12話 真実
総司と詩音が話し合いを終え、身体を休ませている時、フリーデルトとステラの二人もまた、これからの事を、そして、あの謎めいた二人の事を話ていた。
「なぁ、姉ちゃん。あの、兄ちゃんと姉ちゃんが言ってた土地神が、魔獣や魔獣人とか零落した精霊だって言ってたけど本当かな……? 本当なら……」
あの二人が言っていた土地神の真実。それはフリーデルトにとっても衝撃的であった。
お伽噺等には必ず美しい姿で描かれている。
そして、禍々しい姿で描かれているのは、いつも魔物や魔獣と言った恐ろしい存在たちだ。
そして、あの少年は今日まで崇め奉っていた土地神を元魔獣人と言い、堕ちた精霊だとも。
「今から、御二人から話を聞きましょう」
二人は、総司たちを待たせている居間へ、意を決しステラと共に部屋を出た。
▽
「お待たせしてしまい、申し訳御座いません。神様」
総司と詩音が寛いでいると、フリーデルトがそう言いながら姿を見せた。
「俺は神でも何でも無い。頭を上げてくれないか」
詩音が少し冷たい視線と声で、フリーデルトたちに一言告げる。
「それは、もういいから……。話しを進めさせて欲しいのだけど?」
(剣士modeじゃ無いにしろ、真面目な話だし、口調を変えたわね……)
フリーデルトは顔を蒼白にし、恐る恐る床に正座をし、ステラもそれに倣う。
「…………。まぁ、いいか」
総司は、別に椅子に座ってくれとも、と思ったが、話が進ま無くなりそうなので、二人の行動に任せることにしが、
「詩音。このままじゃ、二人の身体が冷える」
「分かったわ。ほら、二人とも、これを下に敷きなさい」
そう言って暖かそうな絨毯を二人に渡し、それを二人が受け取り、素直に敷いた。
「総司」
「じゃあ、話をさせて貰おうか。このナトゥーラにとって、土地神と言うのは特別で土地の環境を操って雨を降らせたり、土地を肥やさせて作物の出来不出来に関わり、その対価に【聖乙女】を求め続る。土地神は一度、その土地に根を張ればその土地から遠く離れる事が出来なく為るから」
総司は一度言葉を切り、それで間違いがないかとフリーデルトに問う。
「はい、その認識で間違い御座いません」
「そして、貴女たち孤児は神殿からその土地神の無聊を慰める為に遣わされる……。生け贄として」
詩音の言葉にステラは悔しそうに――
「そうだっ! アイツ等の所為で姉ちゃんが……、姉ちゃんが、うぅっ……」
ステラがフリーデルトにしがみつく。離さない、渡さないと言う様に。
「それでも、ちゃんと目を向けて真実と向き合えば、それが神殿側の自作自演だって理解出来るんだけと……。考えてみてくれ、この魔導大国は元々、精霊との契約の地なんだよ。あの程度の堕神でも雷雨くらいは引き起こせる。それを収めて見せたのは、ただ単に威力が続か無くなったからだ。そして、洪水なんかは川の水を塞き止めて解放すればいい」
「「っ!!」
二人は余程ショックだったのか言葉を無くしている。
総司は、そのまま話を続ける。
「【聖乙女】になるのは孤児。親からの文句が無い、土地神の神威によって親が亡くなれば、その子供たちも【聖乙女】に出来る。その為の孤児院が貴族からの寄付で建てられ、それで生活出来ている」
「「…………」」
二人は言葉を無くしていたが――
「は、はい。その……通り、です……」
「けど、フリーデルトからすれば、妹たちは満足に食べれてもいないだろ?」
フンっ、と総司は侮蔑と皮肉を込める。
「神だか何だか知らないが、神に仕える者が肥太っているのは、なんの冗談だ?」
「着服して貴女たちの命を啜ってる。下種ね」
詩音が怒りを顕す。
