アイラの激怒 ⑤
ハッピィ────トリガ────ッ!!
山ほどの武器類を足元に置いて扉を開けると、先ほどのお兄さんが慌てた様子でこちらを振り返った。
「どうして戻ってきたんだ! 逃げろって!」
いや、少しは考えてほしい。
迷いなく一度撤退してからすぐに戻ってきたってことは、何か倒すための用意をしてきたってことを。
「ねえ、あのおバカさんを回収できる?」
私はお兄さんを指差し、キノさんにこう告げた。
その一言でキノさんは私が何をしたいのか理解し、駆け出した。
「楽勝ダナ」
お兄さんはさぞかし怖かったことだろう。少女の後ろにいた正体不明の機械がいきなり自分に迫ってきたのだから。それも魔物と戦っている真っ最中だ。そちらに注意を割く余裕などあるはずもない。
ガション、という音を隠すつもりもなくキノさんはお兄さんに接近、そしてそのままお兄さんの腰に腕を回して掻っ攫った。
「うおっ!」
お兄さんは驚きの声をあげ、巨大蠍から引き剥がされた。
もちろんそれを逃す蠍ではない。かすれるような警戒音を上げながらお兄さんに迫る。
私はその隙だらけの土手っ腹に、特大の嵐をぶち込んでやった。
「食らって!」
息もつかせぬ兵器の弾幕。
キノさんのおかげでかろうじて避けられたお兄さんは私の後ろに連れてこられている。
弾が尽きれば次の銃を、そして手榴弾を、パンツァーファウストを。
まるで使い捨てのように持ち替えては撃ち続ける。
「アイラ、借リテモ良イカ?」
「もちろん!」
キノさんもどうやら撃ちたくなったらしい。使い方は見てたからわかるだろう。だってキノさんだもの。
でもキノさんは私の予想の斜め45度をいった。
ガシャン、と何か男の子を熱くさせそうな音がしたかと思うと、キノさんから腕が二本も生えた。
いや、収納されていた腕を出しただけで、補助的な物のようだ。元の腕よりは細い。
「えっ、ええっー?」
その間も撃つのをやめない私だが、とんでもない隠し機能に思わず驚きの声をあげた。
お兄さんはさすがに危ないことがわかるのか、この間に割り込んだりはしない。
キノさんはグレネードランチャー(命名レイル)を四本の腕を用い二本一つずつ抱え、両肩にグレネードランチャーを乗せた。
そのまま発射すると、見事に放物線を描いて巨大蠍に着弾した。
その間、僅か数十秒のことである。
「無駄だ! きいてない!」
お兄さんが後ろで喚く。
ああ、うるさいなあ、もう。
確かに私の武器類は巨大蠍の硬すぎる装甲を溶かすことも、中心を貫くこともできちゃいない。
たまに薄くて弱い部分を砕くだけで未だ致命傷を与えられていないのは私も一緒のように見えるだろう。
でも私には私の考えがあるんだから、ちょっとぐらい黙ってみててほしいっていうか。
キノさんもよくわかっていて一緒に撃ってるし。レイルくんならもっと何も言わなくてもわかってくれるのに。
弾丸の雨を正面に受けながら、両手のハサミで眼球だけを守ってじわじわとこちらへと巨大蠍がにじり寄ってくる。
「危ないって! ここは僕に任せて」
「ああ、うるさい!」
私はロウくんみたいに急所を狙う繊細なことはなかなかできない。もちろん狙えば目の部分に当たるだろうけど、そこを守られては手も足もでないだろう。カグヤちゃんみたいに多彩な魔法で攻撃もできない。レイルくんみたいに空間魔法や波魔法みたいな殻をすり抜けて攻撃する手段もない。
だから、こんな不恰好で、物量任せの乱暴な手段しかとれない。
「えっ…………?」
「アイラ、ヤッタヨウダナ」
「それは言わないお約束らしいよ」
私たちに迫っていた巨大蠍は、胸に穴が空いたわけでもなく、頭が吹き飛んだわけでもないのにその場で動きを止めてしまったのだ。
◇
私たちは倒した巨大蠍の解体に勤しんでいた。
はたから見ればまるで無理矢理横取りしたかのようにも見えるので、人によっては怒ったかもしれない。
だがお兄さんもそこまで馬鹿ではないらしく、むしろ倒したのは私たちが大半だから、とその甲殻の全てを私たちに譲る気でいた。
しきりにお礼を言っていたのは演技には見えなかった。
キノさんは機械族で、この甲殻よりも優れた金属を使っているらしく、今更この程度の素材はいらないと言われたときには悔しいやら悲しいやら。
戦うことはないだろうけど、キノさんと戦えば私やロウくんは惨敗だ。
いや、本題はそこではなく、この人物構成で私が素材を独り占めしていれば、冒険者組合に戻ったときに何を噂されるかたまったもんじゃないので、ある程度の外聞を気にしてお兄さんにも持ち運べるぐらいは受け取ってもらうことにした。
それでも、お兄さんが持ち帰れる量には限りがあって、それを除いた全てを私が持って帰ることになった。
無限収納力はあまりに便利だ。
もちろん全てを売るわけでもない。もともと名刀や名剣を持つカグヤちゃんやレイルくんと、私やロウくんは違って武器の強化余地がある。
ちょっぴり売って残りはしっかり武器に加工する気満々だ。
