46話 怨嗟 ー 動き出した闇 ー
フルーレ軍が幕舎を張るナトゥーラ表門前。
太陽の日射しが所々に木漏れ日を作る森の奥から、一人の男がフラフラと歩きながら近付いて来る。
「あん? 何だ、アイツは?」
「どうした?」
「あれ、見てみろよ」
「見るからに怪しいな……。おいっ、そこの貴様、止まれっ!」
フルーレ軍の、まだ若い――
まだ訓練生を卒業したばかりの一兵卒の騎士に過ぎないが、良く訓練されて来たのか、素早く長槍を手にし、十分な間合いを確保しながら、フラフラと一歩一歩、近付いて来て止まる様子を見せない怪しいな男に、警告を発した。
「おいっ! 止まれといっているだろっ! 聞いているのか貴しゃみゃっ!? うぐっ…………」
若い騎士は言葉の勢いを無くしてしまう。鼻が曲がってしまいそうな悪臭が、近付いてきた目の前の男から漂って来たからだ。
鼻と口を押さえるも、あまり効果が有るとは思えなかった。
(な゛、な゛んな゛んだ……コイツ)
男が身に着けているのは、着古し最早ボロ布と言っても過言では無い、荒い麻の服の上下。足下もまた履き古し、それでも尚、履き潰している革のブーツ。
顔を見れば、痩せこけた生気の感じられない青白い髭面を長い伸びるにまかせたままのざんばら髪が覆っている。
一見して浮浪者だ。……だが、町の中ならいざ知らず、森の中から現れたのが怪しい。
まして、そこは魔獣の森。
「おいっ! 貴様、いい加減にしろっ!!」
(おえっぷ……)
若い騎士は悪臭に耐えられず吐きそうにもなり、もう一度、素早く鼻と口を押さえる。
悪臭の正体は酒と体臭だった。
「おい、何やってんだよ?」
見兼ねた一つ階級が上の先輩騎士が近付いてくると、やはり――――
「うぇっ!?」
――――吐きそうになり、手で鼻と口を押さえた。
男は酩酊し、呂律の回らない口調で何事かを呟いている。
「何故だ…………オレは、頭だった筈………。ブラムス…………裏切り……者……。オレは……ナゼ…………報われない……。メガミは……なぜ……救イの……手ヲ差し伸べて…………ハ……クれな゛イ」
「あ゛? 何だって?」
先輩騎士が問い質すと、男は――――
「ア゛アァァズィィナァリィアァァァァッ‼ 蒼き女神ぃぃっっ‼」
「「⁉」」
目前の男が騎士達にとって馴染みある、アースィナリア殿下の御名を叫びながら、自分達に向け煩わしげに右腕を振り上げてきたのにも彼等は驚いた。
「なっ!!」
「くっそがぁっ!!」
間一髪、長槍で身を守るが、その槍が両断されていた。
「貴様!! 我らがフルーレ軍と知っての狼藉であろうな?」
事ここに至り漸く、騒ぎを聞き付けた騎士達が集まってくるが、先程の騎士二人同様に彼等にも動揺が走る。
「な、なんなんだよぉっ!? こいつはぁっ!!」
鍛え抜かれ、魔獣、魔物討伐をしてきた彼等でさえ、目の前の存在は心胆を寒からしめるモノだった。
男の右腕―― 肘から捩れ鞭の様に撓り、手首の部位から鎌の様に変異し、その鋭い鎌が槍を両断したのだった。
「どうなってんだよっ!? これはよぉっ!!」
「魔人だったって言うのかよ!!」
「わからんっ! 貴様等っ!! 何を呆けておるかっ!! 直ぐ様、奴を囲み討伐せよっ!! それでも、その騎士鎧に蒼き羽を染め入れる事が許されたフルーレ軍の騎士と名乗れるかっ!!」
『オオオオオオオオッッッッ!!!!!!!!』
騎士達が猛り吼える。
(アースィナリア様とセレナ様……、いやソフィアとゼルフィスが居ればましだったんだが……)
彼―――― グレン・バナッシュは、片刃の直剣【桜吹雪】を正眼に構え、異形を見据える。
【桜吹雪】の刃から桜の花弁が舞う様にグレンの魔力が形と成り舞っていた。




