19話 勇者
クレアが翔真の前に水晶を差し出す。
「それではショーマ様から順に、水晶に触れて下さいませ」
「あ、ああ。分かった」
翔真がやや緊張した面持ちで水晶に手を伸ばし触れた瞬間、凄まじい光の奔流が謁見の間に迸り光が全てを呑み込んだ。
暫くして徐々に光が収束していき、漸く元の謁見の間の風景に戻った瞬間に喝采が巻き起こる。
「な、何という……何という魔力の輝き!! 魔力の奔流!! 流石は異世界よりの使者、異世界よりの勇者!!」
同じ様な言葉で漸く翔真を認めて歓迎する。
早くも貴族は自分の娘を勇者の許に送り込もうと画策する。
「やってくれるぜ! イケメン! ハードル上げてんじゃねーよ! 親友!!」
そう言いながら一誠が翔真の肩を叩きながら前に出る。
「クレアさん。今度は俺だ!」
「はい。イッセー様。どうぞ」
クレアが一誠に微笑む。
(くぁ~、可愛いぜ! クレアさんっ!!)
「よっしゃあっ! いくぜっ!!」
一誠が気合い十分と言う様に水晶に触れると、光が炎の様に燃え上がる様に吹き出た。
その光は轟々と唸りを上げ燃え続ける。
「おおっ! 何と猛々しい……。まさに勇猛果敢な戦士の力よ!!」
それを見たアマディウスは興奮のしすぎで脳の血管と神経が切れて倒れるのではないか、と思わせる程だ。
「うぅ……、なんかプレッシャー……」
紗奈は周りの狂喜乱舞と、次は次はと待ち望む期待の籠る視線に及び腰になる。
「大丈夫です。”四光”と言う称号は伊達ではありません。ですから安心して下さいませ。サナ様」
セフィーリアの励ましに紗奈は頷き、前へ出る。
「よろしく。クレアさん」
紗奈が水晶にふれると、光が吹き出し渦を巻き散り散りになり、幾千、幾万のまるで夜空に瞬く星の様に小さな光に成る。
そして、停滞から光の玉がぶつかり、大きさを増し、何度かそれが繰り返されて一つの光玉に成る。
それを見ていた者たちは唖然とし、次の瞬間、驚愕に染まる。
光玉から赤、緑、青の光が沸き上がり、光玉にまとわり付き絡み合う。
それだけで、その場に居合わせる宮廷魔導師や目の前で見守るクレアも言葉を失うに値すると言うのに更に驚くべきは、それが世界の形に成っていく。それは正に大地の魔法。
赤が炎、青が水、緑は種を運ぶ風。
(私たち宮廷魔導師は……、いえ、一般的な魔法士はどんなに優秀だとしても一つの魔法を究める事で精一杯で、他の属性は補助程度に扱うくらいしか出来ない。そうだと言うのに、目の前の少女は最早自分たちが至れない世界に立っている……)
「ええっと………………」
紗奈は戸惑う。何せ先程の二人の様な歓喜の声が無い事に紗奈は焦る。
「も、申し訳御座いません。四属性の魔法を操れる御方は私たちが知りうる限り、あの御方しかおりませんので驚いてしまいました」
セフィーリアが気を取り直して、紗奈に説明した。
「そ、そうなんですか……」
「は、はい……」
セフィーリアとクレアの顔が曇る。
「ど、どうしたの?」
「……四属性全ての魔法を制御すると言うことを誰も出来ないのです」
「え? でも、さっき、一人居るって」
「先程の御方は……アルシェ様は宮廷魔導師を辞め、それ以来行方知れずなのです……」
「ですので、私たちが各々の属性をお教え致します」
「とりあえず、修練あるのみって事ね!」
「は、はい。そう言って頂けると有り難いです」
クレアは頑張りますから、と最後に声をかけた。
「じゃ、千尋。交代」
「ええ」
千尋が紗奈と掌を叩き合い、クレアの前に立つ。
「よろしくお願いします……」
「はい。チヒロ様。では、御手を」
「………………」
静かに千尋が水晶に触れると暖かく包み込む様な優しい緑色の光が溢れ満たされていく。
それは千尋の治癒術師としての才能と支援術師としての才能を顕している。
「チヒロ様は言葉では、言い表せないほどの才能を秘め、必ずや皆を支え、傷付いた者を救える治癒術師と成れます」
「そう成れるよう修練しますね」
千尋はそう言って総司の前に立つ。
「ち、千羽君。どうぞ……」
「……ああ」
「え?」
総司がすれ違い様に、千尋の耳許で小さく――
『状況と感情を疑い、警戒する事を忘れるな、いいね』
と、千尋は振り返り、総司の背中を見詰める。
(……心配してくれたの?)
