61話 ちはやぶる
総司は右腕が回復しきる迄、何とかギリギリの処で魔人の猛攻を凌いではいるが、それも徐々に怪しくなり、左の拳撃には抑え込まれ、右の爪刃で裂かれ、蹴撃により反撃の糸口を潰される。
「――はっ!」
総司がそれでも捌ききれているのは、魔人の攻撃が連続ではあるものの、線でも面での連撃ではなく、点による攻撃だからだ。
点での攻撃―― 攻撃と攻撃の間に一瞬では有るものの、魔人の動きには停止せざるを得ない瞬間が存在する。
総司はその間隙に体勢を立て直し、刹那に《青藍》で斬る。
(くっ……)
右腕の火傷と、再生の痛みに総司は眉を顰めた。
(……左腕だけじゃ、あの技には耐えられない)
『お願い、もう少し、もう少しだけ凌いで……』
アイリシュティンクの胸を締め付けられる様な悲痛な思い。
彼女自身も苦しい筈だ。それなのに総司の傷を治そうと、精霊力―― 精霊であるアイリシュティンクにとっては存在力―― 命とも言える力を分けてくれている。
総司の周囲を飛び跳ねながら、容赦なく攻撃を仕掛けていく魔人。
総司はその度に防御の為の迎撃しか出来ず、力と身体の重さの差により、総司は弾き飛ばされる。
弾き飛ばされた総司の背後に回り込み、魔人が蹴り上げるが、総司はそれを振り返り、剣気で魔人を牽制する。
剣気により、魔人が躊躇するその隙に、振り向き様に魔人の足を斬る。
「ギャッ!? な、なぜだ、我の動きがわかる?」
魔人は理解できないと戸惑う。
「魔人に転化し、いくら速く動けても、その隠しきれていない品の無い感情の動きさえ分かってしまば、お前の動きなど先読み出来るさ」
「キハッ! ならばこの速き動きに付いてこられるかっ!! キヒャヒャッ!」
更に速い動きを見せる。
魔人の攻撃はまるで嵐の様であり、荒れていく地面はまるで荒れ狂う海原の様で、猛撃を凌ぐ総司は荒波に翻弄される小舟の様だ。
総司の脳裡に無責任な煽り文句が過る。
負けられない理由がある―― そんな事は当たり前だ。誰にも譲れない思いがある。
負けられない戦いが在る―― そんな事は当たり前だ。誰にも奪われたくない願いがある。
勝つと自分の心に誓っているのなら、そんな事は大前提。
この戦いは、その他大勢の為の期待を押し付けられたエンターテイメントの試合では無い。
それでも理由があるだけで勝てる程、勝負は―― 思いと願いの強さの殺し合は甘くない。
だが、と総司は思う。
紫の女神や追いかけて来た幼馴染みの少女と、この世界で知り合った蒼の髪の少女や、小さな義妹を思う少女と、その義妹の為ぐらいには必殺の瞬間まで凌ぎきってやる、と気力を入れ直す。
「――せいっ!!」
総司は見切り、逆袈裟斬りが魔人を捕らえた。右脇腹から左胸を深々と切り裂いていた。
「ギャバァ゛ッ!!」
不愉快な嗤い声が苦痛の声に変わり、魔人がよろめき、血飛沫が上がる。
総司がそれを見逃す筈が無い。
縮地の突進力と踏み込み、《青藍》に纏わせた蒼雷による鞘走り―― 雷速抜刀術。
「千羽天剣流 破軍 ―九曜―」
剣閃は三角、逆三角、六芒星が描かれ、此処までは―― 籠目―― と変わらないが、続いて唐竹、斬り上げ、そして左片手突きを鋭く突き放つ。それで終。
総司は魔人の胸元に赤い点が灯るのを見て取り、直ぐに飛び退く。
詩音は氷の塹壕を作り、その壁に空けた場所から銃身を出し、対物狙撃ライフル ウルティマラティオ ヘカートⅡを構え、スコープに総司と魔人の攻防を見守る。
ヘカートⅡの事を何なのか、問いたげなアースィナリア達を今は無視を決め込むと、話し掛けるなと彼女達との間に冷気で見えない壁を作る。
説明よりも、やらなければ為らない事がある。詩音はアースィナリア達を意識の外に追いやると、狙撃の瞬間を逃さない様に集中し、静かに総司の必殺の時を待つ。
