魔族襲来(5)
「やあああああぁぁっ!!」
常人では視界に捉えられない速度で疾駆するは双銃使いのシスターベルナデット。
迎い撃つ漆黒の騎士は重装でありながら機敏な動きで朱槍を巧みに操り、刹那の内に無数の突きを撃ち放つ。
それに対し、魔術によって強化されたベルナデットは神速をもって放たれた朱槍、その一突き一突きを銃底でずらしながら直進する。
神速の連打を完全に見切っていた。
それもその筈。ベルナデットを強化した魔術は、次代の『時の魔女』たるリリルリーが掛けた『加速』の魔術だ。
以前、グラード荒野で勇に掛けた『増速』の魔術には最高速度でこそ劣るものの、最初から高速での戦闘が可能と言う点において優れている。
「見えるようには、なりましたけど……っ!」
『時の魔術』の後押しもあり、難なく朱槍を掻い潜りながら魔力の弾丸を撃つベルナデットだが、漆黒の騎士の鎧はその尽くを弾いてしまい有効打にはならない。
「鎧が堅くて抜けねぇっ!!」
漆黒の騎士の背後からクオンが斬りつけるも、浅い傷を鎧に残す程度だ。
「オオオォォォォッッ!!」
幽鬼のような絶叫を放ち、漆黒の騎士はベルナデットとクオンの二人を振り払うように朱槍を振り回す。
「速度は『コレ』のおかげで圧倒的に優勢。けどあの守りを突破できないとどうにも……な」
「すみません、私もあの鎧を突破できそうな魔法のストックがありません」
騎士が振り回す朱槍を、頭のヘルムを蹴る反動で避けたクオンが地面に降り立つと、同じくバク転で距離を取り回避したベルナデットが並び立つ。
「残念だけど、私も攻性魔術は覚えてないですよ。『時の魔女』の名こそ継いだけれど、『万魔の魔女』の名を継ぐにはそれこそ時間が足りないんだもの」
そしてリリルリーがクオンとベルナデットの間に立つ。その表情は無表情、であろうとしているが歯がゆさが見て取れる。
火力不足。三人の脳裏にその言葉が浮かんだ時、その男は声を上げた。
「おやおや、お困りのようだ。アンタらが良ければ手ェ貸すぜ?」
途端、三人の背後から長身の男がぬっ、と現れた。
あまりにも唐突な出現に武器を向けようとしたクオンとベルナデットはその男を視認すると目を見開いた。
「……イーブサル・ドラ・グレゴリア・バランシェル」
「そう言うアンタは『時の魔女』か?前のと見た目こそ違うが纏ってる雰囲気はそっくりだ」
燃えるような赤毛に浅黒い肌の男、大帝国の皇子イーブサルがニヤリと笑う。
「ま、話は後だ。折角の得物を横取りするのも不味いかと思って静観決めてたがどうやら攻め切れてない様子。……割り込むぜ?」
拳に業火を纏い、拳聖リーブサルは不敵に笑った。
◇
「『極寒風穴』!『爆炎を生みし影』!『雷撃の奔流』!!」
「『邪霊滅砲』、『蟲毒の災い《ヴェノム・ハザード》』!『混沌なる災禍』!!」
詠唱無しに放たれる様々な魔法の数々が衝突しあい、幾つもの閃光を生み出した。
吸血姫パイモンとウムブラの魔術戦が繰り広げられているのだ。
互いが必殺の一撃を放ち、互いの魔法を無害化するレベルまで解呪し、また高威力の魔法を叩き込む。
二人の魔術戦は、一対一で行われる戦争のような様相を見せていた。
さて突然だが、高位の魔術師同士の戦闘、つまり魔術戦において求められるものは何か。
魔術を発動させるための呪文の詠唱速度?上級魔術を連発できる膨大な魔力量?様々な魔法に対するための豊富な知識?
否。否である。
それらは高位の魔術師へなるためへの大前提だ。
では一体、何が求められるのか?
