仕込み、細工、そして
クラーケンが手伝いを申し出たことで、アイラとカグヤのドキドキヤラセ大作戦は効率が跳ね上がることとなった。
不審に思われる前にアイラとカグヤとクラーケンには撤退してもらった。欲をかいてあまりギリギリまで続けても、バレたときのリスクが高い。
今日は男三人で街へ繰り出した。護衛もつけないのは、オークスはよく一人で街へ出ることもあり、誘拐など街でしようとしたら一発で街の人々にバレるからだ。しかも今回は俺とロウがいるということで、下手な護衛をつけるよりも抑止力としては十分だろうというのがオークスとそのお父さんの共通の見解でもある。
オークスのお父さんはともかくとして、オークス自身は単に護衛を引き連れて歩きたくないだけだろ、とは言わなかった。俺だって嫌だもん。護衛なんかいない方がいざという時にオークスとロウを連れて逃げられるからな。
「なんというか……レイルに任せていたら確かに王になれるかもしれないけれど、人として大切なものを失いそうな気がしてきたよ……」
「まあまあ。たかが齢二十も越えないガキどもの策略すら見抜けなくて陥れられるってことは王として不安だってことだ。だから、気にしなくていいよ」
正しさについては何も主張しない。
俺のしていることは正しさなんてないのだから。
「そういえばオークスの家って結構でかかったよな。ローナガのところより立派だったじゃねえか」
「……あれを家というのもね。僕の家は由緒正しいとは聞こえが良いけど、悪く言えば家格だけなんだよ」
そんなオークスの呟きを掻き消すように周囲の通行人が騒ぎ出した。
何人かがある方向を指差し、興奮したように隣の連れ添う人に呼びかけていた。
「何かあったのか?」
「今日って別に何もなかったよな? また魔物か?」
そんな二人の疑問は嘘であったことがわかる。
華やかな雰囲気とともに俺たちの耳に聞こえてきたのは、この世のものとは思えない、凄絶な天音であった。
◇
視線の先には一人の人魚がいた。
それが歌声だと気づくのに、どれだけの時間を要しただろうか。
きっと一瞬だったのだろう。けれど呆然として見惚れた、いや聞き惚れたその瞬間は周囲にいた全ての人が同じ思いを共有していたことだろう。
人のことなんてわからないと言ったが、これだけは訂正しよう。今なら人の気持ちがわかる。きっと同じ思いだ、と。
「美貌の歌姫、ロレイラ様じゃあ」
近くでセイウチの獣人の老人が言った。年甲斐もなく頬を染めて、うっとりと聞いていた。
彼女は今度の選定においての宣伝目的で路上ライブを行っているということか。前世のように住宅街を口やかましく騒ぎながらのんびり練り歩くアレとは大違いだ。
そうか、あれが数代に一度、人魚のリエル家に生まれると言われる人魚姫か。カリスマというか凄まじい魅力だな。ああいったのが王になっても反乱を起こそうと思えないからそれはそれで王政も安定するということだろうか。
だがそうやってどうでもいい思考の間にも、俺はどうにかしようと考えまくっている。
だんだんと人が集まり、もうすぐ盛り上がりが最高潮という段になって俺はぐっと手に力を込めた。
「あら? ロレイラ様、風邪かしら?」
「なんだか変だな」
今まで呼吸はおろか、瞬きさえ忘れそうなほどに何もせず聞いていた人々の間に動揺が走る。
ロレイラ本人はその理由がわからず、いつも通りその美声を届かせようと唄い続ける。
しかし人々は催眠が解けたかのようにその場を離れていく。まるでもうこの場にいることは価値がないとでも言うかのように。ただ、お世辞を使わなければと義務感を胸に抱いた、つまりは打算的な貴族だけがそこに残った。
俺たちはそうして去っていく人の波に紛れて、その場を逃げるようにコソコソと離れた。
オークスは何かをしたことはわかっていても、何をしたかまではわからないようだ。
「おい、何かしたのか?」
「ちょっと歌を下手になってもらおうかと」