総司が詩音の肩に手を置き、詩音は怒りを静め、気恥ずかしそうに呟く。
「……ごめんなさい」
「いいさ。……それで、土地神は土地に根を張るから、普通は死なないし、殺せない、と」
「はい、それで間違い御座いません……」
そこで、フリーデルトとステラの目が、総司と詩音を交互に見る。
そして――
「あ、あの。御二人は土地神が堕ちた精霊だと……」
総司と詩音は顔を見合わせ、真実への核心を二人に話す。
「さっきも少し話したけど、アンタたちが言う土地神は、元々は精霊で、その中でも特に人間や、亜人種、人間側に味方する精霊を憎悪し、悪意を持つ精霊が、精霊と契約した精霊召喚術士や人間、亜人種に味方した精霊との争いに負けて、その霊力や生命力を削られて、落ち延びた精霊が魔獣や、獣を喰らうか、肉体を奪い盗ったのが、アレだ。複合精霊、もしくは、複合精霊獣。それが、運の悪い盗賊や商人、冒険者が喰われ、人形を取ると、魔獣人と成る」
フリーデルトとステラは、祭司や神官たちから聞かされた教えとは違う、と戸惑う。
「だけど、所詮は元獣や人間、肉体は老い朽ちる。老いて朽ちない為に、土地に寄る。けれどそれは、次第に心が磨り減っていき、魂が薄れて自然の一部に成っていく」
「そうなれば、消えるんじゃねぇのか?」
ステラの質問に詩音は首を横に振る。
「精瘴石、魔精霊の結晶だけど、それが瘴気を放ち魔境と成ったのが森なら魔獣や魔物が住み着き、魔獣の森と呼ばれる。けれど、中には永く生きて畏れられて堕ち神と成って祀られれば……」
「私たちが知る様に守護神と……、成る」
詩音は頷き肯定する。
「だからこそ、存在の強い人や亜人種を喰い、魔精霊獣は知性を得ようとする」
詩音の説明に総司が言葉を付け足す。
「他の堕精霊が、魔精霊や魔精霊獣を襲って喰らうのは、それが
手っ取り早く強くなる為なのと新陳代謝の為よ」
フッと、総司が笑うと、詩音たちが総司を見る。
「何よ?」
「いや、言い得て妙だな、とね」
「言い得て妙?」
「だって、そうだろ? 旧いモノが、新しいモノに取って代わる。
それは、人々の在り方も同じ。生々流転する世の中、時代において、何も特別な事じゃない。老いて変われなければ、静かに消え去るべきだ、それが世の常だ」
「兄ちゃんたちは……、土地神じゃねぇのか?」
ステラがフリーデルトを一度見て警戒し、恐る恐るといった様子で声を掛ける。
「あぁ、俺たちは違う」
「姉ちゃんを……」
「えぇ、私たちは、ステラのお姉さんに危害を与えたりしないわ」
詩音がステラの不安を取り除く様に優しく声を掛ける。
「いえ、御二人様は、土地神を斃されました。斃せるのは、同等の神格を持つ神だけなのです」
「フリーデルト。いいか、よく聞け。アレは、元は精霊だ。変質しているとはいえ、戦い方と武器次第で勝てる」
総司は、手元の可変魔法銃装剣を、詩音は《アルヴィオン》を示す。
「その不思議な武器が、土地神を斃したと仰るのですね?」
「えぇ、そうよ。総司の武器も私の武器も、精霊銀で造られているの。魔神や魔精霊、魔属性の存在には普通の鉄の武器では歯が立たない」
そして。
「ステラが持っている短剣。それも精霊銀で出来ている」
総司がステラを見て、そう言うと――
「うえぇっ!? この、じいちゃんの骨董品が!!」
「あぁ、眷属とは故、ただの短剣で攻撃をしたり、受けたりすれば短剣が砕けてステラの身体は引き裂かれていた」
「…………」
ステラはブルリと震える。今頃になって偶然では無く、亡くなった祖父が遺してくれた短剣が自身の命を救ったのだと、実感した。
「ですがっ! それでも―― どうかこのナトゥーラに御加護を!!