それは、幾つもの魔術を同時に発動させ制御し、脳内で幾多もの詠唱を同時に行う事に耐えうる、脳髄だ。
魔術とは、それ一つ一つが情報の塊と呼んで良いものだ。
そもそも呪文とは一部を除き、この世界に存在しながら違う次元に存在する精霊へと己を繋ぎ、使用する魔術のイメージを精霊へ伝えるものだ。
詠唱を受け、精霊が術者に従い力を一時的に化し与えてくれる事で魔術は成る。
その情報量は使用する魔術により大きく変わるが、低級の魔術でも、並みの魔術師が多用すれば脳への負担からめまいや頭痛の症状が出るほど。
上級の魔法を乱用すれば、死すら関わってくる。
「やるのぅ。流石は公爵位と言うわけじゃ」
「お褒めに預かり恐縮、とでも言えば良いのですかねぇ?キシヒヒッ」
「謙遜するでない。数多の魔術言語を巧みに用い、わらわと拮抗するのじゃ。かの『時の魔女』とて貴様相手は骨を折るじゃろうて……まぁ、わらわの相手ではないがの」
ニヤリと剣歯を見せながら笑うパイモンは、片腕を天に掲げた。
「『タトヴァードゥ・ヘルデュード・ゴーヴィンダー』……神が抱きし果てなき怒り虚空を切り裂き、混沌より伸びし楔が全てを葬る闇へと誘わん!!」
パイモンの口から紡がれる呪文は、大気を振るわせ響く。
すると、掲げた手のひらを中心に、視認できるほどの膨大な魔力が集い始めた。最初は小石程度だったそれがハンドボール程にまで膨れ上がると、パイモンは手を、剣を振るうが如き所作で振り下ろす。
「『虚空激震破』!!」
パイモンが叫ぶと、収束した魔力は爆発するように弾け、そこから産まれ落ちた闇の閃光がウムブラへ襲いかかる。
「キシッ、キシヒヒヒッ!!まさかこれは……『遺失された古の魔法』!! よもや、古代神の力を借りた魔法まで扱うとは……貴女、本当に化け物ですねぇ?」
迫り来る魔力の本流をウムブラは極短距離の転移を繰り返し回避する。が、闇の魔力の奔流は軌道を変え、逃がさんと追いすがる。
「キキッ!さぁ下郎よ凌ぎ切ってみせよ!三十七層ある神獄、その二十一層に囚われし悪神の御業じゃ! 神獄より漏れ出でた闇の光は鎖となって貴様の魂を削り砕き、その全てを混沌へ引きずりこむ。……キキ、貴様は恵まれておるぞ?『不死』を持ちながら死への恐怖を味わえるのじゃからのぅ?」
必死に転移を繰り返し回避し続けるウムブラをパイモンは恍惚の表情で嗤う。
逃れ逃れ、しかし遂には魔力の奔流に捕らえられた。
「キキキッ!悪しき神々による魂の蚕食じゃ。せいぜいゆっくり――ッ!?」
魔族の魂すら食いちぎる神獄の鎖に捕らえられた筈のウムブラに、パイモンは瞬時に己の下策を呪った。
パイモンの背後からウムブラの嗤い声が響く。
「クキヒヒヒッ!眷族を率いるのは貴女達『吸血鬼』だけではないのですよ?」
闇の魔力が貫き捕らえていたのは、ボロ布で身体を隠していただけの骸骨だった。
(スケルトン!? ちぃっ……賢しい真似を――ッ)
パイモンが己の失敗とウムブラによる攻撃を覚悟したその刹那、剣閃が走りウムブラの身体を縦に切り裂いた。
「グ――ゥッ!?」
「全く。なんでアタシが魔族を助ける羽目になるのかねぇ」
ジャラジャラと鋼が擦れる音と、妖艶さを持った女の声がパイモンの耳に届いた。
「お主は……」
「そう言えば自己紹介がまだだったねぇ」
振るう度、ジャラジャラジャラと音を立てながら宙を舞うのは、まるで一つの剣をぶつぎりにしたものをワイヤーを通し数珠繋ぎにした物だった。
剣鞭、蛇腹剣などとも呼ばれるその武器を、パイモンの隣に現れた褐色肌の女は自在に操って見せた。
「アタシの名はトーレ。『時の魔女』の護衛、って奴さね」
返す刃を振るえば、鞭のようにしなった剣が再生しかけたウムブラの頭を切り飛ばした。
ジャラジャラジャラジャラ――ガチンッ。
鈍い衝撃を手に伝えながら蛇腹剣は元の一振りの剣へと姿を戻した。
「今はあの娘らに『時の魔女』は任せた。アンタの御守りはアタシがしてやるよ」
