53話 蒼の姫騎士
アースィナリアが愛馬を駆けさせソフィアとジャンヌを伴い、ナトゥーラの町中に飛び込むと、そこは黒煙立ち上り、町並みは半壊し、顔を背けたくなる様な光景が広がっていた。魔獣に喰い千切られた子供や女性、賊に殺められた老人と男達の死体が無惨に打ち捨てられていた。
フルーレ軍の騎士やナトゥーラの衛兵達も奮戦したのだろう、それでも及ばず甲冑は砕かれ、その身体に剣や斧、槍が突き立てられ、四肢は斬り飛ばされていた。
アースィナリアとソフィアは、フルーレ軍の白銀の甲冑の騎士を見るも、その顔は残酷にも潰されていたり、魔獣に喰い付かれた者迄居たりもした。
アースィナリアは眦を決する。
アースィナリアは愛馬の腹を蹴り愛馬を再び駆けさせると、並走するソフィアに鋭い声で指示をだした。
「ソフィア!! 援護射撃をっ!!」
「はいっ!!」
元人間で在ったであろう魔人と賊が赤銅色の髪をした騎士と彼の部下の兵が戦っていた。
民を守りながらなのだろう、動きが悪い様で苦戦している。
ソフィアは素早く駆ける馬上で身体の体幹で均衡を保ち射撃姿勢を取り、素早く矢筈を弓弦に番え引き絞る。
「風よ吹き 疾く来たれ――」
矢から指を離す。
「――疾風!!」
放たれた矢―― 鏃は小さな風の刃となり、ソフィアの狙い通りに首に突き刺さると同時に肉を爆ぜさせる。
アースィナリアは手綱をジャンヌに預けると、駆ける愛馬から飛び降りると同時に空中で腰に佩いた細剣【レイシア】を抜き、膝の柔軟さを活かし、着地をして直ぐ様、立ち上がりなから聖句を唱える。
「清らかなる水 我が剣に集い――」
【レイシア】を芯として、水気が集まり渦を巻く。
「悉くを呑み喰らい砕き給ふ 其は――」
アースィナリアが腕を引き、自身の命令を遵守し、孤児院を守る赤銅色の髪をした騎士とその部下の騎士達に攻撃をし、侍女達に喰らい犯そうと襲い掛かる魔獣や魔人化した賊、まだ人間であろう賊の男達に向け、裂帛の気合いと共に【レイシア】を鋭く突き放つ。
「蒼き水成る龍ーーっ!!」
【レイシア】を芯に渦を巻いていた流水が解き放たれ、龍の姿を成す。
水龍はソフィアが爆ぜさせ、顕にさせた魔人の核を噛み砕き、侍女達や騎士達を襲っていたモノを次々と喰い破り、核を砕き 殲滅させた。
「アースィナリア殿下!!……」
『アースィナリア様……!!』
肩で息をしながらも踏み留まり、アースィナリアの命を守りきった彼等に駆け寄り、アースィナリアは労いの言葉を掛けた。
「クラリス、貴女達もグレンに皆も大儀でした」
「ああ、どうだ? 貴女が来る迄持ち堪えてやったぜ! アースィナリア殿下」
『は、はい!! アースィナリア様』
グレンは当然と言った風に、侍女達は誇らしく胸を張る。
ジャンヌとソフィアもアースィナリアの下に集うと、ソフィアはグレンと、ジャンヌはクラリス達、侍女隊とそれぞれ、労いの言葉を言い、戦況報告を聞く。
「ああ、アースィナリア殿下が駆け付けて下さった……此れで助かる」
「アースィナリア様の御力で、解決に向かう……漸く終わる……」
彼等は後の事を全て任せ安堵した。
それを聞き、彼等の態度や騎士、守衛としての心のあり方に、ソフィアは眉を寄せる。
此れでは話し合いで、総司と詩音が言った様になってしまう。
『……………………』
サファリア・ブラウ・クリスタリアは、穏形したまま彼等をみていたが、怒りを通り越し呆れて果てて最後には興味が失せた。
蒼き女神たる精霊達の女王にとって、優先すべきはアースィナリアであり、彼女の大切にしている者達を大切に感じてはいても、アースィナリア以外それは二の次、三の次だ。
アースィナリアが彼等を見て仕方がない、情けなさと忸怩たる思いで踵を返す。
「ジャンヌ、此所は……」
「はい、私達が必ず守り抜きます」
ジャンヌは解っていると言うように、主を送り出す。
アースィナリアがソフィアを伴い向かう場所は、あの不快な【怨呪】の気配を感じる場所だ。
其処には自身の大切親友で副官のセレナとソフィアの弟ゼルフィスの気配もある。
「「ゼルフィス!!」」