ところどころ溶けてしまっているのは残念だけど、それでもこの甲殻は良い素材だ。
バシリスクも悪くはなかったけれど、狩るならこっちの方が断然美味しい。
あんな危険なのは二度とごめんだ。
そんなことを言うとレイルくんが落ち込むから言わないし、あれはレイルくんのせいでもないけれど。
「俺の名前はアラン。君たちの名前は?」
黙々と解体作業をしている私とキノさんに、このお兄さんは親しげに話しかけてくる。
私も別にこのお兄さんを無下にする理由もないので当たり障りのない程度に自己紹介をした。
「私はアイラ。ここには知恵の実と月人の水を汲みに」
これぐらいの目的は話してしまっても構わない。
知恵の実が一つしかなければ奪い合いになるかもしれないけれど、その時はその時だ。
「オ前二名乗ル名ハナイ」
キノさんが思った以上に排他的でした。
いや、私と一緒にいることが例外で、レイルくんとか私と私の仲間以外にはこんなものなのか。
「ははっ。嫌われてるな。さっきはありがとう。どうやってあの大蠍を倒したんだい?」
「手の内は教えない」
というかあの程度の方法の想像もつかない人に教える意味もない。
あんなのは簡単だ。
いくら甲殻に含まれる金属成分の融点が高かろうと、金属特有の熱伝導性を抑えられているわけではない。
もしもあの甲殻に熱遮断性があるならば、体内の温度が中にこもって外に逃がすことができなくなる。
そしていくら体表面が丈夫だろうと、体内の体液の沸点までもが高いわけではない。水でさえ百度で沸騰するのだ。体液の沸点が多少高かろうとも、千度や二千度もあるわけじゃあない。
通常の炎はその何倍、何十倍もの温度を叩き出せる。何秒間も弾幕と爆炎の中におかれれば、体内環境はぐちゃぐちゃだろう。
そうして焼き殺したのだ。そう、たったそれだけのこと。想像も何もあったものではない。見たまんま、焼き殺しただけなのだから。
「君は凄いね……あの、武器だっけ? 見たこともない」
それはそうだ。
あれらの武器は全て、雛形をレイルくんが教えてくれて、私が改良を重ねて作り出したものなのだから。この世界には伝わっていない技術の発想でできている。
褒められて浮かれるのはレイルくん相手だけで十分だ。
「詮索はやめて」
「ご、ごめん」
解体を終えると、私は腕輪の中に自分の取り分をしまった。
アランさんからすれば、私はさぞかしおかしな人間に見えるだろう。
見たこともない種族を背後に連れ、巨大蠍さえ焼き殺せる火力の見たこともない魔導武器を持っている。そして大量の甲殻を腕輪の中にしまいこんだ少女だ。これで警戒しない方がおかしい。
だけど彼は性懲りも無く私に話しかけてくる。
彼が底抜けのお人好しだという可能性は否定しないが、もしもよからぬことを企む人だった時のことを考えて警戒は絶対にとかない。
キノさんなんか敵意むきだしだ。
「どうして?」
私が怖くないの?
どうして話しかけてくるの?
私はたった四文字に、幾つかの質問を重ねた。
「確かに君は不思議な子だ。けど君は僕を助けてくれた。とても感謝している」
勘違いしないでよね、とはレイルくん曰く誤解を招く表現らしいので言わないが、私が彼を「困っている人がいたら見過ごせない」みたいな義侠心や道徳的な感情から助けたと思われるのはとんだ誤解だ。
もちろん、勝手に勘違いしていてくれた方が好都合ではあるがなんともむず痒い。
彼を助けたのは結果的にそれが一番私にとって安全だから、だ。
彼がかなりの剣の使い手であることは、あの大きな蠍と真正面から打ちあえることからわかった。
そして見ず知らずの私に逃げろ、と咄嗟に叫ぶような人間であることも。あそこで本来気にするべきは私が新たな敵がどうか、だ。見た目に騙された、といえば随分俗っぽいがこんな場所まで一人で来るような男が今更女というだけで敵じゃない認定するほど甘いとは思いたくない。
で、あそこで彼を見過ごせば、私はわざわざ違う道を探して戻るか、キノさんと二人であいつを相手しなければならないことになる。
下手すればあの部屋を開けた時点で私たちに向かって突進してくる可能性さえあった。
だが彼を助ければどうか。
ここで接近戦のできる前衛が一人手に入る他、彼が注意を引きつけている間に私は呑気に狙いを定めることができる。
明らかにそちらの方が安全だ。
それもこれも、このアランさんの人格が面倒くさくないことに賭けた私の目の判断にもよるものだが、それも全く正反対の方向で裏切られたといってもいい。
ここでやや警戒してくれた方がやりやすかった。不気味だがここを乗り切るためにしぶしぶ協力する、というのが一番の理想だったのに。
「お好きに思ってて」
「ああ、そうさせてもらう」
この男は、レイルくんと同じ判断を正反対の考えで行える。
人を信じる部分だけが似ていて、それ以外が甘すぎて気持ち悪い。
はっきりとわかった。
私はこの男が苦手だ。




