やさしい天使の壊し方
あらかた天使もどきを倒し終えて、相対座標固定を解いて地上に降りた。
精神生命体は死体が残らず、霧散して消えてしまった。
この戦場では死者は出なかったようで、口々に俺たちを称えてくる。
アイラが俺にだけわかるようなことを言った。
「こんなところでアレの出番が来ちゃうなんてね」
アレというのは武器ではなくて戦法である。
「ふう、お疲れさん」
ロウが怪我人を治療し終えてこちらに向かってきた。
「いやいや。ロウの方が大変だったろ」
「時術を鍛えるのにちょうどよかったよ。自分は速さ勝負だから一撃で相手を殺す側なもんで、あまり自分に回復を使わねえんだよ。それにお前のおかげで滅多なことでは苦戦しねえしな」
「それならいいけどな」
精神生命体に魔法攻撃や武器による物理攻撃は効かない。
もしもあれが誰かの手によって人為的に造られたのだとすれば、あそこまで防御が紙装甲なのもわかる気がした。空を飛んでいて、素手などの肉体攻撃以外通じないなら防御よりも魔法に偏る方が強いに決まっているのだから。
フラストさんが上級天使で、あれが下級だとしてもあれは弱い。
飛んでいることと魔法を除けばゴブリン並みじゃないだろうか。
「私は大変だったわ」
カグヤはそうだな。特に刀を鍛えている以上、素手で殴るという経験は少なかったに違いない。近接戦闘ということで、通じるものがあるのだろうけど。
こればっかりは純粋に相性の問題なんだよな。あまり技術とかはいらないのだとカグヤが証明しているし。まあカグヤの場合は天使もどきの魔法攻撃を魔法で防ぎながら魔法で飛び上がって攻撃できるだけの技量はあったわけだが。
倒し方さえわかれば、冒険者や兵士が三十も集まれば余裕を持って倒せるはず。
で、毎日の防衛のために、夜になると会議を開いているということで、そこに参加した。
冒険者からは冒険者ギルドの副ギルド長、ギルド長が出てきている。軍からもナンバー1、2が出ている。他にも数人、俺以外に合計八人がぐるりと円卓を囲んでいる。
天幕の張られた会議場の中に、明らかに場違いな人間がいる。もちろん俺。
「聞かせてもらえるか? あの化物たちを倒す方法を」
本来ならば、こういった情報をばらまくのは苦手だ。
しかし倒し方を教えることで、俺たちがここの防衛に当てられないならばそれでいいだろう。
神妙な顔をしているが、そういった意図を感じてくれているだろうから、不安そうな気配はない。
「簡単ですよ。あれは精神生命体です」
その言葉に他の人たちは「やはりか……。」とか、「本当にそうなのか?」と納得と動揺との反応に分かれた。
「だから魂を持たない物理現象、つまりは単なる魔法や武器では倒せません」
「お主は剣で倒しておったようだが」
「これは一応聖剣ですので」
「ふむ。ではあれはやはり邪悪な存在というわけか?」
「いいえ。剣は斬る相手の善悪は区別しません。ただ選べるのは使い手だけです。どうして俺が選ばれたのかはわかりませんが」
まあ半分嘘である。剣が主を選ぶというのはなかなかロマンのある話じゃあないか。それに科学技術の知識にとらわれた俺の常識だけで話すよりも、少し嘘を交えた方が真実に近づくものである。だってここ、魔法あるし。
「武器も魔法も通じない、となればどうして良いのかまるでわからん。レイル殿のところの女性は弓で打ち落としていたな」
「みなさんにはそれを実践してもらいます」
そうだ。俺が精神生命体の存在を知った時、アイラと話しあったのだ。
結局アイラがその案を先に出したというのは、あれが初めてのことであったのでよく覚えている。
アイラは邪悪さや卑怯さこそ足りないものの、俺と同じかそれ以上に頭が回る。
今は現代知識の浸透レベルと、純粋な経験、知識の量で俺が勝っていると信じているが、頭の回転のみに絞ればアイラが勝つかもしれないとふんでいる。
「ほう。その案とは」
一番ご高齢の方が尋ねた。
「みなさんには、毎日使う分の新鮮な木を伐採してきてもらいます」
「武器は効かないんじゃなかったのか?」
「単なる武器は、ですよ。知っておられるかどうかは知りませんが、木というのは切って上と切り株に分けたとしても、上は切った断面を水につければしばらく成長したりします。下は言わずもがな、切っても木が生えてくるのは自然の摂理です」
「どういうことだ」
「何が言いたい?」
あ、わかりにくかったか。
口々に質問とも言えないことを言ってこられても返事がしにくい。
「要点をまとめてはもらえないだろうか。私たちは戦うことが職業だ。君みたいに貴族としての教育を受けて、国一番の頭脳……いや、大陸でも頭抜けた智略の持ち主ではないのだ」
この人は軍のトップだと思う。落ち着いているな。いい歳したおっさんだからだろうか。シブいヒゲにつきすぎない筋肉がうまくあっている。
そして俺のことを褒めすぎだ。
何が大陸で一番だというのか。そこまで凄いことはしていない。しいていうなら酷いことしかしていない。
「何が言いたいかというと、切って間もない木はまだ生きているということですよ」
思い出してほしい。
精神生命体は魂のこもっていない現象に強いのだ。魂のこもった、つまり生きている武器なら通じるってことだな。
