表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

86/700

第86話.恋

「え、えっと……じ、じゃあ私もう帰るねっ!」


 空宮はそう言うと、赤く染まりきってしまった頬を隠すようにしながら玄関の方にそそくさと向かっていく。


「送ろうか?」

「いや、全然大丈夫!てか、この距離で刻に面倒かけたくないし!」


 そう聞くと、空宮はブンブンと手を大きく振りながら食い気味に遠慮してきた。


「別にそのくらい気にしなくてもいいんだぞ?」

「刻がそう言っても、私が気にするの!」


 先程よりも少しだけ強めに俺にそう言ってきた。


「あの……なんか怒ってる?」


 空宮の口調が段々と強くなってきているので、ついそう聞いてしまった。だが、俺はその言葉を発してすぐに後悔する。

 もし空宮が特に怒っていないのなら、なんてことない話で終わるだろう。だが、実際に怒っていたとしたら?それは例えるなら火に油を注ぐようなものだ。何かに対する空宮の怒りが更に勢いを増すだけ。

 その事に気がつくと何か弁明せねばと思考をフル回転させる。だが、現実そう上手くはいかない。俺が何かこの場に適した弁明を思いつく前に、空宮が喋り始めたのだ。


「怒ってない!」


 そう言い張る空宮の口調は誰が聞いても怒っているようにしか感じとれなくて、俺はその矛盾にどうしようもなくもやもやとした気分になってしまった。


「そ、そうか」

「うん」


 先程までの緩い空気が嘘のように凝固しお互い喋りにくくなってしまう。

 こういう時にこそ(うつみ)の力が欲しい。

 あの全てを自分のペースに巻き込んでいくスタイルが、きっと今のようなこの状況に一番よく効く。

 そんな事を考えているとさすがに気まずいと思ったのか、空宮はこの場に凝固してしまった空気を溶かすべく喋り始める。


「え、えっと、だから私は怒ってなくて、刻が私が怒ってると感じたのはその……」

「その?」


 中途半端な所で空宮が言葉を濁らせてしまうので、俺はそこをはっきりと言うように促した。


「わ、私が少しだけ……恥ずかしかったから……そ、それを誤魔化すために、語尾にアクセントを置いたと言いますかなんと言いますか……」


 空宮は最初の方から最後の方まで一貫して今にも消え入りそうな声でそう俺に言った。


「恥ずかしかったから」


 そうボソッと言うと、空宮は元の色に戻り始めていた頬をまた染めてブンブン腕を振りながら焦り始めた。


「あー!ち、ちょっと!?それを口にするの禁止!き・ん・し!!」


 焦って俺の口を塞ごうとしたのか、その勢いで空宮と俺の顔の距離が一気に縮まる。


「あ、え、えっと……離れてもらえると、ありがたい」

「ん?何が……ご、ごめんっ!」


 そう言うと空宮はバッと俺から離れた。


「ふぅ……ま、まあそういう事だから私帰るね」

「お、おう。気をつけて帰れよ」

「うん」


 俺達はあまりにも簡潔すぎるやり取りを終えると、空宮は玄関の扉を開いて外に出ていった。そして俺もそれを追うように玄関の外に出て、見えなくなる所まで玄関の外で見送ることにする。

 後ろから見える空宮の姿はどこか幼げで昔から変わらないような印象を受けるが、所々に昔とは違ったどこか大人びた所作も見られた。



✲✲✲



 コツコツとスニーカーが地面を蹴る音が周りに誰もいないこの空間に静かに響いている。

 コツコツという足音は規則的でメトロノームのようにも思われる。


「はぁ、どうしてあんなに顔が熱くなるの……」


 私はそう帰る道で一人呟く。

 赤くなる理由なんて分かりきっているのに私は自問自答を繰り返した。なんて無駄で意味の無い時間の使い方。本来ならそんな時間はもっと別の有意義なことに使うべきなのだろう。

 だけどれも、今の私には有意義がどうとか、無駄とか意味が無いということはどうでもいい。



 私はもうそろそろこの分かりきっている気持ちに、一つの名前をつけなければいけない。

 言葉にすれば恥ずかしくて、けど全然嫌にはならないこの気持ち。

 家族に対するものとは全くの別物であるこの気持ち。

 誰にも取られたくないというこの気持ち。

 複合してこう名付けるのが最適解なのかな。


『恋』


 刻に対するこの気持ち。

 この気持ちは気付けば私の心の大半を覆っていて、それが私の心の支えにもなっている。

 もちろん刻が誰かと話すのは刻の自由。だけど、ユウや凛と仲良さげに話しているのを見ると、少しだけ妬けちゃう。

 あぁ、だめだ。こんな事ばかり考えていたら、また頬が熱くなる。動悸もさっきより激しい。


「私ったらとことん刻の事が好きなんだろうな」


 私は気付いたら着いていた自分の家の扉を開いた。

 奥からはお母さんが家事をしている音が聞こえてくる。


「ただいまー」


 私がそう言うとしばらく間を置いてから返事が帰ってきた。


「お帰り〜」


 パタパタとスリッパの音を鳴らしながらお母さんは家事を一度中断してこちらに向かってきた。そして私の顔を見るなり喋り始める。


「あれ?蒼今恋する乙女の顔になってるわよ?」

「なっ!?」


 焦る私をよそ目にお母さんはくすくすと笑う。


「ふふっ。どうやら当たりみたいね別に恥ずかしる事でもないし、ちゃんとその気持ちに向き合いなさい。若い時間は一瞬だからね。それに青春って呼ばれる時間はもっと短い。だから、絶対に(おろそ)かにしちゃダメだよ」


 私は珍しくお母さんに説教じみた事を言われて一瞬言葉を失うが、私はそれを心に留めておく事にした。


「分かった」


第86話終わりましたね。いやー、まさか今回にして、空宮が刻に恋心を抱いていたことがわかるなんて。意外だったなー。とまあ、冗談はさておき、空宮の心の葛藤?というかモヤモヤと言いますか、それについての話が今回繰り広げられましたね。恋したいなぁ・・・

さてと次回は14日です。お楽しみに!

もしよろしければブックマークと☆もお願いしますね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