ケープマントを靡かせ、トーレはニヤリと笑う。
「――やれやれ……二人掛かりとは困りましたねぇ……」
切り裂かれたウムブラの身体はボロボロのローブと共に煙のように霧散し、次の瞬間には集って姿を成していた。
「魔界へ帰還しようにも『遺失された古の魔法』を操るご同輩相手に逃げ切る自信もありません。キヒヒッ、仕方ありませんねぇ……四肢を捥いで研究材料にでもしましょうかァ!」
ウムブラのローブから影が滴り落ち、雫のように広がった影から骸の兵が生み出された。
広がり続ける影とそれに呼応し増えるスケルトン。
死霊を操るウムブラがその本領を見せたのだ。
「おぉ大漁大漁」
「ふん、所詮は数だけよ……人間、露払いくらいはできるのじゃろうな?」
「あいよ、任せておきな」
人間と魔族。奇妙な組み合わせの前衛後衛がここに誕生した。
◇
「へぇ、連れの奴等も中々喰い堪えがありそうだな」
闘技場の様子を眺め、アグニエラは舌舐めずりでもしそうな勢いな笑みを見せる。
「アグニエラ……いや――」
「ま、今回オレの相手はお前だけだがな。グラード荒野の時も。三年前のあの時も、結局最後には邪魔が入ってちゃんと最後までやれなかったからなぁ……」
「フラム」
「やっと、やっとだ。やっと二人きりで殺し合える」
「お前は、一体何を考えてるんだ」
勇の問いかけに、アグニエラはクツクツと笑う。
「クククッ。……おいおい、せっかく邪魔がいなくなったってのにつれないじゃねぇか、えぇ?」
「何か、何かがチグハグなんだ。お前とウムブラが……いや、他の公爵級と同時に事を起こした。アクアディーネの差し金か?…………フラム、お前は何を企んでいる?」
「クッ、ククク……オレが誰かとつるむのが不思議って?」
「三年前からそうだ。お前は魔王城で俺達一向を迎え入れる時くらいしか、他の六刃将と組まなかった。グラード荒野でのお前は……ただ単に暴れたかっただけだろうしな」
「――……そんなに、わかりやすかったか?」
「違和感で背中が涼しくなるくらいにはな……」
「いやな?……なんだかんだやっては来たがお前はさ、オレら魔族の事、そこまで憎んじゃいないだろ?」
「……」
「命のやりとりも、もう何度やったか覚えてねぇ」
「……」
「けど、お前は……ユーヤ。いやユウ・ヤシロ。お前は、オレ達の事を本気で殺そうと思った事なんて、それこそ数度くらいしかなかったんじゃないか?」
その通りだった。
確かに公爵級を始め多くの魔族と勇は戦った。戦った……だがそれは、魔王を倒すための障害を退けようとする程度で、自分から積極的に魔族を殺し尽くそうなどと思った事は無かった。
それこそ三年前も今も、本気で魔族を殺そうと思ったのはウムブラ程度だ。
「勇者の癖に、オレらに対して何処か義務感みたいなもんを持って戦ってた。攻められたから?誰かを守らないといけないから……?」
「……だから、か?」
「だから、だ」
勇の言葉に強く返す。
「オレはお前に本気で惚れてる」
「圧倒的な強さ、なんかだけじゃねぇ」
「なんども何度も何度も何度も!何度も戦って、オレはお前に惚れた!!敵として、女として、心の底まで惚れ込んだ」
「コイツだけは自分が殺してやりたい。そんな風に思える男は、お前しかいないんだよ、ユーヤ!!」
「だから許せなかった。お前がどっか手ぇ抜いているのが。だから、手を借りた。アクアディーネから、ウムブラから……そして――人間から」
「!」
どこからか取り出したのは、深海のような暗い青色の光を宿した宝珠。
その宝珠を見た瞬間、勇は理解した。
ソレが先ほどリューネに埋め込まれていた偽りの聖剣に限りなく近く、そして全く別種のモノであると。
「六刃降臨」
宝珠から、天空を焦がす蒼炎が溢れ出る。
一年っておい……一年は流石にヤバイって……
た、大変長らくお待たせしました。エタりかけて申し訳ないです……




