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端々に出ずる

 先生は私に手で「おいで」と合図した。私はそそくさと先生の後ろに控えた。


「お引き取り下さい」


 先生は腕を組み、淡々と告げる。イーダさんは「はい」と素直に返事をしたものの、その上司のカロー師はあまりいい顔をしなかった。


「そんなお顔なさらなくても、お暇しますよ。ただ、教えてください。天災も戦争も起こっていないのに、貴方が魔法を使うなんて。どういう風の吹き回しです?不自然ですわ」


 さっきまでファンの顔をしていたカロー師の表情が途端に厳しくなる。詮索するような物言いに、先生の纏う空気がピリリとした。


「協会は不干渉を貫くのではなかったか」

 

 先生はカロー師には答えず、その先のイーダさんに問いかけた。イーダさんに対しての他人行儀な言葉遣いはいつのまにか消えていたことに今気が付く。


 ピリピリと威圧感を放つ先生に、イーダさんは「そ、そうです」とどもる。


「ならば貫け」


 先生はカロー師をスルーしたまま、イーダさんに声をかける。相手にされなかったカロー師の顔が赤くなった。


「貴方が魔法を使うのは、魔法を使えない人々の危機を助ける時でしょう。それこそ力のある者の鑑!だからこそ我々は貴方を尊敬し、そして貴方が魔法を使ったときには何か大きなことが起こったのではないかと心配しているんです!」


(あ、そういう感じなんだ…先生は)


 確かに先生は滅多に魔法を使わない。いつか私のために魔法を使ってくれた時でさえ数十年ぶりだったということを思い返すと、私は感激で泣きたくなる。


 「必要」と判断したからこそ、先生は魔法を使う傾向にあると思っている私には、今のカロー師の言葉に違和感を覚えた。先生がかなりヒーロー化されているように聞こえたのだ。その裏には、「力のある者は無い者のために」という協会の掲げる信条がべったりと張り付いているようだった。こんな先生に対して、中々穿った強気な慕い方だ。


 とすれば、先生は。


「……」


 そうだ。顔を見なくても分かる。この皮膚を刺すような威圧感。それにイーダさんの物凄く苦い顔を見るだけで、先生がどんなことになっているか想像に難くない。


「余計なヒロイックも余計な詮索も不要」

「協会は貴方を尊重しているからこその不干渉なんですよ…?」


 カロー師の言に、先生の纏う空気の温度がまた一段と下がった。


「協会とやらが、いつから私の上に立っているつもりかは知らないが…『不干渉』では足りない。『無関係』だと持ち帰って伝えてください」


 冷たい声だった。絶対拒絶の強い意思が現れている。突き放す物言いに、私まで悲しい気持ちになった。言葉を直接向けられた方はたまったものではないだろう。


「…貴方は、いつも魔法使いを疎ましがる。どうしてですか。同じ種族なのに。どうして魔法が使えない者の方を大事にするのですか」


 絞り出すようなカロー師の言葉。彼女は私を蔑む様に一瞥した。『非・魔法人間』というイーダさんが発した蔑称が頭をかすめた。根本的に、魔法が使えない人間は彼らからしたら弱い立場というより、下等という認識があるのかもしれない。


(なんか…嫌だな…)


 イーダさんと目が合う。彼は物凄く気まずそうな顔をしていた。口パクで「ごめんね」と伝えられる。


 魔法使いの事は勿論、協会の事はさっぱり分からないけれど、延々と続いてきた彼らの在り方が彼女にそう言わせているのだろう。若干協会を面倒に思っている節のあるイーダさんでさえも、その教えを疑っていなかったのだから。


 先生が他の魔法使いとどれだけ違う思考・立場でいるのか。外野から見ていると、相容れなさが手に取るように分かった。


 言葉が少ない上に、相手の理解を得ることなく先生が拒絶してしまうという事実を棚に上げても、どうもカロー師ないし協会というところは先生像についてちょっと都合よく解釈し過ぎではなかろうか。


(不服)


「カロー師。それは僕たちの勝手な意見です。お気持ちは分かりますが、もうお暇しましょう」


 間に口を挟んだのはイーダさんだった。


(イーダさん!)


 普段の軽い感じのお兄ちゃんではなく、そこに居たのは誠実な目をした青年だった。


 信じられない、と目を剥く上司。


「イーダ?今何て?貴方、今私が大事な話をしているって分からないの?」


 カロー師はここに居た間のイーダさんを知らない。


「大体、今回みたいに気まぐれに魔法を使ったからこそ、若い子たちがはしゃいで腕試しなんてものを考えついたのよ?」

「!」


(何それ!)


