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55話 潜入

 総司は崖を飛び降り、膝の柔軟性を活かし地面に着地すると、気配を消してナトゥーラの外壁迄走り、飛び乗る。


 その直ぐ下の裏道を戦火で落ちた家を一軒一軒、男が警戒する様に見回り歩いている。


(……町人に扮しては居るが……歪な魔力が隠しきれていない)


 総司の右眼は町人に扮する男から漏れる粘つく様な黒い魔力―― たゆたう呪詛を纏う黒く濁った赤い魔瘴石を捉えていた。


 総司は男が真下を通過する瞬間に外壁を降下するとそのまま、男の首を圧し折る。


 総司はペンダントの精霊結晶から詩音を呼び出す。

 総司が浮かんだ波紋に手を差し入れると、向こう側から手を取る感触が有り、総司が引っ張り寄せると詩音が飛び出してくる。


 飛び出した詩音は総司の腕の中に飛び込む形となり、受け止められた詩音は真っ赤になる。


「……あ、ありがとう」


 俯き、顔を隠す事暫し。


「潜入成功ね」


 詩音が顔を上げると、総司が斃した男に――


 回転式連発(リボルバー)拳銃―― (スミス)(アンド)(ウェッソン) Modelモデル2 Army(アーミー)(擬)


 口径 32

 装弾数 6

 銃身 15.2cm 全長 27.4cm――

 

 ――を向けると、トリガーを引く。


 すると、男の屍がたちまち氷付いた。


『どう? 発砲音気付かれる事無かったでしょ?』


 アイリシュティンクが穏形したまま声を掛ける。

 その声は総司と詩音にしか聞こえない。その応用で発砲音を消している。


「ああ、ありがと」

「ありがとう。助かるわアイリシュティンク」

「ええ。まかせなさい!」


 紫の女神アイリシュティンクは胸を張る。

 詩音の足下に身体を擦りつける気配があり、詩音はしゃがみうっすらと見える白銀の狼アルヴィオンの頭を撫でる。


「良い子、ありがとう」


 アルヴィオンが嬉しそうにしているのが伝わる。


 総司と詩音は氷付いた男を見下ろす。


 アイリシュティンクは不快な気配からか、総司の後ろから覗き視ている。


「総司、やっぱり怨呪核?」

「ああ……、けれど魔瘴石から呪詛が視える。それで半魔人化だからな、怨呪核というよりは……」

鬼呪きじゅ……」


 詩音の問いかけと総司の答え。そしてアイリシュティンクの呟き。


 怨呪核が魔導人形の動力ならば、鬼呪は魔瘴石に呪詛を刻み、人に―― もっと言ってしまえば、瀕死者、重傷、死体に埋め込み、鬼―― 魔人化させる為の代物しろものだ。


「……ゾンビとか?」

「転化させるのね」


 詩音に答えるアイリシュティンク。


「……成る程、アースィナリアのフルーレ軍に副官セレナのナトゥーラ騎士と衛士―― そしてその先頭でアースィナリアとセレナの生きた(・・・)死体が各地を襲えば内乱でアークディーネは土地の奪い合いから脱落。その上、アースィナリア迄民を苦しめているとなると民は国から流出する」