「そんなことできるはずがないだろ。あのロレイラ様だぞ。神から与えられた歌声と言われる人魚姫が、ちょっとやそっとの細工で音程やリズムをはずすわけがないだろ!」
小声で怒鳴るという器用な技で俺を問い詰めてくるオークスの気迫に少し後ずさる。
「ちょっと魔法でな」
そう言って誤魔化そうと────といってもそれが真実なのだが────話を切ろうとするも、オークスはそれを許さない。
「魔法? ロレイラ様の身につけているアレは全て魔法陣が刻まれ、対魔法に特化した防具だぞ。それに直接魔法なんてかけられて、気づかないはずがない」
やっぱりそうなのか。王族に魔法なんてかけたらヤバいのはわかりきっていたことだ。
オークスはそのあたりも頭が回るようだ。
俺としてはちょっかいをかける方法がそれしか思いつかなかっただけなんだけど、直接魔法をかけてはいない。
「それなら大丈夫。だって俺はロレイラ様には魔法をかけていないんだからな」
「どういうことだよ」
「どうもこうも、俺はお前らが光魔法と呼ぶ魔法で歌声そのものをいじったんだからな」
「嘘だ。光魔法でそんな魔法があるなんて聞いたことはない」
波属性なんてわかっちゃいないからな。
「お前らが光魔法って言っているアレはもっと多くのものを対象としているんだよ。その中に音がある。それだけの話だ」
一度発せられた歌声を魔法から守るなんて器用な真似ができるのは、俺と同じように魔法の訓練を積みつつ、正しい知識を得た者だけになる。
そもそも音を出す魔法はわかっても、音の変化が魔法によるといったいどれほどの人間がわかるだろうか。
音は波。周波数や波長、振幅で音の高さから大きさまで細かく決められている。
それを少しでもいじれば、元の音とは別物になるだろう。
繊細な操作も、大規模な魔力もいらない。ただ音という現象と性質を理解していればほんの少しの労力で済む。
その気になればおそらくロウの時術でも同じことができるだろう。
「最大の武器である歌声を奪われた人魚姫がどこまでできるか見ものだな」
「レイル……君って奴は……」
隣の王子様が呆れている気がするけど知ったこっちゃないな。
◇
何もないなら作ればいいじゃない、というのは実にポジティブでプラスな考え方なのだが、世界というものは悲しいもので、作るよりも壊す方がずっと楽なのだ。
ボコボコの運動場があって、平らにしたいと思うなら、遠くから土を運んでくるよりも穴のない場所から穴に土が入るように均すのが普通だと思う。
オークスに何もないなら、まずは周りの信頼を削ぎ落とす、それができないにしても信頼関係に亀裂を入れるぐらいのことはしなくてはならないと思う。
その後は楽しく、それはもうほのぼのとお買い物をした。
男三人、むさ苦しいかと思えばそうでもない。ロウは鍛えていても、筋肉質な感じはしないし、オークスは身なりを小綺麗に整えていて、粗野とはほど遠い。
俺の顔を客観的に見ることができないものの、下手をすればナンパされかねない……とは杞憂で、オークスが顔を見せれば、結構な人が顔を知っていて挨拶してくれる。
「なんだよ……王候補らしく結構顔知られてるんじゃねえか」
「親しまれてはいると自分でも思うけどね。尊敬とか、崇拝とはまた違うでしょ?」
現代日本は一つの存在を重視するような国民性がなく、王とはそうあるべきだ、みたいな考え方はあまり共感できるものではない。そんな日本も半世紀とちょっと前は一つの存在を崇拝してお国のためにと叫んで死地に突撃したのだったか。
王にそんなにいろいろ求めるのも違うとは思うんだよな……。
この国では国民から選ばれるからこそ責任感も一層強くなるのかもしれない。
「ねえ、さっきからお酒ばっかり買うのはどうして? そんなに買い占めたら他の人が困ったりしない?」
「おう。俺は人の嫌がることが好きだからな」
「だいたいお酒は飲まないって君が言ったんじゃないか……」
「お土産だよ、お土産。他にも美味しそうな魚や貝があれば買っていこう」
「保存できるの?」
「まあ城に戻ってアイラに渡せば大丈夫だよ。ところでさ、白涙って製造方法は知られているのか?」
