25 白い艶と甘い色
総司と詩音、アースィナリア達が話し終えた瞬間、く~~きゅるる、きゅる、と小さな獣が鳴き、総司達が一斉にその鳴き声がした方に目を遣る。
そこには、顔を紅くしたステラがお腹を摩っていた。
(あう~~。姉ちゃん……)
ステラが瞳を、うるうる、させてフリーデルトを見る。
フリーデルトが床に膝を着き、素早く頭を下げた。
「も、申し訳ありませんっ! す、ステラッ!!」
「あうっ!! 御免なさい……」
ガタンと、音がし、コツコツと、床を鳴らし足音が近付き、ステラの前で止まった。
恐る恐る二人が顔を上げると、総司が目の前に立っていて、 フリーデルトとステラを見下ろす総司に、二人は顔を青褪めさせた。
すると、総司はしゃがみ込むと、ステラの頭をクシャクシャと、撫で――
「お腹空いたよな~。俺も空いたから炊事場に行こうか、何が有るか教えてくれるか?」
――と、ステラに訪ねた。
「え? あ、うん」
と、ステラは戸惑うも、総司の手を掴み案内をする。
「あ、あのっ、お食事ならば、私が……」
フリーデルトが慌てるも、詩音に――
「落ち着いて、総司が貴女達に、あれくらいで、土下座させない為なんだから、ほら、座って」
――と、フリーデルトを立たせ、椅子に座らせるた。
アースィナリアは、「慣れているのね。まるで兄妹見たいね」と、感心する。
「実際、彼方の世界じゃ、妹の涼風ちゃんが居たし」
はぁ、と詩音が溜め息を吐く。
「それより、お腹が空いたと訴えるだけで子供にあんな真似させる為政者って何様なのかしらね? 今は、そちらが問題じゃない?」
と、セレナとアースィナリアを見る。
「その話ですが、後程、センバ殿とユキシロ殿にお願いしたい事があるのです」
「大体、そのお願いが何を指すか分かるのけれど……、総司も私も断るわ」
詩音に先回りされ、釘を刺される。
「ぐ……」
と、セレナは俯く。
此方では、詩音とセレナの会話の行き着く先に、彼方では、”新神様”に妹が粗相があってはと、ハラハラとし、気が気でない。
すると、炊事場から総司の声が聞こえてきた。
総司はステラに引っ張り連れて来られた炊事場で、あれこれと食材を見せられていた。
「兄ちゃん、これが今、家にある物なんだ……」
と、調理台に藤籠を乗せる。
「トマトに、トウモロコシ、玉ねぎに、ニンジン、それに……、!! これは、米かっ!? ステラ、この北方では、米があるのか!」
「え、うん。米はじっちゃんが食べてたから、あたしも食べるようになったんだ」
と、ステラは言うが、その顔が少し困り顔になる。
「でも、クタクタのドロドロなんだ……」と、笑う。
「あぁ…、アレはね……」
苦手だとセレナやソフィア、ゼルフィスは顔に出す。
(それでも、食べられるだけ、幸せなのですが……)
と、フリーデルトは何時もの硬いパンを思い出し比べる。
すると、ステラと共に総司が炊事場から戻って来て声を掛ける。
「ん? 二人が言っているのは粥か?」
「カユ?」
アースィナリア達は、総司と詩音を見る。
「二人が言った、米の調理方法の一つ」
と、詩音がドライに答える。
「それで、どうする?」
「そうね……。トマトが有るなら、香りも良いアレじゃない? 赤い米ット」
「……コメとコメットを掛けたんですね」
「総司の真似。赤点をレッドライン、越えられない壁と例えて、赤壁って言ってたじゃない? 勝って鬨の声を上げるか、負けて屍を晒すか……」
「今となっては、懐かしい戦だ…」
アースィナリア達は総司と詩音の遣り取りを見て、申し訳なさで一杯になる。
「何とか成るし、何とかするさ」
「えっ?」
アースィナリアは顔を上げるが、総司は炊事場に戻って行く。
疑問も残ったが、後で良いかとアースィナリアは目の前の問題を取り敢えず詩音に聞いてみた。
「ソージは、アレだけで解ったの!?」
「チキンライスの事よ」
「チキン……ライス? 何それ!?」
アースィナリアは先程の粥と同様に、初めて聞く言葉に興味が湧いてくる。
「お米を炊いて、軽く焼くご飯の事」
「炊く? 焼く?」
アースィナリアは、我慢できず、総司が何を作るのか炊事場に行ってしまう。
「あ、アースィナリア様っ! お待ち下さい」
セレナは慌てて立ち上がろうとするが、親友でもあるソフィアが留める。見返すセレナに「ああ成ってしまった、アースィナリア様を留めるのは難しいです」と首を振る。
詩音がアースィナリアの後に続き炊事場に姿を見せる。
「総司、アースィナリア達の分も作ったら?」
詩音が提案する。その言葉にアースィナリアが瞳をキラキラさせて総司を見詰める。
「……そうだな。この世界の料理は間違っているからな」
「え、どう言う事?」
アースィナリアが詩音に問い掛けるも、何時もよりドライに詩音は答えた。
「この世界の料理は調理方法が限られてる、貴族ならそこに、贅沢な調味料をたくさん使用していく、街人なら使いなれた数少ない調味料で味をつける。先も、総司が言ったけど、そのクタクタの米……、粥だって、食欲が無い時や病気の時に味をつけたり、薬味をつけて食べるの」