だから上級の天使といえど、ドラゴンとかは相手にしたくないって言ってた気がする。フラストさんにしか聞いてないけど。
「毎日少しずつ木をきって、その日使うだけの矢を作成してください。相手の防御は弱く、主な攻撃手段は魔法なので矢が当たれば十分倒せる相手です」
「それは本当か?」
「ただし、鉄や石を使うのはやめてください。あくまで木のみで作るので、炎魔法で焼き払われる可能性があります。なので、次に防衛に当たってもらうのは魔法が得意な方と、弓矢の得意な狩人系の冒険者や軍の弓部隊になります。もし余裕があるなら、木剣や木槍を作って通常の兵士や冒険者も投入したいですね」
ただ、天使もどきが飛んでいる以上は遠距離攻撃主体の部隊の方が都合は良いだろう。
俺みたいに、魔法と剣と両方が中途半端な魔法剣士がいるならぜひ使うべきだろう。
聖剣はそんなに用意できない。
「レイル殿、あなたは確かに十分なだけの実績を残している。しかし、それを丸々信用するのは……」
「いや、信じるべきだ。魔法を使う様子もなく、その場で即席の弓矢でまだ若い女性が防衛していたのをその目で見ていたはず。私たちが束になっても敵わなかったというのに、だ」
「……信じよう。では明日からは」
「いえ、俺は防衛にはあたりません」
「なんですと?」
周囲が殺気だった。
それもそうか、もし俺の言うことが嘘だったとしたら、この行動はまるで逃げるつもりのように見えるからな。民衆が危機に瀕しているのに、それを食い止めた張本人がいなくなるのは不審だってか。
そんな俺の顔を見て、代表して話した人はそれを否定した。
「いや、違う。兵士と冒険者に不安が広がるのを怖れたのだ。あのひたすらに耐えるだけしかできなかった猛攻をほとんど一人で収めてしまった君がいれば、士気もあがり、防衛の可能性はぐんと高くなる。ここでその戦力を失うのは惜しい。君の仲間も見事だった。特に、白髪の彼のおかげで誰も致命傷のないまま夜を迎えられた」
少々疑いすぎであったようだ。
「いえ。俺は少数の仲間を連れて、本陣へと切り込みます。本当は軍と冒険者からも一人ずつほど出してほしいところですが……」
その発言は戦力的に足りないことを恐れてのことではない。
いや、足りないかもしれないが、その時はその時である。
俺はただ、冒険者組合と軍の両方に、活躍の場を設けたかっただけだ。
俺が自分の仲間とだけで国の敵を討伐してしまった場合には、その両方の権威の失墜がまぬがれない。
一応俺も、冒険者として登録はしてあるので冒険者組合はギリギリ命拾いするかもしれないが、世間一般に俺たちの名前は「ギャクラ出身の勇者」として知れ渡ってしまっている。
大多数がどう見るかを考えると、一人でも冒険者と兵士を入れて戦いに臨みたい。
このままだとリューカの再興が不可能になってしまう。
珍しく優しいな、俺。どうしてだろうか。
「……ありがとう。聞いていた以上だな。ここまでとは」
「ふむ。こちらでも志願者を募ってみよう」
軍と冒険者組合の両方から賛同が得られた。
その後は具体的な戦い方と部隊の配置について話しあった。俺も時々意見を出した。聞かれなかったり、取り入れられたりと、そこそこの扱いであったと思う。
魔法で木の矢を覆って飛ばすなど、様々な案が出た。幾つかは実戦投入が決定された。
アークディアはややこしいので俺についてこさせるとして、ホームレスをどうしようか。ロウも困る。カグヤは当然こちらだ。アイラは置いていくのもいいかもしれない。
帰ってくると仲間が待っていた。アイラはいつも通り、ホームレスはやや不満げだ。強い相手がいなかったからか、それとも防戦一方だったからか。どちらもだろう。やっぱりこいつは木剣でも持たせてこちらに来させるべきか。魔族だしな。 俺はどうでもよくても周囲がどう思うかまでは保証できない。
「あんなものは天使とは言わんの」
「あれは人造物か?」
「かものう。"人"造物かはわからんがの。少なくともあれが普通に生まれた天使などではないことは確かじゃ。性質も見た目もよく似ておるがな。魂の作りがまるで違う」
さすが、魂と死を司る死神様の説得力は違う。
俺には魂の作りとかさっぱりわからない。
「レイルよ。あのような紛い物どもは恐るるに足らんぞ。お主の仲間も決して弱くはない。あれごときに負けるはずがなかろう」
「わかってる。だからこそ迷うんだよ」
どこに配置すれば、戦いの後の損失が少ないか。
全体の命の数と、味方の戦力と敵の戦力と、未知数の敵と。周囲の感情と、仲間の感情と、そして俺の感情と。
全ては考慮できないかもしれないが、最優先事項は身内の命と評判である。
もしも一番死者が少ない案が、次善の策よりも俺たちに風評被害を与える場合は迷うことなく次善を選ぼう。
いくら考えても最善なんてどこにもない。
どうせ選ばなくてはならないのだ。
突っ込んできたのは自分であって、関わらせたのはこの国ではない。
見捨てることはできた。
たとえこれを見過ごせば、俺の勇者候補としての評判が下がっただろうことを考えても、だ。
うん。わからん。
今日はもう寝よう。
そして明日は城に切り込もう。
この天使もどきの黒幕とは?
城が占拠されている理由とは?
次回「伽藍堂の瞳」




