トロルの里、襲撃者
セルバに案内されて、家の立ち並ぶ土や石造りの通路を行く。
人間というだけで、敵意の視線もないではないが、サーシャ以外の四人は気にすることもなく進んだ。
「すまない。やはりその目で見てもらわないことには、人間が苦手な奴もいるんだ」
不躾な同胞からの態度に謝るセルバ。彼は顔が広いらしく、品物を並べた奥から店番に声をかけられたりすることも多い。中にはお礼を述べる人もいた。
「人気者なんだな」
「人気というよりは、ただ外に出て魔物を狩ったり、やや険しい場所の薬草を取りにいく機会が多いから目立つだけだ」
「その服も立派な毛皮じゃないか」
「これは以前に仕留めた黒狼の毛皮だ。狩人は自分で仕留めた相手の毛皮を身につけることが強さの証明となるから、より強い魔獣の毛皮を身につけるんだ」
ツヤツヤとした毛皮は傍目にも質がよく、ただ粗雑に肩から斜めに腹までを覆うだけの服であってもどこか上品ささえ感じさせる。
見た目の醜悪さに対してギャップがあったのをレイルはずっと気にしていた。醜悪とはまた仲良くなった人物に向かって失礼な話だが。
「あれ?」
カグヤが興味を示したのは、人の住む場所から少し離れたところにある建物だ。
人が住むにはやや不便そうな、生活の気配のしないぽっかりと入り口のあいたそれは、中に不思議な紋様が彫られていた。
「ああ。あれは我らの……崇拝しているものかな」
なにやら言いにくそうにセルバは言った。後ろめたいとか、恥ずかしいというよりは何と言っていいのか迷っているようである。
「宗教があるのか?」
ロウの言葉だけ聞いて、ヒジリアのような信念と教義に基づいたかっちりとしたものを思い浮かべてしまうレイルはあまりいい顔をしなかった。
「いや、違う違う。私たち森の民はな……自然の働き全てを一つの存在としているのだ。自然は一つの動物であり、時とともに滅びも栄えもする、それらの恵みを受けて生かされているのだ、という感謝を形にしたものだ」
レイルはその考え方に、前世の日本にもよく似た考え方はあったことを思い出した。
「あのヒジリアのように堅いものではないし、人知を超えた存在が自然をどうこうしているとは思っていない。ただ雄大な自然はそこにあるだけだ」
レイルはややそっけなく、ぶっきらぼうに「そうか、いいんじゃないか」とだけ答えた。
レイルたち六人はたわいもないことを話しながら、家と家の間の道を抜けていた。
セルバはトロルの中でも体格が良く、一緒にいればガラの悪いトロルも絡んでくることはほとんどなかった。
セルバの着ている毛皮も、この里では強い魔獣であるらしく、黒い毛並みを見るなり顔を引きつらせて逃げる人もいた。
レイルは自分は何もしていないのに何やら得意げな気持ちになった。虎の威を借る狐もいい気分だな、などとほざいているのをカグヤとサーシャが「ないわー」とドン引きしていた。アイラとロウは、もともと強いくせに何を言っているんだろうか、とやや怪訝な目を向けてきたので、自分の味方がいないことに悲しさを覚えながらも、「チンピラに絡まれて返り討ち」という楽しい展開にならない分、こちらも一長一短か、などとさらに後ろ向きになった。
◇
それはレイルたちがセルバの家でご馳走になるかという話が出たときのことであった。
「おい、そっちいったぞ!」
「くそっ! 追え!」
「無理だ。こっちは抑えられん」
六人は男たちが騒いでいる声を聞いた。
レイルだけはその理由を知っているが、説明するより見た方が早いだろうと素知らぬふりを続けている。
「きゃあっ!」
「逃げて!」
女性の悲鳴と共に、レイルたちからも視認できる範囲にまでその相手が現れた。
まだ到達するには余裕があるが、かろうじて見える範囲ということは向こうの魔物はレイルたちをすでに認識しているということでもある。
それは七体の魔物であった。
狼型の魔物が五体、そして六本足にワニのような長い口、尻尾の先には針のついた全長三メートルほどの怪物が番いでいた。
その巨体ながらも俊敏な動きで里の男たちの包囲網をくぐり抜けて、居住区に至ろうとしていた。ドシドシと走るたびに砂埃が舞い、血走った目で六人を見つけた。
魔物はレイルたちを見て舌なめずりをした。今まで屈強なトロルの戦士たちに囲まれて、態勢を持ち直そうと脱出したところにいたのが脆弱そうな人間たちである。一人、やや体格の良さそうなトロルがいるが取るに足らないだろうと野生の本能のままに攻撃性を剥き出しに吠えた。
一声、たった一声で後ろから追っていたトロルの戦士たちが一瞬怯む。