白涙。この国で流通している通貨の一つで、その実態は小さな真珠のかけらである。
大きさと光沢、形で価値が区分され、一般に出回るのは価値の低いものばかりだが、この国の住人は感覚でその価値を見抜く目を持つ。
もちろん、国が決めた幾つかの区分で価値は一定に定められているが、それとは他に、真珠の見た目などで細かい価値分けをその場で行っておまけしてもらったりするのが市場などの日常の風景となっている。
「いや、代々人魚や妖精の一族によって作られているから、俺たちは手出しができない。だから軍事は魚人と獣人が握っていて、経済と生産は人魚と妖精が手綱を取ることが多いな」
「へー……この国では貨幣偽造の罪とかはないんだ」
「製造方法には厳重に管理がされているし、白涙は運が良くないと貝から取れない。だから作ろうと挑んだ者はいないんじゃないか? いたとしても成功してはいないだろうね。今もこうして大量の白涙が流通する経済が成立しているんだから」
「そうか。じゃあ俺たちが今から帰ってすることを絶対に人に言うなよ」
「え? 何をする気なんだい?」
「大丈夫だよ、経済に影響が出る程度に悪用するから」
「なに一つ安心できないな」
「ロウにも頼むぞ」
「まあレイルが頼むってことは俺には簡単で俺以外にはできないことなんだろ?」
「まあな」
◇
俺たちは帰る途中、幾つもの貝を集めた。貝殻の裏が白く、アクエリウムに点在する膜と同じように光の干渉で虹色に光を反射する貝ばかり十も二十も集めていったのだ。
日本でも螺鈿細工などに使われるそれは、例え真珠でなくても昔から人の心を惹きつけてきた魅力ある素材である。
「同じような貝ばっか……こうして見ると不気味だな」
「特にまだ生きているのしかないってところがね」
と惚れ惚れしていたのは俺だけのようで、他の二人はちょっと引いている。
たくさん集めるロマンは男の子のものだとか思うんだけどなあ。
「すっごく細い針とかない? 二本欲しいんだけど」
「あ、俺が持ってるぜ」
ロウはアイラの次に物持ちがいい。
「ちょっと歪でもいいか。じゃあ、こいつらの中にっと」
俺は細い針を箸のように使ってアコヤ貝だと思われる貝の中に外套膜と呼ばれる組織と共に核となるものを入れた。
「うわっ、痛そう……」
当たるも八卦、当たらぬも八卦。
まるで占いのようなことを心中で呟きながら何十個もの核を貝の中に入れおわった。
「はい。これで本来ならば長いこと待たなければなりません」
「もう半月しかないんだぞ」
「で、ここでロウの出番だ」
ロウに時術をかけてもらう。
本来ならば短縮できないこの工程も、時術を使えばあっという間である。
さすがに素人作業ではさほど成功率は高くなかったが、それでも五分の一ほどは成功したのでよかった。
そうしてできた幾つかの真珠は、前世の日本でたまに見かけたあの大きさ、光沢の綺麗なものであった。これなら俺も真珠として納得がいく。
「おい……これって……」
「成功。この大きさなら、この国でもかなり価値が高いんだろ?」
出来上がった中でも特に大きく、綺麗な粒の真珠をつまみあげてオークスに得意げに言った。
出来のいいやつを幾つかプレゼントにしよう。
アイラやレオナにあげたらミラも欲しいって言うだろうな。三つか。いや、ロウからカグヤの分を入れて四つは確保しよう。
「ちょっと待てよ……これって」
「立派に白涙、だろ?」
「馬鹿な! 長年どんな相手にも漏らさなかった国家機密だぞ! そう簡単に解明されて……しかもちょっと一手間♪みたいな感じに再現されるはずがない!」
「現に作っただろ?」
「諦めろ。レイルはこういう奴だ」
腑に落ちないと叫んでいる王子様を横目に、俺とロウ、取り分について楽しげに話す二人の姿がそこにはあった。
もうすぐ、王選定の演説会が始まる。
奈良の正倉院展で平螺鈿の八角鏡を見たときがありましたね……若狭塗の箸にも螺鈿細工が使われているのを見たことがあります。




