24話 夜明けの……
総司は時間をかけ、異世界から召喚された顛末を語り終え、深く溜め息を一つ吐く。
何時の間にか席を離れていた詩音が扉を開け外から戻って来た。
「外に出てたのか?」
「この家の炊事場の使い勝手なんて分からないもの」
「それもそうだな」
総司は話しを聞いていた、この家の家主の少女、ステラを見て、成る程と納得した。
「飲むでしょ?」
そう言って、詩音が湯気を覗かせるケトルを掲げる。
「緑茶?」
「ええ、そうよ」
「ありがと」
総司はカップを二つ取り出し、フリーデルトが慌ててアースィナリア達のカップを用意するが、畏れ多いのか、自分自身とステラの分を出さなかった。
「何やってるの? 二人の分も早く用意する」
「え!? あ、……ですが……」
「フリーデルト、ステラちゃんも飲みたがってるし、ね?」
そう、アースィナリアに言われ、フリーデルトは恐縮しながら二人分を用意する。
「あ、あの、シオン様、私が」
しかし、詩音の返答は決まっている。
「私が用意したの、だから私がするべき。それが道理よ」
と、フリーデルトの申し出を断る。
「二杯目から気付いたらで良いから、お願い」
それでもフリーデルトの申し出を無下にすることも無く、詩音はフリーデルトの気持ちを尊重する。
「は、はい!」
…と、フリーデルトは勢い良く頷き返事をする。
そんな彼等のやり取りが、一通り終えた後、魔導大国アークディーネ・アルフィード王家、第二王女アースィナリアは俯き瞑目すると……。
「其処まで……、其処まで、堕ちてしまっていたのね…………」
と、小さく呟く。
肩を震わせ、唇を噛み嗚咽を堪えるアースィナリアを見て、セレナは――
(心を傷めるアースィナリア様に何も出来ず、力の無い我が身が悔しい……)
悲痛さを滲ませるセレナの肩にソフィアが手を掛け、私達も居ます。と目で訴える。
「そうね。ありがとう」
セレナは肩に置かれたソフィアの手に触れる。
暫くし、涙を拭いアースィナリアが顔を上げ、異世界の少年と少女を真っ直ぐに真摯に見据える。
「ソージ、シオン。御免なさい……!!」
深々と頭を下げる。
此れしか今の彼女には出来ない。
そんなアースィナリアに対し、詩音が、「いいかしら?」と訪ねる。
「それなのだけれどアースィナリアは、どう考えてるのかしら?」
「魔神、魔族との戦よね……? 誤魔化さずに言うのなら、無理よ。足りない」
アースィナリアのその回答に、総司はニヤリと笑う。
「 成る程ね。理解しているんだな……」
「それくらい理解しているわよ。勇者の恩恵を得た勇者が何も出来ずに負け、余裕で勝ったソージは(詩音が此処の件で熱弁を振るった)、何処まで勇者の力が通じると思ってるのかしら?」
聞かせて、とアースィナリアの瞳が雄弁に語っている。
「そうだな……。奴等が何れ程の力をあれから身に付けたか、によるが、勇者の恩恵、それが何れ程の恩恵を与えるかはしらないが、一人で下級の魔族を10、連携で50から100討ち斃せれば良い方で、中級なら一人で2、連携で5から10、上級なら一人では死、連携で1、魔神属なら、どちらであるにしろ、死しかない。それも邪魔が入らず、一対一、多対一、が条件だ」
「その理由は?」
「敵とて、身体強化するからだ」
「どうして、分かるの?」
「スティンカーリンで、下級の魔族と殺りあったからだ」
「なっ!? えっ? 殺り合ったって……、まさかっ! 人属の魔術師に従ってた、はぐれ魔人を倒してスティンカーリンを救った夜明けの勇者って二人の事だったの!!」
アースィナリアが驚き、この二人がスティンカーリンの冒険者組合長ガーリッツ、師匠のアルシェ、リーゼ連名で書簡が届いていたが、まさか目の前の彼等が……、と言った思いだ。
詩音が”夜明けの勇者”と言う単語に眉を顰め、「夜明けの勇者……、魔人と戦って斃したのは総司よ」と、総司を見る。