それだけで標的にされていた六人は事態を正確に理解した。
男二人が獰猛な笑みを交わす。
「へえ、異種同士で群れなんて珍しいじゃん」
「あれはそういう魔物なんだよ、ロウ」
六本足の魔物の名前はアギトカゲ。
単純かつ短い名前ではあるが、それだけ名前がつけられたことが早いという理由でもある。トカゲとは言うものの、それは古代の恐竜型の魔物を知らないが故の名付けであり、遺伝子としては恐竜に近い。
「フェロモニアとは違うのよね」
レイルはカグヤの言葉を否定した。
アギトカゲは生来、リーダー気質の強い魔獣である。群れを作る魔物は総じてリーダーになろうとする気質は強いが、アギトカゲはその中でもかなり高い。
例え自分より強い同族であっても、その下につくなど許せない。
しかし群れのボスにはなりたい。
二つのプライドが邪魔をして、夫婦番いになって他の魔物の群れを率いるという結論に達する。
他の群れをなす魔獣を見つけると、襲ってボスがいるなら仕留めてでも自らの配下に置くのだ。
そうして異種混成パーティー……というよりは他の魔物を率いるなどという構図が出来上がる。
そうしてようやく、魔物たちの姿がはっきりと見える位置まできた。この間約二秒といったところか。
緊張感のないレイルたちにセルバは危機感を抱いた。もしかしてこの魔物の脅威を知らないのだろうか、と。
「あっ! セルバさん! いくらセルバさんでも分が悪いです! 逃げるか、身を守ることに徹してください!」
追いかけてきた戦士の一人が叫ぶ。
いくら挟み撃ちの構図といえど、結局こちら側のトロルはセルバだけで、実力の知れない人間を当てにするわけにはいかない。彼の気遣いはセルバもよくわかっていたが、それでも彼は引けなかった。
「悪いな。時間稼ぎならできるだろうが、お前らを守ってまでは戦えそうにない。安全なところまで下がっていてくれないか。あいつらはこの付近でもかなり厄介な相手なんだ。なんだってこんなところまで……」
彼はトロルの中では指折りの戦士であった。通常は複数で歩く森の中を平気で一人で移動できるぐらいには、だ。
人間は数でこそ強いと言われる種族、ましてやまだ若い冒険者に心配されることはないと胸を張った。
しかし六人はその注意を微塵も聞かないどころか、セルバが注意し終えるよりも早く駆け出していた。
「水槍──睡蓮──」
「五月蝿い」
狼型の魔物五匹のうち、一匹がサーシャの作り出した六本の水の槍によって貫かれた。
残りの三匹がアイラの銃によって脳天に穴を開けて沈黙した。
「はっ。隙だらけ」
ロウは時間を操作して相手の五感を狂わせながら最後の狼型の懐まで潜り込み、喉笛を切り裂いた。
「はあ……私も随分慣れちゃってるわよね」
「邪魔」
そして番いのアギトカゲはカグヤとレイルに刈り取られた。
一匹は通りすがりに腹から背にかけてぱっくりと斬られてその中身を開きのように見せつけた。
もう一匹はレイルが剣を振ったかと思うと、体の内部から剣が生えてきた。レイルは一歩も動かなかった。
カグヤの言は彼らの状態を如実に表していた。
アクエリウムではリヴァイアサンという地上ではあり得ない大きさを、そしてリューカでは擬神や偽天使などといった得体の知れない相手と。
立て続けにスピードも、パワーも、そして特性までもが異常の相手と戦い続けてきたことによって、レイルたちは異常な相手に慣れてしまっていたのだ。
本来対人戦や剣すら交えない戦いのうまいレイルたちとはいえ、旅をしてきて魔物ぐらいは狩れるような実力を得ていた。レイル以外に至っては、レイルが寝込んでいる間に一人で一つの冒険を終えてきたのだ。
サーシャだって負けてはいない。もともと国でも指折りの魔法使い。一度死にかけてからはアークディアの影響か、それとも臨死体験を経て覚醒したのか妙に魔法の調子がよかった。
五体の狼型と、二体のアギトカゲの死体が鮮やかな紅のままに地面を汚している。
先ほどまで悲鳴をあげて、避難にとりかかっていた女性や子供のトロルも、戦いの収拾がついたことに気づいてちらほらと顔を出してきている。
「あいつら……アギトカゲとその群れを一瞬で……」
自然に、できそうだったからしただけの行動も、トロルの戦士たちを驚愕させるには十分すぎた。
いつも閲覧ありがとうございます
今日は小学校時代の友人に招待されて学祭にいっておりました。パン○ヒーローのぐる○みんverを踊っている女の子がいたのが印象的でしたね。
(そんな伏字をしたら、ぐる○みんさんよりも_さんの歌みたいですよね)




