ロウの疾走 ②
ロウは手口だけはレイルと良く似ています。
レイルよりも現代知識がない分、身体的にもスペックが高いですね。
彼らもまた、レイルと同じように学習面でも成長しています。
村に一泊してさらに進む。
山を登り、木々をかきわけて上へと登っていく。
途中で現れた魔物を今度は時術で倒す。時術において、時間停止はかなり難易度の高いものである。理由はなんだかレイルがごちゃごちゃと言ってたな。戻すには時間の流れ以上の力でいけばいいが、止めるにはぴったりの力でいかなきゃならないとかそんなことを。概要だけで忘れてしまったが。
今回使うのは巻き戻しと加速のみだ。
飛来するのはちょっとした獣ほどの大きさがある大型の蝶。
毒々しい目玉の模様に、ばっさばっさと舞い散る鱗粉が呼吸に支障をきたす……はずだ。
幼少期の訓練のおかげで、毒に耐性のある俺にはいまいちよく効かない。
もしもこいつらに知能があれば、自分の毒が効かなかったことに対して動揺してくれたのに。そしてその隙をつけばもっと楽に倒せるのだろう。
俺はすれ違いざまに奴らに時術をかける。
いつもは仲間の回復のためにしかあまり使わないこの術も、今だけは凶悪な攻撃魔法と化する。
奴らの体の一部だけに時間巻き戻しをかける。いつもは回復のために、巻き戻すときはゆっくりと他の部分との調整を行いながらかけるのだが、今回はそれをしない。
するとどうなるだろうか。奴らの体の一部の組織、器官の時間が巻き戻る。しかしその他の部位は戻らない。それがどんな結果を引き起こすか。
蝶どもは体をボロボロと崩壊させながらその場に落ちていった。
レイルから聞いたことがある話の一つだ。
俺たちの体は恐ろしく美しい均衡を保っている、と。
全てに無駄がなく、髪の毛一本一本までが自分の肉体として認識されていて、それぞれが自身の働きを十全にこなすことで生命活動を維持できているのだと。
時間という人間には到底認識することさえ叶わない概念は、著しく肉体の調和を崩すのに向いている。
栄養を消費して、体を動かそうとする細胞と、それと全く逆のことをしようとする細胞。
隣り合った肉体の一部が逆の行動をとることでちぐはぐになり、そして瓦解する。
本来回復術を使えるのは、よほど適性の強い者か、神に祈りを捧げた敬虔な教徒だけだと言われている。
だから近接戦闘技術まで鍛える、または遠距離の魔法として回復術を覚える奴はいない。
自然と回復を敵にかけようなんてイかれた奴はいないわけだ。
「レイルはさ、俺がこれを回復に使えるって言ったときに、そう思えるならそれはそういう術だって言ってくれたな」
でもよ、こういう使い方もできるんだぜ?
こういう使い方を思いついて、実行できてしまうのが俺だ。
まあレイルも似たようなものか。
だからあいつが二番目だ。
違っても受け入れてくれるカグヤよりは下。
同じものは否定できない。
それは同族嫌悪のようなもんだ。
だけど、あいつはもっと色々と思いつくし、実行してしまえる。
俺たちの誰より悩み、そして決めたら躊躇わない。
きっとどんなに嫌なことをしても後悔なんてしないんだろうな。
「早く薬草を持って帰ってやらなくちゃ」
どちらも年齢がわからなくなり、歳上か歳下かわからない青年を思い浮かべた。
◇
その後も時術と暗殺の組み合わせは相性が良く、なんなく山の半分ほどまで来た。
ここのところはあまり真面目に戦う場面もなく、バシリスクのときは保険として後方待機だったから体がなまりがちだ。
やっと全盛期に戻るような気がする。カグヤと二人で、大陸を下回りしてギャクラに来たときの。
今思えばレイルとアイラには随分と楽をさせてもらっていた。
二人ならば魔法の使えるカグヤを後ろにおき、俺が囮と撹乱担当して戦わなければならなかった。
レイルとアイラと旅をするようになってから、魔物を徹底的に避け、危険な場所には入らなくなった。
カグヤと俺で前に立てばアイラが銃とかいう武器で後方支援してくれるし、俺が暗殺者を始末するときも後始末をレイルに手伝ってもらった。
俺は仕留めた魔物を焼いて食べようとしていた。
一部が変なことになっているのでとって焚き火に突っ込んだ。
と、近くに数人の気配がした。
おそらくレイルを含む俺たちが邪魔に思う奴らだろう。
レイルは薬屋の婆さんに頼んで隠してもらっているから、暗殺者も場所を特定できないはず。
で、ぶらぶらと一人でいる俺らを各個撃破しようって魂胆か。
俺のところに真っ先に来たのは、俺が現在一番弱そうだからか。
ああ、正しい判断だ。
接近戦でまだアイラに負けるつもりはないが、確かに俺を狙ってよかったと言ってやる。
俺はカグヤより弱いし。
俺はアイラより優しい。
敵わないこともない。優しいから……
「あんたらもうちょっと殺気を隠したら?」
楽に逝かせてあげられる。
◇
集団で動くと、山に入る前に怪しまれる。だが一人では失敗するかもしれないし、失敗したときにどうにかして連絡することもできない。いろいろと考えて、冒険者を装い五人で来たのか。
レイルのおかげで未だに今まで来た十数人の刺客どもが誰に殺されたのかが漏れていない。
だから俺が素人だと思ったままなのだろう。
俺としてもここに来てくれてよかった。
まあ今のレイルならあの状態でも十人や二十人、近づく前に首を斬ることもできるかもしれないけどな。
アイラやカグヤは強い。
だが闇に触れる機会があまりなかったせいで、こういった相手に弱いかもしれない。
レイルはどうしてあの生活であんなに頭が回るんだか。
この前、どの時期にどこらへんに暗殺者が潜むか言い当てたことがあったぞ。
空間把握がなかった頃に、だ。
どうしてそんなことがわかるのかと聞くと、こう返ってきた。
「俺ならこうする」
いやあ、黙ったね。
お前は常に脳内で自分を殺そうと仮定して動いているのかと聞きたい。
結局、そいつをいちいち国に突き出すような面倒くさいことはせず、身ぐるみをはいで国の外に放り出したんだっけ?
