64話 亀裂の予兆
千尋と紗奈が依頼を終えて、宿泊先である《月宮亭》に戻る途中、爽やかな汗を流したとでも言わんばかりの笑みを見せる翔真と、俺、ナイスアシスト!! と興奮ぎみの一誠と出会した。
千尋は渋面を作る。今は余り出会したく無い相手であったからだ。
千尋は彼等に苛立ち到頭、堪忍袋の緒が切れた。
セフィーリアやクレアが話を聞き、紗奈が反省をして決定的な決裂は避けられたが、千尋は個人活動で得た貨幣で《月宮亭》に一人部屋を借りる様になっていた。
「おーい! ちひろー! 見てくれよっ!!」
「今、俺達で仕止めてきたんだ」
翔真はキラッ! と、白い歯を見せ、爽やかに笑い掛けてきた。
それは、輝く汗を流して、爽やかな笑みを浮かべる俺っ、格好いい!! アピールに千尋には思えた。
一誠の方はと言うと、ニッと獰猛に笑う。
それは、大物を仕止めた来た俺、強い男だろ!! アピール。
翔真は千尋と紗奈に向け、一誠は千尋だけに向け、頼りになるリーダー、男アピールだ。
特に一誠は千尋を意識している分、動物の求愛行動に見えてしまう。
紗奈は翔真を熱く見詰めているが、千尋の方は迷惑顔、正直ドン引きしていた。好意を懐いていない相手に野性的アピールをされても困る。
「そう……」
「ちょ、ちょっと」
紗奈が千尋を引っ張り、翔真達と距離をとると小声で千尋に注意をする。
「千尋もう少し――」
「無理矢理、一誠とくっ付け様としないで。一誠とはただの幼馴染みよ。それ以上じゃない」
千尋がはっきりと拒絶を示す。
「ご、ごめんってば」
「それなら、二度と余計な事しないで……」
「わ、解った……」
紗奈は一誠を見てもう一人を見る。
遠くに居る幼馴染みだった少女に明確に拒絶され、絶縁されている。
「………………」
千尋は紗奈の視線の先の少年を見る。
翔真は詩音に興味すら持って貰えていない事に気付いていない。
自分に都合良く物事を―― 人の心の在り方も、自身の脳内で書き換えてしまう。
翔真の脳内では、総司に同情した心優しい詩音が相手をしてやっているだけで、何れ、自分の許に戻って来てくれると、疑い無く確信している。
そして、詩音が手元に戻れば、紗奈も無条件で自分のモノになるのだと言う態度だ。
(……私の片想いも、紗奈達と変わらない……か)
千尋ははそんな自分自身に対し、内心で自嘲気味に苦笑する。
しかし、千尋は懸念を抱いた。
翔真達は実力、実戦、覚悟不足で組合による講習を受けている筈であり、個人活動も停止処分を受けている。
それが何故か紅牙猪を斃し、自慢気に話している。
それ故に話を聞いた千尋は翔真達に聞いてみた。
「貴方達は組合長から、戦闘講習を受けるように言われてた筈よね?」
そっちはどうしたのよ。と千尋は眉を顰めさせ、翔真達を問い質す。
「講習? 千尋は今更、何を言ってるんだ。俺達にはアークディーネの―― いや、言ってしまえば、世界を救う為に喚ばれた勇者だ。戦闘訓練なら、王宮で受けただろう。俺達は王宮の正規の騎士からもお墨付きを頂いているだろ?」
「そうだぜ! 千尋。俺達の力は特別に強力なんだ」
「一誠の言う通りだよ千尋。ここの奴等は真っ当じゃない。無頼者ばかりじゃないか。何処にも忠誠を誓わず、ただ力を見せ付け、振り上げる無法者の戦い方だ。騎士道から反する在り方で卑怯なやり方だ。まるでアイツの様だ……」
忌々しいといった様に翔真は吐き捨て、ギリッと歯噛みする。
「俺達は勇者だ。卑怯な振る舞いは避けるべきだ」
「ああ! 俺達は真っ直ぐに正面突破だぜ!!」
ニカッと言った風に翔真は格好良く笑顔を見せ、一誠は力強く拳を握り、熱い漢魂を滾らせる。頼れる漢っぷりを見せる。
それを見た紗奈は首を傾げる。
確かに翔真には自分に都合良く物事を脳内で改変するという悪癖があるが、冒険者組合で教えられるのは、臨機応変な戦い方で卑怯なやり方では、決してない筈……と。
そして、一誠だが、確かに熱さが酷く残念に思えてきた……と。
「…………」
翔真と一誠の言葉に流石の千尋も閉口する。
(彼の中では、千羽君に完膚無き迄に負けた事が、”千羽君が卑怯な手を使ったから負けた”という事になっている……。使いこなせず、強い力に酔う。そんな力の何が特別なの?)
千尋は彼等を相手にする事を止めた。
(さっさと《月宮亭》に戻って、今日は桶に湯を張って貰おう。そして、この苛立ちも流してしまおう……)
千尋の突然の態度にポカンとしている彼等を、千尋は足早になり、置き去りにする。
(……それから、ミリアには悪いけど、夕飯は部屋に運んできて貰おう。今日は早く寝よう……)
「ちょ、ちょっと千尋っ! 待って!」
紗奈は慌てて千尋を追いかける。
追い付いた紗奈が見たのは、千尋の涙だった。
翔真は自分達の話を聞いていた筈の千尋達が、急に態度を冷たくして自分達を置き去りにして立ち去ったのか理解出来ないでいた。
一誠もまた、訳がわからないでいた。確りと頼れる漢を示した筈なのに千尋に咎められた。その理由さえ一誠は気づこうとはしない。
だが、今すべき事は彼女達を追いかける事だと、走り出す。
彼等の行動と態度が、千尋との関係に決定的な訣別を決意させる亀裂を生む前兆だったという事に気付かず。




