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響と彼方

作者: 夜凪

お題「カーテン 電話 晴天 を入れる」


 その電話がかかってきたのは、黄昏時だった。


 そろそろカーテンを閉めようかと立ち上がった響は、突然鳴り響いたその音に、びくりと手を止める。


 少し間の抜けたメロディーは、友人の彼方が遊びに来た時に勝手に作っていたオリジナルで、面白かったからそのまま彼方の着信音に設定していたものだった。


 いつもならためらうことなくフリックする緑色を前に手を止めてしまったのは、つい数時間前に喧嘩別れをしてしまったからに他ならない。


 原因はひどく些細な事で、どうしてそれがあんな大喧嘩に発展してしまったのか、今となっては自分でも分からない。


 だけど、その瞬間は本当に頭に来たし、もう二度と顔も見たくないと本気で思っていた。


 響と彼方が出会ったのは高校の入学式で、隣に並んだのがきっかけだった。

 そのままぞろぞろと教室に向かう中、なんとなく言葉を交わす中で、好きなミュージシャンやゲーム、服のブランドなんかが同じだと分かり意気投合した。


 一年経つ頃には、自他ともに認める親友同士で、学校でも休日でもいつも一緒にいた。

 よく幼馴染に間違われるほど息もピッタリで、出会ってまだ一年ちょっとだというと驚かれるほどだった。

 

(なんであんなに腹立ったんだろう?)

 のん気なメロディーをまき散らす電話にぼんやりと目を落としながら、響は自問する。

 

(思えば、今日は朝からなんか調子が悪かったんだよな)

 お気に入りのペンを無くしたり、本日締め切りの課題の提出を忘れていて怒られたり。


 一つ一つは些細な事でも積み重なればストレスは相当なもので、響は余裕をなくしていった。

 そして不思議なことに、いら立ちは彼方にまで伝染していく。


 食べようと思っていた購買のパンが売り切れていたり、体育で得意のはずのサッカーでミスをしたり……。


 その後も続く負の連鎖に二人ともメンタルはボロボロで、放課後になるころにはなんだかピリピリした空気が立ち込めていた。


 それでもいつものように二人で帰路についた途中、再提出を申し付けられていた課題を忘れていたことを思い出したのだ。

 

「マジありえねぇ。普通、こんな大事なこと忘れるか?」

「いや、お前の課題だろうが!なんで俺が怒鳴られなきゃなんないんだよ」


 冷静になれば最もな彼方の台詞だが、積み重なったストレスでイライラしていた響は思わず爆発してしまった。


「は?そんな言い方なくない?だいたい、お前のパスがヘボかったせいで転んで、俺いまだに足が痛いんですけど?」


「は?どっかの誰かさんが課題忘れたから昼休み潰れたせいで、アップができなかったんだろ?責任転嫁止めてもらえます?」


 そこからはもう滅茶苦茶で、まるで重箱の隅をつつくかのようにお互いの欠点をあげつらえ、どうにか相手をやり込めようと必死になっていた。


「お前がそんな奴だなんて思わなかった!」

「こっちの台詞だ!やってられるか!」

 売り言葉に買い言葉。

 フンッと背を向けると、響は一人で学校へ逆戻り、彼方は家へと去っていった。


 それでも、いつもなら。

 帰ったふりしてその場で待ち伏せていたり、以外と近かった相手の家を訪ねたりして仲直りしていたのだ。


 だけど、課題を提出して頭が冷えた後でも、響はなんとなく彼方の家へと向かう気にはなれなかったし、自宅にたどり着くまでの道程に彼方の姿を見る事はなかった。


 自分の事は棚に上げて、彼方の姿がなかったことがショックで何もする気にはなれず、ぼんやりとベッドに転がっていた所でかかってきた電話だった。


「謝ろうと、してくれたのか?……でも、別に彼方悪くねぇしな……」

 結局、迷っているうちにメロディーは鳴らなくなって、静寂を取り戻した部屋にポツリと響の声がこぼれる。


 課題を忘れてしまったのも、お気に入りのペンを無くしたのも自分のせいだと分かっていたのだ。

 それをイライラして、彼方に八つ当たりをしてしまった。


 いつも大らかで優しい彼方に甘えていたのだと、今ならわかる。


 本当なら、謝りに行かなければいけないのは自分なのに、はねつけられたらと思うと怖くて動けない。

 おそらく気を遣って彼方から電話をかけてくれたのに、それすらも怖くて取る事ができなかった。


「俺、クソダセェ」

 自分の言葉に傷ついて、響はその場にうずくまった。

 キリキリと胃まで痛みだして、響はもそもそとベッドへともぐりこんだ。

 

(もう、何も考えたくねぇ)

 布団を頭まで被って丸まって現実逃避を始めた響は眠りに落ちる瞬間、カーテンを閉めそびれたことをふと思い出していた。





コンコンコン。

すっかり眠り込んでいた響は、何かを叩く音に目を覚ました。


(なんだ?)

多忙な両親は二人して出張中で、家には響一人きりだ。


 幼い頃には、一応家政婦が泊りで来ていたけれど中学に上がるころには一人で留守番するようになっていた。


 つまり、ノックするような人間がいるはずがないのだ。


 寝ぼけた頭でその事に気づいた響は、スンッと腹の奥が冷えるような心地を味わった。


(え?何?泥棒?)

