41話 埋もれた歴史
「フン。それが貴方達、人間のやり方じゃないの? 都合の良い時だけ利用して、利用し終えれば人間の…… 民の目が勇者や英雄に集まるのを怖れて勇者を裏切り、直ぐに殺められる様に近くに居るのよ! 絶対にっ!!」
アースィナリアの言葉に過去の―― 裏切られ、殺められた自身の契約者を思いだし、怒りを顕にする。
「リスティー……」
「許せない……。許せる訳がない。蒼の姉様は許せたと言うのっ?」
「忘れる訳が無い……。許せる筈も無い……。けれど彼女は裏切られる事を理解していた。それでも、救った命だった……。彼女が理想を遺し、遺ったのが”スティンカーリン”よ」
「……解ってるわよ。だから……あんな無差別な事はしない」
サファリアが強く手を握り、荒れ狂いそうになる感情を抑え着ける。アイリシュティンクは、そんな姉を見て震える手で総司の手に触れる。
(スティンカーリンの中央広場の【九曜の女神と聖女】の大理石象と、冒険者組合の中の【偉大なる勇者】の銅像はそれでか……。まるで【オルレアンの乙女】の様だな)
「”魔神を斃した勇者”……。人間であるからこそ、畏れるんだ」
総司がアイリシュティンクの髪を撫で、落ち着かせながら彼女
の瞳を見て言葉にした。
「どう言う事?」
アイリシュティンクやサファリアだけでなく、詩音やアースィナリア達も総司の言葉を待つ。
「魔……。つまり、力無く弱き人に仇成す存在を斃すのが勇者だ。それなら、自分達が民を苦しめる様な事があれば、その断罪の剣が自分達に向けられ兼ねない――」
総司が一度言葉を切る。そうして全員を見る。
「――魔神、魔族退治が種族差別で、侵略のその果てに奪い、犯し、殺していたなら、あきらかに非があるのは討伐を命じ、それで利益を得た者だからな」
総司はアイリシュティンクとサファリア―― 精霊の女王でもある二柱の精霊を窺う。
「それこそ、俺や詩音、アースィナリア達。ついでに王宮に居る勇者等よりも、歴史を識っているだろ?」
総司の確認の為の質問に、アースィナリアはその答えを自身の契約精霊のサファリアを見た。
「ええ。…………貴方も真実は見えているのでしょう?」
サファリアが身を切る様な冷たい水を思わせる瞳で、総司を見据える。
「……今とは真逆―― 精霊魔法を……【精霊力】を扱えた物が魔の力を持った者達を無才として……、迫害や奴隷奴隷の様に見下し、扱って来た。一番最初にそれを無くそうとしたのが……、先も話た黎明期の初代魔王だった……」
「え?」
詩音が、思わずその手に氷の結晶を作り、黎明期の力の在り方に驚く。(なんで黙ってたの) と瞳で訴える。
「ま、待って、ソージ! 本当なの? わたし達の此の力にそんな謂れが……」
「貴方は何を言っているのですかっ!?」
「う、ウソなんだろっ! おいっ!!」
「そんな、まさか……。私は、私達が知っている事、やろうとしている事は……」
詩音、アースィナリア達が総司に話して欲しいと詰め寄る。
「大体先、話た通りだけど知っている筈だ。【旅をした優しい王さま】を読んでみなって師匠の家に居た時、言ったけど?」と、詩音に返す。
「え、待ってよ! あの本は……」
総司が告げた題名の本を詩音は知っている。……と言うより、物凄く身近に有った。その本の作者は、幼馴染みの母親なのだから。
「あ、あの絵本がそんなに重要な歴史書だったのですか!?」
フリーデルトは驚いた、小さい頃から寝物語に聞かされ、自信も妹達に聞かせてきた。
「ね、姉ちゃん…… アレがそんなに貴重な本だって知らなかったんだ……」
ステラは、しょぼ~んと肩を落とし、涙目だ。小さい頃に本の取り合いをして破いてしまっていた。
「アレって確か、虐げられていたヒト達と差別の無い優しい国を造る為に、旅をするって言う話よね」
詩音が総司に改めて確認を取る。
「ソージ、教えて……」
アースィナリアは偉大なる救世の聖女【九曜の戦女神】と謳われる、マユミ・センヴァーリアの過去に失われ歴史埋もれた偉業を書き記した歴史研究書や彼女の復権の為に探し出された聖遺物。【旅をした優しい王さま】その絵本を見て自身も理想を懐いた。
「う~ん。黎明期の話の補足になるけれど……、そう珍しい話でも無いんだ。奴隷を闘わせる貴族の暇潰しの見せ物で、エルフの少女が調教師に早く出ろと、鞭で叩かれていた。そんな人間達と同じ血や力が自分にも流れているのが許せなかった少年が、精霊力を反転させて解放して、闘技場に居た貴族や調教師の悉くを皆殺し、奴隷達を解放して街を破壊。そのエルフの少女と異種族やハーフを引き連れて、魔族の国を造った」
