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必勝の聖眼の神殺しと戦女神  作者: 暁 白花
2章 聖なる乙女
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5話 二人の少女の涙の決意と覚悟

 魔獣の森と呼ばれる森がある。

 そこは、昼間は比較的に穏やかな獣が顔を覗かせるが、夜になると凶暴な獣や魔獣たちが食料を求めて争い、徘徊する極めて危険な森だった。


 そんな森の少し開けた草広場。

 豪雨の中、歳の頃は12、3だろうか、一人の少女が短剣を上下左右に振り、鍛練に励んでいた。


 短く、男の子の様に切ったアッシュブロンド、幼い猫を連想させる目、小柄な体躯。


 しかし、得物を振るう様は悲壮な決意と覚悟が窺える。


「148、149、ひゃくご……じゅっ!?」


 ソプラノボイスが数を数える途中で途切れる。


 バシャッと、泥水が少女の身体を濡らす。


 大きく肩を上下させ、荒い息を吐き続ける。肺は焼ける様な傷みを訴え、鍛練を続けてきた肢体には力が入らず。それでも尚、その瞳には憤怒が宿っている。


 いったい何が少女をそうさせているのかは分からない。

 だが、その目に涙を溜めて手から離れてしまった短剣の場所まで、泥にまみれながらも這いずり、たどり着く。身体は疲労している。それでも彼女は立ち上がろうとする。


「なんでっ!! 姉ちゃんがっ!! 絶対……絶対に助けてみせるっ!!」


 ――なのに、なんで……なんであたしはこんなに弱いんだ……。大好きな姉ちゃんを、こんなんじゃ守れないじゃないかっ!


 目に涙を留めどもこの雨で、嫌でも流れてしまう。

 必ず姉を助け出す。そう自分に言い聞かる少女――ステラは、その身体を苛め抜いていた。


 晴れていれば、綺麗な夕焼けが見えたであろう夕暮れ時、雨に濡れ泥まみれで、祖父が亡くなるまで住み、孤児院を飛び出して以来再び住み始めた家へ戻る。





 祭祀行列は山の中腹……目的地に着いてた。


「降りなさい」


 そう命じたのは、行列の先頭に立っていた祭司だ。


 彼に従う神官の三人は、祝詞をあげ鈴を鳴らし続ける。

 それに追従する、信なる行者の列。


「……はい」


 命じられた少女――フリーデルト――は、素直に頷いて、神輿から降りる。


 フリーデルトの首輪から神輿へ繋がれた長く重い鎖がジャラリと鳴る。


 神官二人はこれを外すとその端を持ち、フリーデルトを道の奥へ引き立てる。


 そこに在るのは“神殿”だった。

 もっとも、祭司たちがそう呼んで来ただけで彼等が普段寝起きし、修行をしている建物はちゃんと町の方に在る。


 山の中腹に申し訳程度に設けられた社は、寧ろ儀式の場―― 祭祀場としての意味合いが強い。

 文字通り此処は“神が降りる館”である。館と言っても造りは薄い板張りで簡素だ。


 ナトゥーラの標準的な家が一軒建てられそうな広場には、大きな石柱が何本も円を描く様に配置され、その上には、それだけが綺麗に削られ磨かれた平たい岩が載せられている。


 フリーデルトは儀式の場の石柱を見上げる。


 ――この一枚岩を一体どの様に造り、どの様に磨かれたどの様にして石柱に載せたのかは誰にも分からない……。一体いつ頃から在るのかも分からないけれど、神にしかこの様な事できない……。


 “故に神の御業”とフリーデルトは教えられて来た。


 人間に理解も成す事も不可能な事を、当然の如く成しえるからこそ神なのだ。

 だからこそ、人間は地に伏し畏れ敬い、これを崇め奉る。


「此方へ」


 祭司が手招きをする。


 儀式の場、中央部には地面に一本の鉄杭が打ち込まれているた。


 上部には同じく鉄の環が備わっていて、祭司の指示によって神官は其処に、フリーデルトの首輪から伸びている鎖を繋いだ。

 やけに手際が良いのは、この作業を逸早く済ませ、神が現れる前に此処から立ち去りたいが故の事だろう。

 

 祭司、神官と言えども所詮はただの人間だ。

 神への畏れは人並みに――いや、祭司、神官だからこそ、それは、人並み以上に持ち合わせているのだろう。



「しかと、御勤め果たす様に」


「はい……」


 祭司の言葉にフリーデルトは頷く。

 

 “御勤め”の意味は勿論、理解している。

 幼い子供の頃から尊い事だと教えられて来た。

 今更、取り乱す様な事は無い。


 何十年、もしかしたらフリーデルトが知らない古の時代より繰り返されて来た尊い行いで、神の妻になる事は誉れ高い事なのだと、繰り返し、繰り返し言い含められて来た為か、怖れは既にフリーデルトの身体と心に馴染んでいる感覚と感情だった。


