悪評祭り
オークスの城を初めて訪れた次の日、俺たちはとある貴族の屋敷に向かった。言うまでもなくキセ・クライブさんのお屋敷だ。
のんびりと、急ぐこともなく歩いていった。
アポもなしに大丈夫かなーと心配していたのだが、俺が名前を出すと恐縮して主人に取り次いでくれた。
救国の英雄の名はあっという間に広まっているようで何より。俺もあんな怪物に挑んだ甲斐があったというものだ。
もしかしたら全員がそれぐらいとまではいかなくてもかなり強いと思われている可能性もある。期待通りの強さならいいんだけどね。
石油もガスも高級品なので、貴族でも家にホイホイと置ける人は少ない。ごく少量だけが厳重に取り締まられた中、使うことができる。燃やす時は魔導具の補助を受けて引火や空気不足については安全第一で行われている。料理人と同じく、魔導具についても技術こそ人間よりも拙いものの、海底という異常な環境が安全面への気配りだけを発展させたというわけだ。扱える人は炎魔法が得意で、爆発や引火を抑え込める人だということになる。
アイラは石油やガスが多いとは言ったものの、それは全くない人間の国に比べて、ということだ。石油を使ったものはこの屋敷にも一つ、二つあるだけだな。酒場で出てきたものはガスで焼いていたようだけど。
使用人の人に案内されるのに慣れてしまっているのはなんとも不思議なもんだ。
交渉に人数はいらないので、今回はロウと二人だけである。
「ふむ。これはこれはレイル殿、リヴァイアサンを単独討伐したという英雄ではないか。わざわざこの私に面会を希望するとは、何の御用か聞こうじゃないか」
やや青みのかかった耳に、まだら模様の肌は硬そうだ。
尊大な態度ながらも、俺たちを軽んじるほどではない。だがその中には微量の疑惑と、そしてどれほどいっても人間、海底のことなどわからないだろうという諦めも感じられる。
「私はこの度、ローナガ様の元を離れ、オークス様につくということを決めたとローナガ様に申し上げました」
ここにオークスはいない。
真偽を確かめる方法はないのだが、ここで信じてもらう必要はほとんどない。
「ならば私の元に来るのは違うのではないか? それとも私を引きこもうというならご遠慮願いたい。これでもローナガ様に忠誠を誓っているのでな」
「いえいえ。そんなことはございませんよ」
ロウもやろうと思えば敬語ぐらいできる、というので手伝ってもらうことにした。
「私たちはローナガ様を離れはしましたが、裏ではローナガ様を応援しております」
「ええ。全ては裏工作のため。ですが敵を騙すにはまず味方から、と言われるように、このことはローナガ様に全く申しておりません」
「ならなんだ? 私にローナガ様の情報を教えるようにでも頼みにきたか?」
なかなか本題に入らない俺たちに苛立ちを募らせるキセ。
そんなに怒ると茹で上がるぜ? タコならぬカニだけど。
「いえ。私たちに何かをしてもらおうとは思っておりません。ただあなたにローナガ様のために頑張ってくださいね、と応援しにきたのですよ」
そんなことはわざわざ言われなくてもする、といった風にムッとした顔を見せるキセ。
その表情も次の言葉ですぐに変化することとなる。
「私たちは表立っては何もできません。だから、有能であると名高いキセさんがローナガ様に付いて頑張っていただければ、ずっと楽になるのではないか、とね」
「人間にしては見所があるではないか」
「そうですか? キセ様に比べれば。素晴らしい貴族の方だとお聞きしています。その辣腕をローナガ様のためにふるっていただけますか?」
「そんなこと、もちろんのことだ」
「ローナガ様もお喜びになることでしょう。なんせあの聡明と名高いキセ様の助力を得られるのですから。支持と助力は違いますよ。あなたが側で支えれば、ローナガ様のただでさえ揺らがぬ地位も盤石のものとなりましょう」
褒めて褒めて褒めちぎる。
お世辞とヨイショのオンパレードだ。俺は普段、お世辞など言うことも言われることもないので非常に心苦しい。心苦しいのは嘘だが。
「私たちに言われたことは伏せた方が良いかもしれません。今後は接触しないでおきましょう。あくまであなたは、ローナガ様のためだけに尽くすのです。私たちには何もしないで良いのです」
「何も……頼んだり逆にしたりはしないのか?」
「ええ、何も求めてはいません。ただローナガ様に有力な味方を増やしたかっただけです。どうやって説得しようかと思えば……もうローナガ様に忠誠を誓っていたとは。やることがなくって安心しました。お金も、何もいらないし、渡しません。だから私たちのことは気にしないで良いのです」
ここまで言われれば逆に怪しいかもしれない。疑うべきこの発言を、度重なる誉め殺しによって気を良くしたキセは何の疑いも持たずに受け入れた。
だがこれで俺たちにメリットがあるとは思えないだろう。
お世辞はともかくとして、周りに貴族が寄ってくることにローナガのデメリットもあるはずがない。
そう、事実だけを冷静に見れば、俺たちは敵に塩を送りつけまくったわけだ。
