戦いの条件
仮設野営場にて、大勢の冒険者と兵士が防衛にあたっていた。
とは言えど、兵士は魔物だけではなく、人に対する防衛も担っているので、国の全兵力をここに集結させることはできない。さらには王が行方不明であることが他国に知られると、国が滅ぶのではなくのっとられる可能性もあるということで、ここにいる兵士は全兵力の半分ほどにしかならなかった。
「俺が殺す側じゃなくって生かす側になるなんてな」
まるで自嘲するようにロウが言った。本人としてはそんなつもりはなく、ただただ現状に対する自分の立場について述べただけである。
「レイルくん、大丈夫かな」
「そんなに心配ならついていけばよかったじゃねえか」
「私の持つ武力も知識も多分役に立たないから……こんな時はロウくんやカグヤちゃんみたいに、何か一点強いものがあればいいなって思うんだけどな」
「……レイルはお前のことをすっごく高く評価してるみたいだぞ。アイラは天才だ、凄いってよく言ってるからな」
突然のフォローにアイラは目を丸くした。
「そうなの?」
「ああ」
手放しの賞賛で、お世辞や慰めなど入りようもない伝聞形式で知ったレイルの本音に思わずアイラは顔をほころばせた。
「ま、珍しくレイルと離れてるんだ。さっさと始末してレイルを安心させてやろうぜ」
「わかった」
レイルがいればレイルを最優先するアイラではあるが、仲間の言葉もまた素直に聞くのだ。
今は偽天使を掃討することが一番合理的に優先されると判断した彼女は自らの機械弓の手入れを始めた。
「おうお前ら! 準備はできているか!」
冒険者組合の熟練者にして、この地の指揮を任された男の怒号が飛んだ。
それだけで、冒険者と兵士たちの体感温度が一度ほど上がったようであった。緊張と興奮が半々で体に力が入り、戦いの前の熱気が周囲を包んだ。
これがもしも人相手の戦争ならば、相手を呑むという点でも利益を生んだであろうし、魔物相手ならば殺気を感じ取られてむしろ逆効果となる。
相手にはなんの影響もなく、ただこちらの戦意を上げるだけのそれをその場の全員が受け入れた。
しかし、その戦意もやや削がれることとなる。
「なんなんだよ、ありゃあ……」
誰かがつぶやいた。
その視線の先には灰色に染まった空があった。
それは真っ白な天使が夕焼けの影と混ざって黒っぽく群れをなしたものであった。
冒険者と兵士たちよりも数倍から数十倍の数がいる。
「あんな数で全てが空を飛んで魔法を使うなんて……」
そんな部隊はおそらく世界のどこの国を探してもないであろう。
強力な魔法使いというのは珍しくはないが軍隊を組めるほどに存在するはずがないのだから。
避難所防衛戦が始まった。
◇
時は遡ること、数時間ほど。
一方レイルの向かった親玉討伐隊は城の中を順々に上へと登っていった。
迷うはずもない。レイルの空間把握があれば城内部の地図どころか敵の位置まで丸裸なのだから。
「今こそこの勇敢を見せるときが来ましたね」
どこか嬉しそうでさえあるリーズの本質を人の弱さに敏感なレイルは気づいていた。
そう、この子は名誉や誇り、自己顕示から清廉潔白にこだわるタイプである、と。
そんな彼女がここに志願してきた理由など簡単だ。人を救いたい。本人はそれのみだと思っているであろうが、その裏に含まれた浅ましい部分に辟易していたのだ。
また、それとは別に、レイルはこの石レンガの壁で密閉された城に息苦しさを覚えていた。
それはまるで、圧倒的格上の存在と対峙する時──ミラやアークディアと出会ったその時と同じような──そんな息苦しさであった。
その直感は微妙な形で実現することとなった。
「おでましかな。客人たちよ」
最上階の玉座にいたのは、やや神経質そうな白衣の男と、今までの偽天使をもっと強大化したような存在だったからだ。
決めれば何も、戸惑うことはない。
目の前の男が敵であるのはほぼ確定なのだ。
ただ、とある事実……現状に対するレイル側の無知が攻撃の手をとめさせた。
「それは……なんだ?」
もう既に剣を抜いたレイルは、もはや尋問とも言えるキツイ口調で尋ねた。
目の前の男は乾いた笑いで返した。
「私の研究成果だよ」
そういって隣の性別不明、身長は人の二倍ほどの無機質な白いそれの肩に手をかけた。
それは抵抗する素振りさえ見せない。なされるがままである。
「私はこれを擬神、と呼んでいる」
こういった頭のネジがとんだような科学者とは自分の発明を語りたがるものである。彼もまた、その例にもれず自らの研究成果を得意げに話しだした。
「あのお高くとまった奴らに見せてやりたいね。この私の手中にある神を見れば。この神々しさ、神性、何をとっても本物ではなくともこれは一つの成果だ」
うっとりとさえしたその顔にレイルとカグヤはこの前の変態を思い出した。
こちらは変態は変態でも変態科学者なのだが。
「作られた神や天使だから自我がないってことかよ」
「ま、詳しくは教えられないがな。そんなところだ」
今も悠然と佇む擬神をじっと見ていたミラがその顔を悔しげに歪めた。
「なるほど。厄介なやつじゃ。わしはこちらに来るべきではなかったかもしれんのう」
「ちょっとまてよ、ミラ。お前が無理なら俺たちにできるわけないだろ。じゃあここからいなくなるなんていうなよ」
「違う。アレは魂の核をそのまま存在の核としておる」
本来、精神生命体とは魂のエネルギーそのものであるのだが、アレは核を壊されない限りは周りの魔力でさえも吸収して復活するという。
そしてその性質は精神生命体から一種の通常の肉体を持つ生命体へと劣化しかけているため、命を奪うことのできないミラにとっては相性が悪いということである。
強くて格上の方が都合が良いとは皮肉なものではあるのだが、それがミラが役に立たないということでもなければ、レイルたちが戦うにあたっての状況を変えるものでもなかった。
「これはまだまだ試作品なのだがな。この前、獣を元にして作ろうと失敗してグレーズリーを転送してしまったこともあった。いくつもの失敗の上に、これがあるのだ。ああ、あの出来損ないのリヴァイアサンはどうなっただろうか」
その言葉に、レイルが少し苛立ったようであった。
「ほう。あれらはお前のだったか。あんな厄介な雑魚送ってくれやがって」
レイルは空間接続で剣戟を彼の首元に繋ごうとして――――失敗した。舌打ちしながらその原因を推測した。
「はっ。めんどくさいな。結界か」
「ヒッ! はぁ……そうだよ。私を倒さなければこいつはどうにもならないし、そしてそいつを倒さなければここには来れない。結界さえあれば私は無敵だ。それに見よ!」
彼が玉座の裏から引っ張り出してきたのは見覚えのある人物であった。
その人物を見てリーズが叫ぶ。
「卑怯な!」
「お前らはこいつを死なせるわけにはいかないのだろう?」
そう、王であった。
もともと他の人間などどうでも良すぎるミラとアークディアは全く気にとめなかった。
カグヤは人質を取られたことはさほどなんとも思っていないようだ。パニエもさほど変わらない。
冷静さを完全に取り戻したレイルはうーむ、と顎に手を当てて考えたあと、ポンと手をうちこんなことを言った。
「そうか。それは残念だ。うん、退こう」
そういって周りの全員をまとめて城の外へと空間転移で連れ出したのであった。




