急転直下
冒険者たちがどんな相手かわからない以上、ガラの悪い部下たちを行かせて警戒されるのも良くない。
ならば機動力があって、なおかついざという時に逃げるのが一番得意であろう俺がいくのがいいかと、言伝を残して跳んだ。
空間跳躍を使って、冒険者とやらがギリギリ確認できる位置まで来た。空間把握でどの距離に何人いるかがわかり、俺はそこまで歩いていくことにした。
見た目には男一人、しかもまだわかく、ここは国からさほど遠くもないため警戒はされにくいだろう。
先ほどは空間把握でぼんやりとしか確認しなかったため、近づいてくる冒険者を見ると、三人とも怪我をしていることがわかった。特に酷いのがそのうちの一人の男性である。女性に肩を貸してもらっていて、ほとんど動かない。
二人は男性で、一人は女性だ。全員が二十歳半ばほどの若い冒険者である。
若いとか俺が言うなって話だが。事実上は三十、四十生きてたってまあ、体がその半分しか生きてなけりゃ成熟した感じにはあまりならない。落ち着いたのは性欲ぐらいである。
「どうされましたか?」
剣は腰にさしたまま、敵意はないと顔と声と態度で示す。
もちろん敬語である。実力が物を言う冒険者であるが、お互い実力も知らないのに十も歳下のガキに生意気な口をきかれては不愉快だろう。
「はぁ……はぁ……助かった。坊主、この近くに民家はないか?」
「何言ってるのさ、ここは国の外だよ。そうそう民家なんて……あるとしても奴隷商や盗賊のねぐらよ」
「うるせえ。聞いてみなきゃわからんねえだろ! 川とか水のあるところでも洞窟でもいい……傷を洗えるところか身を隠せるところが欲しいんだ。くそっ! ……なんなんだよ!」
どうやらひどい目にあったらしいということはわかった。
「この先に国というか、街みたいなのがあるのでそちらで手当てしますか?」
「本当か?!」
「嘘!?」
女性はどうやらここの付近をよく知っているらしかった。
先ほどからここには国はないとばっかり言っている。もしかした世界地図を記憶しているってことだろうか。
「最近できた国ですからね。ユナイティアと言います。治療のための一通りが揃っていますよ」
俺の言葉を聞いて、ユナイティアがきっちりとした場所だと判断してくれたらしい。
「じゃあそこに行かせてほしい。どこにあるんだ?」
「焦らないでください。急を要するので、本来ならするべきではないんですが、信じてもらいましょうか」
信じようが信じまいが、強制で連れていくけどな。
「ちょっと待て、何をする気だ?」
何をって、説明するほどのことでもないしな。
俺は三人と一緒にユナイティアへと転移した。
◇
信用しろ、なんて胡散臭いことをいう羽目になったのは、空間転移ができると言っても信用しづらいからだ。空間術は初歩の空間転移でさえそれだけ難しいとされる。
十数年に渡る魔力操作の訓練と、物理科学の知識、そして読書を通じて得た想像力と、全てが昇華されたからこそ簡単にできたのかもしれない。それでも最初はこわごわであった。
門番には顔パスで中に入れてもらい、中心へと向かった。
「なんっだよ……転移? 坊主、お前何者だ?」
「自己紹介は後でしょう。まずはその人の手当てを。貴方たちも傷ついているんだから」
「ええ、そうね」
この国には教会がない。できて数年、しかも国としては異質すぎるこの国は教会どころか新参者の介入さえほとんどないためだ。
よって、人の手当てができる場所というのは、元奴隷商のアジトとして機能していた建物の跡地にして、現在の重要客が通される建物の一つがそうである。
「この国は勇者候補の肩書きを利用してここにあった雑多な無法者たちをまとめ上げたのが始まりでしてね」
「坊主、若い冒険者なのに博識なんだな。いいことだ」
ああ。そういえば何も言ってないから単なる冒険者として認識されているのか。まあいいか。自己紹介は後でって言ったのは俺だし。
シンヤには門番の人から連絡がいっていたみたいで、慌てて俺を見つけると駆けつけてきた。
「あ、シンヤ。この人を手当てしてやって」
「おう旦那。数人暇なやつを呼んである。奥の部屋に通してくれ。そっちの軽いのは救急道具さえあればベッドがなくてもできるだろ」
「重傷の方にはロウにいってもらおう。何日も完治するまであれやこれやと世話を焼くほど回す人手に余裕もないだろ」
「それは助かる」
お互いテキパキとやるべきことをつめていく。
その間にも、シンヤの指示で救急道具が一式用意されて、重傷の方はロウと共に奥の部屋へと連れていかれた。
部屋に入ると、女性には女性が、男性には男性がと完璧な対応で怪我の処置がされ、気がつけば前にお茶があった。
俺が自分の前にあるそれを躊躇わず飲み干すと、ようやく事態がおかしなことに気がついた二人の顔が青ざめている。
「ねえ……あんたなんなの……?」
「さっきから大の大人を顎で使って、この部屋にも当然のように通されたよな?」
「一番偉そうな男が旦那呼びって……」
俺は二人の真正面にシンヤと座り、肘をついて手を顎の下で組んで言った。
「ではお話を伺いましょうか。はじめまして、この自治国家ユナイティアの名目上の最高権力者にして、ギャクラ出身の勇者候補、レイル・グレイです」
にっこり笑って挨拶したら、部屋の中に疑問の叫びがあがった。
落ち着いて、お茶も飲んで一息ついたところで二人は今までにないほどに緊張していた。