そしてその時が来た。
(!! 千羽天剣流 破軍 ―九曜―)
そして最後の突きが魔人の喉を貫く。総司は詩音の合図に気付いてくれた。
総司が飛び退くと同時にヘカートⅡのトリガーを引く。
詩音の冷気が総司にヘカートⅡの弾丸が迫ると報らせてくれる。それを合図に総司は叢雲に紛れさせていた《雷煌雷華》の解放する準備―― 魔法陣に精霊力を流していく。
魔人の怨呪核をヘカートⅡの弾丸が正確に射ち抜き破壊した。
それでも怨嗟と妄執は怨呪核を成し、器の再生と甦生をしようと呪力を絞り尽くそうとする。
総司は再生途中の魔人へと駆け出し、地を蹴り魔人の再生されていく身体を蹴り上がり踏み台にして、天高く飛び上がる。
「精霊魔法式解放!! 千羽天剣流 破軍 ―千破矢降―」
天から雷神でも降臨したかの様な雷。
まさに御柱と呼ぶに相応しい雷。
言葉に出来ない程の雷光と轟音、その轟音だけでも凄まじい衝撃が伝わるというのに、その神雷は大地を砕き破壊する。
その破壊の衝撃は爆心地だけに留まらず、周囲にも及び亀裂が走り断層が出来ていく。
その爆心地といえば――――
地面はドロドロと熔解し岩漿(マグマ)と化していた。
総司は魔人の怨呪核を雷撃で撃ち斬り、肉体も雷撃により消し炭となり、ボロボロと崩れながら、岩漿に沈み行くが、悪足掻きなのかそれとも、元となった男の妄執がそうさせているのか、肉体が再生されつつある。
岩漿の中での再生と甦生―― 苦痛に顔を歪ませた、嘆きの叫びを上げるかの様に手を伸ばす。
詩音が総司の側に寄り添い、アースィナリア、セレナ、ソフィア、ゼルフィス、グレンが岩漿の滝と滝壺を見下ろす。
総司は彼女達に魔人が手を伸ばしてるのかと察し、イラッときて詩音に失敬、と断りをいれ、S&W Model2 Armyを手にすると全弾丸を眉間―― 脳にある最後の怨呪核を壊す。
驚愕に固まったまま魔人と転化した男は岩漿に完全に呑まれて消滅した。
「終わったな」
「そうね……」
詩音がチラリと総司を見て《アルヴィオン》を見せる。
「……バニラアイス。フローズンピーチ付き」
「……分かった」
「ん、決まりね」
自然現象化している岩漿は詩音の氷結魔法には敵わない。
(精霊力の力業の様な気がするな……)
等と思っている総司の視線を感じたのか、詩音が総司を見る。
「なにか?」
詩音に睨まれ、何でも無い、と総司は応えながら踵を返して歩き出す。
詩音も総司に倣い踵を返そうとして、アースィナリア達に振り返る。
「色々聞きたいことは有るだろうけど、戦は終ったわ。今度は生きる為と生き残る為の戦いが待っている」
「そうね……。シオン意識を切り替えてくれて有難う」
詩音の言葉でアースィナリアとセレナが頷き合い、総司と詩音に続く。
ソフィアは詩音が見せた遠距離射撃魔導武器は気になってはいたが、詩音の言う通りだったので意識を戦場跡から意識を切り離す。
「いで、イテテテテッ!」
ゼルフィスがソフィアに耳を引っ張られ、連れられていく。
「痛ぇーよっ!」
「煩いっ! さっさと来る。何時までも女々しいっ!!」
(あれは、あの技は……七星煌覇剣 奥義 ―天星破剣―……)
グレンは総司が逆転をした技―― 破軍 ―九曜― の技を見て、戸惑いを覚える。
「生き残る為の戦い……」
「そう、復興と物資は手早く、的確に必要な物を」
「支援金が集まったなら、明確に被災者の為に成る事を」
アースィナリアの呟きに詩音と総司が、必要な事とありがた迷惑になってしまうこと、そして、やってはいけない支援金の使い方等、話し合い、アースィナリアとセレナは頷き、質問をし、総司と詩音が答える。
そうしていると町が見えてきた。




