18話 道化の宴
(面白いわね……あの二人……)
セフィーリアが勇者たちを連れて来た時からアンジェリカはツカサとウタネと名乗った二人を観察していた。
特にツカサは謁見の間に入った瞬間に直ぐ様、守備の隙を探し逃走経路を確認していた。
それは本来、勇者が見せなければいけない警戒心だからだ。
拒否の態度を示した場合、此処に居る教会・元老院・貴族や宰相が、勇者に強制する為に支配の輪を首に嵌めて人質にする可能性があるからだ。
それをツカサはウタネがそうなる可能性を考え逃走経路の確認をしていた。
そして何より、国王を前にして敬意を示していない。それどころか呆れと侮蔑が込められている。
恐らくは偽名だろう、信用ならない、と故意に私に見せている。
そして潜在能力が潰されている。その現象が示すのは第二王女《妹》と、同じ現象。
故に妹は無才の沈黙姫と呼ばれ冷遇されて来た。
民の窮状を訴えようとも……。
そんな妹を私は厄介払いの体で北方領土ヴァイスに送るしかなかった。
その方が自由に動けると考えたからだ。ヴァイスの領主が失脚したのだから上手く遣っているのだろう。
妹には優秀な副官も居るのだから。
アンジェリカは警戒をしているツカサに小さな笑みを浮かべると、ツカサもニヤリ、と笑みを返してきた。
国王に促されたアンジェリカは勇者に質問をするのだった。
暫くしてクレアが、掌に乗るくらいの大きさの水晶玉と、スマホ程の薄い板を持って来た。
「御待たせ致しました」
「ウム、大義であった」
クレアの働ききアマディウスは大袈裟に頷いて見せた。
その頷きにクレアは一礼をし、翔真の方へ向き――
「では、これより皆様には魔力の質を計測する為に、此方の水晶に触れて頂きます」
と、クレアが説明しながら銀色の板を一人一人に配って行く。
「その板は、魔導銀粘土―― ミスリルで造られています。今から皆様には水晶に触れて頂き、精霊銀板に皆様の【潜在能力】を写し取ります。それが、皆様のエストレーヤに於ける身分証明書になり、旅や街のギルドでの活動の際に必要となり、皆様の成長やギルドでの格付けに応じて表記が改変されて行くのです。ですから為るべく失わない様にして下さい」
「本格的にRPGっぽくなってきたぜっ!! 俺はこういうのを待ってたんだっ!!」
ワクワクしてきた一誠が力強く拳を握り、声を上げる。
「失った場合どうなるの?」
紗奈がクレアに至極全うな疑問を口にする。
「失われた場合、冒険者組合にて紛失届け出と再発行を行って下さいませ。ただし、再発行には対価が発生するのでエストレーヤで一番高価な白金硬貨で30枚しますので失わないで下さいませ」
「「 それってどれくらいすごいの?」」
「「ん? それってすごいのか?」」
翔真たちはクエスチョンマークを乱舞させている。
(それはそうだろう、世界の仕組みも解する前に死地に送り込まれ様としているんだから)
総司は醒めた風に見ていた。
「平民なら一年は働かずに食べていけるか?」
「は、はい。それは余裕で。贅沢をしたければそれなりの期間働かなくても暮らして行けるかと思います」
総司の質問にクレアが答えた。
「ですから、盗賊やならず者には御気を付け下さいませ。ツカサ様」
「だ、そうだよ」
「おいっ! お前、売るつもりなのか?」
一誠が総司に食って掛かる。
一誠の声にざわつく、「なんと、罰当たりな」「恥を知れ、無才の下民」等と、貴族たちが喚く。
「相変わらずの御目出度い頭……」
「な、セツジョウ。一誠はチバの……」
詩音の侮蔑を込められた冷水の様な声に、空回り勇者《翔真》がご都合理論を見せ様とするのを詩音がバッサリ切り捨てる。
「浮かれている貴方たちの御目出度い頭でも理解出来る様に、ツカサは貴方たちに代わってクレアに質問しただけよ」
そんなことも理解出来ないの? と可哀想なモノを見るように翔真を見る。
想いを寄せる(ただし、通行禁止であるが……気付いてない)少女に、憐憫を向けられた翔真の爽やかな笑顔が引きつる。
千尋は頭痛がする、と言う様に頭を抱えた。
(あのお馬鹿たち……)
紗奈の心中は荒れ狂っていた。
(あんなに翔真がアピールしてるのに……)
「先程イッセー殿は”待っていた”と申したな。では、イッセー殿は力を貸してくれるのだな!」
「ああっ! 俺は力になるぜっ!! 王様」
「このエストレーヤを……エストレーヤの人々を守る力が俺にあるなら、俺は此の世界の希望になるっ!!」
