先代勇者と先代聖女
「既に気づいておるじゃろうが……外の天候が可笑しくなってしまったのはわらわのせいじゃ」
迷宮の地下31へ向け、俺たちは長い階段を降りていた。
吸血姫パイモンを先頭に俺、ベルナデット、クオン、三馬鹿にズィルバ、そしてフィオナの順だ。
「まあそうだろうな」
勘ではあったが確信に近いものを感じていた勇は特に驚いた様子もなくう頷いた。
「わらわは寝起きでのぉ……崩れた天候を直そうにも魔力を扱うのが久方ぶり過ぎて困っておるのだ」
発生から二週間以上経ってて寝起きとかマジか……相変わらず魔族のスケールはデカいな。
「勘を取り戻すためにも、お主ら巫女の血統に役目を果たして貰わんとのぉ。……キキキッ!」
二、三階分はあったのでは?と思うほど長い階段を降りていると、突然出口が見えた。
「役目?……って、こりゃ、なんだ?」
長い階段を降り、31階へたどり着いた俺達の目に広がったのは、巨大な空間に黒い壁が視界一杯に広がる部屋だった。
次の階への入口などなく、四方八方どこを向いても研磨した石のような光沢を持つ黒い壁しかない何もない部屋。
いや、なんだこりゃ? 何か壁に……。
「?……なんでしょうこれ。壁に何か文字が……っ!? こ、これ、神聖文字です。神聖文字ですヤシロさん!」
黒い壁に文字が刻まれているのに気づいたベルナデットが壁に駆け寄り、声を上げる。
「神聖文字? なんだいそりゃ?」
神聖文字と聞きアンジェリカが首を傾げた。
「古い魔法言語の一つだ。習得の難しい言語の一つで、専門的に覚えようとするのは教会の人達だけってしろもんさ。ちなみに俺は読めん」
そして神聖文字を使った魔法が、『聖術』と呼ばれる魔法体系で、対魔対霊に関しては頭一つ抜きでる程強力な魔法だ。
「そう、……『神聖文字』の刻まれた『モノリス』の部屋。……ここが、ノルドヨルド大迷宮の最奥よ」
モノリス……遺跡なんかでたまに出土する石碑だ。
王朝の歴史や昔の人の書いた詩など銘文される内容は様々。
歴史的価値のある人工の建造物だ。
そんなモノリスで囲まれた部屋……一体何が書かれているんだ?
「まだ全部を解明したわけじゃないけど、この迷宮が『魔神』を封じ込める封印装置と言うことはわかっているわ」
ああ、そう言えば最初に言ってたな。魔王よりは弱いが、封じ込めなきゃならんほど面倒な相手……。
「正確に言うならば、封印されていた、と言うのが正しいのぉ」
「封印されていた? ……んじゃあ、今は魔神はいないのか?」
「うむ。『魔神』無き後に封じられたのがわらわだからのぅ。……キキッ!」
綺麗な顔が歪み、口元が大きく吊り上がる。
「千年の時を越え、良くぞわらわの前に現れた! キキッ、巫女の血統よ、わらわを封印から解き放ち、わらわの軍門に降るのじゃぁっ!!」
ババーン! と効果音でもつきそうなテンションでパイモンがそう宣言した。……が、
「やだよ、面倒臭い」
もちろん頷くわけはない。
「ふぇっ!? な、何故じゃ?」
「何故も何も、んな突然言われて頷く奴はいねぇよ」
断るとパイモンの不敵な笑みが消え、代わりに慌てふためき、今にも泣きだしそうな顔になった。
「だ、だって!ソラはわらわをここから出すと言っておったぞ!?」
「んなもん知らねぇよ! つかソラって誰だよ」
「ソラも知らんのか馬鹿もんが! お主らソラの子孫じゃろうが!」
「子孫……そう、それだよ。どうして俺はそのソラって奴の子孫になってるんだ?」
散々巫女の血統だかなんだか言われて来たが、そんなもんが俺のご先祖様にいるとは思えない。そもそも俺はこのレインブルクでは無く地球の日本生まれだ。
「や、ヤシロさん……『ソラ』様をご存じじゃないんですか!?」
「え……そんな有名人なの?」
隣にいたベルナデットが突然、カルチャーショックでも受けたかのような表情で俺に尋ねて来た。
ううむ、ソラソラソラ……知らないぞ。
