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01話 裏切り

 新連載はじめます。

 今回はジジイが子供に戻って魔法学院に通うというお話です。

 あと元々のタイトルは『Sランクのジジイ冒険者、子供にもどって学園無双。けど娘にモテてどうすりゃいいの?』というものでした。

 でも短いタイトルがカッコ良いと感じてしまったので、こうなりました。

 「やれやれ、これで依頼完了か」


 オレの名はエドガー・コルナン。ジジイの冒険者だ。

 だが、ただの冒険者じゃない。この世界最高峰のSランク所有者だ。


 生きて帰ることすら難しいSランクAランクのダンジョンを十三ばかり踏破した。

 さらに災害とも言われるSランクAランクモンスターを三十五ばかり倒した経歴持ちだ。無論BランクCランクのそれを下した数は星の数。


 そんなオレはとある貴族の依頼を受けて、とある廃墟の奥。

 ”聖杯の淑女”と呼ばれるお嬢ちゃんをようやく探し出した所だ。


 オレもジジイになり過ぎてダンジョン探索なんかからは遠ざかっていたが、こういった経験がモノをいう仕事はお手のものだ。


 さて、その”聖杯の淑女”とかいう娘っ子だが、銀髪の子供だった。

 淑女らしい服なんか着ておらず、ここらスラムの子供と同じような粗末な服。


 ただ、怯えもせず濃緑の瞳でじっとこちらを見ているのが印象的だった。

 しかしこんな子供に、淑女も何もあったもんじゃなかろうに。

 

 「さすがは名高いコルナンさん、見事な手際です。よくぞあれだけの手がかりで彼女を探していただけた」


 この仕事の依頼者【サリエリ・クロノベル】伯爵公子は柔和な笑みを浮かべて賛辞をよこす。

 この公爵家のお坊ちゃん、まだ魔法学校の学生らしい。優秀なことで。


 「ああ。報酬は頼むぜ、坊ちゃん。娘の学費がかかっているんでな」


 じつはオレの娘も魔法学校に通っている。

 といっても妻とは離婚しててそっちにいるわけだが、せめてもの父親の意地で学費の一部くらいは渡してやりたいと思っている。


 「ええ、それはもちろん……」


 バシュッ バシュッ


 その瞬間、奴の後ろに控えている護衛騎士から魔法光弾が放たれ、オレに突き刺さった。

 さらにその攻撃は隣の”聖杯の淑女”とか呼ばれるお嬢ちゃんにも突き刺さり、彼女はモノも言わず死んだ。


 「テメェ……」


 自分の血だまりの中、急速に抜けていく力を振り絞って裏切り野郎を睨みつける。


 「フフフ、娘さんに届くのはあなたの依頼失敗と死亡の報告です。ああ、多少の見舞金は送りましょう。貴族には体面というものがあるのでね」


 ヤツラは”聖杯の淑女”とか呼んでいたお嬢ちゃんの側によると、いつの間にかそこにあった杯を大事そうに手にした。


 「フフフ、これが伝説の魔道具(アーティファクト)【慈愛の聖杯】か。この所有者になった者は永遠の命と無限の癒しの力を手に入れるという」


 ヤツラはオレのことなど見向きもせず、その聖杯を囲んで喜んでいる。

 アマイぜ。急所ははずしてんだよ!


