アイラの激怒 ⑥
この神殿とはなんなのか
すっかり巨大蠍の件について終了した後、私とアランさんは石の壁に木造の扉があるのを見つけた。
その部屋は巨大蠍のいた部屋の奥、そこにあった祭壇を調べると出てきた廊下の奥にあった。
祭壇に何もなかったときは、二人して絶望しかけたけれど、諦めるわけにもいかないのと薬屋のお婆さんの口調はまるであるのを知っているかのような口調だったことから入念に調べなおした結果がこれだ。
アレを倒したらもうこれ以上何かがいるとは考えにくいけれど、警戒しないわけにもいかないのでそろそろと扉を開けた。
もちろん、キノさんに軽く調べてもらってからだ。
だけどこの部屋は今までの荘厳な部屋や、何もない部屋、仕掛けのあった部屋とは決定的に違った。
物が多すぎたのだ。
だからある意味、これまで以上に警戒しながら開けたのだけれど。
「何……これ……?」
「なんというか……随分と生活感のある部屋だね」
そう、この部屋に置いてあったほとんどの物は誰かが生活しているような調度品ばかりだった。
以前の迷宮のように、問題の真実を偽装する飾りとしての調度品ではない。
ベッドから机にいたるまで、つい最近まで使っていたような散らかり具合である。
調度品は一人分であるのだが、一人で生活するには随分と広かった。
特に天井が高く、壁の上の方にぽっかりと3m×3mほどの穴が空いていた。穴は奥が見えないことから、どこかに通じているようだった。だけど壁の高さは10mほどあり、日常的に使えるとは思えない場所にあった。
「アイラ、アソコニ穴ガアルナ」
「変だよね。罠にするにしてもあそこから水を注ぐならこの木造の扉が強度不足で壊れそうだし」
「君……結構怖いこと考えるね」
アランさんはそう言うけれど、あの位置にある穴で正方形って、ねえ?
鉤付き縄を使えば登れないこともないけれど、とりあえず今は目の前の本とかの方を優先したい。
私がアランさんにそう言うと、アランさんは私の決定に異論はないようで部屋の中を物色しようとした。
私とキノさんも、と目の前のベルらしきものを手に取ったとき、頭上から声がした。
「あら、あなた達はどちら様かしら?」
上を見上げると、そこには一人の女性がいた。
女性というのは、やや中性的でどうかと思ったがその顔は間違いなく美形で胸も膨らんでいたので女性と言った。
だがそれだけではこの神殿の最下層のこの部屋に上から現れるのはおかしい。
だけどその背中についたあるものは、何よりもわかりやすくここにこれた理由を説明してくれた。
体とさほど変わらないほどの大きな翼。白い羽が上から舞い散り、ふわふわと頬に当たる。
隣ではアランさんまでぼうっと見惚れて身動きできないでいた。
そう、そこには天使がいたのだ。
◇
天使とは比喩でもなんでもない。正真正銘の、神の使いとしての天使だ。橙色の髪に真っ白な翼、透き通るような色素の薄い浅葱色の瞳の彼女は紛れもない天使だった。体は燃えてないけど、私たちに気づいてから、慌てて三対の翼のうち二対を使って頭と体を隠した。もう遅い、私もアランさんも見ちゃった。
彼女はこの神殿の地下に住んでいると言う。
「……勝手に入ってごめんなさい」
まさかここが家だとは露知らず、ワザとではないにしろ荒らして家捜ししてしまったのだから一言ぐらい謝っておくべきかと考えた。
けれどアランさんは何か違う考えを持っているようで。
「ここは……神の殿。君がいるのはおかしいだろ!」
そう言うと彼は背中に担いだ立派な剣を抜いた。
もう恥ずかしがっていないのか、翼で体と頭を隠すのはやめたらしい。形式的なものなのだろうか。
おかげでその美貌を直視してしまい、顔を真っ赤にさせながらアランさんは叫んでいる。もしかしたら怒りでかもしれない、と彼の評判のために付け加えておく。
「あらあら、私と戦いに来たのかしら」
私はそれを後ろからばこんと殴って黙らせた。
「何してるの?!」
「痛いじゃないかアイラ。止めないでくれ!」
今にも飛びかからんとするアランさんを止めるのは骨が折れる。
キノさん、見てないで手伝って。そして天使さん、襲われかけているのは貴女ですよ。もっと慌ててください。さっきの顔を見られた時の方が慌てた演技なのはどうしてなのかも教えてほしい。
「どう考えたって馬鹿じゃないの?! どうして貴方達みたいな人ってすぐ戦おうとするの」
どんな理由があるにせよ、私を巻き込まないでほしい。
天使……天使か……連れて帰ったらレイルくん喜ぶだろうなあ。
レイルくんは他種族大好きだし。獣人の国サバンに行ってたときも口には出さなかったけどとても嬉しそうだった。
私もリオちゃんの耳は触りたかったから人のことは言えない。
他の人間が獣人を差別する理由がわからない。ちょっと怖い人も中にはいるけど、私たちとたいして変わらないじゃん。
