54話 終わらぬ騒乱
町からはアースィナリア達の名前を歓呼し、戦勝を叫ぶ声が総司達の居る場所まで聞こえてきた。
崖の上から町の戦況を眺めていた総司が顔を顰めている事に、へカートⅡのスコープから目を離し、総司の次の行動を待っていた詩音がどうしたのだろうと彼の名前を呼ぶ。
「総司?」
総司の様子に気付いたフリーデルトとステラは一度町を見下ろし、終わった筈の戦いに、まだ何かあるのかと不安になる。
「……おかしい」
詩音の呼び掛けに総司は町を睨み据えたまま応える。
「おかしいって、まだ終わっていないと言う事?」
「ああ」
総司が短く答える。
「変だと思わないか? ゼルフィスとセレナが戦い、詩音がへカートⅡで射ち斃したのが正真正銘の魔人だ。アースィナリアが水の槍で貫いて一掃していたのは魔獣に魔物と成った賊や人の姿のままの賊だ。じゃあ賊の頭は何処だ?」
「あの…… 魔人が頭では無いのですか?」
フリーデルトが言った様に普通に考えればそうだ。ステラもコクコクと頷く。
詩音が戦況を振り返りながら考える。
「統率が執れている様で執れていなかった……」
「ああ。魔人が率いて命令を出していたのは魔獣だけだ。狩りで戯れに獲物―― 町の人達を追い立てて嬲っていただけだ。狩りと混乱、あと強い奴と戦いたいだけだっただろうな」
総司のその結論付けにフリーデルトとステラは怒りが込み上げてくる。
「あ、あんな惨劇がただの戯れだと仰るのですかっ!!」
「兄ちゃん!!」
そんな二人に、アイリシュティンクが可笑しそうにクスクスと笑う。
「それは異な事を言うのね、貴女達。人間だって戯れに動物を狩り立てるでしょ? 弓矢で射て殺める、殺めた獲物を口にする」
「で、ですが……」
フリーデルトが反論仕掛けるが、出来ないと口を噤む。
「それこそ、弱肉強食だろう? それが嫌なら、まともに戦える騎士と衛兵を育ておくべきだった。【聖乙女】で解決せずにな」
「じっちゃんが言っていたんだ……。このままじゃ、ナトゥーラの町は滅びるって……。なぁ、さっきの魔人とソージ兄ちゃんとシオン姉ちゃんが斃した堕ち神どっちが強いんだ?」
「あの魔人だ」
「【聖乙女】を何人、生け贄に差し出した処で、あの堕ち神に魔人は斃せない……」
「じっちゃんが何度も何度も訴えたんだ……。その度にアイツ等、じっちゃんを嗤いやがるんだっ! 『必要ない、土地神様が何とかしてくれる』って……」
ステラの祖父ゲイン・グローリは、領主、兵長、騎士長、果ては教会にも訴え、騎士、衛兵一人一人に鍛練を行い、魔獣の森で実践訓練の大切さと必要性を訴え呼び掛けてきた。
その度に”伝統”の一言と騎士、衛兵の志願理由と士気―― 言ってしまえば将来性、中央に―― 王国騎士や宮廷魔導師への出世の見込みが辺境の衛士や騎士では無いに等しい。
また彼等に危険な冒険者になってまで、王都へ武者修行の旅に出て、武戦試合に出場しようと言う気概も彼等には無かった。
「……それで、町から離れた場所に―― 魔獣の森が広がる山に家が在るのね」
「うん……。じっちゃんが、『衰えるわけにはいかん』って……」
でも、病で倒れて直ぐに……と、ステラが肩を落とす。
総司が乱暴ではあるが頭を撫でる。
「私達にも山の幸を届けて下さっていたのです……」
その時にステラと出逢い、自分達も可愛がってもらったのだとフリーデルトは語った。
「善いじいちゃんだったんだな」
「ふふ、そんな善い人が護ろうとしていた貴女達は守る。けれど町を護るのは騎士や衛士の勤め、町の責任は彼等の問題。私達の知る処では無いわ」
「その結果がアレではな。衛兵は門を守れず、衛士は女子供を押し退け、引き倒し、我先にと逃げる……か」
此れが、総司と詩音の世界なら、人と人を結び助け合う力は凄まじい力となる。
だが、その逆の人間も存在する。人の悲しみを痛みを更に踏みにじる火事場泥棒が居る。
それに対応すべき衛士が真っ先に逃げる。
衛士や騎士が人智を尽くさい、その惰弱さをナトゥーラの町の人達は許容してきた。それなら、弱肉強食と彼等は滅亡を受け入れるべきだ。
この世界の命は金貨より軽いと言って憚らない彼等が、孤児院の少女達に自分達が強いて来た事なのだから。
少女達はそうやって犠牲になってきた。
そして詩音は総司に視線を送る。
「さて、行こうか」
総司は詩音の視線に答え、首から下げている革紐の先に付いている紫色の精霊結晶を手に取り精霊力を流す。すると、紫色の波紋が生じる。
「ほら、早く」
「あ、あの、これは……」
戸惑うフリーデルト。
「空間魔法だ。物だけじゃなく人も入れる。急ぐのでしょ」
詩音とステラ達の身体を紫色の光が包み込み、詩音がフリーデルトの手を引き、波紋に飛び込む。
「目的は、姫様か? 俺達の行く先に立ちはだからる者は討たせて貰おうか」
総司は身体強化をして、崖から飛び降りた。




