カグヤの安堵 ②
一人で対峙するにはとても骨の折れる相手ね。
誘惑物質でも使わなければ到底魅了なんて無理だろうと思われる醜悪な見た目のフェロモニア。
人は見た目で判断してはいけないなんていうけれどあれは魔物だし、ついでに能力も最低ね。
目も、耳も不自由。
ひたすらにその反則的な生態が外敵から身を守り、その個体を生き残らせる。
体力だけは並かそれ以上にあるようだが、その愚鈍さは周囲に生物がいなければ環境の変化や災害に耐え切ることもできずに身を滅ぼすほどだという。
どこまでも寄生的で、他頼りな魔物。
その魅惑物質が人間に効いた事例がないのが幸いか。
私の仲間なら、あんな能力を是非欲しいと屈託無く言ってしまえるのだろうか。倫理観に欠けた仲間なんだから、私がしっかりしないと。
「かかってきなさいよ」
言葉とは裏腹に私の足は駆け出していた。
体を縛る重力を地属性の魔力で弱める。体がふっと軽くなるのを感じ、地を足で蹴った。
皮肉なものだ。「地」の文字を冠しながらも地から解放されるための魔法となるなんて。いや、それはレイルが逆に使えると教えてくれたからか。
魔物数匹に何倍もの重力を加えるよりも、私一人の重力を三分の一にする方が幾らか楽だ。
魔法において楽であるというのは重要だ。それだけ滑らかに速く発動できるのだから。
ただでさえ鍛えている私の体が、十メートルほど上空に浮かび上がる。
私の狙いはただ一つ。
「せいやっ!」
三匹の鳥型の魔物だ。
二匹の狼だとか、おどろおどろしい蛇だとか、強そうな魔物は他にもいる。
しかしそれらは全て、陸を這うものであり、私が脅威とみなしたのは他でもない唯一飛行力を持った鳥型の魔物だったのだ。
一閃で三つの鳥の頭を刈りとった。
緑のトサカに黒いくちばしの一メートルほどの大きさの鳥は、首から下だけでバタバタと逃げ出していった。
どれも間も無く死ぬだろう。
そのまま空気抵抗に任せてふわりと着地してもよいが、それでは隙が大きいので風魔法を空中で使った。
周囲を取り囲み、着地間際を狙おうとする獣どもを蹴散らし、ぽっかりと空白地点を作った。
パスン。やけに軽い音なのは残念ながら重力魔法が未だ効いているからである。
それを解除して、次の相手に斬りかかる前にさらに風魔法を使った。
今度は空気を手のひらで押しつぶすように圧縮した。
ぎゅっぎゅっと魔力を込める様子に警戒こそするものの、何が起こるかまではわからないようね。
空気の球はふわふわと、魔獣たちのいる中央まで飛んでいき、きゅっと歪んだ。
パァン!
乾いた破裂音が辺りに鳴り響いた。
そう、音は風が運ぶ。
空気を超圧縮することで、爆発的な音を叩き出したのだ。
私自身は自爆しないように耳を塞いだ。
「キャゥンッ!」
「バウァァッ!!」
「シャ────!!」
ガンガン痛む頭を前足で抑え転げ回る。
ただ、フェロモニアだけが平然としていた。
「軟弱なのが幸いしたみたいね」
「プシュー」
なんとも言えない声をあげて、私を威嚇しているようにも見える。
突然、煙のようなものを吐き出した。
「何を……」
剣を構えたが、やはりフェロモニアはフェロモニアなようで自身が何かをしようとはしなかった。
だが、周りの奴らは違った。
「グルルルル……」
「シュルッ」
先ほどまで音でやられていたかと思われた魔獣たちが次々と起き上がってきた。
「しまったわ……」
なるほど。
魅惑物質を過剰摂取させることで、脳に快感以外の知覚を麻痺させたのね。
麻痺とは敵に与えるものだという先入観からくる盲点を見事につかれた。
「じゃあ、今が好機ってわけね」
決して抗うことをやめない。
各個撃破は対集団戦においての定石。
本当は司令官から殺ってしまうのがいいのだけど、そうも言ってられないわ。