この天使さんの羽も綺麗だ。
「賢い子ね。私は神の使い。ここにいてもおかしくはないわ。私の住処と言ったのは、一年に一度開かれる神の試練の時以外は私が管理を任されているからよ」
「失礼しました。私はアイラと言います」
「そう。私は熾天使のフラスト」
全く戦う気配のない天使さんに気勢を削がれたのか、アランさんも自己紹介をした。
「アランと言います。先ほどまでの無礼をお許しください」
「賢い子たちは嫌いじゃないわ。でも今年は試練の年じゃないはず。どうしてここに来たのかしら?」
あごに人差し指を当てて優しく尋ねた。
「僕は神の試練が受けられる場所と聞いて」
「私は月人の水と知恵の実をもらいに」
「そういうことね」
フラストさんは納得が言ったとばかりに頷いた。
「どちらもさっき言ったように一年に一度しかないのよ」
「えっ……じゃあ……」
「あれはいったい……」
アランさんは、先ほどまでの苦労は試練ですらないのかという落胆。
私は、このままでは神の試練をやり遂げて月人の水と知恵の実が手に入らないのではないかという危惧。
全然異なる感情を同じ表情で表現しながら絶句した。
けれど彼女は案外優しい人(?)のようで、このようにも言ってくれた。
「そう。本来神の試練というのは、この中で精神的修養を積んだ後、この神殿を媒体に神に会おうという試みでね。貴方達が来た場所はどれだけいても肉体が滅ぶこともないし、出ても時間が経たないでしょ?」
「じゃああの巨大蠍はいったい……」
「あー……倒しちゃったか……あれ、人が来ないと思って放し飼いにしてたの。まあいいわ。許したげる」
つまり、巨大蠍は本来の試練にはない存在で、私たちの通ってきたあれらは精神修養のためのものだったということだ。
「だから月人の水とか知恵の実はおまけみたいなものでね。いわばここに来た証拠として持って帰ってくださいねーみたいな? そう、参加賞よ。だからアイラ、貴女にもあげるわ。そこの貴方は欲しいのかしら?」
「いや、ここに来れば手っ取り早く神に会えるかと思って……」
「それは、貴方が神の権威を借りる者を敵視していることと関係あるのかしら?」
「ああ、僕は神に言ってやりたいことがあってね」
そう言うとアランさんは、自分の過去をさらりと話した。
と言っても、大切な人を邪神教の人間に殺されたという話だ。
本当にさらりとだったので、もう彼の中ではその死に対して折り合いがついているのだろう。
だから彼が言いたいというのは、これ以上そういう人を増やさないように言ってやってほしいとかその程度のことなのだとか。
「それだったらあの性格からすると手伝ってくれなさそう……」
天界で出会った神様たちのことを思い出してポツリと呟くと、その言葉を耳聡くとらえたアランさんが私につめよった。
「アイラ! 君は神に出会ったことがあるのか!」
「ふふっ。その口調だと本物ね。確かに私たちの神は不干渉を貫くわ。貴女はどの神に出会ったのかしら」
「えーっと、ヘルメスさんにアポロさん、それにアルテミスさんかな?」
「三人も! 凄いじゃないかアイラ!」
「そんなたいそうなものじゃないよ。成り行き上そうなっただけだし。それにアポロさんとアルテミスさんは兄妹でイチャイチャしてたし。ヘルメスさんは適当だし」
「あははははっ。本当に面白い子。確かにアポロ様もアルテミス様も、ヘルメス様もそんな感じね。あの方達が直接会うなんて珍しいわ。特に生死に関わる二人は、ね」
「気に入られてるのはレイルくんだけど」
「私の主の方が格は上だから畏る必要はないけど、やっぱり私個人よりはあの方達の方が格上なのよね……あ、でもアポロ様はかなり格上の方かしら」
「お世話になったのはヘルメスさんとアルテミスさんかな」
そう言って話は終わった。
すると興奮冷めやらぬ様子で、だがやや心配そうにアランさんが尋ねた。
「なあ、アイラ。僕も君と同じ方法で会えるかな……?」
「貴方、魔王と仲良い?」
「そんなわけがないだろう。僕はこれても勇者の端くれだ。魔王となんて仲良くできるはずがない」
「ふーん。ちっちゃいの。じゃあ教えられないし、きっと無理」
「どういうことだい?」
「親しい人の秘密をベラベラと喋ってその人を困らせたくないだけ。この話は終わり」
アランさんは目に見えて落ち込んだ。
それもそうか。目の前に解決方法という人参がぶら下がっているのに、取り方がわからない馬みたいなものだ。
「落胆することないわよ。だって貴方の大切な人を殺した邪神教っていうのが信仰するのは私たちの主たちではないから。そもそも天界にすらいないの。多分、それ、冥界の住人だわ」
また、旅やり直しだな、と言うアランさんはさっきよりは晴れやかだ。希望が見えたとでも言うのだろうか。
次回、長かったアイラ編もようやく終われそうです。