 息を呑む詩音とアイリシュティンク。


「それに救いの手を差し出して、支持を得るのは――」

「――ウェリタス教……」


 ウェリタス教は人の真理と女神の真実を説く事を旨としているエフィーロ共和国の教えだ。


 総司が、ちらりとアイリシュティンクを見る。


「今のアークディーネは女神の力が弱まって来てるから、耀翼女神教に人心を集め、救い出す力なんてない」

「わたし達は伝承と、わたし達の精霊力を宿した精霊結晶を置いてから見守っていて、後は物好きな姉様が神託を下していたみたい」


 総司の視線と言葉を受けたアイリシュティンクが答え、最後に、わたしは関わらなかったけど、と付け足す。


「アイリシュティンク、穏形しておいてくれ」

「わかったわ。その方が良いみたい」


 アイリシュティンクが姿を消す。


 総司と詩音は頷き合うと、気配を消し、家屋の影から影に隠れながら足早に進んでいく。


 敵の見回りが居れば家屋の屋根に跳び乗り、身を低くして待ち伏せをする。


 総司は可変魔法銃装剣ウィザード ガン・セイバーを逆手に構え飛び降りる。


「あ゛がっ!?」


 敵の脳天を貫き、喉元に突き抜ける。


 千羽天剣流 落月 ― 天雷てんらい


 総司が可変魔法銃装剣を抜き、飛び退く。

 透かさず詩音が凍結させる。


 壁に身を潜め、総司は通り過ぎようとする敵の頭を家屋の壁に勢いよく打ち付け、物陰に引き摺り、詩音が凍結させる。


 立ち止まり丁字路で辺りを警戒する敵の後ろから身を低くして駆け抜け、首の動脈を斬る。


 千羽天剣流の歩法 ― 貪狼どんろう


 一瞬でトップスピードに達し、相手の間合いに入る技。異世界では剣気と精霊力と緩急を付けることで残像を生じさせ、多方向からの攻撃ができる。

 地球―― 日本では緩急を付けた一撃離脱の技。

 それは、まるで狼が単独で狩りをする様に見える。異世界では集団で狩りをしている様に見える。

 ただし、トップスピード時に気配遮断が出来なくなるのが難点の技。日本で習っていた頃は剣撃の速さで惑わせていた。


 敵が二方向に存在する時には、詩音が民家の屋根を足早に伝い歩き射撃をして凍結させる。

 総司は貪狼で駆け抜け、家屋のの壁を数歩蹴り駆け上がり、三角飛びの要領で見回りの男の側頭部を蹴り倒すと、可変魔法銃装剣をガンモードにして、詩音に付与してもらった凍結弾丸フリージング バレットで射ち、凍結させた。


 物陰に隠れ、背後から、または頭上から奇襲して斃す事を繰返し、敵を減らしながら総司と詩音は孤児院を目指す。


 敵に覚られる事無く孤児院にたどり着き、裏手からフリーデルトとステラを孤児院に送り届けた。


「総司、説明は私がするから」

「頼んだ」


 総司は気配を消し、瓦礫の影からアースィナリア達の様子と、敵がどう動くか様子を静かにを窺う。



「アースィナリア様……」


 人間で在った筈の賊や魔獣と交戦していたアースィナリア付きの侍女のジャンヌとセレナ付きの侍女クラリス、そして闘将グレンが返り血を拭いながらアースィナリア達の下にやって来る。


「皆、命令の遂行、本当にご苦労様……。状況報告をお願い」

「はい…… アースィナリア様の精霊魔法で瀕死の者は救われましたが…………」


 ジャンヌが言い澱む。それをグレンが受け継ぎ報告をする。


「セレナやゼルの奴が頑張ったが、戦は数と一人一人の質が問われる。町を守るべき衛士や騎士が真っ先に逃げちまったらどうしようも無ねぇよ……」


 アースィナリアは悲愴な面持ちを覗かせる。


 報告を聞いていたセレナはアースィナリアが僅に見せた表情に自分や領主である父親の伝統を見直して来なかった事、衛兵、衛士や騎士への育成の認識が甘く見てきた事に臍を噛む。


「アースィナリア様……」

「ごめんなさい……セレナ……。わたしは……」


 間に合わなかった……。と言いたかったが言葉が喉に詰まり声にならない。


 

 集められた町の人の中から、男が動き出す。


(…………わざと怪我までして、か。用意周到だね。完全に侮られている)


 総司は動き出した男の目を見る。


(妄執か……)


 男がその暗く澱んだ瞳に映し視ているのは、アースィナリアだ。


(何故、アースィナリアが居る事が分かった? お忍びだろう?)