 先生が魔法を使うも使わないも先生の自由であるはずなのに。段々と勝手な言い分に腹が立って来た。


 気が付けば、私は一歩前に出ていた。


「よ、余計なお世話が多いんですよ!」

「「「……」」」


 瞬間。三人の目が私に集まった。視界の真ん中に居るカロー師にねめつけられる。


「貴女には関係のない話よ?お嬢ちゃん?」


 にっこりと、部外者だと釘を刺された。私が非・魔法人間だからだろう。しかしこれはそんな話ではない。


「魔法使いである無しの手前の話です。人に対して決めつけ過ぎではありませんか。それはあまりに傲慢です。必ずこう、ということがある訳がない。ご自身もそうでしょう?」


 カロー師は眉間を寄せて、口を結んだ。


「人は変わるのです。他人も、自分さえも知らないうちに」


 視界の端で、イーダさんが微笑む。


「もっと放っておいてください!どこが不干渉ですか、既に過干渉です!」


 バシッと言い切ると、カロー師は明らかに怒っていた。相当生意気に聞こえたに違いない。だからこそ、掘り下げて考えて欲しいと思う。


「…ッ!」

「優秀な家人でしょう。この代弁力」


 カロー師が何かを言いかけたところに、被せるように先生が口を開き、悠々と腕を組み直した。


「よく私の世話を焼いてくれる。魔法も使わずに」


 先生の強烈な皮肉に、カロー師は益々顔を赤くした。





「申し訳ございませんでした………」


 数分後。私は体を殆ど二つに折り曲げる勢いで先生に頭を下げていた。



 カロー師からあれ以上の反論はなく。イーダさんが何度も振り返り、小さく謝りながらカロー師の背中を押して二人は庭の真ん中で消えた。


 後に残されたのは私と先生。


(しゃしゃり出てしまったぞ…?)


 最近の私はおかしい。先生のことになると、口が出てしまう。体が動いてしまう。裏方の立場として、これはどうなのだろう。


 先生を差し置いて、カロー師に反論してしまった。心の中で頭を抱えた。


(だ、大丈夫。先生は怒っていなかったし、多分大丈夫…)


 不安をかき消すために自分に言い聞かせていると、「君はよく喋るようになったな」と先生から一言降って来た。私は全身でビビった。


 そして、即座に私は半分折りになったのだった。


(怒っていらっしゃった……)


 冷や汗ダラダラで自分の膝の向こうを凝視する。さあ何て言い訳をしようかと必死になって考えたけれど、真っ白になった頭からは碌な答えが出てこない。


「…咎めたつもりはないが」


 珍しく、戸惑ったような声。私は「え」と反射的に顔を上げた。


「事実としてあることを口にしたまで。何を謝っている?」


 先生は本当に何でもないように私に聞きながら、開けっ放しだった玄関のドアを閉めた。そして足を止めることなく、リビングへと戻ってしまう。


「差し出がましいことをしたのではないかと」

 

 先生の後ろを歩きながら、私は自信なく答えた。先生は両手をポケットに突っ込みながら私を振り返る。


「気にならない」


 ドッ、と私から力が抜けた。


(気にならない)


 それはもしかして、喜んでいいことなのではないだろうか。先生に見送りに出て来いと部屋まで呼びに行ったり、話し中に私が口を挟んだりしたことも、気にならないと。


 もしかして。先生の「余計な事」の範囲が狭まっているのでは。或いは私が思っていたよりも緩いものだったのでは、という甘い考えが頭に浮かぶ。


「君だからな」

「…」


(ん?)


 私は目を点にした。聞き間違いでなければ、今聞き捨てならないことを先生が言ったような。


「!!」

「…?」


 いつものように言いっ放しで去ろうとする先生の服の裾を、咄嗟に掴んだ。先生は私に不思議そうな顔を向ける。


(わ、私は…何を…)


 自分のしていることに自分で驚いていては世話が無い。この服の裾は不貞腐れたイーダさんのものではないのに。


 何か言わなくては。脳が働く前に、私の口は動いた。


「お邪魔いたします!」

「何が」

(何が)


 先生の感度の良い突っ込みと、私の心の中の突っ込みが丁度重なった。


お読みいただき、ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
「お邪魔いたします!」 「はい」 っていうかな笑わたくしなら。
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