「混沌の女神を後ろ楯に?」
詩音の言葉にアースィナリア達の視線が総司に集まる。
「いや、【虚無の女神】……おそらく、九曜の女神の長女だったはずだ」
「「‼」」
【虚無の女神】その言葉にアイリシュティンクとサファリアが息を呑む。
「それじゃあ、混沌の女神は一体……」
詩音の疑問はアースィナリア達の疑問でもある。
「ソージ……」
アイリシュティンクは不安気に総司を見詰める。
「…………」
サファリアは虚無の姉が消えた理由を知れると、総司を見据える。
「魂の反転―― 絶望、悲しみで荒神に成ってるんだろうな……」
総司がポツリと、考え事を漏らす。
「ソージ……?」
総司の声が届いたアイリシュティンクが問い掛ける。
そのアイリシュティンクの総司の呼び掛けに、詩音達が総司の言葉を待つ。
「初代魔王に付いたのが【虚無の女神】だ。そして、穏健派の守護女神に成った。それを主戦派が【虚無の女神】を捕らえて、純度の高い精霊結晶を呑み込ませて、人々の負の感情が縄と成り女神を縛って封じ、悪意の汚泥に沈めて、人々の争いや異種間の争いを…… その負の痛み絶望と言った感情で、闇の深淵に堕ちた女神の負の力が満ちて濁った結晶を抜き出す」
「「‼ まさかっ!!」」
アイリシュティンクとサファリアは総司の説明に愕然となる。
(精霊は生命体としては人間より高次元の存在だ。その存在力は強い。けれどその精神はひどく脆い……。ほんの少しの絶望感で消滅してしまう)
「そ、そんなの耐えられないわ!!」
「なんて、惨い事を……」
二柱の女神が激情で震える。女神であれ、それは拷問に等しい。
(他の姉様が知ったら、どうなるか分からない……。けれど、此の世界を未だ消滅させられない……)
サファリアは、まだ未熟だが、自分達九曜の女神と契約し使役した彼女が成そうとした理想と同じ志を懐いた少女を見捨てる訳にはいかない―― そう考えた。
「まさか……、そんな事をすれば世界がどうなるか分からないと言うのに……」
アースィナリアが戦慄する。
「その結晶から溢れた霊気から、混沌の女神が生誕した」
「「じゃあ、虚無の女神は!!」」
総司のその説明に、詩音とアースィナリアの声が重なる。
二人は悲痛を浮かべた表情で二柱の女神を見て、総司達も視線を向ける。
「生存している可能性はあるわ」とサファリア。
「わたし達は、お互いの消滅が衝撃という感覚で伝わるから、それがたとえ封じられていても……。ソージが言った通りだとすると虚無の姉様が姿を消し、混沌の女神が姿を顕した時期が一致するし、それに、其処から少しずつ世界の理が崩れてきて、わたし達でも支えきれ無く成ってきた……」
アイリシュティンクもサファリアも永く生きてきた力の有る精霊だ。
人々の争いも醜い処も多く見てきたし、弥が上にも見させられた。
そして、その醜さが世界に少しずつ染みが広がり行く様に、歪みをもたらせていた。それを幾度と無く修正を繰り返して来た。
「それでも人は……争って来た。……幾千、いやそれ以上を経た今でも、人は相変わらず争って死んでいく。幾年月を経っても醜いまま……か」
総司は眉を顰め、それでも物悲し気に二柱の女神を見た。
「それで、ある女神はヒト嫌いに、ある女神はヒトを見守ったり、我関せずの女神が居たり、元々興味が無かったり……か」
アイリシュティンクとサファリアが苦笑いする。
「ソージがわたし達の心を痛んでくれて、うれしいけど――」
「――少し訂正ね。ヒトに興味を持った女神も居たわ。あと、”見守る”と言うより、”観察”が正しいかしら」
アイリシュティンクの言葉をサファリアが継ぎ、総司の認識を修正した。
「アースィナリア、世界の均衡が崩壊しているからこそ混迷を極め、人々の不安が煽られて混沌が生み出される。更にその混沌から猜疑心が芽生え、肥大化すれば戦に成る」
「…………」
サファリアの言葉に人間であるアースィナリアは答えられなかった。
「言葉なんて不確かな物で繋がろうとするんだから、そこに虚偽心が在れば、抑最初から伝わらない」
「”理解出来る”も傲慢だから、心に届かない。響かない」
「だから、側に居て触れ合う事が大事なんだけどな。ヒトとヒトは」
「大切な事を直ぐに忘れてしまうわ」
総司と詩音は、均衡についてそう語った。




