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最終回第700話

 朝の学校は静かだ。閑散としていて人の気配を感じない。校門も廊下も体育館もグラウンドも教室も、どこにも人の気配がない。

 自分の教室に入ると荷物を下ろす。軽くなった肩を伸ばしながら日番としての仕事をこなすのだ。

 ほんの少しの時間作業をしているとガラガラと音を立てて扉が開く。登校してから初めて感知した人の気配。見ればそこに立つのは今日の日番の相方だ。


「ごめん、お寝坊しちゃった」

「知ってる。朝見てたからな」

「あぅ……怒ってる?」

「いや、別に。ちゃんと間に合ってるしな」

「そっか。……ふへへ、じゃなかった!私も仕事しなきゃ!」


 少しばかり遅れてやってきた彼女は急いで荷物を下ろすと教室の掃除を始める。その間に俺は今日クラスメイトに伝えなければならない情報を受け取りに職員室前に向かう。


「ん、おはよう鏡坂。今日は一番乗りか、珍しいな」

「おはようございます、羽挟先生」

「あ、今日の内容はそこのホワイトボードに書いてあるから書き写しておいてくれ」

「了解です」

「うん、では頼んだぞ」


 2人目の気配。

 時間が経つと次第に人の気配を感じるようになってくる。教室に戻る途中、廊下に同級生が3人ほど歩いていた。


「戻ったぞ」

「おつかれ。私も掃除終わったよ!」

「おー、さすがだな」


 ピカピカになった教室を自慢げに披露する。そんな彼女が可愛らしい。


「じゃあ俺は今日の内容でも書いておくよ」


 そう言って教室後方にある黒板に向かう。

 チョークを手に取り音を立てながら書き写していく。壁にノートに書くよりも大きなサイズで、慣れない物を使って字を書くというのは存外難しい。距離が近い状態で書く関係もあるが、遠目で見るとバランスが崩れがちだ。

