60話 総司 対 転化魔人
総司は詩音との指切りを済ませると、町の外に吹き飛んだ魔人の呪力を捉え、駆けていく。
「私は総司を追いかけるわ。アースィナリア達はどうするの?」
貴女達は見届け無くていいの? との詩音の問い掛けにアースィナリアは、総司が向かった先に強い視線をむける。
「わたしも行くわ」
「アースィナリア様、行きましょう。それにナトゥーラは我がレーゼンベルト家の領地でもあります」
セレナは領主代理としての責任を果たそう、許し難い過ちの責任を取ろうと覚悟を決める。
そして自身の邸を見て、父はあの老齢の執事が無事に逃したのだろうと思った。
「セレナ、それは違います。このヴァイスが私たちの新たな土地よ。セレナはアースィナリア様の副官なのだから、フルーレ軍として責任を果たそう」
「そうだぜ、セレナ」
ソフィアがセレナの手を取り、ゼルフィスがセレナの肩に手を置く。
「そうね……。ありがとう」
「俺は戦う事しか出来ないが、この体たらくだ。すまん」
グレンが頭をさげる。
「では、復興で力仕事でのご活躍を期待しています。グレンさん」
「ああ、任せな!」
セレナの未来に向ける笑みに、グレンが胸を叩き、請け負う。
「セレナ不甲斐ない主でごめんなさい。シオンとソージも頼ってしまって……」
「いえ、元を糺せば、町を守るべきナトゥーラ衛士や騎士の練度の未熟さ、防備の考え、心構えの甘さ、全てを【聖乙女】に背負わせて来たのが原因なのです」
責任と無力感で苛まれているアースィナリアに、セレナは申し訳なく思う。
「私達にもヴァイスに目的が有る。一つが師匠に頼まれた事でもある貴女に会うこと、もう一つが、白の女神に関する遺跡調査。城主の貴女の許可と許可証を貰うこと」
「北方領城主アースィナリア・フルーレ・サファリア・クリスタリアとして、シオン・ユキシロ、ソージ・センバに魔人討伐の依頼するわ。報酬は必ず、蒼き女神の御名に誓って」
一つ目の目的は二人に聞かされて既に知ってはいたが、二つ目の目的にアースィナリア達は驚いた。
アースィナリアも遺跡調査を行ってはいるが、進捗具合は芳しくは無かった。
「そうね。戦いも始まっているだろうし。総司の紫の女神と私の白き女神の御名に誓って、魔人討伐依頼を受けるわ」
「え!!」
詩音から出た、”白き女神の御名”と言う聞き捨てならない言葉にアースィナリアは驚き、セレナ達も何かを言いたそうではあったが、詩音が既に意識を戦場に向けていたので、聞き出せる雰囲気では無かった。
『…………』
サファリアは叢雲の中に隠された精霊魔法がどの様な威力を持つか知っている。過去にアイリシュティンクが皇国を滅亡させたのは、解き放たれる時を待っている精霊魔法の範囲攻撃だったのだが、今、天に在るのは収束した精霊魔法だ。
アースィナリア達が知識と覚悟の準備をし終える前に合間見える事になったのを、サファリアは早すぎだと感じていた。
詩音は魔人と戦っている幼馴染みの少年の許に駆けながら考えていた。
(オーバーキルで怨呪核に呪力を吸い上げさせ続ける事で滅却出来るなら、総司の右眼が核を捉えている筈……)
それなのに今回は誰にも言っていない、と詩音は今更ながらに気付いた。
(……まさかっ! 全身が怨呪核なのっ!? 全身を巡る黒光のライン……)
もし、その感が的中していて、総司が土地神を討滅させた時の様な戦いかたをしていたら、と詩音の心に焦燥が生じる。
アースィナリア達も頷き合うと詩音の後に続く。
詩音達が次の行動を決めている頃――――
