13話 再会 【挿し絵あり】
翌日、幾分雨足が弱くなったとは故、未だに夜の気配を残した朝早く、ステラの家の扉が叩かれた。
「どちら様でしょうか?」
と、フリーデルトが扉を開けると、そこにはナトゥーラ領、監理者代行のセレナ・レーゼンベルトが立っていた。
フリーデルトが驚き、次第に顔色を無くしていき、身体が震えだす。
「…………フリーデルト。無事だったのね?」
「は、はい。……あの……」
フリーデルトが怯えながら、小さく返事を返した。
「フリーデルト。【聖乙女】の儀式について話があります」
セレナがそう告げ終えた瞬間、セレナの目の前に銀光が煌めいた。
「姉ちゃんに何の用だっ!!」
フリーデルトとセレナの間に、ステラが短剣を構え飛び込んだ。
「私たちは、フリーデルトさんに昨夜の出来事を聞きに来たの」
セレナの横に立ち、ステラに話し掛けてきた少女に短剣を構え直し、警戒する。
「ス、ステラッ!!」
慌てフリーデルトがステラを庇い、膝を着き頭を地に着け謝る。
「申し訳御座いません! 何卒この娘のお命だけは、御容赦くださいませ!! 罰なら代わりに姉である私がお受け致します。ですから……、どうかっ、どうか、この娘のお命だけは、御許し下さいませ」
「では、先ずは顔を上げなさい」
「は、はい」
「ね、姉ちゃんっ!!」
フリーデルトが顔を上げると、厳しい顔をした美しい少女が自身を真っ直ぐ見据えていた。
「そうね。……フリーデルト、貴女に罰を与えます。昨夜の事を包み隠さず話なさい」
「は、はい。……畏まりました。御上がりくださいませ……」
ステラがフリーデルトにしがみ付き、フリーデルトは震える手でステラを抱き寄せる。
部屋が緊張で張り詰める。
「此方は、魔導大国アークディーネ・アルフィード王家、そして、この北方領ヴァイス城主、アースィナリア・フルーレ・サファリア・クリスタリア第二王女殿下で在らせられる」
セレナが、フリーデルトとステラに先程の麗しい少女の御名を告げた。
「お、王女殿下っ!? ……知らず、無知とは故、申し訳御座いませんでした!ステラも、頭を下げてっ!!お願いっ!!」
「…………モウシワケゴザイマセンデシタ…………」
ステラは不承不承、フリーデルトと共に平身低頭謝る。
アースィナリアは二人の前にしゃがみ込み――
「さ、二人共、顔を上げて。立って、今は席に着いて昨夜の話を聞かせて、貴女たちが土地神と崇める偽りの神、堕ちた精霊の話、そして、貴女たち【聖乙女】という存在を、そして、これが一番重要なの、誰がどの様にして、神と崇められる迄に至った堕ちた精霊を斃したのかを」
フリーデルトとステラが自分たちの姉たちが、そして、これから妹たちが【聖乙女】に選ばれるであろう事、自分が選ばれてからの日々と、自分か生きている事で、これから選ばれるであろう残された妹たちの話をしていく。
「私たちは、それが尊い事であると教わっていました。……しかし……儀式場の社で出逢ったあの御二人が……、不可思議な武器でシオン様が御一人で眷族を、ソージ様が御一人で皆様が仰せられる堕ちた精霊を斃したのです……」
二人の常識は昨夜、少年と少女により書き変えられた。
そして、その後にこの家で土地神の正体について聞かされた事を話していった。
アースィナリアは時折頷き、最後迄口を挟まず話を聞き、特に戦いの話には驚きを表した。その話にはアースィナリアの隣に座るセレナと後に控える少年と少女もアースィナリア以上に驚いていた。
そして、フリーデルトとステラは話を終えた。
アースィナリアは腕を組み考え事をする。
(やっぱり、あの二人だった。先ずは二人をフリーデルトにこの場に呼んで貰い、此方の行いをきちんと謝罪する。……許して貰えるかしら……。いいえ、そんな心構えじゃダメ、二人からも詳しく話を聞いて、これからの事、わたし達の事も話さなければ……。出来れば、もう一度……)
そこまで考えていると、不意に『アーシェ』と、頭の中に透き通る様な美しい声が聞こえた。
『どうしたの? サファリア』
『私と同等か、もしくはそれに準ずる精霊の気配を感じます』
『…………!!』
アースィナリアは驚きを表に出さなかった自身の事を褒めても良いのではないかと思った。
サファリアの言う気配が本当なら、この土地、またはこの近くに精霊の女王とも女神とも謳われるサファリアと同格、それに準ずると言う事は聖獣であるレオンと同格だ。
そのレオンも実体化を解いているが警戒しているのが気配で分かる。
『あちら側に今のところ敵意は感じられないけれど、それを抑えている、と言ったところでしょうか。魔精霊の様な瘴気は感じられません』
『そこは……安心ね。もし、サファリアと同格の魔精霊だったら、と思うと……』
『そうね。あまり考えたく無いわね』