ゼルフィスの命が危ないのは遠目でも解る。そして、セレナがその氷槍【氷の薔薇結晶】を投擲しようとしていた。
「「セレナっ!!」」
アースィナリアの直感が告げていた。“アレ”は危険だと、九柱の貴き精霊の―― 自身の契約精霊―― 蒼の女神の《御敵》だと。
アースィナリアが【レイシア】をソフィアが【風雅桜爛】を各々構え、自身の武器に精霊力と魔力を流す。
アースィナリアはその間も駆け続ける。
武器に精霊力と魔力が満たされ、残すは詠唱し、精霊魔法と魔法を放つのみ、と言った処で、セレナの氷槍が弾き返され、魔人が跳躍した。
魔人が此方を見た気がした。それだけで、【レイシア】に込めた精霊力が半ば以上霧散した。アースィナリアはその威圧に耐え、先んじてソフィアが矢を放つも、威圧の放射だけで矢が消し飛んだ。
「「なっ!!」」
アースィナリア達の顔に焦りが浮かぶ。
セレナがアースィナリアを見て困った様な顔で微笑む。
「ダメーーーーッ!!」
アースィナリアが有らん限りの声で叫ぶ。
「セレナッ」
其はまるで、二人のセレナを救いたいと願う心からの叫びを聞き届けたかの様に、セレナに死が迫ろうというその瞬間、魔人の上半身が吹き飛んだ。
奇跡を目の当たりにした三人の少女は驚愕する。
「な、何が起きたのっ!?」
「な、何ですか!? 今のは……?」
「た、助かったのですか……」
アースィナリアは直ぐ様、立ち直るとゼルフィスに駆け寄り、回復の聖句を唱える。
「あ、…………アースィナリア様……」
「……」
アースィナリアがコクリと頷き、ソフィアとセレナが安否を確かめると胸を撫で下ろした。
「アーシェ様……有難う御座います」
そんな中、サファリアが鋭い目付きで睨む。
「…………リスティー」
アースィナリアがサファリアの睨む視線の先を見る。
紫の八枚の羽を広げ、空中で悠然と此方を見下ろす。アイリシュティンクの姿が在った。
「まさか……」
「彼等、でしょうか?」
「あんな、場所から……」
サファリアが肯定する。
「魔人を斃したのはシオンと言う娘のようね」
「魔人を一撃のもとに……」
「……」
「くっ……」
驚嘆、畏怖、悔しさ、様々な思いを懐くセレナ達だが――
アースィナリアはまだ続いている戦場を睨む。
セレナとソフィア、回復したゼルフィスも呆然としている訳にはいかないと、戦場へ駆け出す。
「アースィナリア。貴女の心に従いなさい」
「サファリア……。狙いは委せたわ」
「ええ。貴女の守りと御敵の狙いは任せなさい。貴女は詠唱に集中なさい」
アースィナリアはサファリアの気遣いが有り難く、サファリアはアースィナリアの心のあり方を尊く思う。
サファリアは顕現すると、精緻な紋から広がる花弁の様な光輝く八枚の羽を展開すると、燐光を散らしながら天空へ舞い上がる。
アースィナリアは目を閉じ、自身の膨大な精霊力を練り上げていく。
アースィナリアの冷厳であり玲瓏たる声音が聖句を紡ぐ。
「天に叢雲 其は天恵の水 なれど一度威を現し 激しき雨降らせ 全てを流し給ふ―― 槍天」
アースィナリアが天に【レイシア】を翳す。
すると、美しくも禍々しい水の槍が天空を覆い尽くす。
「生命を司る水 蒼き精霊の女王よ 失われ逝く魂を 水が方円の器に従い移る様 今一度 その器を満たせ―― 月天水」
アースィナリアが紡いだもう一つの聖句が生み出した水の槍は禍々しさは微塵も無く、ただ、涙が流れ出る程壮麗だ。
アースィナリアが天に掲げた【レイシア】を振り降ろすと、水の槍が一斉に降り注ぐ。
魔人擬きの賊、人間のままの賊、魔獣を貫き、水の槍が地面に突き立てられていく。そして壮麗な槍は町の傷付いた者達に突き立つと、その槍は人々の体内に吸収され、癒していく。
魔物が一掃されたと解り、騎士達は安堵し、そして勝鬨を上げると、フルーレ軍。騎士達はアースィナリア、セレナ、ソフィア、ゼルフィス、グレンの名を歓呼する。
町の者達にも安堵するものも居るが、殆どが疲れきり項垂れ、途方に暮れる者や、家族や親しい者を亡くし悲嘆に暮れる者もいて、アースィナリア達は騎士達程には、勝利を受け入れられてはいなかった。




