56話 転化
注目の中、総司が冷ややかな視線と声音をアースィナリアを襲った賊の頭である男に向ける。
「呪詛の刻まれた魔瘴石を体内に埋め込み、鬼呪契約をしたな? 答えてもらおうか」
アースィナリアは総司と、彼の側に居る詩音に問いたげに見る。
「それは後。まだ終わっていない」
詩音が答え、アースィナリアは頷くと厳しい面持ちで賊の頭を見据える。
総司は油断無く酷薄な様相で頭に魔法銃装剣を突き付け、詰問する。
「野盗の頭であるお前に呪詛を刻んだ魔瘴石を渡したのは、あの魔人だな」
男は忌々しげに総司を睨み付けると、奇っ怪な嗤い声をあげた。
「キハッ! キハハハハッ!! バァカがっ! 町人に扮し紛れ混んで居るのは俺達だけじゃねぇんだよっ!! キハハハハッ、死ねクソがっ!!」
耳障りで人の感情を逆撫でする様な甲高い声で嗤い、言葉を発する。
「「「「「なっ!!」」」」」
アースィナリア達が集められた人達を振り返った。ソフィア達は駆け出そうとするが――
「多くの仲間を束ねていた盗の頭でも在るお前が危機的状況にあると言うのに、誰一人として姿を現さないみたいだな? 見捨てられたのか?」
「クスッ、賊の頭が腰を抜かして震えてるから見限られたんじゃない?」
総司と詩音が憐憫の眼差しを向けた。
「っ!?」
総司と詩音の言葉に頭が辺りを見るが、誰一人現れない。
そして、頭は二人の目を見た。それは、男には浮浪児で何の力も持ち得なかった時に見た、貧富を問わず全ての大人と子供が見せた憐れみの中にあった蔑みの瞳と同じに見えた。
その瞳を男は盗賊となり、恐怖に染め上げてきた。
最初こそ二人の言葉に男は動揺したが、だからこそ男は偉大な力を手に入れた自分に対し、愚かな態度を取る二人に見せしめとして部下に命令する。
「てめぇらっ、出番だっ!! 殺っちまえっ、ひゃっはーっ!! キハハハハッ! キハハ……ハハ……?」
頭の自分が命令を下すも、誰一人現れないではないか。頭は訝しみ、今一度怒鳴った。
「おいっ、どうしたっゴラァッ!! 俺の下僕共出て来いっ! どうしたっ出て来いやっ!! 出て来ねぇとブッ殺すぞ!!」
それでも姿を現さない。
「貴様等っ、俺の下僕共をどうしたっ!!」
頭は、総司と詩音にがなる。
魔導大国アークディーネの御伽噺に出てくる氷女の様な少女―― 詩音が、S&W Model2 Armyを天に向ける。
「凍結氷爆」
と、トリガーを引く。
すると、町の各所から白銀の爆発が起こり、冷気を帯びた爆風がアースィナリア達を襲う。
アイスダストがキラキラと舞い散る。
アイスダストが舞う中、瘴気に侵された魔力が昇華されて逝く。
アースィナリア達は詩音と総司が町人に扮した賊を斃したのだと理解し、詩音が見せた遠隔魔法と遅延魔法の緻密さと精密な精霊力制御の素晴らしさに感心する。
更にアースィナリア達が気になったのは、詩音の精霊魔法発動の速さだ。
詩音が手にする魔導武器、あれが渡された設計図の魔法銃なのだとアースィナリア、セレナ、ソフィア、ゼルフィスは思い至る。
一方、平常心で居られないのが、野盗の頭の男た。
爆発が起こった場所は負傷者を装う様に命令し、救助に来た騎士や衛士、治癒術士を殺害する為に潜ませて居た場所だったり、警戒させていた場所でも在ったのだから男の動揺も当然であろう。
「な、何が起きやがった!? 何をしやがったっ、この雌餓鬼っ!!」
この言葉に総司の眉間がピクリと動いた。
この瞬間に野盗の頭の悲運が決まった。
野盗の頭である男は、盗賊らしく下劣な言葉で詩音を嘲り、隠し持っていた短剣を抜き放ち、飛び掛かる。
「キヒャヒャヒャヒャッ!! 先ずはその服を切り裂いて裸をさらしてやるぁっ! キハ、犯してやるっ! 嬲り尽くしてやるっ!! その後でゴブリンの巣に放り込んでやるぁっ!! キヒャヒャッ!!」
それに顔を青くしたのはアースィナリア達女性陣で、ゼルフィスとグレンが下衆がっ、と男を罵るが、彼等では間に合わない為に歯噛みするしかない。
