表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/301

50話 時に臨む

 異形との死闘を終えて、グレン・バナッシュが部下に労いの言葉を掛け、負傷した者への治療等を指示を出し、一通り事を済ませると、彼自身も他の騎士達同様に一息つこうとしている矢先、そんな彼等を嘲笑うかの様に間隙を突き、後ろからドサリという音がした。


 グレン達が振り返ると、血が着き滴り落ちる戦闘ナイフを手に男がニヤニヤと嗤っている。

 その男の足下には、ナトゥーラの衛兵が自身の流した血の海に沈み、転がっていた。


 グレン達は一瞬、凍り付いた様に思考と身体を止めてしまっていた。死闘を終え戦勝した事で気が緩み過ぎていた。

 それが分かっていたのか、森の中から男達が武器を手に、町の中へと奇声を上げて駆け込んで行 く。


 フルーレ軍の騎士達は慌てて立ち上がると、彼等も町の中へ駆けて行く。


 グレンは内心で悪態を吐く。


(くそがっ! 俺は何、気ぃ緩めてやがるんだ。俺達もだが、ナトゥーラの衛兵共の危機意識の低さは何なんだっ、俺達以上の間抜けなのか?)


 グレン達が町の中に突入をすると、慌てて飛び出してきた衛兵達が槍を手に、男達――


 ――賊の男達に槍を突き出すも、それを賊達がせせら嗤い、衛兵に攻め掛かった。


 あちこちで剣激の音が生まれるが、突然、魔獣の森から襲撃された事に、衛兵達は及び腰になってしまう。


(賊であっても、魔獣が跋扈ばっこする森の中を突き進んで襲撃するなんて、考えてもいなかったのか? 彼奴等は……)


 グレンの予測通り、ナトゥーラの衛兵達は魔獣の森からは、魔獣しか現れず、自分達の役目はそれを討伐する事だと考えていて、まさか賊が魔獣の森の中から襲撃して来よう等と露程にも考えていなかった。


 そして、誰も警戒をしてい無かった門から、魔獣が群れを成し町の中へと駆け込むと、次々に町人に襲い掛かる。


 漸く晴れた空に響き渡る、恐怖と逃げ惑う人々の悲鳴


 魔狼に喰らいつかれ振り回される者、その爪で引き裂かれる者、前足で押さえ付けられ、なぶり殺しにされる者、一角兎の角に突き殺される者や蹴り殺される者、前歯で身体を噛み千切られる者迄居て、逃げ惑う者は、女子供を押し退け、倒し、囮にして我先に逃げる。


 普段、偉ぶっている者程、その傾向が見受けられる。


 賊達はそれを嗤い、人々の悲鳴に益々哄笑し、そして、町の各所に散開していた賊達は、黒い霧を纏わせ、異形と化していく。


 まずいとグレンが叫ぶ。


「誰でも構わんっ! アースィナリア様に、火急しらせよっ!!」



 その声に応えたのが、アースィナリアの命を承けた彼女の侍女だった。


「クラリス、貴女達もアースィナリア様のめい頼みましたよ!」


『はいっ!!』


 セレナ付きの若き侍女長クラリスと部下の侍女達は、アースィナリア王女付きの侍女、ジャンヌの指示に従う。

 彼女達の返事を聞くや否や、エプロンドレスを翻して、ジャンヌが疾く駆けていく。





 紫と蒼の女神と白銀の狼の精霊の契約者の少年少女は、不快な気配が増えた事、町に異変があったと気付いていた。


 焦燥に駆り立てられながらもアースィナリアは総司達の話を聞くべきだと判断した。


 苦悩するアースィナリアを見て、セレナが気休めと知りながらも言葉を紡ぐ。


「グレン殿も居ます。ですから、アースィナリア様は――」

「ええ……。セレナ、ゼル、町に至急戻り、我が軍と共に敵を殲滅しなさい!!」

「「はっ!」」


 セレナをアースィナリアが呼び止める。


「セレナ、レーゼンベルト家の娘としてでは無く、アースィナリア・フルーレ・サファリア・クリスタリアの副官として、軍旗を掲げて事に当たりなさい」

「は!!」


 アースィナリアの命令は、父のレーゼンベルト伯爵よりも、セレナの方が立場が上で、レーゼンベルト伯爵が何を言おうと、セレナの独断でその意見を棄却出来るということで、軍旗を掲げるという事は、例えそれが犠牲となる事を決めつけられた者であっても、アースィナリアの民で、生け贄をアースィナリアの許し無しに行うと、命令を下したもの強いた者は死罪を免れ無い事を示す。