それからキセはローナガにいろいろと提案したり、手伝うことを持ちかけていった。
資金をかき集め、民衆を集めようとしたり……。
その全てがローナガや周囲の貴族によって跳ね除けられ、キセはとうとう実質上、派閥を追い出されることとなる。
◇
アイラやカグヤにも働いてはもらっているが、今日は集まって現状把握のための会議だ。
「まさか……性格に難があるとはいえ、力のある貴族には違いないキセをここまで早く引き剥がすとは」
「ねえレイルくん、何をしたの?」
「簡単なことだよ。ローナガから見て俺たちはどう見えたか、だよ」
そう、あくまで真実を知る俺たちからすれば、あの頼みはわけのわからない無意味なものに聞こえる。
「だがローナガからすれば? 敵対する、弱小派閥……いや、派閥とさえ言えない側に入ると宣言されたからには俺たちがなにかしらの手を打つと思っている」
「でもキセさんには何も頼まなかったじゃない」
「頼んだか、頼んでないかなんてローナガにはわからないだろう?」
「あっ!」
ここでようやく気付いたのか。
そう、猜疑心の強いローナガが相手だからできたことだ。
敵対する相手が自分の派閥の貴族に接触した。しかもその貴族が次の日から精力的に活動を始めた。
どう考えても裏切っているようにしか見えないだろう。
俺が金で頼んだか、それともうまく口車に乗せられて破滅への策を打とうとさせられているか。
どちらにせよ、敵のスパイであると思われるような奴をいつまでも泳がせておくほど余裕じゃあるまい。
「だからわざわざのんびりと歩いていったんだよ」
リヴァイアサンを倒した俺たちはこのアクエリウムにおいて有名人である。人間が珍しいことも合わさり、俺たちの動向などローナガには筒抜けに違いない。目撃情報などほうっておいても入ってきそうだ。
そんな中を俺がキセに接触すれば、この大事な時期に過敏な反応を受けることはわかっていた。それでわざわざあの程度の貴族をスパイにしたてあげるはずがない。
「結果、無実の罪で自分の部下を切り捨てた、ってわけか」
「ああ」
不要な罰は身内に不信の種を蒔く。
それはいつ発芽するかはわからないが、キセがどうあっても無実である以上、ローナガが策にはめられた部下を切り捨てたという事実は変わらない。
それを知るのはキセの家の使用人たちばかり。それが噂によって広まることは想像に難くない。
絶妙のタイミングで民衆とローナガの前でバラせば、面白いことになるかもしれないな。
「と、いうわけで今回の件によってローナガの力を削ぐことに成功したと言える」
これは人を丸ごと信じるようなクイドや、圧倒的カリスマで自分は何もしないタイプのロレイラには通じない。
自分で動き、部下を利害で繋がるものとして疑うことを躊躇わないローナガだからできたことである。
まあだから戦いはこれからだと言える。
◇
俺がアイラとカグヤに頼んだことと言うのは、魔物の誘導である。
一般民家のある地域に魔物を誰にも見つからないようにおびき寄せ、それを倒すというだけの話だ。
誘導は簡単だ。魔法などで遠くから攻撃すればいい。できれば獰猛そうなのがいい。
警備隊の巡回のシフトを確認し、それに引っかからないように行う。
警備隊が来るまでに倒してしまわなければならない。
膜の中から挑発と撤退を繰り返し、民家の近くまで来たところで様子見をする。
国民が見つけたところで、颯爽と現れたフリをして助けるのだ。
そこで重要なのが、何も言わずに警備隊にその死体の報告だけをするのだ。
助けるのは当然だとか、偶然紛れ込んだとか、そんな余計なことは言わない。
ただ、仕留めた魔物を魔物の発生報告として告げるのだ。
何も嘘は言わない。
だが、民衆からすれば、自分たちの住む場所まで魔物が入ってくるということになる。
警備隊への信頼も揺らぐというものだ。
あくまで狩りの報告を行うだけなので、警備隊の方も自分たちの落ち度とか、思わない。
少し離れたところまで行って狩ったのだろうと勝手に思い、そしてそれに応じただけの礼をする。
何もなければ魔物なんて滅多に来ないのだから。
その様子を見た民衆は、国の失態を拭ってくれた相手に表面だけのお礼を述べて反省の色も見られない。
これからも魔物が来るかもしれないという不安が彼らへの信頼をいっそう落とす。
だが被害が出たわけでもないのだ。強く文句は言えないので、何も言うことはないだろう。
アイラやカグヤにも、
「このことはみなさんには黙っていてくださいね。彼らも頑張ってます。今回は運が悪かったんですよ。一度や二度の失敗で大事な時期に悪評を広めてあげないでほしいんです」
白々しくそんなことを言うように指示している。
民衆も、彼らにはお世話になっているからそうかもしれないとその場では納得してくれるだろう。
だが親しい人には言ってしまうものだ。
声高には叫べなくとも、不満はポロリと漏れてしまい、そして広がる。
水面下で静かに、悪評だけが広まっていく。
完全な自作自演で、彼らに何の落ち度もないというのに、だ。
さあ、どこまで伸びるかな。