「まずは、蛇っ!」
蛇に言葉がわかるとは思えないから、どいつを攻撃するか口に出したところで不利になるわけじゃないわ。
刀を斜め下から振り上げる。
お父さまは何も言ってなかったけど、これもきっといい刀ね。だって、こんなに綺麗に切れるもの。
ことりと落ちた首に、生気はもうない。
そうして空いた場所へと駆け出す。
妨害しようと飛びかかってきた狼型を刀でいなし、斬りつけて通り抜けた。
もう狼は足を引きずっていて動かない。相手をするまでもない。
「めんどうくさいんだから」
今度は水魔法で球体を作る。
一つ、二つ、三つ……五つ。
全てが両手で抱えるほどの大きさになったところで、バラバラに操作しながら魔物たちの頭部めがけて放った。
俊敏によける魔物と、私の目測と魔力操作の勝負になった。
横に、縦にと避けるがそれもすぐに限界が来た。
だって、凶暴性が増しているだけで感覚が鋭くなったわけではない、むしろ逆なんだもの。
鈍い感覚で飛び回る球体から逃げ続けるなんて不可能よ。
「ウバボロララ」
「ガボガババ」
冷静に考えれば、捕らえられた時点で終わりではない。
だけど、頭部の周りが急に水に囲まれたとして、いったいどれほどが冷静にその場から逃げようとできるだろうか。
水を振り払おうとブンブン頭を振ったり両足で顔の周りを叩いたりするも全く意味がない。
だんだん息が苦しくなって、判断力もそれに伴い消えていく。
その間も、襲ってくる二体の魔物から逃げ続ける。
間も無くして、五匹が窒息死した。
残っているのが、大型の猿の魔物が二匹。
「アキャキャキャキャ!」
「ウキャキャキャキャ!」
とてつもない連携で襲いかかってくる。野生の凄まじさを感じるわ。二対一で戦い続けるのは得策ではないわね。
「火炎っ!」
一方に炎の魔法を放った。
これで火傷が与えられたら儲けものだったが、予想以上に効果を発揮した。
目くらましとして機能したのだ。炎は激しく燃え上がり、片方の猿の顔面を包んだ。
「ギャァァァァッ!」
慌てて消しにかかるも、それだけの時間があれば十分だった。
私は一対一でこの猿に負けるほど、落ちぶれているわけではない。
早々に一匹を討伐した。
「フーッ、フーッ」
火を消し終わった猿に向き合う。
さすがにここまで残っただけあって、猿はどちらも強かった。
ただ、刀を扱う私の敵ではなかった。
「後はあんただけ」
フェロモニアはビクビクと震えている。
これだけ大きな個体だ。きっと多くの戦いをくぐり抜けてきたのだろう、先ほどのように魔物を操って。
それを私は悪いとか言える立場にはない。
これも旅をして学んだことかな。
「だけどね、私と戦うなら死ぬ覚悟はできてたのよね?」
私は時間をかけることなく、フェロモニアに魔法を放った。
フェロモニアは焼き尽くされて灰しか残らなかった。
どうせ討伐報酬なんかないでしょ。
私が受けた材料のことをまだ説明していなかった。
私の材料は字面だけ見るならば、確かに最難関と言えただろう。
私が手に入れなければならないのはとある生物のヒゲだ。
長く、金色のそれは昔から様々な薬効があるとされ、一本手に入れれば伝説とまで言われる素材である。
古来から伝説と共にあり、時には邪悪な存在として、時には神として祀られてきた巨大生物。
圧倒的巨体に敵うものはいないとされ、その魔法は地形を変えるとされる。
そう、龍だ。
この向こうの池、そして池の向こうの社に住むとされる龍。
名前だけでいるかさえわからないという。
しかし私には確信があった。
龍はいる。
それとアイラとロウには悪いが、私は個人的に一番いいものを回して貰えたと喜んでいる。本当、悪いわ。
一番楽をさせてもらえそうね。
ヒゲは確実に手に入れられるわ。