「では、ツカサ様」
「……ああ」
「は、はい」
総司がクレアの前に立つとクレアの生存本能が危機感を呼び起こされ足が竦んだ。
総司が水晶に触れる。
……………………。
しかし何も起こらない。
「あ、あの」
「ツカサ様……」
クレアとセフィーリアがおずおずと総司を見上げる。
それを興味深く見詰める者がいた。
(どうするのかしら? アレクシが言い感じに闘気を見せてるわよ? 何の力が無いと分かっても……。楽しみね)
クスッと、アンジェリカは微笑を浮かべる。
「勇者召喚の巻き添えだろ?」
「「え!?」」
「俺たちの前に姿を見せた時、かなり疲弊して痛みに堪えてたろ? それで俺と詩音を見て一瞬だが戸惑った。あの二人は気付かなかったみたいだが」
「は、はい。仰るとうりです……」
(き、気付かれていた……気遣って色々聞きたい事も後回しにしてくれていた……?)
セフィーリアは翔真と一誠が全く気遣う素振りを見せないので、自分の演技は巧くいっているのだと思っていた。しかし自分の演技を看破していた総司の慧眼に舌を巻く。
「先ずは詩音が終わってから二人に質問がある」
「は、はい。私たちに答えられることならば」
「ああ、それでかまわないよ」
振り返ると、詩音が立っていた。
「……最後は私ね」
「はい……お願いします」
クレアが詩音からの冷気を感じ、少し手が震えているのは見ない振りが優しさだろう。
詩音が水晶に触れるも、やはり反応が無い。何も起こらない。
「……やっぱり何も無いわね」
「!!」
詩音は総司の隣に立つち、先程のポジションに戻る。つまり総司の手を取り、自身の腰に回したのだ。
これに吃驚したのは総司だった。
その総司の反応に悪戯に成功した詩音は、フフ、と笑みを魅せる。
(何時も何時も、やられっぱなしとは、いかないわ)
魔力反応の無い総司と詩音を見て、貴族達はクスクスと忍び笑いをする者や、あからさまに嘲笑する者が見て取れるた。
セフィーリアとクレアは「黙りなさい」と、周りを見渡し貴族達を黙らせる。
そんな貴族達を無視し、翔真達にも無関心な総司と詩音を見てセフィーリアとクレアは戸惑う。
「か、完全に勇者様方には無関心ですね……。同郷のはずなのに」
「は、はい。貴族すらも路傍の石以下……」
内緒話をしていたところに総司に話し掛けられ、飛び上がり、慌てて取り繕うセフィーリアとクレア。
「それでだが……」
「「ひゃっ、はい」」
セフィーリアとクレアが飛び上がって驚いた事には触れず――
「質問……」
――詩音が仕切り直す。
「は、はい」
「総司……」
「クレア、勇者召喚には恩恵があるってはなしだけれど、都合良く召喚とは無関係な人間に付与されるものなのか?」
クレアは困った様に……。
「いえ、そんな都合良くはありません。……召喚時に召喚される側に魔力を宿し、適合させる為の術式や付与される能力選定の術式……、それにより初期【潜在能力】が決定されるのです。故に、巻き込まれた者には……、その……」
「……言葉も理解できない?」
詩音の言葉にセフィーリアは顔を俯かせ、また顔を上げ俯かせるを繰り返す。
「ツカサ様、ウタネ様……。召喚に巻き込まれたのは……その……不幸中の幸い……と申しますか……申し訳御座いません」
「まあ、そうなんだろうな。言葉が理解できなければ動きようもないからね」
「は、はい……」
「では……」
二人が詩音を見る。
「じゃあ、次は私」
「はい」
「此の世界で、【潜在能力】を確認出来ない人は居る?」