 「死にやがれ! このクソやろうども!!」


 「な、なにっ⁉ キサマ!!」


 得意の熱線魔法【灼熱の指先(ヒート・フィンガー)】を放つ。

 これは炎魔法に属するものではあるが、炎魔法特有の爆発はせず、熱線で対象を貫く魔法だ。


 最期の魔法はヤツラを次々に貫き、次々に果てさせる。

 しかし一番の目標のお坊ちゃんだけは、取り巻きが身を挺して守って届かない。


 「往生際の悪い! あなたの役目は終わったのです。おとなしく死になさい!!」


 「うるせえっ! テメェらも道連れだ。死にやがれ!!」



 ◇ ◇ ◇


 「ちっ、お坊ちゃんは逃がしちまったか。ま、二十人ばかしは殺ったし、意趣返しは良しとするか」


 オレもどうやら最期らしい。いま夕陽を見ながら死にかけだ。

 腕はへし折れ、肋骨もバキバキになって肺に突き刺さっている。脇腹からは血がとめどなく流れ、頭は朦朧だ。

 ふと、オレの最期の仕事のお嬢ちゃんの遺体が目に入った。


 「悪かったな、アンタにもこんな目に合わせて。どこの誰かは知らねぇが、あの世であったら仲良くしようや」


 「オマエとあの世で会うことはない。私は死んでないからな」


 「なっ⁉」


 彼女はムクリと起き上がり、不気味な笑みを浮かべている。


 「所有者の肉体に宿るタイプの魔導具(アーティファクト)は、所有者が死ねば近くに出現する。その性質を逆に利用すれば、このように死んだと思わせられる」


 「つまりお坊ちゃんが持っていった聖杯とやらはニセモノか?」


 「そうだ。ただポーションを数回生み出すだけの安い魔道具。あれを誇らしげに見せびらかしたら、悪党仲間の間でさぞ形見のせまい思いをするであろうな」


 オレは思わず声をたてて笑った。ああ、痛ぇ。

 この(したた)かぶり。どうやらこのお嬢ちゃんは、見かけ通りの子供じゃないようだ。


 「しかし大した腕だな。あんな基本的な魔法で、貴族の護衛騎士をこうも倒すとは。これがSランクの腕か?」


 「いいや、他のSランク魔法師はもっとハデな魔法を使う。だが、オレは術式が初級しかないんでな。だから基礎魔法を徹底的に極めた」


 「ふむ、初級魔法で最大の効果を生むやり方。それでSランクまで実績をつんだのか。大したものだ。なるほど、うってつけの逸材かもしれんな」


 お嬢ちゃんは何か考えているようだが、最期のムダ話もそろそろ終わりだ。

 目の前が暗くなってきて、意識も切れてきた。


 「お嬢ちゃん、そろそろオレは寝るぜ。じゃあな」


 「おっと、最期になんてさせない。せっかく見つけた逸材だ」


 暗闇の中、お嬢ちゃんはオレに何かを口にあてる。


 「飲め。……ちっ、もう意識がないか。無駄話がすぎたな。やむを得ん」


 口に柔らかい感触がかぶさった。そして、そこから何やら液体が流れてくる。

 魔法薬(ポーション)か? だが、無駄だ。

 これだけの深手は、ハイ・ポーションであろうと癒せるはずがない……





 「なんで生きかえるんだよ。あの重症がここまで完璧に治るなんざ異常だぜ!」


 体中の傷は全快、頭もスッキリ。

 そして聖杯の淑女のお嬢ちゃんは、本物の聖杯らしきものを傾けて言った。


 「これで万能薬(エリクサー)を生み出した。これが”慈愛の聖杯”の力」


 「なっ! そんなバカな!!?」


 エリクサー。

 体力全回復、魔力全回復、死亡以外の状態異常の回復、全身治癒というポーションの頂点ともいえる伝説の秘薬だ。

 しかし、これは文献に出てくるだけの幻の秘薬であり、長い冒険者活動の中でも実在したという話は聞いたことがない。

 ゆえに伝説であり幻なのだ。


 「……まさか、そんな伝説を生むシロモノとはな。なるほど、依頼主(クソやろう)がオレを殺しにきた理由も納得だ。アンタを手にしたことを隠したがったんだな」


 聖杯が手元にあると知れれば、あらゆる大貴族や国家が奪いに動くだろう。

 しかし、汚れ仕事をあんな坊ちゃんに任せたのは失敗だったな。

 ”詰め”ってもんがあまくて、オレには反撃を喰らいお嬢ちゃんにはいっぱい食わされた。

 

 「さて、Sランク冒険者のエドガー・コルナン。仕事を依頼したいが、いいか?」


 「ああ、アンタを安全な場所へ届けてくれってんだろ? もちろんいいぜ。安心快適に自由の地までエスコートしてやろうじゃないか」


 「そんなことは頼まない。追っ手がオマエでなければ撒くのは簡単だからナ」


 「あん? じゃあ何を頼むんだ。それに報酬は大丈夫なのか? 逃亡の件なら、オレに責任があるからロハでやるつもりだったが、他の話なら貰うモンはいただくぜ?」


 『こんな小娘にS級の報酬なんて払えるのか?』と存外ににおわせたのだが、聖杯の淑女さんとやらは涼しげな顔。


 「報酬ならとびっきりのを用意してやろう。まず仕事の内容だが、とある魔法学校に潜入して欲しい」


 「魔法学校? いや、潜入は無理だ。あそこは貴族の子弟が集まる場所なだけあって、教師なんかの身分はキッチリ調べられる。それにオレは魔法錬士。教えられるようなレベルじゃない」


 魔法師のレベル区分は賢者—―大魔法師—―正魔法師—―魔法錬士—―魔法徒弟—―魔法学士といったものだ。

 そして正式な魔法師は正魔法師からだし、教師になれるのもそれからだ。 


 「潜入身分は教師ではない。学生だ」


 「はあああ? こんなジジイが学生? アタマ大丈夫か、お嬢ちゃん」


 しかし聖杯の淑女さんは、かまわず話を続ける。


 「そして報酬。それは富貴を極めた王侯貴族がいかに求めようと、決して手にすることの叶わないものを差し上げよう。嬉しいか?」


 「引き受けるとは言ってないのだがな。仕事がアタマおかしいのもだが、報酬の方はさらに狂ってやがるぜ。まぁ最後まで話してみろ。何だ、そのご大層な報酬とやらは」


 「”青春”だ」

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