「おおっ!! 皆の者聞いたかっ! 此れが勇者の威光!! 何と頼もしい」
謁見の間が歓声と雄叫びで満たされる。
「見事に踊らされてるな……」
「ホント、ヘタレフラグを幾つ砂山に突き立てるのかしら?」
「ヘタレフラグって……。どんな運命辿る気なんだ奴等は……」
「今の彼等には戦うしか価値がない」
「やめてくれ……詩音さん此方にも敵対フラグ立ってしまいます」
「もう、色んな意味で立ってる……」
「………………ま、別に構わないんだがね」
「剣士mode入りっぱなし……」
「言い感じに覇気を態と漏らしてる奴が居るんでね」
「第二王子……。それに気付かない憐れな道化師達」
「道化師で居られる間は笑っていられるがね。道化師ならいいが、操り人形に成らなければいいんだけれどね」
総司と詩音は身を寄せ合い小声で話す。翔真と一誠の面倒を見させられる千尋の為にそう願う。
「さっきも聞いたけど魔族は人間の捕虜を必要としないんだよね?」
「攻めて来られ、たとえ生き残ったとしても狩りの様に遊びで殺されてしまうのですよね?」
「は、はい。生き残ったとしても態と逃がし、追い立て、狩りを楽しみ親しき者の前で犯し、殺すのです」
セフィーリアの話に言葉を無くす紗奈と千尋。だが、話には続きがあった。
「アルフィード騎士、アークディーネ騎士隊の中にも戦いに破れ、投降しても生きたまま鉄杭に刺され、アークディーネの西に在る此処からでも見える丘に打ち込まれ、晒されるのです」
「「…………」」
その話に悪寒が走り、ブルッと、千尋と紗奈が身体を震わせる。
「然も有りなん、と言ったところか」
「けど、ゲームや小説だと仲間になったりするのも在るけど?」
「それは人間味に興味を持った物好きな奴だらうさ」
「力を持っているから、他者を必要としない……。だから、人族はいらない……か」
「戦争にハッピーエンドなんて無い。物語りの様に魔王を斃し凱旋して終わりを迎えても、その綺麗事の後ろには必ず癒されない悲劇が在る。どんなに目を逸らしたとしても……」
「だから、小説の様にはいかない?」
「ああ、道化二人はゲームか小説の主人公にでも成った気で居るみたいだけれど、必ず何処かで破綻する」
詩音は千尋を心配そうに見る。
「ねぇ、千尋。千尋が賢者なら、その傷を癒せるんじゃない?」
「は、はい。チヒロ様が賢者の御力を得て修練をかさねれば、その御力で死出の黄泉路に向かいつつある命をも救えるでしょう」
紗奈の言葉にクレアが憧憬を持って言葉にする。
「今一度、お願い申し上げます。異世界よりの勇者様、別世界に生きる皆様には、まるで関係の無い話。ですが、此の世界を救うため、我等の願い、どうかお引き受けして下さいませ」
思案する千尋にセフィーリアとクレアが再び頭を下げ懇願する。
(成る程、誠心誠意なのは三人。国王、王妃、第一王子は懇願の態を取っているもののあれは命令。第二王子は戦闘が出来れば何でも良い様だし、貴族は道具、しかも使い捨ての様な目で見ている)
詩音と身を寄せ合っていた総司は、詩音を庇う様に引き寄せる。
(っ!!)
「近衛騎士が殺気を見せた。恐らく断れば剣と槍を突き付けて来る」
だから側に居ろ、と最後に伝え、前を見据える。
「……わかったわ」
詩音は内心は――
(こんな時ばかりか弱い女の子扱いして、普段からもっと……って、こんな時に私は何考えてるのっ)
その俯く顔は真っ赤だ。抱き寄せられ触れられている場所を意識してしまう。
これを見た翔真がどうするか想像に堅くない。だが、気付かない、何せアンジェリカとセフィーリア、クレアに勇者アピールに必死だからだ。
「なぁ、千尋。俺に力をかしてくれ! 俺の為だけじゃない、皆の為にっ!! 俺は一人でも多く救いたいっ!!」
「翔真もああ言ってる。俺たちなら大丈夫だ! 俺たち仲間だろ?
ゲームの様に連携してやれば楽勝だって、なっ!!」
翔真と一誠が鼻息荒く千尋に迫る。
「ね、千尋。千尋が居れば一人でも多く救えるんだよ。それに、あたしたち帰る方法も解らないんだし……」
「そう……ですね」
千尋は暫く悩み、答えを出す。
「分かりました。何にしても、先ず生きる術を身に付けないといけません」
翔真たちが千尋の参戦に歓びの声を上げる。
詩音が懸念した通りになる。
そんな千尋を総司と詩音は痛ましい気に見詰める。