それでも自分の力を制御せず、なにも顧みなければ此所に居る人間だけは護れる、と言う確信はある。サファリアは内心でそう結論付けた。
そして、アースィナリアが眼を開け、フリーデルトとステラを交互に見据えてアースィナリア第二王女として命を告げる。
「フリーデルト、ステラ。貴女たち二人には此れから、わたし達フルーレ軍の庇護下に入ってもらうわ。もちろん、貴女たちの妹たちもね。現在、我がフルーレ騎士が孤児院を―― 貴女たちの妹たちや母親を貴女が生きていて怒りを見せるであろう町の人や祭司たちの無法者から保護しているから安心していいわよ」
アースィナリアは二人を安心させる様に優しく微笑む。
「あ…………」
「じゃ、じゃあ! 姉ちゃんたちはっ!!」
ステラが、アースィナリアの方に向かい身を乗り出す。
アースィナリアがセレナを見る。
「貴女たちは生きていて良いのです」
セレナが、ナトゥーラの監理代行者も認めてくれたと言う事に、ステラがフリーデルトに抱き付き声を上げて涙を流し、フリーデルトも、「あり……がとう……、御座います……」と、静かに涙を流した。
「セレナ」
「はっ」
セレナは方膝を着き、礼の姿勢をとる。
「貴女には本日この時を持って、我が副官に復帰してもらうわ。もちろん、異論は認めないから」
「はっ!! セレナ・レーゼンベルト。只今を持ちまして、アースィナリア王女殿下の許に麾下致します」と、頭を下げ、剣を捧げた。
「ヴァイス城主としても、わたし個人としても二度と贄になどさせない!!」
アースィナリアが、そう宣言すると――
『クスクス。へぇ、未だ、あの王族にも玲瓏な精神を持つ者がいたのね』
明朗な声が部屋に響く。
アースィナリア達は視線を巡らせて臨戦態勢を取り、ソフィアとゼルフィスがフリーデルトとステラを守る位置に就く。
『其処にいるのでしょう。アイリシュティンク、我が妹』
「サファリア!?」
アースィナリアが驚き、自らの契約精霊の名を呼ぶ。
すると、部屋の二ヶ所で光が収束されていく。
そして、二人の女性が姿を顕す。
「お久し振り、蒼の姉様」
「えぇ……そうね。リスティー」
しかし彼女達は人間に似て非成る存在。その証拠に、その背中には左右対称―― 四対の羽根が光輝き、燐光が舞っている。
「精霊……。それに紫の八枚羽根!! まさかっ!?」
アースィナリアが驚くのも無理は無いだろう。何故ならば、精霊の女王とも始まりの精霊とも云われる彼女達―― この世界エストレーヤを創りし女神が自ら人間の前に姿を見せたのだから。
セレナ達もその存在感と神気に畏れを懐く。
フリーデルトとステラは、孤児院で読んだ絵本や、ステラは祖父に聞かされた物語で知った、女神とも精霊の女王とも謳われた二柱の絶世の美貌の精霊を前に呑み込まれていた。
「はじめまして、蒼き女神の契約者さん。わたしは、アイリシュティンク―― アイリシュティンク・ヴィオ・アメシスターレよ」
「はじめまして。わたしはサファリアの契約者、アースィナリア・フルーレ・サファリア・クリスタリアよ。貴女の契約者は、何処かしら?」
挑発的な表情を見せる紫の女神に対し、アースィナリアも彼女を真正面から挑む様に見据える。
「ね、出て来てもいいんじゃないかしら」
アイリシュティンクが奥の扉に向かい声を掛ける。
すると、奥の扉が開き、アースィナリアが見知った二人が姿を顕す。
「久しぶり―― と言っても三日ぶりか? その節はどうも」
総司がそう皮肉る。しかし少女、詩音は無言で無表情だ。
「………………」
彼等に面識の有るアースィナリアやルクセイド姉弟は、やはりと言う顔をして、セレナは自分と年齢が変わらないであろう二人の少年少女に驚く。
(この二人が、……あの魔精霊を斃したのですか? とても、そんな風には……)
アースィナリアは二人に勢い良く頭を下げた。
「ソージ! シオン! ごめんなさいっ。親友と言いながら、エドウィンや騎兵たちのあんなっ、あんな行為を許して……」
「確かに……思うところが無いと言えば嘘になる。問答無用で詩音に斬り掛かられた訳だからな。寧ろ怪我人は、そっちが多いだろ?」
「ケガ……ね。そうね……」
「総司。気にすることは無い。戦場にしたのはあっち。私達は被害者、正当防衛。仕掛けたのはそっちなのに負けたら被害者面するのね」
アースィナリアは苦い顔をして、ソフィアと二人で治療しなければ怪我ではすまなかったのだ。
「アースィナリア様。この者達と知り合いなのですか? しかも……」
セレナは攻防戦をしたと聞き、眉を顰める。
「この者達は、一体……? この場に居たと言う事は、この二人が魔精霊を斃したと言う事なのですか?」
「えぇ、そうよ」
セレナの問いに答え、アースィナリアは二人を真っ直ぐ見据え――
「貴方達二人は、一体何者なの?」
と、言う問いかけに、総司と詩音は顔を見合わせ、話すしかない、と覚悟を決めた。




