69話 訣別
千尋はティナルミネと二人、小高い丘にある石壁の跡なのだろう場所に腰掛けた。
千尋が問い掛けるより先にティナルミネが口を開いた。
話される内容は、ティナルミネ―― 彼女は北方領ヴァイス城主と成ったアースィナリア第二王女が率いるフルーレ軍の斥候隠密特殊隊の一員で、今回は千尋の調略を総司と詩音に頼まれたのだと、手紙を渡された。
その手紙に使われた紙は授業で使われていたページの切り取りが出来るタイプのノートで、彼等が使っていたものでアースィナリア第二王女と連名で”総司”、”詩音”と書いてあった。
それとは別に妹姫であるセフィーリアと【風の剣士】への密書を届ける為に遣わされたのだと彼女は語った。
千尋は手紙に書いてある内容に涙が零れた。
総司と詩音が、やはり翔真達の危うさを危惧し、千尋をずっと気に掛けてくれていた事、アースィナリアに協力する事で、彼女が権限を行使し、千尋を彼女の陣営の下に引き入れる事を約束させた事や、総司達が冒険者rank.がAへの保留状態で、その実力は此のスティンカーリンを出立した時のものであり、総司が地方の神の座に至った魔獣人を単独撃破、その眷族を詩音が数十体を単独撃破させた事が書かれ、その実力はS.rankである事は間違いない、と書かれていた。
千尋は驚愕した。
総司達は無才のE--《End of End》と王宮で蔑まれ、危急時だというのに臆病風に吹かれて逃げた卑怯者だと嗤われていた。
それがどうだ……。
今では千尋達が《End of End》ではないか。個人でのrank.も恩情が有ってこそ活動が出来てのrankだった。
そして、千尋の目に留まったのは、総司と詩音が帰還の為の手段を探しているという一文。王宮で総司が国王アマディウスの言葉を論破して隠された真実を暴き出したのを鮮明に覚えている。
(王都から姿を消してから、ずっと探してたんだ……)
自分達は貴族諸公との謁見や社交界などに出席したり、各領を表敬訪問を行い、小さな町や村を回り不安に嘆く人々を慰撫して回っていただけ……。その合間の援護の下での実戦経験……。
(それでも、覚悟に問題があって今と余り変わらない気がするけど……)
紗奈、翔真、一誠が習った戦技は実戦では通用しなかった。冒険者組合での戦技講習で何故か理解できた。
王宮で習った戦技は型通りで、魅せる為の技であり、その訓練を行う側も型通りの動きで対応する。成長したと言えば、技のキレ、力強さや魔法詠唱の正確さや素早さで、何故、人間が野生の獣や魔獣、魔物に苦戦苦戦するのかが、ここ冒険者の街スティンカーリンに来て理解出来た。
(今の私じゃ、足を引っ張る可能性しかない……。今迄のつけは必ず払う! 彼等の下で死に物狂いで一からやり直す! 還る手段を見付ける為に困難な旅をするなら、絶対に地面を這ってでも付いて行く!!)
手紙を読み、思考の海に埋没している千尋をティナルミネは静かに待つ。
ティナルミネの瞳には千尋の此れ迄の懊悩の深さと濃さが観てとれた。彼女をこれ程苦悩させる勇者の欠陥の度合いとは如何なる者なのかと疑問に思った。
「……ティナルミネさん、私、このお話をお受けします」
千尋は顔を上げ、強い覚悟を宿す瞳でティナルミネを見据えた後、頭を下げた。
「わかったわ。貴女を深夜、零の刻にお迎えに参りますので、それ迄に最低限の出立の準備を、私は此れより、妹姫様と【風の剣士】殿の下に参りますので」
そう言い残して、彼女―― ティナルミネは姿を消す。
千尋は一人、夜の帳が下りた空を見上げた。
そこには、幾千万の星が瞬き、その中で一等輝く白き星を見た。
(北耀七星……に北煌極星まるで、北斗七星と北極星ね……)
北煌極星が道標の様に彼女の行く先を示している様に輝いていた。




