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29話 黎明

「姫様……」と、セレナがアースィナリアの肩を抱き寄せる。


(……私は、アーシェ様の何を見てきたのだろうか……)


 セレナは気付かぬ振りをして来た事実に悔やんだ。



「……アースィナリア、先ずは君たちが此処に来た理由わけは?」


 総司は涙を流すアースィナリアを敢えて無視をし、話を進めた。

 今、アースィナリアの涙を見させないと、セレナ達の意識を変えられないし、変わらない。

 それでは既存の常識を壊せないし、新しいモノなんて、作り上げる事なんて出来ない。

 総司は師匠に頼まれた事をどうしようかと考える。


「グスッ……。そ、そうね……、急に、泣き出して御免なさい……」


 アースィナリアは涙を拭きつつ、総司に謝罪し、姿勢を正すと、まだ濡れて潤む瞳で、総司と詩音を真っ直ぐ見据えた。


「貴様、アースィ――」

「それも、含む話よ。邪魔しないで」


 アースィナリアの気持ちを蔑ろにした総司を責める言葉を良い募ろうとするセレナを、キッと睨み詩音が遮る。


「セレナ、ありがと。でも、今は、ね?」

「は、はい。申し訳有りません」


 セレナは、頭を下げる。


「ソージ、シオン……。貴方たち二人が魔精霊を殺めた。それで間違いは無いわね」

「……半分、間違ってる」

「私が斃したのは、眷族だけれど」


 総司と詩音が肯定する。


「正しくは、魔獣人だ」


 魔精霊では無く、魔獣人だと総司は訂正した。


「「魔獣人!?」」


 アースィナリアとセレナが驚く。


「魔精霊では無かったの!?」

「な、魔獣人……」


 そんな二人の反応に「種族としては、魔獣のクーガーリオンが瘴気の吹き溜まりに存在する精霊を取り込んで権能を得た存在だ」

「眷族は、狒狒種の魔獣」


「……魔獣が人間を襲い喰らって人型を取り、魔獣人に成ったのね」

「ああ。そして、贄の儀式を行い続け神の座に迄、いたらせた」


 アースィナリアは、魔獣人がナトゥーラの土地神に到った経緯に眉を顰めた。


「で、では、初期の内に斃す事が出来た……。と、言う事ですか」


 セレナは戸惑い、自身のその言葉に震える。それが、歴代のレーゼンベルト家の当主の愚かさに対する憤りか、儀式を推奨し、私福を肥やして来た教会に対する怒りか、自身の羞恥心からかはセレナにも解らない憤り故の震えだ。


(で、では、レーゼンベルト家は……)


「で、では、歴代の【聖乙女】に選ばれ、犠牲と成った姉達の想いや、死は一体なんだったのですかっ!!」

「姉ちゃん達は……、姉ちゃん達を還せよっ!!」


 話を静に聞いていたフリーデルトとステラが涙を流しながら、セレナに悲痛な声をあげる。


「初期の段階でなら斃せた。けれど、それを利用し、私福を肥やそうと考えた者が居た」


 詩音が二人の肩を優しく抑え、座り直させる。


(今の二人に落ち着け、何て言えないものね)

(此れからの話の為にも、アースィナリアの考えの為にも、二人の怒りは、セレナ(彼女)も知るべきだ。アースィナリアと此れからも行動を共にするならな)

(そう……ね)


 フリーデルトてステラは不承不承、席に着き直し、申し訳御座いません。と、深々と頭を下げた。


(ごめんね。絶対、変えて見せるから)アースィナリアは心の内で哀しみ、二人に、そして、犠牲に成った少女達に謝る。

「その骸は、何故残って無かったのかしら?」


 アースィナリアが戦場後を視て懐いた疑問だった。


「魔精霊化を戦闘中にしだしたから、魔精力マショウリョクを削って、精瘴石せいしょうせきを砕いて斃したから爆散した」

「駄神の残骸も、眷族の骸も、灰塵となり、霊気は昇華したわ」


 総司と詩音はアースィナリアの疑問に答えた。


「それが、結晶も残って無かった理由ね。納得出来たけれど、争いの中で魔精霊化って無謀なんじゃないの?」

「そうでもないの」


 サファイアの言葉をアイリシュティンクが継ぐ。


「肉の器を解き、霊力に変換させて炉にべ、霊体に循環させていく事で、強さを増す。そうすれば、肉の枷から解き放たれて、肉体の弱点を無くせて、肉体そのの死から逃れられるし、戦いの中で人間に斃される事が無くなるわ」