 そんな黒板あるあるを1つ思い出していると、隣に彼女が立つ。


「私も書くよ。どれどれ、どこまで書いた?」


 自然な感じで日誌を覗き込んで俺が黒板に書き込んだ範囲と照らし合わす。そして彼女は俺よりも慣れた手つきで書いていくのだ。

 適材適所とは正しくこういうこと。


「にしても、何か書く速度早くないか。時間はあるし、ゆっくり書いてもいいんじゃないのか?」

「時間があるから早く書いてるのー」

「あるのに早く?」

「そーうだよー」


 変な矛盾に首を傾げる。

 にしてもそんな疑問を消し飛ばす程度には彼女の書く速度は恐ろしく早い。一限の開始までかなりの時間を残した状態で全ての仕事を終えてしまった。


「さ、余った時間はぜーんぶ!くつろぎタイムだよっ!」


 嬉しそうな顔で笑う。


「くつろぎ……まぁそうか。学校で満足にくつろげる時間もないし、確かに急いだかいはあったのかもな」


 なんて独り言ちながら席に着くと彼女は隣に座ればいいのに、わざわざ俺の座る椅子の背もたれに体を寄りかからせるような姿勢をとる。


「座らないのか?」

「んーん、これでいい。あ、あとさスマホ貸してよ。ゲームしたい」

「ゲーム?別にいいけど、何で?」

「何でもなのー」

「……よく分からんが、とりあえず、はい」

「やった!ありがとね」


 そう言って彼女はやりたいゲームを探す。


「あれ、前私がやったパズルゲームは?」

「ん?あー、容量がなかったから使ってない順で消したかもなぁ」

「えー!あれが良かったのにぃ」

「え、あんなのが?」

「そうだよー?あんなのがいいのさ」


 よくある広告付きのパズルゲームだ。似たようなものは探せば無限に出てくる。


「まぁ、でも仕方がない。今日は別のをするよ」


 そう言って少し遊ぶ。しかし、お目当てでなかった以上そこまで捗らなかったのだろう。直ぐに飽きてしまったようで後ろからスマホを返してきた。


「返す、ありがとね」

「うん、それは別にいいけど。でも、全然楽しそうじゃないな」


 尋ねると彼女は後ろから細く白い指で俺の頬をツンツンとつついてきた。


「やはり私にはあのゲームしかないのさ」

「そ、そうか。それよか指が刺さってとても痛いのですが」

「堪えておくれ」


 そう言いながら彼女はつつくのを止めない。


「何かさ、さっきから思ってたんだけど……すっげぇデジャブを感じるのは俺だけか?」

「ん?私もだけど」

「あ、やっぱり?」

「というか、私が意図的にそうしてると言うか」


 彼女の意図の読めない言葉に俺は困惑する。普段はもっとストレートな思考をする快活少女なのだが、時折こうしたところを見せる。だからこそ彼女と関わるのはやめられない。新しい一面を見つけたみたいで楽しいのだ。


「ふと思ったのだよ。あの時の思い出、本当に何気なかったけどとても楽しかったなぁって。2人だけの教室だったけどさ、私の中じゃ上位にくい込んでくるくらいには刻との楽しい思い出なんだよね」


 彼女はつつく指を止めて後ろからハグするように腕を回してくる。


「思い出ってさ、忘れたくなくてもふとした時に忘れちゃうじゃん。あの時なんてちょっとした日常の一部すぎて写真とか記録もしてなかったし、本当に私の記憶頼り。けど、その記憶だって簡単に消えちゃうかもしれない。だから上書きしようと思って」

「なるほどな」


 後ろから回されている腕を撫でてやりながら俺は話し出す。


「でも今の俺達はあの時よりももっと沢山の思い出を作ってきたし、これからも作っていくだろ?その思い出を軽んじる訳じゃないが、もっと大切な記憶だってこれから先、生まれるかもしれない」

「うん、理屈で言えば多分それが正しいと思う。けど、それでも私が上書きしてでも忘れたくないのはさ……あそこから多分世界の運命が変わってたような気がするんだよね」

「世界の……運命?」

「そう。何となくあの時のあの行動1つ1つが回り回って今に繋がってるんだろうなぁって。直接は関係なくても私の中で起きた心の動きとか刻の心の動きが後にとる行動に影響してたのかなぁって、そう思ってさ。だから、私はあの時の行動が、思い出が全て私を形作っていると思って、こうやってデジャブを引き起こしてるのさ」


 そう言って彼女は俺の目の前に移動し、視線を合わす。


「ねぇ、刻。これからも色んなことがあると思う。大学にも入るし、就職したらまた忙しくなる。けどさ、それでも思い出は沢山作っていこうね」


 彼女に真正面からそう伝えられた。

 突然のセリフだった。だったが、当の俺と言えばそこまで驚いていない。いや、むしろすんなりと受け入れている。


「そうだな。これからもよろしく頼むよ、蒼」

「うん」


 彼女と小さく指切りを交わす。

 ちっぽけな約束のおまじない。

 けれど、きっと俺達は律儀に守るし、約束以上に頑張るのだろう。


 それが鏡坂刻と空宮蒼なのだから。






          〜Fin〜



最終回終わりました。作者の中でこの子達の話がずっと続いている影響か、終わらせ方というのはやはりすんなりというか、納得はいかないものですね。しかし、終わらせねばならないのがこの世界。外伝で描かれる可能性こそあれど、本編はこれにて終了です。しかしですね、作者が描きます作品は基本世界線が繋がってますのでたまに名前とかだけでも出てくるかと思います。その時を楽しみにしながらぜひ拙作の次作を楽しみにしていてください。

ここまでお付き合いしてくださった方々、本当にありがとうございます。今作が正真正銘一次創作として初のものでして、1話の話の書き方と最終回付近ともなってくると全く違うと思います。そんな作者の変化なんかも感じながら、ぜひ刻達の物語をまた振り返ってみてください。

それでは次作でお会いしましょう。

いつになるかは分からないけどねー!!(5話までは書いてたりするよー!……完結してから一気に投稿するから本当に待っててねー!)

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