平穏と豊穣をどうか、御願い申し上げます」
そう訴えるフリーデルトの表情は真剣そのものだ。
総司は、一度目を閉じ……。
「俺には、……俺たちには目的がある。だから、土地神に成る積もりは無い。そして興味も無い。土地に縛られるのも御免だ」
呆れた様に溜め息を一つ。
「そもそも、町の領主や監理者は何をしている?」
「土地……神様…………?」
「何故、外から知識を得ようとしない? もし、それらを理解していて、それでも【聖乙女】なんて犠牲を続けているなら、そんな存在は滅べばいいし、そんな連中を神と成ったとしても、救けてやる義理もない」
総司はフリーデルトを一瞥し、弱いこと無知である事を肯定する様な行いを、そう、切り捨てた。
「総司。……この世界は弱肉強食」
詩音は咎める様に総司を睨む。
「……それも含めて、だろ?」
「「「え?」」」
詩音は言い過ぎを肯定するのか? と、フリーデルトとステラは、まさか弱者が強者に勝つ事が出来るのか? と、驚く。
「言葉遊びだけどな、”弱肉”つまり、弱い者が、”強食”つまり、強い者を倒す、下剋上するってことだよ。人が鳥を捕まえ様としても、空を飛んで逃げてしまう。それは、卑怯じゃない。
それが、鳥の身体能力だからな。それを呆然と見送るか、それとも知恵を使って仕留めるか、弱肉強食は、出来ないヤツが悪いって言う皮肉だ。それこそ、才能や天才、鬼や神と言った言葉が、自分たちの世界にあったが、自分たちとは、違うと、差別する悲しい言葉だ。それを口にした瞬間に、嫉妬や羨むなんて感情を懐く資格も失う」
詩音がこの世界に来てから、今までを振り返る様に《アルヴィオン》に触れる。
「そう……ね。私たちには、少し変わった武器と知識があって、授けてくれた人たちが居たから、今まで生きて来られたし、あの眷属も、堕神も斃せた」
その詩音の言葉に――
「使い方さえ覚えて、間違った使い方さえしなければ、フリーデルトやステラにだって、戦えた」
ステラが、身を乗り出して、詩音に問いかける。
「アタシでも、姉ちゃんを護れる?」
詩音が小さく頷く。
「それでも勘違いしないで、あくまで武器の力に依るところが大きい」
「ですがっ! それでも――」
フリーデルトにはそれでも納得し難く、言葉を紡ごうとする。
「とにかくっ!」
総司は、フリーデルトが何かを言う前に言葉を遮った。
「とにかくフリーデルトは【聖乙女】として堕ち神に喰われなくていい。それと、一度、町に行って監理者と話をしてみる。だから案内してくれないか?」
「は、はい。私は頭が弱いので、未だ良く分かりませんが、今、領主代理、監理者代行を為さって居られる方は、王都中央学園に御留学をして、そのまま王女様に御仕え為さっているので」
「………………」
詩音は何やら考え事をしていて無言で、総司は長々と溜め息を一つ。
「…………。取り敢えずそれでいい。俺たちも、二人も、色々あったんだ。今は身体を休ませたい。明日、頼む。それと此処を借してほしい」
フリーデルトがステラを見て確認をとる。
「あ、あぁ、別に構わないけど……」
ステラから了承を得る。
「わるいな。俺はともかく詩音を休ませてやりたいんだ」
総司のその言葉に詩音が眉をひそめる。
「“俺はともかく”ってね……。まぁいいわ、周囲を警戒しないで済むんだから」
そう言うと詩音は、総司に寝袋を投げて渡す。
「総司こそ、ちゃんと身体を休ませて」
詩音の表情から、自分が詩音を心配する様に、詩音も自分の事を心配してくれているのが分かり、総司は、寝袋を受け取り。
「わるい。そして、ありがと」
「分かればいいのよ」
そうして、二人が寝る準備を終え、フリーデルトたちに向き合う。
「それじゃあ明日、その監理者代行の許に案内して」
「は、はい。しかし、あの……」
フリーデルトが何に逡巡するのかを、詩音が察して。
「この寝袋、おそらく寝具台より寝心地いいわよ。ほら」
フリーデルに確かめさせると、彼女は驚く。
「ね? だから安心して。全員疲れてるし、寝ましょ」
「あ、は、はい。申し訳ありませんでした。そ、それでは、御二人様、お休みなさいませ」
「「おやすみ」」
総司と詩音は声を揃えて挨拶をし、漸く雨をまともに凌げる場所での眠りについたのだった。




