アイラの激怒 ④
私は今度は油断しない。
同じ轍を踏むなんてしてたまるか、と憤ってあることをキノさんに頼んだ。
それは入る前にその部屋の中を空間把握と感知器で調べ、私に見せてくれというものだ。
できるかどうかは半信半疑だったけど、キノさんはとても高性能だったのでできてしまった。
うん、レイルくんが機械族が姿を隠すのは当たり前という理由がよくわかる。
こんな技術がどこかの国の占有になれば、世界だって支配できるかもしれない。
キノさんが使った機能というのが、自分の認識した映像をその場に投影するっていうものだったんだけど、どこからか大きな透明の立方体を出してきた。ガラスというにはやや冷たさの足りない柔らかみのある素材だ。表面には傷などが見られず、底まですっきりと光を透過している。
「それに映せるの?」
答えるよりも早く、キノさんは実際に見せてくれた。
いつもは眼球であるその場所から光が出て、立方体に当たった。
立方体の中で光が反射、屈折、干渉しあって一つの像を作り出した。
そう、立体映像である。
黄緑色の線がこの部屋と向こうの部屋の構造を立体的に示していて、拡大も回転もできるみたい。
レイルくんからそういう技術もあるって聞いたことはあったけどこうして実際に目の当たりにすると鳥肌がたった。
「凄い…………」
私は結構簡単に感動する。
それは素直だということで長所だと言われたことがあるが、もう少し気持ちが顔にでない方がカッコいいと思う。
「アマリ妙ナモノハナイガ」
「うん、そうだね」
どこをどう見ても、拡大しようが回転しようが不審なものはなかった。
罠が仕掛けられていれば、人の手が加わった痕跡や不自然な空洞、ないはずの継ぎ目などがあるかもしれないと注意深く観察したが何も無い。
ただ一つ、気になるのは置いてある丸い物だ。
多分形からすれば時計なんだけど、キノさんの空間把握は形だけを把握するので内部構造までは調べられない。
「とにかく入ろう」
危険は今度こそないだろう。
私たちは部屋に入った。
「これがさっきの」
「危険物反応、ナシ」
確かに部屋の中にはポツンと時計があった。
これ見よがしに、目立つ場所でしかも手の届くところにある。
「ドウスル」
取るのか、取らないのか聞いているのだろう。
これが単なる時計なら、ここに以前来た人間の持ち物だろう。
だが最初から置かれていたように見える。ということはこれがこの試練の神殿の作成者の意図が絡む物となる。
これから先の攻略に役立つのか、それとも罠なのか。
「怯えてどうするの」
私は迷いを振り切ってそれを取った。
「何モ……起コラナイナ」
「ほらね」
女の勘だ。随分と男らしいところで使ったものだが。時計はどうやら置いてあっただけらしい。
馬鹿馬鹿しい、こけおどしか。そんな呟きを咬み殺すように、その時計を腕輪にしまった。
◇
それからあちこちを回った。
時にはただただ精神を削るためだけの仕掛けもあった。
この部屋を出るには次の扉が開くのを待つしかありません。その扉はこの中で体感時間にして一週間待たねばなりません。
そんなことが書いてあった。
あれはなかなかきついものがあった。
この神殿はどれだけすごしても、外に出れば時間が経っていないという仕様だと頭ではわかっていても、レイルくんのことを思うと焦れったくて今か今かと待ちわびた。
そんな時だけは感情に左右されないキノさんが羨ましかった。
いや、こうして私を手伝ってくれていること自体が感情に左右された結果なのか。
「で、ここ?」
私とキノさんは幾つかの階層を下に降りてきた。
この神殿はまず、頂上の入り口から入り、下に降りていく形の迷宮となっている。
神にまつわるというのに、下に向かうとはなんとも不思議なものではあるが、それも何か理由があるのかもしれない。
で、釣り天井や回転扉、いろんなものをくぐり抜けてかなり下までやってきて、辿りついたのがこの部屋だ。ただの部屋のわけがない。
「気ヲツケロ」