なぜかあいつはアイラの腕輪の中に人が一人入るような麻袋を四つも五つも持っていたのだから驚きだ。
お前は何を想定しているんだ。冒険にきたんじゃないのか。人攫いは冒険につきものなのか?
今も魔物の始末を終えて、持ち帰れないから焚き火で死体を焼いている俺の周囲を警戒しながら、俺からは見えない場所からぐるぐると回っているお馬鹿さんたちは未だに襲ってくる気配がない。
だからさ、冒険者のフリをするならそんなに殺気を撒き散らして、二手に分かれるなんてするなよ。
せっかく冒険者を装ってるんだから
もっと楽な方法があるだろ。
きっとレイルならこうするな。
『あ、あなたも依頼ですか? 僕もなんですよねー。もしよければご一緒しませんか?』
などとまだ不慣れな冒険者のフリをして近づく。
一緒に野宿することにでもなれば一発解決だ。
そしてあいつはこう言う。
『え? 依頼って言ったじゃないですか? あなたを殺せって依頼ですよ』
嘘はついていない、と。
あいつは脳内で時と場合に応じて上下をはっきりと決めている。
歳下でも初対面や身分が上なら平気でへりくだるし、歳上でも自分より下や対等で、よく知った人物ならば素の口調になる。
初対面で殺すべき相手ならこうやって丁寧な口調で近づくに決まってる。
いい加減痺れをきらして俺は薪用の枝を探すふりをして近くまで歩いていった。
俺が近づいてきたことに気づき、一人が武器を構えているはずだ。
他は様子を窺っている。
ガサ、と茂みの中から音がした瞬間、剣を持った男が飛び出してきた。
速い。
だがカグヤには及ばないし、太刀筋も素人だ。
またお粗末な刺客を差し向けてきたものだ。
「誰だ!」
そんなことは本当はどうでもいいが、演技として俺はそう叫んだ。
これは同時に、俺が狙われる理由なんてわからないと示し、まだ暗殺者であることを理解していないと主張している。
「はぁ……はぁ……」
渾身の一撃を防がれて、肩で息をする冒険者に俺はあいつを見習ってにこやかに話しかけた。
あいつとは違ってまだ温和な笑みに見えるはず。
「どうしたんですか? 僕は魔物じゃないですよ? 夜中だから見間違えても仕方ないですね。もしよければ向こうで魔物を焼いているので一緒に食べませんか?」
彼は驚いて目を丸くしていたが、すぐにこれをいい機会だと思いなおしたのだろう。俺の発言でまだ疑われていないことに気づき、それならここから挽回できると考えてニヤリとほくそ笑む。全部見えてるぞ。
「あ、ああすまない。気がどうかしていたようだ。今日は戦いっぱなしだったからな」
「ですよね。幸いお肉はいっぱいあるんで」
「別行動している仲間も呼んで構わないか?」
「ええ」
そう言うと彼は仲間のところにいった。
他にも複数の気配があるから、全員は出てこないかもしれない。
そう思って警戒はしていたのだが、彼らはレイルの言うところの脳内お花畑のようで、五人の男が出てきたところで辺りの気配がなくなった。
まさか、まだ俺より気配を消せる奴がいるとか言わねえよな……?