その言葉にフリーデルトとステラは凍り付き、(魔人を斃した……)
(ね、姉ちゃん……)
二人は幼い頃より聞かされて来たのだ、土地神より魔人は無慈悲で残酷で残忍だと。
(そ、そんな魔人をお一人で斃した……。わ、私たちは、どうなるのでしょう……)
(ね、ね、ね、姉ちゃんっ! どどどどど、どうしよう、すげぇ、生意気な口きいてたよ……うぅっ)
フリーデルトは青褪め、ステラは涙を溜める。
ソフィアとゼルフィスは戦力を試したいと、互いを見る。
(シオン、同じ女子として手合わせ願いたい)
(へぇ、アレクシ殿下と、勇者を一撃で沈め、魔人に神殺しを成した奴か、面白いじゃないか)
セレナは確信する。
(アレクシ殿下、勇者を物ともせず、魔人、神にまで到った堕ちた精霊をも斃した……。そして、彼女の方も眷属を斃した。神の妻と成る。……なんとしても……)
詩音に自分だけが二つ名だと言われた総司は――
「氷結華の女神ですよね……。《月宮亭》のミリアを人質にしてた、貴族(嗤)を色んな意味で再起不能にしてましたよねぇ」
――と、火花を散らす総司と詩音。
「アースィナリア様、アイツ等の言うスティンカーリンの貴族(嗤)って、フィルエンの事だよな?」
「え゛っ! 畏れ多くも、アースィナリア様に懸想して、両親に頼んで出会いの演出をしてもらい、アースィナリア様に袖にされても、アースィナリア様に偏執し、レオンに追い回された挙げ句、今度は女児偏愛ですか?」
「……レオンが不機嫌になるわね」
「そうね。相当怒ってたもの……。フフ」
と、アースィナリアの契約精霊、蒼の女神サファリアが、当時の事を思い出す。
「そんな馬鹿は何時の時代にも湧いて来るのね。……滅べば良いのに」
紫の女神アイリシュティンクが忌々しげに呟く。
総司は、そんな自身の契約精霊を宥める様に頭を撫でる。
「っ!! ~~~~♪」
アイリシュティンクは一瞬驚き、頭を撫でられる心地良さに機嫌を直す。
サファリアは自身の目の前の光景に驚愕する。
(!! あんなに、人間嫌いで興味が無かったのに、人間の飲み物に口を付けるなんて……)
サファリアはそんな妹に安心した。
「けれど、何が起これば、魔人を従えてミリアって女の子を?」
アースィナリアが当然の質問をする。
「……ただ飯食おうと押し入ったところ、ミリアの笑顔0金貨に惚れて、魔物を目の前で斃して見せて英雄貴族に成れば、モノに出来るって思ったらしいわよ?」
「はぁ、声を掛けられたから、笑顔を向けられたから、”自分に気がある”と、脳内変換されるらしい」
「その貴族様は何故その様な畏れ多い事を……。シオン様もお美しいですから……」
フリーデルトは詩音を心配する。
「…………心配ありがとう。けど、総司が貴族(嗤)がしでかした事の大きさを、貴族(嗤)のその身に刻み込んだ」
アースィナリアが興味深そうに身を乗り出す。
(アースィナリアが話しを聞きたげに見詰めてくる。話す? 話さない?)
(………………)
「アースィナリア、その話しは、またの機会があればな」
「!! 分かったわ。絶対よ! 約束よ!!」
「ああ、約束するよ」
(………………アイスクリーム)
(……分かったよ)
(それなら良い……。約束)
食卓の下で、総司と詩音は指切りをした。
「ねぇ、話しを戻すけど、その勇者、大丈夫なの?」
脱線した話しをアースィナリアが戻すと、一つの懸念を口にする。
「……………………」
詩音は痛まし気に眼を伏せる。
「南條や有馬なら……な。氷鏡と妻夫木は勇者美学で頑張るだろうさ」
二人の態度で何となく察する事が出来たアースィナリア達だった。
(ソージとシオンの同郷の四人が、魔人の危険性に早く気付いてくれればいいけど……)
アースィナリアの願いは届く事無く、打ち砕かれる事になるとは、この場に居る誰も知る由も無い。