顔には苦悩が浮かび、どこから話していいものやら迷っているのが見て取れる。
「簡潔に言おう。ある国が滅んだ」
第一声がそれであった。
俺だって「は? 滅んだ?」とみっともなく聞き返したかったが、横にいるシンヤが眉をピクリとあげただけであったのにつられて何も言わなかった。
「どういうことだ」
「文字通りの意味だよ。俺たちはリューカで化け物に出会った。国からは軍が出て、冒険者組合からは大勢の冒険者が派遣された。何百人と同時にかかっても、アレには全然敵わなかった」
化け物。魔物とは言わなかった。他種族でもないのか。
そして出たのはリューカか。
「ただ、見惚れるほどに白かった。羽が生えていて、生気のない目がぼんやりと光っていた。荒れ狂うような力が俺たちを蹂躙し、あっという間に城が乗っ取られた。あいつが城に引っ込んだのをいいことに、冒険者と兵は戦うことより大勢を生きて逃がすことに決めた」
その惨禍がまだ彼の目の奥に燃え盛っているようだった。
ポツリポツリと語られるその言葉に一切の誇張はない。むしろ、どうしたら自分が感じた恐怖を伝えきれるかを迷っているようでさえあった。
「国の中心部はもう人はいない。一般人は退避していて、中心部の周りをぐるりと囲んで警戒態勢に入っている。いつあいつが出てくるかわからない。だから、俺たちがここに来た」
「わざわざ満身創痍のやつらがか?」
「俺たちもあの国を出るまではまだここまで傷だらけじゃあなかったさ。出ようとした時だ。化物の部下みたいなのがうじゃうじゃと十匹ほどで出ていこうとした奴を攻撃し始めたんだ」
そんなことがあったのか。
「俺たちは応戦し、偶然駆けつけた軍が足止めしてくれたおかげで振り切って逃げ切れた。だがな、その時あいつまで傷ついてしまった。その時は大丈夫とか言ってたから、連れてきたんだけど、あの時の少し前の戦闘でグラリと倒れちまってな」
仲間の健康管理ぐらいしておけよ。とまあ移動に時間をかけない俺らが言っても嫌味なんだろうな。
「助かったよ。王都の手紙送信機も使えないし、仲間はボロボロだったし。偶然見つけた未発見の転移門に逃げ込んでここまで来たんだ」
「そういうことか。こっちの方から各国に手紙を出しておいてやる。それと俺を含む数人体制で偵察に向かう。どこまで情報が本当か確かめにいく。ギャクラ、ガラス、ウィザリア、運が良ければエターニアも協力してくれるだろう」
思いつく国をピックアップしていく。
横からシンヤが話しかけてきた。
「旦那、偵察に行くって?」
「ああ。この中で行くとすれば、俺たちだろう? 場合によってはそのまま化物と戦うことになるんだからよ。相手は裏で手を引く奴がいるにしろ、考える脳があると考えたほうがいい。なら必要だろ」
「……はあ。はいはい、止めねえよ。もともとそういう奴だしな」
「行くの?」
「あそこは結構友好的な国だったろ。それに」
言いかけてやめた。言えなかったのだ。サーシャさんとかはともかくとして、カレンにああして思いを遮った以上、心変わりさえしていなければ今度はちゃんと思いを聞いてから返事しなければいけないと思った。なんて。そんな感傷的で人思いな覚悟が気恥ずかしくって言えなかったのだ。
話がまとまりかけたところで、扉が勢いよく開けられた。
「話は聞かせてもらったのじゃ! もちろんわしも──」
ミラだった。いつも大事な時に出て来るな。なんつーか……今は空気が変わって助かったか。死亡フラグみてえだったし。
でも次の言葉がわかっている以上は断る。
「駄目だ。ミラはおいていく」
これは実に俺の独断で感情に左右された判断である。
これから行く場所では大勢の人が死ぬ。中にはよく知る人が死ぬかもしれないだろう。
そんな時、ミラが横にいれば? 死を司る神である、冥界の絶対者。ミラを連れていくと心のどこかで甘えてはしまわないか、死んでも俺が頼めば生き返らせてくれるかもしれない。そんな自分勝手で……甘い希望を持ってしまうのではないかと思ったのだ。
俺はそんな無意識の甘えはいらない。死んだら終わりだ、という覚悟で臨まねば本当に生かしたい数人を死なせてしまうかもしれない。冷静に追い詰められなければ、全力は出せない。
それに、きっとミラは助けてはくれないし、助けさせてはいけない。それはきっと後々俺たちを、そしてミラを苦しめる鎖になる。
だからミラはいらない。
そんなミラは俺の眼を見た。アメジストのように深い闇が、俺の浅い底を見透かすように見ている。
ミラはふふふっと、それはもう嬉しそうに笑った。しかしその凄絶な笑みは妖艶な魅力を放ちつつも、決して虜にされてはいけない危険さを醸し出している。
「わしは嬉しいの。レイルがそこまで想ってくれておったとは。じゃがな」
ああ、ミラはわかっているのだ。
「安心せい。わしは人を生かす言葉はあれど、生き返らせん。死なすこともなければ、蘇らせることも決してない。わしはお主の何倍も在る。感情だけはお見通しじゃよ」
その宣言にビリッと背中に電流が走ったような気がした。
そう、見事なまでに後ろの地面を崩されて崖にされたような、そんな気分。
だが俺が欲しかったのはその言葉だ。
「まいった。ついてきてください」
甘えさせてはくれないのだ。断る理由などない。
偵察部隊が出揃った。
ミラが賢く見える!