魔人を捉えていた総司は低い姿勢でナトゥーラ領の前に広がる平原を駆けていた。
平原には一直線に焼け跡を残していた。
総司はその先に怨呪核が呪力を吸い上げ、再生と甦生を果たした魔人は黒光の翼を広げているのを見た。
魔人が癪に障る嗤いを浮かべたのがわかる。翼が明滅し、黒光の羽根を次々と放ってきた。
「千羽天剣流 星環 ―流群― 」
総司は駆けながら、自身に命中する軌道上の黒光羽を《青藍》を振るい、斬り落としていく。
流星群の様に銀の煌めきが流れる。
それ以外の逸れた黒光羽が後方で地面に突き刺さり一瞬後に爆炎を上げる。
「キハッ! 貴様の首の前で白銀の娘を我が物てしてやろう!!」
魔人の男は愉悦に歪んだ笑みを浮かべ、鋭く腕を突き出す。すると五指の爪が伸び、総司を襲う。
総司にとっては間合いの外からの攻撃。
「滅ぶのは、お前だっ! 千羽天剣流 星環 ―巡り―」
総司は容易く魔人の五指の爪を斬り裂く。
トスットスットスッ! と総司の後方で地面に刺さる。
総司はそのまま身体を一回転させると《青藍》の柄から手を離すと、《青藍》が雷速を以て魔人に迫る。魔人の顔が驚愕に染まる。《青藍》がそのまま首をはね飛ばした。
総司が腕を引くと《青藍》は少し弧を描き総司の下に戻ってくる。柄頭に精霊鋼の糸を結び付けていた。
『……剣士にあるまじき剣の使い方と技よね……』
「否定はしない」
総司は再生しだした魔人の繋がりかけの首を容赦なく、再び斬り、その胸に《青藍》を突き立てる。
「晴天に暗雲 暗雲に光 落ちるは一条の輝き―― 雷破」
《青藍》を中心に紫電が魔人の身体を四方八方走り、内側から四散した。
『ソージ、汚れてる』
アイリシュティンクが精霊力で返り血を取り除いていく。
「ありがと……」
総司は四散した肉片とはね飛ばした魔人の首を観察する。散らばった肉片が呪力に変換されていく。
「……生まれた時と同じか」
『そうね……気持ち悪い』
総司はバックステップで間合いを開ける。
黒光が肉を成し蠢き、身体を造った。
「キハッ、キハハッ!! 素晴らしい、この身体は素晴らしい!! 見よ、怖れよ、我は不死!!」
男は気付いていない、自身の命を燃料に再生と甦生をしている事に――――
そして、それが強さの理由だと知らずにいる。
「憐れだな……」
『欲に呑み込まれた者の末路は何時も醜悪なの……』
欲に溺れた者が欲を手にする事無く欲の炎に焼かれ死んでいく、その魂はどれ程の怨嗟の苦しみが自分に返って来るのか、と総司は思う。
総司は右手に《青藍》を持ち、左側に構える。
縮地にて刀の間合いに飛び込むと《青藍》を斬り上げる。その時に峰を左手の中指と人差し指に挟み、剣速を加速させた。
千羽天剣流 ―天照―
「キハッ!?」
突然目の前に現れた総司に驚く。
だが、この技は既に見た。魔人は勝ったとでも言う様にニタリと嗤い顔を歪ませた。
両腕を交差させ身を守る。
精霊力と呪力が反発しあい、紫と黒い火花を散らす。
総司の剣撃は魔人の腕を跳ね上げるに止まった。
「ちっ……」
総司は地を蹴り後退するが、魔人がそれを許さない。
総司を追撃して来た魔人がその腕をしならせ、拳を撃ち下ろす。
「キハハッ! さっきの技はアァァスィナリアの下僕の技だぁっ! 我には最早効かぬ。キハハハハッ!!」
総司は体勢の整わぬまま下段から斬り上げて迎撃する。
「っ!舐めるなっ!!」
精霊力による身体強化、アイリシュティンクの加護は呪力のせいで、その力が半減してしまっている。
精霊力と加護をダメージにより消費すればする程、呪力に混じる怨嗟の念が、アイリシュティンクの魂と身体を蝕んでいく
