51話 フルーレ軍騎士
ナトゥーラの中央広場――
先程迄、姿が無かった魔獣が影よりあらわれた。その姿は闇色の光を纏わせ燻らせた狐―― 影狐が魔狼と獲物の取り合いをしていた。
獲物―― 母親と幼い兄妹は我先にと逃げる者に押し倒されたのだった。
母親は子供達を守ろうと、恐怖の中、魔獣を睨み付ける。
そんな獲物を、魔狼と影狐は前肢で、触れるか触れないかという風に母親を嬲る。
母親は、少しでも恐怖を遠ざけ様と子供達を抱き締め最期を待つ。
「強く吹き付け 悉くを散らせ 絶望の北風」
ゴウッと、親子の真横を螺旋の軌跡を描き残し、風が吹き抜け、親子に迫っていた二つの脅威が二本の短槍に貫かれ絶命していた。
駆け付けたセレナが短槍を抜き、馬上から声を掛けた。
「無事ですか?」
「え? あ、セ、セレナ様!?」
呼び掛けに母親が、顔を上げると見慣れぬ白銀の甲冑に纏い、蒼い八枚羽を染めた軍旗をはためかせ、二匹の魔獣を貫き斃した短槍を手にした領主の娘であるセレナ・レーゼンベルトが居た。
「歩けますか? 歩けるのなら、付いてきてください。私が道を開きます」
「は、はい」
魔獣が次々に向かってくるが、セレナは短槍でその全てを一撃のもとに屠っていく。
「セレナ殿!」
「グレン隊長。彼女達をお願いします」
襲われた住民を集め守っているグレンと部下の騎士達に、先程の母子を預け、セレナが戦場に舞い戻る。
「だらっしゃあぁぁーっ!!」
砂塵を巻き上げながら、ゼルフィスがロングソード【陣風と稲妻】で魔獣を斃していく。
魔獣を支配していた異形がニィタァと嗤い、奮戦をしているゼルフィスに躍り掛かった。
ゼルフィスが凄まじい気配に振り返る。
「!!」
「ギャァラッ!!」
異形が右腕―― 片刃の大剣の様な右腕で斬り付けてきた。
「らあっ!!」
ゼルフィスは全力で下段から【陣風と稲妻】を跳ね上げ、異形の大剣を弾き返す。
(っ!? 固ぇな……、一体何で出来てんだよあの剣)
痺れる手を見てから、後退させた異形を睨み据える。
「……てめぇが魔人ってやつか?」
「くくっ、魔人か……。だとしたら、どうだと言うのだ? 始神でもある九柱の精霊に見限られし民の小僧よ」
目の前の異形が魔人で、そして魔力では魔族として生まれる魔人には敵わない。
この魔人は賊―― 人間に化けて紛れ込み、今もナトゥーラの町の何処かに潜んでいる頭目の妄執を煽り唆して、ナトゥーラを襲撃させた。
ゼルフィスは魔人を睨み据えたまま歯噛みする。
「その眼いいなぁおい。くくくっ、弱いやつが、どうにかしたいと思い、どうにも出来ないと、己が力の限界を知った奴の眼だ。くくっ」
大剣だった腕を元に戻し、嗤いながらゼルフィスにハンデで肉弾戦をしてやると、挑発する。
「ヤローッ! 舐めんじゃねえっ!!」
ゼルフィスが剣に魔力を流す。
「我が刃に宿れ―― 刃風刃雷っ!!」
【陣風と稲妻】が風と雷の刃を纏せ、ゼルフィスが魔人に挑み掛かる。
「くくっ、その程度の児戯で――」
「なっ!?」
魔人は人指し指と中指で剣身を挟み、ゼルフィスの技を受け止めた。その手は風による掠り傷と雷による焼き切れた傷だけだ。
「くおんっのおぉぉっ!!」
ゼルフィスは必死の形相で挟み込まれた剣を抜こうとする。
「くくっ、この程度か?」
魔人が腕を引くと、ゼルフィスの身体が浮き上がる。がら空きと成った、ゼルフィスの右腹を拳で打ち抜く。
バギャンッと鎧が砕け散り、ドパァァンッと衝撃が反対側に抜けた。
「おごっ!! ……あ゛、ぁ、が……ぁ」
ゼルフィスが胃の中の物を血と一緒に吐瀉した。
ゼルフィスが剣を落とす。素早くゼルフィスの手首を掴み、魔人は宙吊りにする。
「くくっ、くくくっ」
痙攣するゼルフィスを嗤いながら、同じ箇所を何度も打つ鈍い音が響く。
その都度、ゼルフィスが苦悶の声を漏らす。
セレナ・レーゼンベルトは、魔獣を短槍で突き、打ち、薙ぎ払い斃しながら声を張り上げる。
「ナトゥーラの守衛は民の避難誘導を優先し、近くに居るフルーレ軍騎士は護衛せよっ! それに魔獣を近づけるなっ! 残る騎士は勇戦せよっ!」
退路を斬り開いて行く自分達も良く知る領主の娘セレナ・レーゼンベルトの勇姿を見て、人々が救われた安堵の声と希望を見出だしたと声を漏らす。
しかし、双槍【氷の薔薇結晶】と【風神嵐舞】を振るい続けるセレナに余裕は無い。魔獣の血により、どす黒く染まっていき、セレナの魔力浸透が阻害され、先程からただの槍と成りつつある。
セレナの胸中は忸怩たる思いで満たされていく。それも魔獣の血―― 瘴気が反応し、両手の短槍の威力が発揮出来なくなっている理由の一つでもあった。
(…………ナトゥーラの衛兵や騎士になろうという者が、あまりにも弱すぎます。これでは、彼等の言った通りではありませんか……)
総司と詩音が非難した通り、ナトゥーラの遣り続けてきた儀式の付けを、今日、払う羽目になった。
跡取りに成れないから、妥協で騎士や衛兵に就く。
そんな気構えが、ナトゥーラの騎士を堕ち神討伐に向かわせなかった……。
そして全てを【聖乙女】に責任を押し付けてきた。
「!!」
そんなセレナの目に飛び込んで来たのは、ゼルフィスが拳で打ち据えられ、鮮血を撒き散らせている姿だった。
「ゼルっ!!」
セレナは【氷の薔薇結晶】に魔力を流し、詠唱をする。
「凍てつく風 閉ざされし時 咲き誇れ 氷の薔薇!!」
【氷の薔薇結晶】専用の詠唱が終わると、ふわりと冷気を纏いだすと、それは投擲の構えを取る頃には、凍気となる。
セレナが魔人に向け氷槍を投擲する。
魔人は、投擲された氷槍が迫り来るのに気付いていた。
ゼルフィスを投げ棄てる。
「くくっ、御次は槍か……。面白い!」
魔人は獰猛に笑い、裏拳の様に右腕を振るい、氷槍を弾き飛ばすと、槍が纏っていた氷が砕け結晶が舞い散る。
「っ!!」
渾身の力で投擲した氷槍を弾き飛ばした魔人に目を見開き驚く。魔人の右腕を軽く凍てつかせるに終わったからだ。
その事実に、セレナは呆然となり、隙を見せてしまう。
魔人はニタリと嗤い。セレナへと跳躍し――――
セレナに後、二~三メータルというところで迫り、セレナがハッとし短槍を構えるも既に遅い。
(申し訳ございません。アースィナリア様、私はここまでのようです……)
セレナが悲壮な覚悟を決めた、その瞬間――――
――――魔人の上半身が吹き飛んだ。