「え゛、アニキ知らないのか!?」
「おいおい、アタシでも知っている名前だよ?」
「クオンにアンジェリカ、お前らまで知ってるのか!? ……どっかの王様の名前?」
ヤバい、この二人まで知ってるとなると相当有名な人物だ。……が、どうも聞き覚えがない。
「ヴィヴィアンヌ・ミナト・ソラ・アンジェリーク……初代聖女様の、御名前ですよ」
「な、なにいいぃぃぃっ!?」
おいおいマジか、初代聖女って言うと婆ちゃんの時の聖女だよな? ソラっつうのか……なんだか真ん中だけ見ると日本人みたいな名前だな。
いや、日本人なのか? このルクセリアはこの世界から見て異世界である筈の地球の事が広く知られている。
異世界への渡航術こそないものの、勇者を地球から呼び出す召喚の魔法だってある。
初代聖女さんも召喚魔法かなんかで呼び出された可能性は高い。
「キキキッ、どうじゃどうじゃ、ソラは有名じゃろう?」
「なんでお前が得意げなんだよ」
「それは無論、ソラがわらわの軍門に降る予定じゃったからよ! キキキッ、あのちんちくりんエルフに幾度となく邪魔されたが、最後にはソラの心はわらわに向いたのじゃ!」
ちんちくりんエルフ……恐らく婆ちゃんだろうな。恐らくだけど。
「予定だった? ……貴女の配下には、結局ならなかったの?」
フィオナが尋ねると、パイモンはコクリと頷き、途端にテンションが下がり暗くなってしまった。
「『魔王』との決着を前に、ソラが言ったのじゃ。「いつか必ず開きにくるから、それまでここの中に居て」……とな。結局ソラはわらわの封印を解く事はなかったが……」
ショボーン、と落ち込み地面にのの字を書きなぞり始めるパイモン。この様子だと相当その先代さんに惚れ込んでいたみたいだな。
しかし聖女が魔族の軍門に降る、か。……先代さんはそれを嫌がってパイモンをこの迷宮に封じたのか?
……いや、多分それは違う筈だ。婆ちゃんも居たんだし、やろうと思えばこのパイモンを殺し切る事は可能だった。それをしないとなると……逆に殺したくないから封じ込めたのか?
パイモンと先代さんは強い信頼関係にあった筈だ。自分を封じ込めた相手が訪れず、千年以上経った今でも先代さんの子孫が封印を解きに来たんだと信じられる程に。
「まぁ今はどうでも良いのだ。巫女ソラの血統よ、わらわに少量の血を寄越せ。それで封印の解除は可能じゃ」
手を俺達に差し出すパイモン。そして、
「魔族の言うことを信じれ、と?」
魔銃の銃口をパイモンに向けるベルナデット。その声は酷く冷たかった。
「おい、ベルナデット!」
「魔族の言葉に惑わされないでください、ヤシロさん。それに聖女様が魔族に降るわけがないじゃないですか! それに私だったら、自分を憎む魔族相手にそんな事、できません」
ベルナデットの指先に力が籠められる。
「ダメだ、落ち着けベルナデット」
「逆に聞きたいです。なんで、そんなに落ち着いていられるんですか?」
魔銃の銃口を手で塞ぐと、ベルナデットが俺を睨む。
「人間は魔族に対して嫌悪感を抱く。その逆も然り、人間と魔族は憎み合うよう仕組まれているんだ」
「? 何を言って……」
「ただ『勇者』と『聖女』だけはその仕組みに当て嵌らない。……オリヴィアも、魔族に対する嫌悪感は抱いていなかったんだ」
そう、人間が魔族を無条件で嫌悪感を抱くように魔族もまた人間に嫌悪感を抱いている。
しかし俺こと『勇者』とオリヴィアの『聖女』だけはその仕組みは当て嵌らない。
「な、なんでそんな事がわかるんですか?」
「前にも言ったろ? わかるんだよ」
ちゃんとした仕組みはわからない。だが、確かにわかるんだ。
「俺の血で良ければ吸え、吸血鬼」
「キキッ、良い返事じゃ。……では」
ブスリ。
俺の腕に、吸血姫の牙が深く突き刺さった。
お待たせしました、最新話です。
迷宮編ももうすぐ終了、止まらずかけ抜きたいです。
ではまた次回。お楽しみにー