精霊力と呪力のぶつかり合いは総司の《青藍》が制した。
魔人の腕を二股に切り裂いた。
「はっ!!」
総司は左回し蹴りで魔人の胴を蹴り抜くと、魔人は地面を抉り跳ねながらも、体勢を立て直し総司に向かい飛び込む。
「キハハッ! お前の攻撃なぞ効かぬ、我には効かぬなぁ」
だが、魔人の身体をやはり、怨呪核が再生している。
「キハハッ! 死ね、あの女は我が飼い可愛がってやろう!!」
黒光翼が明滅し黒光羽を放つ。
総司が迎撃しようとする寸前、黒光羽が爆発する。
爆発の中かに魔人はニヤァリと嗤い、飛び込んだ。
「ちっ! 炎幕か!」
『ソージっ!!』
アイリシュティンクの悲鳴。
総司は炎幕の中から飛び出す。
炎幕から脱しはしたが、迎撃しようとした右腕は酷い火傷を負っていた。
アイリシュティンクの加護が働くが、効果は遅い。
「っ!」
左手に持ち替えた《青藍》を袈裟斬りにする。
炎幕の中から炎を纏わせ出てきた魔人の左腕を捉え斬り落としていた。
だが、命を対価にした再生力で上回った。魔人の猛攻が始まる。
縦横無尽、上下自在の攻撃が拳撃、蹴撃問わず繰り出される。
「キハハッ! キハハハハッ! もう終いか? つまらぬ、つまらんなぁっ! キハハッ! 死ね! 潰れろ! キハハハハハハッ!!」
総司は瑠璃光の右眼で呪力の流れを読み、直感と心眼を頼りに、受け流し、わざと隙を見せ、攻撃箇所を限定させ、猛攻を捌ききる。
その表情には余裕が見られない。右腕は回復されては来ている。しかし、元々攻撃力はD判定、それが半減してしまっている。
一つの判断ミス、一瞬でも反応が遅れれば、かなりのダメージを負う事間違いなし、だ。
(それでも……譲れないっ!!)
紫電を時折纏わせた《青藍》で反撃をし、確実に傷を負わせていく。
総司は魔人を睨み据える。勝機を逃さぬ様に……。
凄まじい速さの剣撃と打撃が生み出す剣風と打撃の風圧、銀閃と黒炎、剣と拳がぶつかり合う音と火花を散らす。
詩音とアースィナリア達が魔人と戦う総司の姿を捉えたのは、総司が炎幕から飛び出して来た瞬間だった。
右腕に酷い火傷を負っていた。
「総司っ!?」
「ソージッ!!」
「なっ!?」
「今、助け――」
「駄目っ! 総司が崩れる」
ソフィアが弓に矢をつがえるのを詩音は止めた。
「シオン! そんな事言っていられないわっ!!」
詩音の予測は当たる。それも最悪な形でだ。それでも――
「駄目、総司は勝機を窺い必殺を狙ってる」
詩音は天を仰ぐ。日が落ちてきたのか、暗くなっている。
だから迷わない。
「アイツが何をしようとカンケーねぇよ!!」
「見過ごせるものかっ!!」
金属音――
そして冷気がゼルフィスとグレンに向けられ――――
「私は、総司の、邪魔を、するなと、言った筈よ」
気温が下がり、吐く息が白くなる。大気に含まれる水属性の魔力が氷結し、詩音達の周囲に霜が降りる。
詩音の髪が白銀に、その瞳はシャーベット グリーンに変わっていた。
『!? ……まさかっ!!』
サファリアが驚く。
「シ、シオンッ! 分かった! 貴女の言う通りに戦いにはまだ手を出さないから!!」
アースィナリアが慌てる。
「……二度は無いから」
コクコクと頷き、総司の戦いを見守りながら、横目で詩音の用意しだした、物々しい魔導武器を気にする。
(この暗さなら……)
暗視スコープを覗く。
(総司が必殺を放てる瞬間を作り出す……。その後に怨呪核を確実に狙い射ち抜く……。やって見せる)
詩音は集中していく。