表向きはにこやかに、俺たちは焚き火のところまで戻った。
焼き加減はいい感じになっており、表面の皮が焦げて落ち、中のピンク色の肉から肉汁がしたたっている。
「おお、なんの肉だこれは?」
殺す相手の前とはいえ、その肉厚な様子に喜びを隠せないようだ。
ククッ。結構ゲテモノなんだけどな。
「まあまあ。名前はよくわからないけどきっと美味しいですって」
そう言って俺は焼いている肉からボキッと一本むしり取ってかぶりついた。
外側が硬いので、剥がして捨てては中の柔らかいところにかぶりつく。
「うまそうだな。では」
「俺ももらうぜ!」
「ありがとよ。こんなもんにありつけるとは」
次々と競い合うようにして肉を食べる。あちらこちらから手が出て、豚一頭ほどの大きさがあったそれは解体されて半分ほどになった。
うん、美味しいな。ややピリッとする風味が効いていて、花のような香りがする。香辛料いらずのお肉だな。
ようやく全てを食べ終わった。
今回はこれがあったからよかったけど、次はちゃんと塩胡椒を持ってこよう。きっと物足りないからな。
「ご馳走になったな」
「すまないな」
「いえいえ、僕も大勢で食べるのは楽しかったですし、こうやってこんなのを他の人と食べることはできないので」
「ははっ。そういうことじゃねえんだけどな」
「そうだな。そろそろだな」
囲んでいた五人が立ち上がる。
先ほどまで、虫も殺さないようなにこやかな顔で笑っていた彼らの雰囲気が変わる。
やっぱり。こいつら暗殺者なんだよなあ。
まあ、暗殺者でなくとも俺を殺しにきたのは違いないみたいだし?
俺だってカグヤみたいな剣術があるわけでもないからこいつら全員を真正面から相手すれば負けるんだよなあ。
「そうだな。そろそろだな」
俺も演技をやめて立ち上がる。
その言葉に他の四人を取り仕切っているであろう奴が青ざめる。
「貴様……まさか!」
「ははん。甘ちゃんのぼっちゃんかと思えば気づいてたのか」
「大丈夫だって。俺たちに何もしてねえし、その肉にも酒にも細工はされてなかったじゃないか」
ぞろぞろと武器をとるが、俺はそんなことをする必要もない。
「なあ、馬鹿なのか? 気づかれているのに何もしていないとか本気で思ってるのか?」
「よっぽど自信があるんだろうよ」
一人が言うと、三人がぎゃはははと下品に笑った。俺も笑った。
「ははははー」
「何笑ってやが……」
俺の言葉に激昂したそいつは最後まで言い終えることはなかった。
ガクンと膝をついて倒れ、痙攣しだしたのだ。軽く白目をむいて泡を吹いている。
「何をした!」
俺を唯一警戒していた奴が叫ぶも、その瞬間にもう二人が倒れた。
最初の奴とは違い、意識はあるみたいだが。
「かりゃ……だが、うごかね」
ついでに呂律も回っていないな。
「くそっ!」
もう一人膝をついた。
「なんだこれは!」
まだ体の動く最後の一人が殴りかかってきたが、その拳には全く力がない。
ぺちんと間抜けな音をたてて俺に防がれたあとはそいつもとうとう地に伏した。
「卑怯者め……」
「あんたらには言われたくねえな」
卑怯上等!と高笑いするほど俺も図太くはない。約一名、そういう奴を知っているだけで。
俺は念には念を入れて、そいつらを厳重に縄で縛りあげた。
冒険者たるもの、縄ぐらいは持ってないとなあ。
「どうしてだ……」
「ああ?」
「俺はお前の行動から目を離してはいなかった。俺たちを誘う前でさえ、その肉や酒に何かをする気配はなかったし、お前が酒以外の何かを飲むこともなかった」
ああ。こいつら、俺が毒を盛って解毒剤を飲んだとか思ってるんだ。
俺も一緒に食べていたのに毒が効いていないからそうじゃないかってか。
で、俺が解毒剤を飲んでないし、毒を使うこともなかったから不審に思ってるんだ。
ま、いっか。冥土の土産に教えてやっても。
「お前らが食ってたのはこの山に住む蝶か蛾かわからねえ魔物の肉だよ」
「はあ?!」
まだこいつ喋れるのかよ。しぶといな。
「だから、毒なんて盛ってねえんだよ。俺は元からあの鱗粉に毒のある虫を焼いて食おうとしてたってことだよ!」
「だが……お前は何も……」
「俺はこういうの効かないように訓練してたってわけだ。俺が食ってるから大丈夫、俺が解毒剤がないから大丈夫とか思ってりゃそりゃダメだわ」
ぽん、と肩に手を置いて死刑宣告する。
「だから、解毒剤はないってことだ。残念だったな」
おそらくこいつはこの毒で死なないためになんらかの取引を持ちかけて俺から解毒剤を得るつもりだったのだろう。
ま、あってもやる気はないし、どっちにしろ全部もらうから。
「じゃあ楽しい宴会、二次会を始めよっか」
恐怖でガクガクと震える男どもに手を伸ばす。
「レイルもいたらなあ……」
何故か脳内でそんなことを言うなと必死になるレイルが浮かんでクスリとも笑った。
暗殺者どもはそれを何か勘違いして一層恐怖で顔を歪ませたのだった。
普段はレイル視点なので、仲間の心情がわかりにくいことこのうえないです。
カグヤこそ一番まともな感じなのに、その心情がわからないとこのパーティーは異常者集団みたいになりますからね。
え? 元から異常者集団だろ?
いえいえ。ごく普通の元高校生現勇者候補と愉快な仲間たちですよ。