「わかってるって」
私が扉を開けたとき、そこには衝撃の光景が広がっていた。
「ぎじじゃぁぁぁぁっ!!!」
「一閃!」
だだっ広い部屋、これまで見た中でもかなりの大きさの部屋の中央で大剣を構えたお兄さんがいた。
お兄さん、といったのは私よりも幾つか年上っぽかったからだ。
お兄さんはやたらと立派なその剣を目の前の魔物に向けていた。
お兄さんの目の前にいる魔物は、これまでにない威圧感を覚えた。それはかつてバシリスクと向かい合ったときと同じような威圧感だった。
危険だ。
私の中で警鐘が鳴り響く。
今はキノさんがいるとはいえ、その強さが未知数である以上それに頼りきりになるのはまずい。
あの時は私の他に、レイルくんやカグヤちゃん、ロウくんにホームレスさん、アークディアさんまでいたのだ。
幸い、その魔物の見た目は私も知った生物と酷似していた。硬そうな甲羅に、巨大なハサミが二つ、尻尾には毒針らしきものがついている。
そう、巨大蠍だった。
巨大なんてもんじゃない。10mほどもあるその体は生身で挑めばいっきにふっとばされそうだ。
なのにお兄さんはまともに向き合って互角に戦っている。いや、戦っているように見える。
自慢の大剣も、その堅固な甲羅にはなかなか致命傷を与えられないでいる。たまに節の部分を切り裂き、血飛沫らしきものがあがるが、それも時間とともに再生する。
私の中でまたもや二つの選択肢がある。
・お兄さんは見ず知らずの他人、ここで見捨ててしまう。
・いや、ここで加勢していっきに倒してしまおう。
私は数秒間悩み、そして決断した。
「キノさん、ちょっと下がってて」
私の言葉に、戦闘に集中していた彼がこちらを振り向いた。
「君っ! 危ない! 下がっててくれ!」
こんな場面でさえ見ず知らずの他人である私を気遣える高潔さに感心した。
私の仲間にはないものだ。もっとも、欲しいとは思わないけど。
多分、私みたいないかにも戦闘向きではありませんよーって感じの女の子に感情に任せて飛び込まれても足手まといになるとも思ったのかもしれない。
そう思えば、彼もなかなか強かで賢い。
実際そうだから。私があそこに飛び込んでも、邪魔にしかならない。
あんなのと、誰が真正面から接近戦でまともにやりあおうっていうの。こんな戦力で。
だから、誰が近づくと言っただろうか。
私は早々に扉を閉めた。当たり前だ。下手にこちらに向かわれて、お兄さんが庇ったりしてきても面倒くさい。そしてお兄さんがやられればもちろん私とキノさんが二対一でやらなければならないわけで。不利になるのが目に見える。
閉める瞬間、お兄さんの心からの安堵の表情を見て、どこまでお人好しなのだろうかと思った。
というわけで私は戦略的撤退を試みた。要するに敵前逃亡である。だがアレを倒すことを諦めたわけではない。
私は腕輪の中から幾つか武器を出した。
今も巨大蠍はお兄さんが足止めしてくれている。
照準を合わせる者、の二つ名を持つ神殿の番人はお兄さんを逃そうとはしないだろう。
幾つかの可能性と相性を考えて、銃器、手榴弾……とよりどりみどりだ。
確かめるために壁にやや斜めに撃った。見事に跳弾して、私の頭上を通り越した。うん、大丈夫。壁の強度は多少の爆発ではなんともないはずだ。
「戦ウノカ?」
感情に支配されないはずの、キノさんも感情がないわけではない。
その声には確かに不安が含まれていて、だけどそれを私は無視した。
「うん。邪魔だもんね」
満面の笑みでそう返す。
どんな強大な敵も、正体不明の攻撃をしてこない限りは怖くない。先ほど一瞬垣間見た戦いで、人が近寄っても大丈夫であることがわかった。
ここは自然の洞窟と違い、壊れる心配もなさそうだ。
私はもう一度、扉を開けた。
これがベッタベタの恋愛小説ならば、アイラが新キャラにドキッとでもするのでしょうが……どうしてでしょうか……凄く蔑むような目で見ているのは。
むしろこのままでは今回のヒロインはキノさんということに……




