59話 決戦2
詩音達が攻撃を仕掛ける少し前、魔人と成った男の”我が妻”発言に、精霊力制御の箍を外した総司のもとに冷気が届いて来ていた。
(……詩音の冷気。『頭を冷やせ』か……。)
総司はチラリと詩音を見ると彼女の表情は、総司が冷静さを取り戻した事で微笑を浮かべてはいるが、その目は明らかに氷の冷たさを宿していた。
詩音が天を仰ぐ。総司はその意味する処を理解した。
(『あの雷雲と雷をどうにかして』……か、さて……)
総司は魔法銃装剣を見る。
(耐えられないだろうな……)
詩音は水の精霊魔法に関する事を―― 雷属性に対する水属性の概念―― ”雷属性は水属性にとって弱点である”という魔導師にとっての常識を否定した水の理―― 不純物を除いた超純水の事をアースィナリアに伝えたらしく、目を閉じて集中する彼女の水属性の結界が、アースィナリアの精霊力の操り方が変わった事を示す様に、水の結界に彼女の精霊力が綺麗に浸透していくのを総司の右眼には映っていた。
詩音の容赦の無い氷槍が魔人を貫き、氷の柱の中に閉じ込めてしまう。
今の内にと、詩音が総司に行動を促す。
総司は頷き、気配と足音を消しその場を離れる。
アースィナリア達にも気付かれない、意識の間隙を突く様に移動した。
暫く、詩音とセレナ達のやり取りの後、グレンが氷柱を駆け上がると、強引に復活を果たした魔人をグレンが片刃の剣に戦気の炎を纏わせ、下段構えから気合い一閃、斬り上げる。
『七星煌覇剣 戦技 ― 昇陽撃 ―』
総司の許にグレンの声が届いた。
(……千羽天剣流 ― 天照 ― ……か。それなら先、氷柱を駆け上がったのは、千羽天剣流 文曲 ―月兎 ― か)
グレンが殴り飛ばされたのを見て総司は舌打ちをした。
(浅い)
グレンの技は魔人を斃すには至らなかった。
(詩音の氷槍と氷柱は魔人を確実に斃した。凍傷を全身に負わせ、身体を外と内側から凍結させ、凍死させた。氷柱の中で復活をしたとしたとも、同じ様に死を繰り返した筈……。さて、あと何度斃したら滅びるか、だな……)
ゼルフィスの攻撃は魔人に呪力を消費させたが、地面に穴が穿たれる程の攻撃を受け、穴の中心に倒れ伏している。
(……あの二人は生きてるのか?)
魔人を斃したのは、ソフィアの射った矢が魔人の眉間を射ぬいた時、セレナが詩音を手本に風と氷の槍で魔人の身体を内側から破壊した、この二度だ。
最後にアースィナリアが精霊剣 《レイシア》の力を解放した。
(…………)
『ソージ、何を考えてるか解るけど、あの娘みたいな使い方をしても、射線上の大群しか滅しきれないのよ。それに精霊消費が凄いの』
総司の、あんな技が有るなら戦略が要らないのも当然だな。と、いった考えてを読んだアイリシュティンクの言葉だった。
『それに、ほら』
アイリシュティンクが指差す先には、ふらつき、《レイシア》を重たそうに構え、激しく呼吸を繰り返すアースィナリアの姿があった。
(アースィナリアのあの技で何回分の死をあたえた?)
『呪力だけじゃ、再生が追い付か無かったのね。怨呪核が動いてたわ』
(奴の黒光か……復活と再生にかなりの呪力を怨呪核で燃やしたな)
『怨呪核で燃やさないといけなくなる程の……命の消費)
(復活と再生能力を超える死を与えなければいけない、か)
総司が黙考する。
『あの娘が精霊剣の力を解放した様に、戦場で使えば確かに必滅の技、だけど……』
(孤立無援で放てば、押し潰されるか……)
『……そうよ』
だから、ソージも気をつけて、とアイリシュティンクは切実な声で総司に訴えた。
(それじゃあ、アレも無駄に出来ないな)
総司が眼を閉じ集中する。
(イメージするのは、荷電粒子砲か、超電磁砲……)
ちょっと愉しくなる。
「終幕にしようか」
総司はこの世界での師匠であるアルシェとの修行時から製作し今日まで共に戦ってきた魔法銃装剣、銃モードのトリガーを引いた。
許容範囲を超えた精霊魔法、大気を焼きながら走り抜ける電光。刀身、銃身が溶解し、部品が弾け、魔法銃装剣が悲鳴を上げ瓦解していく。
(…………)
魔法銃装剣の許容範囲を超えた精霊魔法により、刀身と銃身を失っていた。残った部分もボロボロと焼け焦げた部分が崩れる。
(斃す事は出来たけれど滅しきれなかったか……)
総司は詩音の許迄、戻りながら、すでに外に放出し、空に叢雲成す雷雲を見詰める右眼は紫水晶の様に、左眼は黄水晶の様な光を宿していた。
精霊刀 《青藍》を取ると聖句を心の中で唱える。
(我は紫の女神の契約者 紫の女王の盟約の許 その力を示せ《青藍》―― 我は百の閃光を以て千を 千の雷光を以て万を 万の天雷を以て幾千万を討ち破る者 何人も我を討つに能わず―― 雷煌雷華)
叢雲に稲妻の精霊魔法陣が描かれていく。
詩音の側に立つと彼女に壊れた魔法銃装剣を渡す
「預かっていてくれ」
詩音が手渡された魔法銃装剣を見て複雑そうな寂しそうな顔をする。
「超電磁砲? 荷電粒子砲? 魔法銃装剣で想定して無い精霊魔法………… 耐えられる筈がない……」
「……悪い、無茶をした」
「必ず斃して、そしたら許す」
詩音が冷たく顔を背ける。総司は彼女の心を慮る。
魔法銃装剣を製作していた日々は詩音にとっても思い出の日々でもある。
「奴は、この伏魔の刀――《青藍》で必ず斬る!!」
「約束」
詩音が総司の瞳を真摯な眼差しで見詰め、差し出される小指に、総司は自身の小指を絡ませた。