 祭司たちは、他の行列の信徒たちと頷き合うと、フリーデルトを残し神輿はそのままに来た道を足早に立ち去って行く。


 ただし、三人の神官だけは少し離れた場所から儀式の進行を見守らなければならない。


 この期に及んで、怖れた【聖乙女】が自害したり、現れた神に不敬不遜な行動をとったりしない様に見張らなければならない。

 過去に幾度かそう言う事が在ったからだ。


 その度に神の怒りを買い、祭司たちはその怒りを鎮める為に更に、数多くの【聖乙女】を差し出す事になった。


 当然、フリーデルトにはそんな事をする積もりも無いのだが――


 ――私が神の【聖乙女】を果たし、神に御怒りを御鎮め頂けなければ、孤児院にいる“妹”たちが直ぐ様、私に代わる【聖乙女】に選ばれてしまう。


 と、悲壮な覚悟をフリーデルトは決める。


 血など繋がっていない偽りの“家族”ではあるが、親の顔も知らないフリーデルトにとって彼女たちは、大切な“家族”だった。


 ――ステラ……。


 フリーデルトは“家”を飛び出した妹の事を思った。


 ――『姉ちゃんを絶対救う』って飛び出して行ったまま戻って来なかった……。無事でいて……ステラ……。


 今、この場にいる彼女には、ステラの無事を祈る事しか出来ず、最早一目見る事も叶わない。

 他の“弟妹”たちの顔を順に思い描きながら、彼等のこれからを思いフリーデルトは涙を流す。



 どのくらい時間が過ぎただろうか。


「……?」


 フリーデルトは何かを感じ社を見る。


 ゴトッ、と何か硬く、重さを感じさせる物音が聞こえて来た。


 神が現れたのかと思ったが、それならば先に堂々たる足音と咆哮が聞こえ、その巨躯を見せているはずだ。

 こそこそと、社の中に隠れて【聖乙女】を待っている神など、

聞いた事が無い。


「まさかっ!」


 フリーデルトは、真っ先に自分を救うと言った妹を思い浮かべた。


 ――ステラ? 社に隠れて土地神様を待っているの?


 フリーデルトは妹を逃がすべく社へと歩き出す。


 鎖はある程度の長さがあり、儀式の場と社まで歩き回る事が出来た。


 社の扉を開き、フリーデルトは息をのんだ。


 板壁に背を預け、少年が眠り、その少年にもたれ掛かる様にして少女が寄り添う様にして眠っている。

 どちらも外套を着込んでおり、彼等のちかくには油灯ランプが置いてあり、あかりが外に漏れない様にされている。

 恐らくは、この豪雨に難儀してこの社の中で雨宿りしていたに違いない。

 そして、長旅の疲れだろうか、不用心にも二人して眠ってしまったのだろう。


「…………この人たちは一体」


 少年、少女共に妙な格好をして少し変わった品を身に着けている。

 先の物音は、彼の脇に置かれている道具――

 手にしていた物が落ちたと言う事だろうか。


 それは、フリーデルトも始めて見る代物だった。

 銀色の奇妙な形をし、柄の部分から金属製らしき部品が複雑に幾つも組み合わされている。


 ――これは、一体何なのだろう? わたしが知らないだけで、この魔導大国の王都や遠く離れた帝国では普通にみられる物なの?


 そして、眠る少女。

 小柄で整った顔立ちをし、銀色の髪は肩までの長さで、この少女の奇妙な品は、その顔に在った。


 小さな硝子の板を中央で細い金属部品で繋ぎ、両端を精緻な飾り細工が金属に施され、それを耳と鼻でひっかけている。

 そして、黒い革張りの袋の様な物からは、これもフリーデルトが始めて見る代物だ。


 ――この二人は、兄妹…………? でも……似てない。


 少年と少女を見て――


 少年は長身に均整のとれた体躯、よく整った顔立ちで、どこか少女めいた中性的な顔立ちをしている。

 眠る顔は、美しくさえある。

 年齢的には、恐らく自分と同じくらいで、16、7歳と言った感じだ。

 何処か涼しげな印象が在り、その髪は漆黒。

 少女とは似ていないとフリーデルトは思った。


「あ、あの……」


 フリーデルトは二人に声を掛けてみる。


 疲れて眠っている処を悪いとは思ったが、此のままでは彼等を儀式に巻き込んでしまい、この少女までも、現れた神に見初められ【聖乙女】にされてしまう。


「あ、あのっ、起きてくださいっ!! 早くしないと手遅れになってしまいますっ!!」


 フリーデルトは声を大きくして、少年と少女の肩を揺する。


「…………ん?」


 小さな声を漏らすと、彼が目覚めてフリーデルトを見返してきた。

 その瞳は瑠璃色をしていた。


「…………何?」


 少し遅れて少女が目覚める。


 その瞬間を狙った様に――――


「――――――――――!!!!!!」


 咆哮が社に儀式場に、そして、それを囲む森に轟いた。



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