 それがセレナの父であったとしても……。


 踵を返し、セレナは外に出ると自分の愛馬をゼルフィスが準備をして、待機していて、二人は馬を駆けさせた。



「ソージはどう考えてるの?」

「精霊殺し……の力は―― 大戦時の物は、急造の未完成品だったんだろうな」

「今は完成していると思うわ……」

「今が、何時かは役立つという時なのね……」


 それを肯定する様に総司と詩音が頷く。


「大戦時と同じだな……。魔神との戦の後、疲弊しきっているアークディーネを含めた他国、獣人や妖精、精霊種族も潰す」

「それじゃあ……大戦の……」

「続き、もしくは再現」


 詩音の言葉で、アースィナリアの中で確信めいてくる。


「大戦時【九曜の戦女神】―― まだ、異世界の勇者でしかなかった彼女が、九柱の女神との親和性があまりにも高く、有り得ない程の速さで強くなっていった」

「【怨呪】は、最初から勇者……、違うわね。【九曜の戦女神】を暗殺するつもりだった」

「!!」


 アースィナリアは、それを想像すると恐ろしくなる。


 人々の為に魔族と戦い、戦いが決っした後、疲弊した処に守護してきた人間に背後から命を狙われ、退路も絶たれ殺められる。詩音やアースィナリア達と同じ年齢の異世界の為に戦った少女が、だ。


「勇者を召喚した皇国は、最初から人間相手、他国を征服するつもりだった。その為に、まつろわぬ民である、妖精、精霊、獣人族を魔族討伐を理由に、勇者に征服させて、資源や技術を奪うつもりだった―― けれど、勇者の心根だけは誤算だった」


「皇帝とは逆で、異種族との交流を深めようとした」


「皇国の意思から外れて操れなく為ったから、疲弊した彼女を後ろから襲撃したって言うのっ!?」

「「…………」」



 総司と詩音の考察に、アイリシュティンクの感情を表す様に身体が放電し、紫の電光がバチバチッと走る。

 サファリアは言葉無く、強く拳を握り締め、アースィナリアは心の痛みで言葉を無くす。


「平和より、戦の方が得をする人間というのは、どこにでも居る。むしろ、平和である方が苦痛に感じる者も居る。力を持て余している者、学問は貴族の者だ、戦の方が単純で手柄を立てれば、それだけで褒賞金が貰える。不満、鬱憤も晴らせる。振りかざしてこその力だ。その場を与えられない力になんの意味があるのか……。貴族だって、市井しせいの者に権力を振り翳さずには居られない、それとかわらないさ」


「…………」


 アースィナリアもソフィアも、何も言えない、そんな中――


「そ、そんな事の為に……」


 無理矢理、冷静であろうと、努力して感情を抑え込んでいたサファリアも、さすがに限界に来ている。


 総司と詩音が視線で語り頷き合い、フリーデルトに声を掛けようとした時、突然、激しく扉が叩かれた。


「私は、アースィナリア様に仕える侍女のジャンヌと申します。アースィナリア様に火急、町にお戻り下さいませ、お願い致します!!」


「わかったわ。ソージ、シオン。わたし征くわ」


 アースィナリアの碧玉の眼が強い意思を宿す。


「デアルカ」

「私達も行くわ」


「え?」


 総司と詩音の言葉を予期していなかった様にキョトンとなる。


「ま、打算だな。ヴァイスを拠点に考えてる。南條の調略の結果も待ちたい」

「それに、契約もあるし、ね?」


「それに、いずれ俺達の敵になるだろうからね」


 総司の言葉使いが剣士modeに変わり、詩音が頷く。


「あ、あのっ! 皆様。私もお連れ頂けませんでしょうか?」

「姉ちゃん!? 姉ちゃんが行くなら、アタシも行くっ!」


 アースィナリアとジャンヌは逡巡する。

 ソフィアは、静かに成行を見守るが、内心では、フリーデルトとステラに眼を見張る。


 詩音は即答する。


「付いてきなさい」

「「「「「!!」」」」」


 二人の意見に、言った本人達も、アースィナリア達も驚く。


「よ、良いのですか!?」

「ちょ、ちょっと、二人とも本気なのっ」


 アースィナリア達は訝しむ。それも当然で、今から向かう場所は、彼女達にとって死地なのだから。


「是非も無し!」


 総司が速答する。

 

(町の人達に、自分達の愚かな過ちを突き付けるつもりなのね?)


 詩音が総司を窺い見て、結論付けた。

 

 右眼が瑠璃色に変化し輝くと、まだ見ぬ敵にニヤリと笑う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