「はい……魔力が無い者は居ます。赤子もそうです……」
(無い者は、差別対象か)
総司は、セフィーリアの言葉の先を察する。
「ん、それじゃあ私たちは一般人位はあるのかしら?」
「そう……ですね。……ツカサ様、ウタネ様こちらに触れていただけませんか?」
「「それは?」」
総司と詩音の声がハモった。
「魔石で御座います。これは火の魔石なので、この様に魔力を流せば火を起こす事が出来るのです。これは、極めて微力な魔力にも反応するように調整してますので触れれば扱う事が出来るのです」
「「……」」
総司と詩音は、クレアから魔石を受け取る。
受け取り掌に乗せると魔石が火に包まれた。
「熱くない……」
「は、はい。お二人様の魔力なので暖かい程度では無いでしょうか?」
「ああ」「ええ」と、二人が返事をする。
「成る程、調整……ね」
「はい」
総司の納得にクレアが応え、詩音が総司を見る。
「魔力制御も習ってないのにその魔力に手が焼かれて無い。魔力が微力でも確認でき、扱える一般人用の魔石だな」
「つまり、私たち自身以外には熱い?」
「ああ、僅かとは言え浮いてる程度では、低温火傷はするだろ」
「そうね」
二人の理解の早さに内心で驚嘆するセフィーリアとクレア。
「しかし……その……」
「俺と詩音は魔石を使わないと魔法を使えない。それもかなり格の低い魔石に限る……か」
「はい……」
総司の言葉にセフィーリアがシュンとなった。
「それでも、魔力の修練次第ではないの?」
そんなセフィーリアに詩音が問いかける。
「は、はい。ウタネ様の言う通りです」
セフィーリアは顔を上げ勢い良く詩音の言葉に答えを返した。
「モノは使い様って事だな」
総司はクレアにそう言い――
「問題無く使えるなら、不便は無い……」
――詩音がその言葉を継ぐ。
「どうでしょうか。お父様」
セフィーリアが国王アマディウスに御伺いを立てる。
「ウヌ、では、クレア。二人に使えそうな魔石を」
「はっ、私もその様に考えておりました」
その瞬間、笑い声が謁見の間に響いた。
一斉にその笑い声の主を見る。
「ハハハハッ。父上、魔力も良いがオレは、ソイツ等の戦の才能も気になる」
「ム、それもそうだな……」
アレクシの言葉にアマディウスは一考する。
「そうだな、アレクシの言にも一理ある。ショーマ殿、イッセー殿……そして、ツカサ殿……どうかな?」
(問題はその馬鹿二人じゃねぇぜ、国王。オレの獲物はツカサとか言うヤローだぜ?)
ギラ付いた猛獣の瞳と笑みをアレクシは見せる。
(お兄様……)
(アレクシ様……)
セフィーリアとクレアは第二王子に非難を向け、試される三人に心配そうな目を向ける。
「はいっ! 構いません。受けて立ちます!!」
「俺もだぜっ!!」
「翔真、気を付けて」
「気を付けなさいよ」
翔真と一誠も自身の【潜在能力】を試したくてウズウズしていたところだった。
そんな二人を気に掛ける紗奈と千尋。そして千尋は総司を見る。
(怪我をしないでください……)
(総司……)
詩音が心配そうに総司を見上げる。その表情は総司の事を知っていても不安で一杯だた。
「……俺を信じろよ。それにあの王子、先程からいい感じに闘気を高めてた、戦いは避けられそうに無い」
「ん、信じてる。必ず勝って……」
「勝つさ」
総司は異世界の強者と戦えることに不敵な笑みを浮かべる。
「じゃあ……。指名するぜ……」
そうアレクシが獰猛に笑った。




