?」
一気にまくしたてられ、しかもファンタジー世界の理論の中でも人間世界では研究としてさえ明らかになったことのないことを言われて混乱のあまり話を遮った。
「……お前の場合は波属性の魔法の威力と、空間術の技量が上がる」
「それだけじゃあないはずだ」
「神に近づくための莫大な情報量に耐えられない場合はお前の見た擬似神のように虚ろな自我のない存在になるだろうな。まあ空間把握まであっさり習得してそれだけ使いこなすお前にはおそらく縁のない話だ」
それは軽々しく持ちかけていい提案じゃない。一歩間違えれば廃人になるってどういうことなんだか。
グランはもう少し強さを得るためのリスクとかを考えた方がいい。
あの姉ありきのこの弟といったところか。魔王の中でも穏健派だとか、頭脳派だとかそんな評判に惑わされていたな。あくまで魔族の中で、なのだ。強さを求める種族なのは変わりがないのだろう。
「ま、受けるんだけどな」
グランがここで変な嘘をついて俺を廃人に追い込むつもりならば、廃人になる可能性があることは言わない方がいい。
俺が怖気付いて手放すのを期待するならば、少し金を積んで人間には使いにくいとか別の使い道について言った方がいい。
ならばこれは、魔王と自治国家の代表ではなく、グランとレイル、友としてのサービスみたいなものなのだろう。ありがたくいただこう。
そんな打算とも計算とも言えない目測でグランを信頼し、俺は一気に擬神の残したそれを飲み込んだ。
その瞬間、頭痛が襲い、グラングランと脳を揺さぶられるような錯覚に陥った。
「うっ!」
思わず声が漏れた。しかしすぐにその正体というか、実態が脳内に鮮明に浮かんだことで嘔吐は免れた。
しかし膝をついて口を押さえた俺の姿は明らかに無事とは言い難いものだ。
「大丈夫か?」
グランが俺の側に寄り添い、肩を支えてくれた。
すぐに持ち直して立ち上がる。
そして俺はこの力の根源の一部に触れた。
おそらく神には敵わないのかもしれないが、少なくともこの空間術の力があれば、今までよりずっと強くなれる。あのバジリスクの時のように無様な失態を見せることはなくなると確信が持てた。
なるほど。これは凶悪な力だ。とても強いが、危険な力だ。おそらくこの域に至った者の大部分が力を振るうと同時に身を滅ぼしたに違いない。
空間術は別次元からエネルギーを借りることのできる術である。
魂のエネルギーを使う魂術でも、寿命や体力を減らす時術でもない。
そのエネルギーを引き出す絶対値が増大したのを感じた。
ってどうして俺はこのタイミングで覚醒イベントに突入するかな……
「レイル!」
グランが俺が大丈夫であることを感じとり、そっと離れた瞬間に俺を呼ぶ声が聞こえた。
小走りでここまで来て、グランを見つけると顔を引きつらせた。
「魔王と仲良いって本当だったんだな……」
「こいつは話のわかる人間だ。俺と対等に話せる数少ない友人だよ。お前がアクエリウムの新しい王か? 随分と頼りなさそうだな……まあ、レイルがわざわざつけたんだ。見所はあるんだろう」
グランの口調は決して侮蔑でも憐憫でもなかった。むしろ期待しているようにさえ思える。
そんなグラン相手に萎縮するかと思ったが、オークスは堂々と正面から握手を求めた。
「レイルの友なら俺の友でもありますね。よろしくお願いします」
「友達の友達は友達、か? まあお前が友となるだけの魚人であれば自然と友となっているだろう」
恐怖の象徴である魔王に、あえて対等な立場を意識させる言葉を使うことで、決してアクエリウムはノーマに屈しない、しかし友好的に在りたいと示した。
グランはグランで、まだ友と認めたわけではないが、これからの行動次第だと悪くない反応である。
というか本人の目の前で友達が紹介しあうのは非常に照れくさい。
王と王の会談の場ともとれる出会いの前で、そんな青臭いことを思った。
「あ、レイルに見せたいものがあったんだ」
「ん? 美味しい魚でも発見したか?」
「レイルの中では僕は食いしん坊なのか? これだよ」
そういってオークスが見せてくれたのは、黒い漆塗りのような箱だった。金色の紋様があしらわれ、銀の紐で縛られている。
「なにこれ」
グランがしばらくしげしげと眺め、口を開いた。
「魔導具、か? いや、もう一つ次元の高い道具だな。神器ともいえる」
「ご明察。これは魂手箱っていって、魂魄を無限に封印できる箱なんだって。出し入れは自由、他にもいろんな機能があるみたいなんだけど、どうにも解明しきれなくってね」
「そんなもんを俺に見せてどうしようってんだ? もしかして名前を呼んで返事をしたら封印されるとか?」
「いや、これは一応国の宝でね。代々受け継ぐことになってるんだけど、この他にも二つ似た魂を管理する神器があるんだって」
オークスはそんな大事なものを持ち出して第三者の俺や魔王に見せてもいいものなのだろうか。
「僕たちの国にあるこれは、海の神器の一つ。伝承では空の魂手箱と地の魂手箱があるらしいんだ。それが実は──────」
オークスがそんなことを言いかけたところで、にわかにあたりが騒がしくなった。
こんなに騒がしくなるのは双子の魔王が現れたときぐらいのものだ。
「あっ! 来てくれたんだ! ありがとう!」
アイラのはしゃぐ声が聞こえてきた。
しかし来賓の皆様は一様に凍りついていらっしゃる。
キーワードと共に動き出したりしないものか。
その視線の中心には確かに異様な集団がいた。全体的に銀や黒、白などの無彩色が多いが、腕の数から目の色まで全く一貫した特徴のない集団。ただ一つ言えるとすれば、彼らは生物とは言えない超越者たちであった。僅か十名ほどで訪れてくれたことだけが救いか。
「遅レタコトヲ謝罪スル。オ招キイタダキ感謝スル」
代表はいつもの彼で、心なしかアイラを見る顔は嬉しそうである。
各国の代表者たちが今にも気絶しそうなのは無理もないことだろう。
機械族。歴史の表舞台に姿を現すことのなかった、存在さえも疑われた幻の種族がここにいたのだから。