 アイリシュティンクは忌々しに言葉を吐き出した。


「遠い昔の戦でも、人間の肉体に精霊結晶を埋め込んで、戦力を得ようと、鬼兵きへいを造り、鬼兵隊きへいたいを結成させて、戦場に投入していたのよ」


 と、サファイアは遠くを見詰め、眼を伏せた。


 アースィナリア達や【聖乙女】にされたフリーデルト、その運命から救い出そうとしていたステラに怖気が走り、震えた。


「精霊結晶を埋め込まれた人間は、結晶が溶け適合すれば、人格を保て、適合出来無ければ、人格や精神を破壊され尽くされて、半死人と成り果てるのよ」


 アイリシュティンクはアースィナリア達を見下ろす。


「そ、その様な恐ろしい事が……」


 フリーデルトは顔面を蒼白にさせ、震える妹を抱き寄せる。


「そう、人間は其れが出来てしまうのよ」

 アイリシュティンクが人間に嫌悪を見せる。


「少年、少女が多かった――」


 総司はそこで一度言葉を止め、冷たく成ってしまったお茶を一口飲むと、一同を見渡す。


「――そう言った子供達が戦争終決と共に見せ物に使われた」

「み、見せ物って」

「少年鬼兵を闘技場で、魔物や魔獣と殺し遇わせたり、少年鬼兵同士を殺し遇わせたりしたのよ。後は、珍しい商品として奴隷として売買された」


 詩音の言葉に一同は、息を呑む。


 ふぅ、と総司は溜め息一つ。


「…………そして、見せ物や、奴隷として買った者が楽しむ為に、獣や魔獣、獣人と性行させたり、交配させ産まれた存在が、半獣人や半魔獣人に成った。そして、それを解放したのが……、初代の魔王だ」

「魔王は優しかった。妃に成ったのは、ダーク(・・・)エルフ……。その二人が穏健派の居住地を森に妖精郷として建造したの」


 総司の言葉を継いだ詩音の説明にアースィナリアは「それじゃあ、魔族は……、主戦派」

「そうだ。主戦派を束ね散発的に戦をして怒りを発散させないと、好き勝手に暴れ回るだろう?」

「そ、其れが今だに無くならない争いの原点……」

「ま、そこに、精霊派や人間主義だのと、ややこしくしてるんだけどな」

「「……………………」」


 二柱の精霊が総司を見た。


「異世界の二人はどう思ってるの?」


 アースィナリアが二柱の精霊の思いを、自分の思いを口にする。


「人間主義の”精霊が我々の進歩を遅らせている”から”精霊を排除しろ”、”精霊使いを排斥しろ”と言うが、奴等の語る理想には、その後が語られてい無いし、精霊派の語る理想には、精霊が何とかしてくれると言う、思考停止で無責任な理想だ」

「私たちの世界でも、現政権を倒せば、全て上手くいくって倒したけど、倒した者の理想や明確な方向性が無かったせいで、その後、余計酷く成ってたわね」と詩音。


 そして、総司と詩音がアースィナリアを見た。



「!? …………」


 アースィナリアは目から鱗が落ちる思いだった。


(まさか、二人は此れを伝える為に……。わたしには、理想も野望もある! 精霊契約者だけど、サファイアにわたし達の進歩の全てを頼る積もりは無い……。その一歩は、ソージとシオンが示してくれた。先ずは、魔神との戦よね)


 アースィナリアは、先程の総司と詩音の此の世界の黎明の歴史を反芻する。


(何故、サファイアはわたしに話さなかったの?)


 わたしの心を読み取った様にサファリアが、話してくれる。


『其れは、アースィナリア。貴女の理想が進歩と変革だったから、過去に囚われずに、私達の過去に振り回されずに前へ進んで欲しかった……』

『知らずには、無理があったと思うわ』

『そうね……。無理があったわ。知らせずに巻き込むのは……不義理だったわ。御免なさい』

『何時か話して貰える?』

『ええ、彼等が動くなら、その時期は、すぐ近く……』

『分かったわ。その時迄、待つことにするわ』



 総司と詩音は、アースィナリアとサファリアの会話が終わるのを、お茶を入れ直し待つことにした。


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