 総司が考えている間も男は止まらない。町の人達も声を発しない。


(脅されてるのか……)


 男が短刀を抜き走り出す。


(……油断しすぎだ)


 千羽天剣流 廉貞れんじょう

 総司がナトゥーラに潜入する際、そして行動している時から使用している技。完全に音と気配を消す隠密行動技。走り飛ぶ時は更に技術の練磨が必要とされる高度の歩方だ。

 忍び技。潜入や暗殺等の技だ。


 総司がおこなったのは忍び足(プラス)縮地しゅくち

 

『アースィナリア様っ!!』

「アーシェ!!」

 セレナ達が切羽詰まって叫び声をあげたのと上空に留まっていた蒼の女神サファリアが叫ぶのは同時だった。


「アーシェ!?」


 サファリアは何故かギクリと動きを止めてしまう。

 

  

 アースィナリアが振り返ると、自身に襲い掛かる男と眉間に迫る短刀を見た。

 身体が反応し、《レイシア》で迎撃しようと動くが時既に遅く、アースィナリアは自身に突き立てられ、絶命する一寸先の自分の姿を幻視した。最早為す術が無く、アースィナリアは短刀を見詰め――――


 ――――アースィナリアは身体がグイッと引っ張られる感覚に捕らわれる。


 不意の事で足をもつれさせるが、自身の腰を強く抱き寄せられ、アースィナリアがその存在を確かめる。


「……え!?」


 いつの間に彼、総司は其処に居たのだろう。アースィナリアは彼に抱き寄せられていた。

 アースィナリアの困惑が治まらない中、彼女に突き立てられる筈で有った短刀、その間隙に割り込む様に視界の端から銀風ぎんぷうが閃き、その短刀の刃を斬り裂いた。


 銀風で乱れたアースィナリアの前髪が、フワリと柔らかく額に落ちる。


「あ……」


「しっかりしろ!」

「あ……え? ……そ、そうよね……」


 総司の鋭い声で呆然としていたアースィナリアが立ち直る。


「ありがとう、ソージ……」


 アースィナリアは男が突き出したままでいる刃の無くなった短刀を見る。

 短刀はアースィナリアが直前まで居た場所―― アースィナリアの眉間の場所で停止していた。


(もし、ソージにだ、抱き寄せられていなかったら今頃は……)


 アースィナリアは空恐ろしくなった。


 詩音は孤児院の若い―― フリーデルトとステラが言うには、その人物が母親先生ママせんせいだと言う女性にフリーデルトとステラの二人を預け、総司の側迄にやって来ると、今もアースィナリアの腰を抱いている総司を一瞥する。しかし直ぐ様、視線を保護されている集団に向ける。


 町人に扮し、集団の中に紛れ混んで居るのだから、詩音の対応は当然だ。弛緩しきっている衛士や騎士達とは違う。

 まだ呆然と、何事だと傍観している。


 詩音は舌打ちしたくなった。


「な、なん……」


 男は今目の前で起きた現象に混乱し、刃を斬り落とされた短刀と、自分の手からアースィナリアを奪い去った者の顔を何度も見直す。


 スッ、と男を制する様に可変魔法銃装剣のきっさきを向ける。


 男はヨタヨタと後ろによろける様に後退り、ドサッと、尻餅を付くと男は漸く現実を理解したのか、殺戮と強奪、女を嬲り犯す事の快楽に酔い、目の前の極上の美姫を手に入れる事と、その後に高揚していた心は急激に醒めていき、今や顔面は血の気が引き、蒼褪め、恐怖とアースィナリアを奪われた怒りと、そのアースィナリアに醜態を見せた恥ずかしさで震える。


 静かに研ぎ澄まされた剣気を放つ総司に、アースィナリアやセレナ、ソフィアとゼルフィスの姉弟、グレン、アースィナリアとセレナの侍女達、フルーレ軍騎士達、ナトゥーラ衛士や騎士達、孤児院の窓から外の様子を覗くフリーデルトやステラに子供達 や保護者、中央広場に集められた市民も――


 突如として現れ、あわやという処でアースィナリア王女を救い出した総司に視線を注いだ。


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