ゴブリンの雌は稀少故に、強い雄が独占をしてしまう。その為に溢れた雄は町や村、旅人、奴隷商隊を襲い女性を拐う。
だが、アースィナリア達が詩音を見ると、彼女は恐れていない。そして、その視線を向ける先に居る少年への信頼が見て取れた。
総司の右目が蒼みを増していく。
「誰を犯すと言った? もう一度言ってみろ」
その声は詩音には絶対零度に、アースィナリア達には常夜の永久凍土の地を思い起こさせた。
総司の変化に気付かない男は調子に乗る。
「その雌餓鬼だっひゃっー!! 先ずはテメェを痛め付けてから、テメェの前で犯してやららっ! どんな声で啼くんだろうな! 甘い声かな? 苦悶に呻き、テメェの名前を叫ぶかな? キヒャヒャヒャヒャッ!!」
男は面白い事でも思い付いたかの様に、狙いを総司に切り替えた。
「俺の女に、貴様なんぞの穢い指の一本、臭い息すら届かせるとでも思っているのか?」
「っ!!」
詩音が総司の言葉に反応する。
『俺の女――』総司はそう言った。
詩音も総司もお互いに意識し合い、大切な存在でだったとしても二人は直接それを確める事はしていない。
幼馴染み以上、恋人未満の関係を今日まで二人は続けて来た。
それをこんな時に―― と、思わないでもないが、人間の本音は危機的状況と、想定外の情況で溢れ落ちたりするものだ。
詩音の本音は嬉しさで溢れそうになっていたりする。
ヒャアハハーと、嗤いながら短剣を構え踊り掛かる。
「死にさらせぁっ――」
その一瞬で総司の姿が消える――――
―――― ブシャーーーーーーーーッと血飛沫が短剣を持っていた右手首から噴出する。
ドスッと宙に撥ね飛ばされた短剣が地面に突き刺さる。その柄は頭の右手が握り込んだままだった。
頭には何が起きたのか解らなかった。そして、激痛に苦悶の声をあげる羽目になったのは、頭自身だった。
「あ゛ぁ、い、痛ぇーーーーッ!? いでぇっ!! ぐそがっ!」
しかし、総司の攻撃は終わってはいない。
更に左足を踏み込み、腰の捻転力と左手に召喚し、逆手に構えた精霊刀《青藍》を身体を連動させ、遠心力で振り抜く。
振り抜いた《青藍》は、頭の首を魔瘴石諸とも斬り落とした。
「―――― 千羽天剣流 二段抜刀術 ― 輔星 ―」
アースィナリア達は改めて、総司の強さ―― 命のやり取りの実戦での強さを見た。
その中で一人、グレンは驚愕していた。
総司が見せた技は、グレンが修めている七星煌覇剣流【流星双撃閃】だったからだ。
グレンは総司が何者で何故自分と同じ剣技が使えるのか、まして、グレン自身の剣撃より、総司の剣技の方が鋭く切れがある。
グレンの剣技は豪剣だから違うのは当たり前だ。だが、グレンに分かる筈も無い。
グレンは一度自身の剣を見て、総司を訝しんだ。
総司は《青藍》と魔法銃装剣を銃モードな変え、詩音は《アルヴィオン》を召喚する。
二人は昇華されていく魔力を見上げ観察する。
「総司……」
「魔瘴石は確実に斬った」
「第二形態はボスの常……」
「……みたいだな」
空中で渦巻く黒光。
総司が斬った筈の魔瘴石の呪詛が地上の、戦火に巻き込まれたさ迷える死者の魂と無念の想い、怨嗟の念を集束させ、取り込むと禍々しい力の輝きを放つ結晶―― 怨呪核と成ると、魔獣や賊、半魔人化した賊の死体、ナトゥーラの町の人、衛兵、衛士、騎士、そして、フルーレ軍騎士の死体を見境無く纏いだす。
脂肪と筋肉が潰れ、筋が断裂し、骨が砕け、そして融合しては、また潰れ、断裂し、砕けを繰り返す。
「今はアレに攻撃はしない方がいい」
「ええ。怨嗟の海に沈んで溺死なんて、ごめんだわ」
攻撃等しないように、アースィナリア達に伝える。
「解ったわ。教えてくれてありがとう、二人とも」
アースィナリアが自身の気持ちと、部下の気持ちを伝える。
肉塊は不要な部分を削り落とし切り捨て、そして生物として進化をしていく。
それは、おぞましい光景であった。
野盗の頭で在った男は魔人に転化した。