 ぎゅっと目を閉じて布団の中で縮こまる。


 けれどそんな響をあざ笑うように、再びノックの音が響いた。


(こえぇぇ~~)

 鳴りやまないノック音に涙目になった響だが、ふとその音が妙なリズムを刻んでいることに気づいた。


 そして、木製の扉を叩いているには、やけに硬質な音だという事にも……。


(このリズムって……もしかして……)

 そろそろと顔を出すと、窓の外に人影があった。


「ギャア!!」

 月明かりを背中に黒々と浮き上がる人影に思わず悲鳴をあげて布団の中に逆戻りした響を、バンバンと窓ガラスを叩く音が追っかけてきた。


「開けろよ、響。無視するとはいい度胸じゃねぇか!」

 それと同時に、耳障りの良い低い声が響く。


 その声が耳に届いた瞬間、響はバッと布団をはねのけて飛び起きた。

 

「やっと起きたな。おまえ、またインターフォンの音消してただろ?」

 窓の外に立つ影をよくよく見れば、それは見知った男の姿をしていた。


「……彼方、お前、どうやって」

 響の部屋は二階にある。そこに飄々と立つ友人の姿に、響は目を丸くした。


「ん?そこの木を登って飛び移った。前から、あの木の位置は防犯的に危ないと思ってたんだよな。おじさん達に注意しないと」


「……お前が言うなよ」

 月を背に肩を竦めて見せる彼方に、響はあきれて肩を落とす。


「それもそうか」

 あきれ顔の響をみてからからと笑う彼方に毒気を抜かれ、響は窓の鍵を開けた。


 少しひやりとした風と共に、彼方が部屋へと帰ってくる。


「で、なに?」

 なんとなく緊張していたせいか、響の声がそんなつもりはないのに冷たく響く。


「ん?これ、返しに来た」

 だけど、そっけない態度に見える響を意に介した様子もなく、彼方はポケットからペンを取り出して渡してきた。


「これ!どこで!?」

 それはなくしたと思っていたお気に入りのペンで、響は思わず彼方の手に飛びついた。


「ん?俺のベッドの下に転がってた。昨日、うちで勉強した時に落としてたんじゃねぇ?」

「……まじかよ」

 あっさりとした答えに、響はヘナヘナと座り込んだ。


 昨日は、新しいゲームを手に入れたからと彼方の家に遊びに行っていた。

 先に課題もすませたのだけど、その後のゲームが楽しすぎて、時間を忘れて長居をしてしまい、慌てて荷物をまとめた時に取りこぼしてしまっていたのだろう。


「お前が機嫌悪かった最大の原因だろ?俺も無くされて腹立ったし。イライラして家に帰ったら家にあるんだもんよ。どうしようかと……」


「うん。俺も、なくしたと思ってびっくりしたし、ショックで……」

 若干気まずそうに見える彼方に、響はヘニャリと笑った。


 そのペンは、仲良くなって初めていっしょにいったライブの記念に買ったバンドのグッズだった。


 数量限定で高校生の薄い財布には結構な打撃だったけれど、純粋にかっこいいと思ったし、記念にと揃いで購入したのだ。


 すでに販売終了していたから再購入はできないし、恥ずかしくて言いたくはないけれど、勝手に友情の証のように思ってもいたから、無くしたと思った時にはショックで呆然としてしまった。


 結果、課題を忘れ、普段ならしないミスをするという体たらく。

 しかも、自分のイライラが伝染したと思っていた彼方は、ペンを無くした響に怒っていたらしいことまで判明した。


「何やってんだろうな、おれ達」

 戻ってきたペンを大切に握りしめながらしみじみと呟いた響に、彼方も少し困ったように笑う。


「明日さ、せっかくの連休初日だし、ちょっと足伸ばして街の方まで行こうぜ。最近お前が気にしてたジャケットがいつもの店に新入荷されるって」


 軽く誘う彼方に顔をあげると、響はほんの少しその眉が下がっていることに気がついた。


 付き合いが長くなったからこそわかるそれは、緊張している時の彼方の癖だった。


「いいね。やっぱ試着してから買いたいよな」

 だから、響もさりげなく提案を受け入れた。

 チラリと彼方の目が指先に走った気がして、響は慌ててギュッと手を握り締める。


 緊張した時に親指で人差し指を弾くようにするのは、彼方に指摘されるまで知らなかった響きの癖だった。


 クスリと彼方が小さく笑った。


「なぁ、腹減った。どうせ家政婦さん多めに用意してるんだろう?俺も飯食って帰っていい?」

 親のいない休日前は良く彼方が泊りに来るため、響はこっそり二人前の食事を用意してもらっていた。

 彼方は、高校生の胃袋を思いやった家政婦さんの好意だと思っているけれど……。


「いいぜ。ついでに泊まっていけば?」

 しょっちゅうお互いの家を行き来しているため、両親とも顔見知りだ。


 明るく誰にでも人懐っこい響きは彼方の両親に気に入られているため、突然の宿泊にも反対される事はないだろう。


 響が一人で留守番しているのを心配しているため、歓迎されている節すらあった。


「そのつもりで、着替えとゲームソフト持ってきた。昨日の続きやろうぜ」

 ニヤリと笑う彼方はもういつも通りで、響もつられたように満面の笑みを返した。


「いいね。まずは飯食おうぜ!」

「待てよ」

 階下に誘えば、慌てたようにベランダに脱ぎ捨てた靴を拾って彼方が窓を閉めた。


 ついでのようにカーテンを閉める隙間から覗いた空にはきれいな満月。

 雲一つない空が明るくて、響は目を細めた。


「明日は晴天だな」



読んでくださりありがとうございました。


最近、時間に追われて何も書いてないなぁ、と。

リハビリがてらなにか、と思ったのですが何も思いつかず。

お題をいただいて書いてみました。

久しぶりに人様から頂いたお題でオリジナル小説書いてみたけど、楽しかったです。


なんか、些細なすれ違いでもだもだしてる話が可愛くて好きです。

中高生くらいって友人関係濃ゆかったよな~とか、久しぶりに思い出してみたり。


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