「そうなの?」
「ほら、論より証拠、見てみたら」
総司は水の魔石で釜の中に水を注ぎ、一度混ぜ直ぐに水を捨て、良く水を切り、米粒が砕けたり、傷付か無い様に優しくシャカシャカと総司は研いでいき、水が濁ると捨て、水が綺麗に成るまで繰り返す。
「え……!?」
「米を研いで表面の滑りやゴミを洗い流すのよ」
詩音が総司の横に立ち「釜は私が見るから任せなさい」と、総司を見る。
「じゃあ、頼む」と、掌を打ち合う。
▽
総司は透明な結晶の付いた首飾りに精霊力を流すと、空間に波紋が生じた。総司はそこに、手を差し込み箱の様な物を取り出し、床に置くとそれを弄る。
「!! ソージ、それ精霊結晶と、時空系精霊術?」
「歴史研究書では、古代魔法や精霊魔法だ何て謂われてるけど反精霊時代に失われて精霊と交歓し、精霊力を有した者は一時期、異端狩りにあって秘匿されて来たらしいけどな。今は精霊術として、稀だとされてるけど……」
「……魔法や魔術が主流だし、冒険者組合の適正判定でも、感知されずに無才と判定されるし」
総司の言葉を継いだ詩音。
(それでも、そんな研究をして書物にまとめ書いてる人は師であるアルシェくらいだし……)
とアースィナリアは、む~、と考えるも、それより、今から総司が何を作るのか集中する時だ。
アースィナリアとステラが興味深々に総司の手元を邪魔をしない様に食い入る様に見る。
「何を作ってるんだ?」
「それ、卵にミルクに蜂蜜よね。パンを漬け込むの?」
と、総司に問い掛ける。
「いや、米が炊き上がるまでに、デザートの準備だ」
ま、見てろと、箱を弄り、何やら量を計り出し、総司は計り終えるとミルクを鍋に入れ、「人肌程度まで温める」と言う総司は自前のボウルに卵を割り入れ、溶き解し、ミルクを少しずつ加えながら、泡立て無い様に良くかき混ぜる。
濾しながら、器に流し入れ、表面に灰汁が浮かんできて総司はこれを丁寧に取る。
総司は天板にお湯を張る。
「「えっ!?」」
と、アースィナリアとステラの二人が驚いた。総司が箱を開くと中が熱を発していたからだ。
「な、何なのソレ」
アースィナリアが覗き込もうとするのを総司は慌てて止める。
「!! 火傷する」
と、少し強めに叫んだ様で、アースィナリアはビクッとなった。
「!? ご、御免なさい」
「あ、いや、大きな声出してゴメン」
「「アーシェ様」」
と思わずアースィナリアの愛称を呼び、飛び込んで来たのはセレナとソフィアだった。
「煩い、埃がたつ」
と、総司が凍えそうな瞳で睨みつける。
「二人は、何時までそうしてるつもりなの?」
詩音が目を細める。
総司はアースィナリアの肩に手を掛け、アースィナリアは総司に叱られ、少し潤んだ瞳で総司を見詰めていた。
その状態に思い至ったのかアースィナリアは顔を朱に染め、思わず総司を突き飛ばす。
「理不尽っ!」
「……炊けた」
と、総司を一瞥し、釜の飯を切る様に混ぜ、ふんわりと仕上げる。
「え、これがお米! 真っ白に艶やかで輝いてる!!」
「これが、通常の白米。通称ご飯」
おお~と、アースィナリア達が感嘆の声を上げ、詩音が少しずつ、一人一人に味をするようにと配る。
「味見してみて」
「え、ええ……」
アースィナリアが食べようとするのを、ソフィアが――
「お待ち下さい」
と留めると――
「まずは、私から」
と言うが――
「熱々がうまい、毒なんて入ってない」
総司がほら、とアースィナリアに勧める。
「う、うん」
とアースィナリアが口に含み、一言。
「甘い、美味しい……。これがアノお米、ご飯」
そして、ご飯を口にした全員が――
「これがアノドロドロに成る米か!?」
と驚愕する。
(こ、これがアノお米なのですか? 熱々で、ふわふわ……。あぁ、弟妹にお腹一杯に食べさせてあげられれば……)
と、フリーデルトは切なくなる。
(……何とかしないと、ね)
と、アースィナリアは不甲斐ないと、フリーデルトに心の中で謝る。
(行動で示さないと)
と、改めて覚悟を決める。
総司は、その間にオーブンに入れ、そのまま庫内で10分放置
甘い香りに女子達の視線が箱に集中した。
(え、何? この甘い香りは……、香りだけで、絶対! 美味しいに決まってる)
(な、何なのでしょうか? この抗い難い香りは……)
(っ!! ……こ、これは、わ、私はアースィナリア様の騎士なのよっ!! 堪えなさい!! 堪えるのよソフィア!!)
(ね、姉ちゃん、この甘い匂い)
(ええ、何てやさしい匂い)
総司は、出来るまでの時間でカラメルを作る。
(え、まだ何か作るの?)
アースィナリアは総司の作業を見る。
小さい鍋に蜂蜜と水を入れて、強火にかける。
(少し色付いてきた……)
アースィナリアがそう感じた瞬間、総司は弱火にして、焦げ色が付いた処でお湯を入れ、かき混ぜる。
「ソージ、此れは?」
「カラメルソースだ」
そうして、オーブンから焼きプリンを取り出す。
「これで、食後のデザートの完成だ!!」
と、総司が腰に手をやり、エッヘンと胸を張った。




